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Yamamoto novel

「はい、どうぞ」
「ぁ…あざっす!」
「部活、頑張ってね」

一年の夏、一目惚れしました。



ワーワーとグラウンドに響く掛け声。暑い日差しの中、汗をかきながら土を抉ってグラウンド走り回る。
現在バッティングの練習でボールがポンポン遠くに飛んでいく。丁度外野にまわっていた俺は体育館近くに落ちたボールを拾いに向かった。体育館近くに行くと外同様、活気のある声が飛び交っていた。

「声出して―!」
「そこスクリーン遅い!もっと早く!」
「ナイスシューッ!」

体育館では女子バスケと女子バレーが練習をしていた。バタバタと走る音とキュッ!と足を止める際に鳴る音が耳に入ってくる。

「(あ、居た)」

コートを駆ける一人の女の子。
俺は格子型の出入り口で拾ったボールをグローブに収めたまま、体育館内の様子を見ていた。どっちかっていうとその女の子だけど。
ビー!とブザーが鳴り、最後の組がシュートを決めたと同時にその女の子が声を上げた。

「フリースロー二本決めた人から休憩ねー!」

はいッ!とチームメイトが大きな声で応え、ボールを持つ人とゴール下で待つ人と分れた。バスケには詳しくないが、打ったボールをゴール下に居る人が取る、的な感じなんだろうな。
キャプテンであろうその女の子はすぐ二本決め、体育館の隅に行った。かと思ったらタオルを首にかけて格子型の出入り口に来てガァ、と扉をスライドさせた。
目が合った。

「あれ、山本くん?」
「ぁ、先輩…」

柴野真守先輩。
並盛中女子バスケのキャプテンで、俺が一年の時に体育館付近に飛んで行ったボールを拾ってもらった現在三年生の先輩。
ボールを拾ってもらって一目惚れとは我ながら単純だと思うけど、しちゃったもんはしょうがねーよな。ビビビッってきちゃったんだし。
タオルで汗を拭きながら外に出てくる零先輩を見てひとまず声をかけてみる。

「休憩っすか?」
「うん。山本くんはどうしたの?」
「ボール、取りに来たんスよ」
「そっか」

ちょっとごめんね、と言って外の水道でバシャバシャと顔を洗って、水を飲む。じっ…とその姿を見てみる。
白いTシャツ。下地がグレーで黒のラインの入ったズボン。白の靴。水色のタオル。ハードな練習をしているせいか腕とかにも汗をかいていた。体育館も外とはまた違う暑さがあるからなぁ、籠る暑さ、みたいな。きつそう。
それはそうと、先輩すげー汗。汗でTシャツが肌にくっついてる。…何か、うん。エロい。しかも白だから下がうっすら…。

「せんぱーい、」
「っ!」
「ん?」
「ダッシュのにコーン使いますか?」
「あ、うん。今日八の字ダッシュだから四つ出しといてもらえる?」
「えー八の字ですか?!むっちゃきついじゃないですかー!」
「シューティングしましょうよー」
「だーめ。やるの」

はぁ~い…と後輩であろう子たちはコーンをだしに行ってしまった。相当嫌なんだろうなぁ。はーいが落ち込んでた。

「大変そうっすね」
「まぁね。キャプテンは大変だ」

おどけたように言う先輩かわいい。
そのあと体育館からブザーが鳴り、戻らなきゃ、と言って先輩は体育館に戻ったが、あ、と思い出したように振り返った。うわ、かわいい。

「そう言えば、山本くん練習はいいの?」
「あっ」
「おい山本――!お前何してんだ――!」

グラウンドの端で俺を呼ぶ声が聞こえてきた。しまった、ついつい。

「やっべ!じゃあ先輩、部活頑張ってください!」
「うん、そっちも頑張ってね」

先輩の頑張れでやる気を出た。頑張ろう。
しかしそのやる気はサボったペナルティのグランド十周に費やす事になった。



放課後。時間的には7時半。他の部活はすでに片付けを終えて帰っていた。
かくいう俺も帰る筈だったのだが、サボったペナルティー2として片付けをさせられていた。心配した友達が手伝おうかと言ってきたけど、これは俺のペナルティー、誰かに押し付ける訳にはいかないので、先に帰って良いぜ?と言って帰させた。しかし一人でグラウンド整備はキツい。
整備を終えた俺は制服に着替え、帰る事にした。
体育館前を通りかかると、まだ電気がついていた。ボールの弾む音も聞こえる。誰かまだ練習してんのかな?
ひょい、と覗き込むと誰かが1人でシュートをうっていた。他の部員はいない。
柴野先輩だけが残って練習していた。シュートをうって転がったボールを拾う際、覗いていた俺と目が合った。あれ?と先輩が不思議そうな声を出した。

「山本くん。まだ帰ってなかったの?」
「グランド整備してたら遅くなっちゃったんス。先輩こそ、まだ練習っすか?」
「うん。でももう終わるよ」
「見ててもいいっすか?」
「いいけど…見てても面白くないよ?」
「別にいいっすよ」

そう?と言って零先輩は再びシュートをうち始めた。ゴールの網をくぐる音が連続して静かな体育館に響く。




8時前。
よーし、と言って先輩はシュートをうつのをやめてボールを片づけ始めた。俺も片付け手伝うっすよ、というと大丈夫だよ、と遠慮されたが2人でやった方が早いと言うと笑ってありがとうと言われた。うわ、ドキドキする。テンションあがっちまう。
片付けを終えて先輩が着替えるのを待って、支度が出来たみたいだから一緒に帰ることにした。夏だから少し明るいけど、2人だけって。おいしすぎるでしょこれ。

「ごめんね山本くん、片付け手伝ってもらっちゃって」
「いいっすよ別に。大したことじゃないし」
「ふふふ。ありがと」

あぁもうホントにかわいい。俺より身長低いからかな。声とか?笑った顔とか?いや全部可愛いから可愛いんだよなー。
なんて考えてると、ふと思った疑問を口にした。

「そういえば、明日大会なんすよね?」
「うん。私たちはシード権があるから、Aブロックの地区予選を突破した方と試合する事になるの。あードキドキするなぁ」
「だから遅くまで残ってたんすね」
「まぁね。そのまま帰っちゃうの勿体ない気がしちゃって。何てったって最後の大会だもん、悔いがないようにしたいからさ」

その言葉に、俺は現実を見せられた。
最後の大会。
そっか、先輩3年生なんだっけ。来年は、もういないんだ。
急に静かになった俺を不思議そうな目で見てくる先輩。そんな顔で見ないでください、寂しくなっちゃうんで。

「どうしたの?山本くん」
「あ、いや。何でもないッス」
「そう?」

今こうして先輩と帰ることが来年にはできなくなっちゃうのか。嫌だな、先輩がいないって。つまんね。今丁度2人っきりだし、先輩に告っちゃおうかな。このまま先輩後輩の関係でばいばいなんてやだし。
足を止めて、先輩、と声をかけようとしたとき、んー、と先輩は伸びをして独り言を呟いた。

「今年こそインターハイ行きたいなぁー」
「ぁ……、」

駄目だ。できない。
今言ったら確実にテンパっちゃうし、明日の大会に集中できなくなっちゃうかもしれない。それで悔しい思いはしてほしくない。先輩には3年生最後の大会に全力を出してほしい。
そう思うと、思いを伝えるなんてできなかった。
先輩は住宅街の十字路で足を止めた。

「じゃあ山本くん、私こっちだから。今日はホントにありがとう」
「うっす。こっちこそサンキューな」
「ふふふ。じゃ、またね」

そう言って先輩は等間隔に置かれた外灯に沿って歩いて行った。
待って。俺、先輩に言いたい事があるんすよ。行かないでくれよ。
俺は少しだけ唇を噛み締めて、湧き出る思いを声にした。

「……、先輩!」
「ん?」

振り返る先輩がかわいくて。でも遠くに行ってしまうのが寂しくて。
色々話したい。もっと一緒に居たい。今日みたいに一緒に帰ったりしたい。
俺、と口にして、更に続く言葉を空気を伝わせた。

「俺、大会見に行きます!!絶対、見に行くから!」

その言葉を聞いた先輩は嬉しそうに笑って、待ってるよ、と言ってくれた。
部活あるけど、休もう。



-体育館-
その次の日の大会を見に行った。予選を勝ち抜いたチームと当たった先輩たちは圧倒的と言える点差をつけて1回戦を勝ち抜いた。その次も、そのまた次も、先輩たちのチームは順調に勝ち抜いていった。
そして、インターハイへ行くためには絶対に勝たなければいけない試合に辿りついた。相手は必ずベスト4以内にいる強豪だった。会場の外できょろきょろと見まわしていると、目的の人物が人混みの中でちらついたのを見た。

「先輩!」
「あ、山本くん」

会場入り口付近に並中のバスケ部員を見つけ、先輩を見つけた。

「準決勝っすね」
「うん。これに勝てば、インターハイは確実だからね。応援してね」
「もちろんっすよ!頑張ってな」

ぽん、と頭を撫でた。わしわしと撫でていて先輩がキョトンとした表情をしているのを見て我に返った。
しまった、何してんだ俺!

「ご、ごめんな先輩!別にその、えっと…」
「ふ、うふふ」
「せ、先輩…?」
「敬語とタメ語が混ざってるよ、山本くん」
「ぅ……、」
「でもありがと。緊張がほぐれたよ」
「キャプテン、そろそろ行きますよー」
「あ、うん。じゃあ山本くん、頑張ってくるね」
「あ、おう!頑張ってな!」

ひらひら、と手を振って人混みの中に消えていった。
試合は始まり、相手が強豪故に接戦を強いられていた。ゴールを決めて突き放したかと思えば食らいついて突き放され、追いつき追い越せ状態になっていた。歓声も応援もより白熱して空気が痺れるぐらいだ。
ドキドキして、めちゃくちゃ興奮して、俺も大声で応援した。
残り10秒。ボールは並中側にあったが残り5秒でボールが相手に移ってしまった。けれど先輩がいち早く戻り、コートの半分辺りで一対一の状況が出来上がり、残り1秒、ブザーが鳴る瞬間に相手は苦し紛れのシュートをうった。
入らないと思った。絶対に先輩たちの勝ちだと確信した。それはおそらく先輩たちも同じ気持ちだと思う。
しかし、心臓がひときわ大きく脈を打った。
パスン、と。
ボールが、ゴールネットをくぐった。それと同時に、得点板が数字を変える。
デカイ歓声が相手側から沸き上がった。

「うそ…だろ……」

コートを見下ろせば、呆然と立っている背番号4番が居た。
外に出てみればみんな泣き崩れていた。悔しくてわんわん泣いていた。座り込んで立ち上がれない子もいた。傍から見ている俺も泣いてしまいそになる。
きっと、先輩も泣いている。
俺は先輩を探して、見つけた。しかし、先輩は泣いていなかった。それどころか、泣き崩れて立ち上がれない子に声を掛けながら立ち上がらせようとしていた。
悔しくないはずはない。あんな負け方をして、悔しくないはずはないのに。

「(我慢、してんのかな。三年生として。キャプテンとして。最後まで凛々しくいようと思ってるのかな)」

考えていると先生の話に入り、それが終わればバスに乗り込み、最後の大会の会場から静かに去って行った。
俺も並中に戻ろう。先輩、きっと残ってるだろうから。



並中に戻って体育館に行くと、案の定誰もいないはずの体育館に誰かがボールを持って立っていた。
誰、何て野暮だ。

「先輩、」

声をかけると、声に反応して俺の方を見た。

「やま も、と くん」

声が震えてる。
今にも泣きそうな顔をして俺を見詰めてくる。近づくと、先輩はボールに目を落として俯いてしまった。
先輩、と声をかけると噛み締めた唇をゆっくり開けた。

「まけ ちゃった」

顔を上げて、そんな風に笑った。

「駄目だね、最後油断しちゃった。まさか入るだなんて思わなくって。あはは、完全に私のミスだよ。みんなに申し訳ないや」

寂しそうに笑ってそう言う先輩は、まるで許しを乞うているようだった。自分の油断のせいで、試合に負けてしまったのだと。
だから、泣いちゃいけないと思ってるのか。ミスをしたくせに私は精一杯やったという顔をするのは筋違いだと。
先輩、ともう一度声をかけた。
バスケの事は、よく分からない。用語も分からなきゃルールも詳しくない。
でも、先輩。

「―――、ぁ……そろそろ帰ろっか、山本く」

腕を掴んで、ぎゅっと抱きしめた。
自分より小さい、勇敢な人を。
我慢なんてしなくていい。

「泣きたいときは、泣けばいいぜ。先輩」
「っ……、ふ ぇ…ぅ、」

そう伝えると、先輩は嗚咽を口にした。
そして栓が外れたように、泣いた。
ずっと、ずっと。悔しいって口にして。
一生懸命だったから。必死だったから。負けたくなかったから。誰より頑張ったからこそ、悔しさも増す。その悔しい思いが、先輩の声や涙から伝わってくる。
俺は何も言えず、腕の中で泣きじゃくる先輩を抱きしめた。どうしてだか俺も泣けてきてしまって、すんと鼻を鳴らす。
二人分の泣き声が、体育館に反響した。





そんなこともあった、2年の夏。
それから数か月経った今は、3年の春。
先輩たちは卒業式だ。

「せんぱぁぁいぃ…!」
「うえぇぇん!」
「もーそんなに泣かないでよ私まで泣きたく……ふ、ぅぇぇ…」
「ちょ、あんたまで泣いてどうすんのよ!」

部活の先輩後輩の最後の会話。
卒業式自体はすでに終わり、今は別れを惜しむ時間になっていた。ある場所では泣いていたり、ある場所では思い出を語ったり、ある場所では写真を撮ったり。色んなとこで色んな卒業の仕方をしていた。
かくいう俺も、その一人。

「もう、卒業なんすね」
「うん。早いねぇ」

胸に白い花をつけ、手には卒業証書を持つ先輩。
桜の花びらが舞う中、俺も俺で別れを惜しんでいた。

「何か寂しくなるのなー」
「そうだね、私も寂しいよ。もうそう簡単にみんなと会えなくなっちゃうんだなーって」
「まだ先輩と二年しかいねーのになー」
「あははっ。そう言われると嬉しいな」

笑った顔いつも可愛いけど、今日は一段と可愛く見える。卒業式だし、会うのこれで終わりだからフィルターかけてんのかな。俺グッジョブ。

「そういえば、先輩高校どこ行くんすか?」
「私は森陵高校だよ。部活がすごい盛んな高校で、色んな部活が全国優勝準優勝してる超スポーツ高校。そこで推薦もらったの」
「そうなんすか?!森陵高校って確か甲子園常連校じゃないっすか!!先輩すげーのな!!」
「ふふふ、ありがと。推薦もらったからには頑張らないとね」

こんな会話をしてると、卒業という言葉が現実味を増していく。いや、実際卒業してるんだけど。
他愛のない話をしていると、昇降口の所から声がした。

「真守ー写真撮ろーよ!」
「あ、うん!今行くー!」

友達に呼ばれた先輩は俺の隣から立って昇降口に足を向けた。
いや、ちょっと待って。俺まだ話したいんだけど。このまま行かれたらもう二度と話せない気がする。それだけは勘弁。まだ一分も話してないんだから(実際は三十分)。
俺は立った先輩の手首を掴んで動きを止めた。

「ちょ、先輩タンマ!!」
「わっ?!」

急に止められて吃驚した先輩は目を丸くして俺を見た。

「俺、先輩と同じ高校に行く」
「え?」
「絶対同じ高校に行くから、先輩の隣空けといてほしいのな!!」
「となり…?」
「今から先輩の隣予約する。だから、俺が行くまで誰にも渡さないでくれよ」

初めはよく分かっていないような顔をしていたけど、意味が分かって顔を真っ赤にしてぱちぱちと瞬きをした。困ってる先輩かわいい。
突然で戸惑って視線をあちこちに泳がせていたが、少しだけ頬が上がった。

「それは、」
「え、」

するりと。掴んでいた手が抜けた。

「山本くんが同じ高校に来れたら、ね?」

う わ。

「それじゃ、頑張って。野球少年」

そう言って、先輩は昇降口の方へ行ってしまった。俺は暫く立ち尽くし、やがて壁に背を預けた。

うわ、うわ。マジか。
顔熱い。ていうか体中熱いんだけど。すっげードキドキしてる。これ外に漏れたりしてないよな?やばかった。今のはやばかった。ギャップってやつなのかな。すげぇキた。何今の滾る。誰得だよあぁ俺得か。めちゃくちゃ得したな俺。
わけわかんないことを頭の中で連呼して、俺は両手で顔を覆った。

「反則っすよ…先輩」

悪戯に笑った先輩に完全に落とされた、三年の春だった。





(2008.8.25)
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