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Squalo novel

「う"ぉ"おい、真守、今度の任務の部隊編成どうなったぁ」
「できてるわよ。今回のはそう大きくもない組織だし、これくらいの人員と配置でいいでしょ」
「はッ、俺一人居りゃあ事足りるがなあ」
「それじゃ部下が育たないでしょ。部下を育てるのも上司の務めだよ」
「こっちから手を掛けないと育たねえような奴は枯れてきゃいいんだぁ」

そんな無茶苦茶な、と思わず口にする。
部隊の指揮は私が取り、彼が部隊を率いて敵と戦う。指揮を執る立場だといっても勿論私も戦地に赴き武器を取る。しかし、彼が大体倒してしまうのであまり振るう機会はない。曰く、私がへまをしないよう先に障害を取り除いているのだとか。何故へまをする前提なのか、是非詳しくじっくり話を聞きたいものだ。
自室で一仕事終え、今度は会議のためボンゴレ本部に召集。副隊長ともなれば息つく暇もない。ぱたぱたと動く私を尻目に、次回の任務計画書を捲りながら呟く。

「『仲裁役』は大変だなぁ」
「それさあ、もう皆差ほど喧嘩しないし、解任されてもいいと思うんだけどねぇ」
「頻度はすくねぇかもしれねぇが、規模はでかいからなぁ。ボックス兵器もあることだしよぉ」
「…やっぱ欲しいわ。仲裁役」

必要な書類を纏めてちらりと時計を見る。少しデスクワークに時間がかかってしまった。少し飛ばさないと間に合わない。
鞄を手にして忙しなく出ていこうとする。

「う"ぉ"い、送ってくぜぇ。この時間だと車よりバイクの方が速く着く」
「…安全運転でお願いします」

いつも配慮してんだろぉ、と言う彼に、どの口が言うかと内心ツッコむ。しかし時間がないのは確かだ、彼に頼むしかない。

「行くぞぉ」
「あーい」

彼に手を引かれ、ボンゴレ本部に向かう。



「うぷ……っ」

カーブで大してスピードも落とさず、信号が変わりそうでも速度をあげてぶっちぎり、スタントマンも真っ青な追い越しで本部に着いた。予定の時間よりかなり早めに着くことができたが、心身疲労はマックスだ。私が乗り物酔いしやすいと知っての行為なら、背中から刺してやりたい。

「安全運転でっていったでしょ…」
「事故らなかったじゃねぇか」
「事故起こさなきゃ安全運転だって認識からして可笑しいでしょうがッ」

べしべしと背中を叩くが、どこ吹く風のようにしれっとしている。それどころか子猫が猫パンチしてくるみてぇだと笑って言いやがったので、全力で殴ってやった。
荘厳な、しかしそれ故に圧を感じる建物の中へ入ると、全方位から声が反響する。私は、この雰囲気が苦手だ。こんな広いところに一人でいるのは、寂しくなる。そういう部分では、見送りといって中まで付いてきてくれる彼には助かっているのだが、如何せん声が大きいので非常に煩い。
ぎゃんぎゃん喚くスクアーロにつんとしてると、正面から金髪の、それこそスクアーロと同じくらいの長身の男性が黒スーツのおじ様を連れて歩いてきた。こちらに気づいた男性が、おーい、とまるで久し振りに地元の友人に会ったように手を振る。

「Sig.ディーノ」
「誰かと思えば真守じゃないか。…と、スクアーロも一緒か」
「あ"ぁ?文句あるのかぁ?」
「いや、ないけど」
「Sig.ディーノも会議に出席されるんですか?」
「ああ、まぁ主に近況報告だけどな」
「シバノさんも出席されるので?」
「はい、特にヴァリアーはトップがああなので…、動向は概ね把握されてるかと思いますが、一応とのことです。本来は私じゃなくて右腕である誰かさんが出向くべきなんですがね」
「はッ、」
「はははッ、まぁこいつがこういうことに一々来るとは確かに思えないからな。あんたも大変だな、行ったり来たりも苦労するだろうに」
「まぁ…そうですね。お陰でパスタのひとつも食べれなくてお腹へこみそうですよ」

キャバッローネファミリーのボス、跳ね馬のディーノ。イケメン俳優のような柔和な微笑みを浮かべるこの男性が、よもやいちマフィアを率いているとは誰も思わないだろう。
彼自身も、普段そういう目で見られるのはあまり好きじゃないようだ。あくまで平凡に、普通に生活したいという、幼少時代からの思いからなんだろう。逆にそのマフィアのボスとして尖っていない雰囲気が、部下に慕われる一つの要因なのかもしれない。
ボンゴレ本部の業務も一部担ったり会議に出たりするようになって、彼と親しくなるのは至極当然の流れだった。
一見和やかなこの空気だが、隣の人はそうではない様子だ。

「もういいだろぉ、さっさと行くぞ」
「なぁ、腹減ってるなら会議が終わったあとにでも一緒に食いにいくか?俺らもまだ食ってないんだ、奢ってやるよ」
「はぁ"?!」
「行きます!」
「即答すんなぁ!!」

ご飯につられて反射的に答えた私の肩を持って、自分の方に抱き寄せる。宛ら、大事なおもちゃを相手から守ろうとするがごとく。

「跳ね馬ぁ…この俺が居るってのに大した度胸じゃねぇか…。そんなに卸してほしけりゃすぐにでもしてやるぞぉ」
「ぼぉす、悪趣味ですぜ。他所の女を誘うなんて」
「お、怒んなって!俺は善意で言っただけで別に疚しいことなんて…」
「そうだよ、Sig.ディーノに限ってそんな度胸ないって」
「あんた、結構言うよな…」
「飯なら俺が連れてってやる。何なら今からでも」
「じゃあご飯行ってくるから会議出てよ。別に私じゃなくても出れるんだし、本来出るべきはあなただよ?」
「はンッ、なんで俺があんなところで長々と講釈垂らされなきゃならねェんだぁ。おら、行くならさっさと行くぞぉ」
「何言ってるの、ご飯食べるほどの余裕なんてないよ。今から会議なんだからそのあとに」



突然、言葉が途切れたと思ったら真守のいた場所からもくもくと煙が立ち込めた。頭からドライアイスをかけられたように煙がその小柄な体を隠してしまう。

「なっ?!」
「真守?!」

動揺で咄嗟に言葉が出て、瞬間呆気にとられる。何が起きたか状況を整理する前に、ついさっきまでそこに居たはずの人物を引っ張り出そうと手を伸ばす。
途端、煙の中で声がした。

「ランボさん!!無線は玩具じゃないと言ってるでしょう!返しなさい!返しなさ…返せ!!」

聞き覚えのある声に、びくりと手が止まる。
紛うことなき彼女の声だが、どこか若い。声質も、出てきた言葉も。
叱責の声と共に、誰かを追いかけていたのか煙の中から飛び出してきたのは、
若い真守の姿だった。

「はっ……?」

一歩踏み込めば違う場所、タイムスリップしたような感覚なんだろう。ぽかんとして間抜けな顔をして時間が止まった。

「…え、あ、あれ?」
「ま、真守?」
「はい?」

跳ね馬が動揺しながらも声を掛けると、当然のように反応した。そして見知らぬ二人に挟まれ、漸く状況が頭に入ってきては処理しきれず困惑し出す。

「これが…十年前の真守?へぇ、何か初々しいと言うか、やっぱり若いなぁ」
「そりゃあ十年も前ですからね…」
「え、え?何ですかここは…私、さっきまで十代目の家に…」
「あんたは十年バズーカで十年後の世界に来たんだ。さっきの様子だと、ランボを取っ捕まえようとしたときに誤って打たれたんだな」
「十年、後?」
「真守…?」

え、と振り向くのは間違いなく真守だ。十年前ということは二十歳か。十年の月日というのは内外面ともに女をより良く熟させるいい期間だったということを証明してくれる。逆に青々しい、あどけなさの残る姿もまた魅力でもあるが。
別に十年前の彼女の姿を知らないわけではない。寧ろよく知っている。しかし当然なことだが、十年前の姿は今となっては記憶を引き出さなければ見れないし、昔と今とでは彼女を見る目も異なる。
故に、その姿を見られるというのは大変貴重なことで、

「く……っ俺の女が…こんなに可愛いわけが………」
「ええ……………、」
「引かれてる、引かれてるぞスクアーロ」
「微笑ましいですな」
「煩ぇぞこのクソカスどもォ!」

十年前よりドスの効いた声に驚いてびくりと肩を揺らす。そんな中で真守がおずおずと控えめに挙手をする。

「ええと、…状況を…確認する許可を頂きたいのですが」
「どうぞ」
「十年バズーカ、というものは存じ上げませんでしたが…それによって十年後の世界に意識や体ではなく私自身が飛ばされた…。そしてあなた方は十年後のSig.ディーノとSig.スクアーロ…、でおーけーでしょうか?」
「素晴らしい理解力ですな」
「ちなみに戻れないなんてことはありませんよね…?」
「効果は五分だが、ランボの奴が雑に扱ったりするからなぁ…。故障してたりすると時間が延びたりすることもあるよ」
「ま、俺といるときに入れ替われて命拾いしたなぁ。これが任務先とかだったら戻れなくて一人で取り残される羽目になっただろうからなぁ」
「…左様、ですか……」
「まぁそれは確かにな。あんたが無事に元の時代に戻れるまで守ってやれるからな。せっかく来たわけだし、十年後の世界、楽しんだらどうだ?」
「十年後……」

パニックにならず冷静に状況を把握する理解力と順能力は今も昔も大したものだ。
真守はまるで観光地に来たかのように周囲を見渡し天井を仰ぐ。如何に居慣れた場所とはいえ、十年後というフィルターが多少かかって物珍しく思うのだろう。
そこで、跳ね馬の側近がふと時計を確認した。

「ぼぉす、懐かしいが時間だぜ」
「ああそうだな、名残惜しいが…、………というか、会議どうするんだ?」
「え?会議ですか?」
「十年後のあんたは、近況報告と今後の動きについての会議に出るために此処に来たんだ。ボスの代わりに」
「今のこいつに出来るわけねぇだろおがぁ!そんなもん中止だぁ!戻るぞぉ!!」
「え?え?!」

真守を軽々と担ぎ上げる。今や予想外の展開に対する耐性がついたために大抵のことには驚かなくなったが、昔の真守はまだその耐性は低いようだ。一々リアクションが初々しい。
後ろから呼び止める声が聞こえるが、無視して来た道を帰る。

「こりゃ、シバノさん戻ってきたとき大変だなあ」
「きっと大目玉食らうだろうな。…さ、俺たちはちゃんと仕事するか」



「あの!あの!!Sig.スクアーロ!!もう少しスピードを!落として」
「あ"あ?!聞こえねぇぞぉ!!」
「だからスピードを………うっ、ぷ」

ボンゴレ本部を後にしてバイクを飛ばす。時々後ろから叫ぶ声がしたが何を言ったかは聞き取れなかった。
暫く走って露店の並ぶ町でバイクを止めて降りた頃には、真守は顔を青くしてしゃがみこんでいた。

「死ぬかと思った……、っぅえ…」
「お前の乗り物酔い、今より昔の方が酷かったんだなぁ…、水飲めるかぁ?」
「あい…」

乗り物酔いがあるのは知っていたが、速度を上げると腰に回る腕に力が入るからどうにも、な。本人には悪いが。...まぁ、言ったら後ろから刺されるだろうから言わないでおこう。
水を受け取り何とかひと口飲んで落ち着けてはゆっくり立ち上がるも、ふらりとふらつく体を支える。

「う"ぉ"おい、無理すんなぉ。動けねぇなら大人しくしてろぉ」
「…誰のせいだとお思いですか」

グーの音も出ねぇなぁ。
目をそらしつつ、こいつが動けるまで傍に付く。

「そういえば、さっきの会議の件ですが…、大丈夫だったんですか?誰か出た方が良かったのでは…」
「近況報告と今後の事なんていつでも話なんて出来る。今のお前が気にする事じゃねぇ」
「そう、ですか…?あ、ボスの代わりなら右腕であるあなたが出れば」
「何でこの俺が上の野郎どもとあんな狭苦しいところで何時間も話し合わなきゃならねぇんだぁ」
「ですよねー、らしいです。…というかもう五分以上経ってるんですが、戻れないという事はやはり故障してたって事なんですかね」
「何だァ、戻りてェのかぁ」
「そりゃあ…、十年経って町の様子とかそう大きく変わってないですけど、自分だけこの世界の人じゃないと思うと落ち着かないですよ」
「はッ、他人と違う事を気にするたァやっぱり青いなぁ」
「む…、頭で把握はできても気持ちの方はそうはいかないものなんですッ」

ぷん、とモチの様に頬を膨らませて拗ねる姿が非常に破壊力が強いのは、今も昔も変わらねェなぁ…。初々しく反応が出る分十年前の方が比重はでかいか。いや、こっちの真守も勿論癒しなんだが…。
しかし、喋ってて少しずつ気も紛れて調子が戻ってきたのか、顔色が良くなってきた。そろそろ移動してもよさそうだ。

「おら、動けるんなら行くぞぉ」
「え、どこにですか?」
「飯。食ってねェんだろぉ」
「…なんで食べてないと」
「あ"あ"?お前さっき自分で…」

いや、腹が減ったと言ったのはこっちの真守だったか。いくら同一人物でも流石に時系列が違うから、お前が言ったとは言えない。
きょとんと小首を傾げる若かりし頃の真守に対して口角を吊り上げる。

「…俺だからなぁ」
「ええ……、」
「何だその反応はぁ!」
「い、いや。なんかやけに優しいというか…その、とても違和感が」
「厳しい方がいいのかぁ?」
「そういうわけじゃないですけど…、こっちの、というか十年前は「これくらいの事で情けねェこと言ってんじゃねぇ!」とかいうので…、逆に優しくされると適応しきれなくて」
「…、いいんだぜぇ?適応しきれなくても」

え?とこっちを向いた真守に、そっと耳打ちする。

「その方がゆっくりじっくり、俺に蕩けさせてやれるからなぁ」

聞いた瞬間、ぶわわわああああああああああッと顔を真っ赤にさせるてほぼ反射的に体を反らせた。その顔からは湯気が出そうなほどで、手の甲を当てているその口元からはぱくぱくと唇が動くものの言葉は出ず、わなわなと震えている。平静を装いたいのだろうが、ばっちり動揺している。鼓動がここまで聞こえてきそうだ。ああ、やっぱり俺の女は可愛らしい。純真な反応を示す真守はとても新鮮で、一挙一動が愛おしいとはまさにこのことだ。
暫し金魚の様に口を開閉させていたが、やがて沈黙に耐えられなくなったのかすくっと立ち上がって勝手に歩き出す。おいおい、手と足が一緒に出てるぞ。

「ご、ごあ、ご飯はもういいので別のとこ行きませう!買い物でもしませうか!」
「う"ぉ"おい、そっちは逆方向だぁ」

言われればくるっと方向転換して戻ってくる。恐らく俺の顔は、他の隊員や幹部たちには見せられないほど緩んでいることだろう。だがそれも止むナシだ、こんな反応するやつを見てにやけないわけがない。
ぎりぎりと、油の刺さってない機材の様にぎこちない動きで此方を見る。
真っ赤に熟れたトマトのように耳まで染めて、どこか恨めしそうに、しかし羞恥を隠しきれない視線に。
意地悪く、笑みを浮かべる。

「顔色、よくなったなぁ?」
「~~~~~ッッ!!喧しかッッ」
「なんだぁそれ」



どうやら十年バズーカの故障と言うのはひどいようで、一時間経っても入れ替わる様子はない。俺としてはバズーカの故障万歳というところだが。
先のやり取りで拗ねてしまった真守を引っ張って飯を食べ、今は雑貨を見て回っている。女は幾つになってもアクセサリーが好きな生き物だ。いや、今の真守の歳ならその身を飾りたくなるのは当然の事か。

「何か欲しいもんでもあったかぁ?」
「い、いえ!ないです!!」
「何時まで引きずってんだぁ、うぶな奴」
「あ"ーーーーーッやめてよして言わないでそれ以上口開きやがりましたらぶっ叩くですよ!!」
「日本語おかしくなってんぞぉ、お前」

傍にいると気恥しいのか、俺から離れて雑貨を見ている。仕方ない奴だと思いつつも店内を回ってるとふと一つの雑貨が目に入った。真守は別のブレスレットやイヤリングなどを見ていてこちらを見ていない。俺は店員を呼んでその雑貨を購入することにした。
会計を済ませ、包みを受け取る。

「う"ぉ"い、そろそろ出るぞぉ」
「あ、はーい」

真守を呼んで一緒に店内から出る。
外はまだ明るい。店の外で、相手に向き直る。

「う"ぉ"い、真守、手ェ出せぇ」
「え、なんですか?」

少し警戒しがちではあるが、言われた通りに俺より一回りほど小さい手の上に、そっとさっき買った指輪を置く。どういう状況なのか、こればかりは理解が追いつかないようで瞬きをしている。

「持っとけぇ」
「えっと…これは…?」
「いいから」
「……、」

手元に置かれた指輪を見て、少し黙りこむ。土産なのか贈り物なのか、どう解釈したかは分からないが、真守は考えるように静かに目線を落とす。
別にそのリングの意味を彼女がどう解釈しようと構わない。気紛れと言えば気紛れだし、十年後の自分と会ったという証にしてもいいとも思った。理由など、何だって当てはまる。
だが、そこに意味をつけるとするなら。そんなキレイごとなものではなく。
独占的、束縛的な、見苦しい内容になるだろう。
それをわざわざ過去から来たこいつに言う事はないし、俺の中だけの意味として留めておきたい。
暫しの沈黙を、真守の小さな声が破る。

「ずるい、です」
「あ"ぁ?」
「十年でこんなに余裕たっぷりになっちゃって、私、振り回されっぱなしです」
「安心しろぉ、お前も十年経てばもっとイイ女になってるからよぉ」
「ッ~~~…。本当ですか」
「嘘つくように見えるかぁ?」
「…、分かりました。これは、大事に取っておきます。ですが、生憎今の私には贈れるものも返せるものもありません。お金ないですし」
「んなもん別に期待してねぇ、気にす」

がくんッ、と体が傾いた。髪を引っ張られたと気付いた時にはすでに前のめりになった。完全に気が緩んでいたせいで体勢を立て直せないところまで引かれている。
真守との距離が近くなり、顔が、近く。

「ですので、十年後に必ずお返しします。このリングと共に、貴方の隣に居るカタチで」

囁きが聞こえた。
耳元で、
静かに、無邪気に、淑やかに。
ああ、これはやられた。
一本、取られたなぁ。
引かれた髪から手が離れ、どんな顔をしてるのか見えるところで、
再び煙が彼女を隠してしまった。



「…、あら?」
「…よ"ぉ」

その煙が晴れた頃には、元の見慣れた真守がいた。
きょろきょろと辺りを見渡して、十年後の世界に戻ってきたことを確認する。

「戻ってきたみたい」
「楽しかったかぁ?十年前の世界はよ」
「そうだね、若いあなたに会えてとても楽しかったよ。相も変わらず煩かった」
「そうかよ、」
「十年前の私に、変なことしなかった?」
「はぁ?するわけねェだろぉ、青い実を食べる趣味はねぇ」
「うーわ品のない言い方。それ以上は自重してよね」
「こっちは十年間待ったんだぁ、文句言うのは筋違いだろぉ」
「何のことよ」
「今更我慢しろっていうのは無理だっていってんだぁ」
「自重しろって言ってんでしょバカ鮫」

慌てる事も、焦る事もない落ち着いた姿に少し昔の彼女を名残惜しくも思ったが、やはりこちらの方が俺としても落ち着く。
ちらりと彼女の首元を見ると、普段してないはずのネックレスがぶら下がっていた。服の隙間からは、十年前の彼女に渡した贈り物が顔を覗かせている。
借り、しっかり返してもらったぜぇ。
バズーカの効力も消えて戻ってきたことだ、帰るぞと声をかけてバイクに跨る。真守にヘルメットを渡して跨ったのを確認すると、あ、と思い出したように声を上げた。

「そういえば、会議出てくれた?」
「…、」
「…え、ちょっと、何か言ってよ。ねえ、もしかして出てないの?ねぇ」
「舌噛むぞぉ」
「ねえちょっと!!出なかったの?!信じられない!私が出れなかったら普通出るのあなたでしょ?!また私の仕事が増え」

説教をかき消すようにアクセルをふかして、イタリアの町を後にした。
そんな昼下がりのお話。




(2017.10.5)
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