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Yamamoto novel

並盛町に来てから、やけに懐かれたような気がする。

「寿司、ですか?」
「そ!俺んちの寿司食いに来いよ!天下一品、最強無敵なんだぜ!」

山本武。
ボンゴレ十代目の雨の守護者であり、時雨蒼燕流の使い手。それでもって現在は並盛中学に通う学生という二つの顔を持つ(本人は至って表裏のない人間だが)。
ボンゴレ十代目の面々と面識を持ってから色々関わらせてもらってるが、私はあくまでヴァリアーの一員。あまり深く立ち入らないよう心掛けてはいるが、知り合いの中で身近に感じるのか、関わりは何故か右肩上がりだ。
その中で、彼が最も接近してくる率が高い。
今もまた、必要物品を揃えてきたところを彼と出会し、冒頭のセリフに至るわけだ。

「最強無敵はちょっとよく分かりませんが…、時間が空きましたら顔を出させてもらいますね」
「そう言って全然来てくれないじゃないっすか」
「うちは中々暇を許してくれないブラックなので」
「暗殺部隊だから?」
「誰がうまいことを言えと。そうでなくても表舞台の裏で動く組織には仕事が山積みなんです」
「でも…、柴野さんにうちの寿司、食って欲しいのな」
「くッ……!やめてくださいそんな捨てられた子犬みたいな目で見ないでください!良心が痛みます!」

ああいけない、幻覚だろうか。本当に子犬のように思えてくる。
相手は年下だが次期ボンゴレボスの守護者、ボスの幹部となり得る相手。あまり邪険には扱えない。

「……分かりました、予定を確認するのでお待ち下さい」
「ホントか?!」

何故こうも私に絡んでくるのか…、ため息をつきつつぱらりと手帳を開く。
わくわくした様子で山本さんも手帳を覗く。

「……………、うわ、真っ黒」
「だから言ったでしょう、暇を許してくれないと」

基本我らがボスであるザンザス様は書類整理や本部とのコンタクトを取るなどの雑務は殆ど、いや殆どもなくしない御方だ。故にそれは直属の部下である幹部に降りかかってくる。
無論、それをやるのはボスの右腕であるスクアーロだ。しかし一人では過労が酷いので私も一部担っている。
その業務とは別で。
修行の時間も、この手帳には組まれている。
この手帳のページの黒さはそれによるものだ。

「…柴野さん、ちなみにこのあとは?」
「この後ですか?そうですね…、…トレーニング、ですかね」
「じゃあちょっと休んで寿司食ってけよ!なっ!」
「え、あ、あれ?!ちょ、いつの間に荷物…ま、待ってください山本さん!」

知らぬ間に荷物が拐われ、走り去る彼の後を追っていった。



ただいまーという挨拶に、江戸っ子のようなハツラツとした渋い声が呼応する。
その後ろを、お邪魔しますと追って中へ入る。

「親父!柴野さん来たぜー!」
「お、いらっしゃい!あんたが噂の柴野さんかい、ゆっくりしていきな!」
「は、はい。御気遣い痛み入ります」
「はははっ!そう固くなるよ、んな格式高いとこでもねーんだから」

ガテン系、という言葉がぴったりた感じのダンナ様だ。山本さんは着替えてくると言って奥へと引っ込んでいってしまった。
ダンナ様に席に案内されるも、席には中々座れずにいた。

「どうしたんだ?柴野さん」
「あの…、大変申し訳ないのですが…生憎手持ちにあまり余裕がなくて」
「はっはっはっ!そんなの気にすんな、俺が奢ってやるよ!息子と仲良くやってもらってるからなぁ」
「い、いえ、そんな畏れ多い…」
「俺から誘ったんだし、食ってってくれよ柴野さん!」

暖簾の奥から顔を出して、な!と純真無垢な、期待を込めた目に押されるとどうにも弱い…。結局押し切られ席に腰を下ろす。
この後はトレーニングの予定が入っていたが、多少遅れても大丈夫だろうか、という一抹の不安を心の隅に感じる。トレーニングといっても相手有りきのものだ、無断欠席というのはいただけない。
先に連絡を…考えているとダンナ様がカウンター越しに声をかける。

「さて、あんたは何が好きなんだい?」
「あ、はい。そうですね…、では、マグロを頂けますか?」
「あいよ!マグロな!」
「あー!親父ちょっと待って!」

暖簾の奥から焦った声だけが飛んできた。その数秒後、ばたばたと忙しない音が続きその音の主が顔を出す。ダンナ様と同じ、白い調理服を身につけている。おお、雰囲気は様になっている。

「俺が出すよ!初寿司なんだしさ」
「バッキャロー!素人がいきなり客に出そうなんざ百年はええ!」
「大丈夫だって!な、頼むよ!」

やいやい言い合う、こういう平凡な一面を見ると何だかほのぼのする。殺伐とした組織内では、こういうやり取りでさえ殺伐としてしまう。ある意味、平和な光景を目にできるのは私の中では貴重だったりする。
しかし

「(できれば、あまり長くは見たくはない、な)」

今歩んでいる道に不満がないわけではないが、自分で選んだ道だ、不満はあれど後悔はない。
それでも、人は傲慢で欲深いから。
あんな世界でなく、居眠りして怒られたりテストの点で騒いで、友達とバカ笑いながら帰るような平凡な生活を送る道も、あったかもしれないと。
そう羨望して、切望してしまう。
なんて、思ったところで変えられる道でもないのだが。
一人感傷的になっていると、やったー!と山本さんの嬉しそうな声が耳に届いた。どうやらダンナ様は根負けしたようだ。

「ちゃんと作れよぅ」
「分かってるって!えーと、マグロだったよな。柴野さん、食えないネタとかある?」
「いいえ、お寿司は概ね食べられますよ」
「そっか!じゃあ、うちはこれとこれも人気なんだ!是非食ってみてくれよ!」

素人、とダンナ様には言われていたが普通の寿司職人と遜色ない手捌きに見えるのは…あまり寿司を握る様子を見たことがないせいだろうか。慣れた手つきでネタを捌き、シャリの上に乗せていく。
生まれは日本だが、早くに離れたこともあってあまり口にすることも行くこともなかった。今では日本食のブームは各国に広がり、イタリアにも和食店や寿司屋の展開がされてきている。食べようと思えば食べられるが、職が職なので大衆向けのお店にはあまり足が進まないこともあって食べるのは久しぶりだ。
何年ぶりに食べるのか、寿司の味を味覚はもう覚えてないが心が少し浮足立つ。
そうこうしていると、寿司下駄にいくつか寿司が乗って目の前に差し出された。

「へいお待ち!」
「ありがとうございます。…では、頂きます」

両手を合わせて食前の挨拶をする。整えられた一貫を箸で崩さないように挟み、少し醤油をつけて口の中へ運ぶ。
ふわ、と懐かしい日本の味が広がった。咀嚼を繰り返すと、山葵の風味が鼻から抜けていく。同時に、心和む何かが染み込んでくるのを感じた。

「…どう、かな」

反応が気になるようで、緊張したような面持ちで恐々聞いてくる。
山本さんと彼の握った寿司を交互に見る。しかし美味い言葉は浮かんでこなくて、率直な一言以外、彼の作ってくれた一貫を表す表現ができなかった。

「…、美味しい、です。とても、美味しい」
「ッ!そっか、良かった」

心底、嬉しそうに笑った。まるで大事な人が一生懸命作った料理を平らげてくれたときのように、無邪気に。
それを見ると、此方まで表情が綻んでくる。
これには、ずっと敵わないような気がする。
彼と談笑しながら他のネタも完食し、御馳走様でしたと両手を合わせた。

「旨そうに食ってくれて嬉しいぜ」
「とても美味しかったですよ。自ら腕を振るう事があるのですか?」
「んー、親父が作ることが殆どかな。ツナたちが来たときには俺が握るぐらいなものだよ」
「そうですか。…さて、御馳走様でした。日本に戻った際には、また寄らせてもらいます」
「…?もう行っちまうのか?」
「また向こうで動きがあれば戻らなければなりません。今のところそう言った情報は入ってきませんが…」
「…じゃあさ!寿司作ってけよ!」
「え?」

寿司を?作る?
唐突な提案に思わず疑問符が頭に浮かぶ。

「作り方教えるからさ!そうすればイタリア戻った後でもうちの寿司食えるだろ?」
「それはそうですが…」

些か必死な様子の相手に頑なな拒否をするのも気が引ける。
ので、少しだけならと言う事でカウンターの内へ入らせてもらい寿司を作らせてもらう事になった。
武道とは違って繊細な力加減を要求されることと、感覚派の彼の教えを解釈することに苦戦しながらも、ネタを捌き、手早くシャリを作り寿司を完成させていく。
いつの間にか席を外していたダンナ様が戻ってきて、寿司を握っているところを見ては、ほう、と感心そうな言葉を漏らす。

「中々いい腕してんじゃねえか柴野さん」
「い、いえ、ご子息様の教え方が上手なので…」

ギュッギュツとかシュババーンとか擬音ばかりでよく分かりませんでしたが、という本音はそっと心の中にしまっておく。確かにこれなら、イタリアに戻った際にも日本を思い出すことが出来る。イタリア人は生魚を食べる習慣はないからどう思われるかわからないが…、まあいいか。私だけ食べればいいことだ。
そのとき、山本さんがじっと私の方を見てくるのに気付いた。

「…なあ柴野さん、俺と親父、どっちも『山本』なんだけど」
「え?」

ああ、そういえば。

「どっち呼んでるかわかんねーからさ、俺の事は『武』って呼んでくれよ。その方が分かりやすいし」
「え、で、ですが…」
「俺の方が年下だし、俺もその方が嬉しいしさ!あ、俺も真守さんって呼んでいいかな?」

ああまただ。またこの、キラキラした期待と無邪気な目にやられる…!これは意図してやっている事なんでしょうか、そうだとしたら何て末恐ろしい子なんでしょう。
下の名前で呼ぶなんて恐れ多くていやいやそんなことないからですが失礼かといいってばと、引き下がらせるだけの強い理由もなく、俺はそうしてほしいという一言で全ての理由が封殺されてしまった。
再び押し切られてしまい、分かりましたと承諾する。

「えっと…、では。武さん?」
「おうッ」

へへッと、呼ばれ慣れないこともあって少し照れくさそうに笑う。待ってください、照れると私も照れ臭くなるからやめてください。
その様子を、にやにやと笑みを浮かべて見ていたダンナ様が、

「柴野さん、うちに来る気はないかい?」
「はい?」
「是非うちで寿司握ってくれるとありがてぇなあ」
「え、それはここに嫁ぐという事ですか?」
「うちの倅と頼むぜ!」
「宜しくな真守さん!」
「え?え?嫁ぐんですか?」

急展開する話しに完全に置いて行かれ狼狽していると、ポケットに入っていた携帯が震えた。少し失礼して携帯を手に取り受話すると、何してんだと幹部の一人から大音量のラブコール。不意の大音量に驚いて岸に揚げられた魚の様にわたわたと携帯を宙で躍らせる。
しまった、連絡しないとと思ってすっかり忘れてしまっていた…!
仕事をほっぽって行くなんざいい度胸してんじゃねえかと、携帯の向こうに居るはずなのにまるでその場で怒鳴られたような大ボリュームに、思わず携帯を耳から遠ざけた。スピーカー機能を使ってもいないのに、何て声量なんだ…。
しかし気付けばとっくに戻ってトレーニングを時間で、しかも大幅に遅刻していた。顔から血の気が引く。
今すぐ戻る旨を伝え電話を切り、帰り支度をする。

「すっげー怒ってたのな」
「そう…ですね。すみません、折角色々してくださったのにお礼の一つも出来ず」
「気にすんなって。俺が誘ったことなんだし、真守さんお客さんなんだからさ」
「…ありがとうございます。では、失礼しますね。お寿司、とても美味しかったです」
「おう!また来てくれよ!」

荷物を受け取り、お世話になった二人に深々と頭を下げて竹寿司を後にした。


ああいった平和な光景は貴重だが、長くは見ていたくない。
強い光は暗闇で生きた人の目を眩ませ、『あちら側』への希望を抱かせるも決して行けないのだと思い知らすから。
けれど、

『うちの寿司食ってけよ、柴野さん』
『そっか、良かった』
『旨そうに食ってくれて嬉しいぜ』

分け隔てなく『当たり前の平和』をくれる彼なら、
例え、『あちら側』に行くことは出来なくても。
私は、

「(…なんて、ご都合主義もいいところか)」

急いで帰路を辿っている途中、ふと彼のある言葉が頭をよぎった。

『俺の事は『武』って呼んでくれよ。その方が分かりやすいし』

確かにあの場合、山本家に招待されてダンナ様も居たのだから、山本さんと呼ぶのは些か不適切だったかもしれない。当然と言えば、当然の申し出だ。
だけど、執拗なまでのお誘いにお寿司を作らせてもらったりというのは、果たして『普通』なのか。他の女性にも、することなんだろうか。
もしかしてと、在り来たりな可能性が浮かんだがすぐに消した。十代目が来られた時も持て成していたと言っていたし、きっとあれは彼らの『普通』なんだろう。特別な意味などあるわけがない。

『真守さん!』

あるわけが、ない。
でも、…今度の夕食、お寿司を作ってみようかな。
そんなことを思いながら、居るべきところへ戻るため足を急がせた。



真守さんの姿が見えなくなるまで見送り、完全に姿が見えなくなると家に入る。後片付けをして、カウンターを貸してくれた親父にありがとなと一言言って暖簾の奥へ、自分の部屋に戻る。
扉を閉めて、ベッドへダイブする。

「…はぁ、」

少しは、近づけただろうか。
些か強引かもしれない、連れてこられたの、嫌じゃなかったかな。そんな過ぎたことを不安に思う。
思う、けど。

『…、美味しい、です。とても、美味しい』

思い出すと顔がにやける。
身を翻して顔を枕に埋めて、その言葉と顔を何度も思い返す。
美味しいと言ってくれた。俺の握った寿司を、美味しいと。
今までツナや獄寺たちにも寿司を御馳走して、うまいと言われたけど、あの一言はそれ以上に嬉しかった。
真守さんからしたら俺は子供だけど、それでも男だ。
絶対、振り向かせてやる。

「…ぜってー負けねーからなッ」

誰に向けたかも分からない宣戦布告は、静かな部屋に吸い込まれていった。





(2017.9.15)
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