美味しい料理はハートも掴む
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今日は、訓練生達の解散式らしく私は朝から大忙しだった。パーティーの様な催しになるので少し豪華な夕食を何品か出すために朝食が終わった後から仕込み等でてんてこ舞いだった。
私は104期訓練生が入ってくるよりも一年前に勤務になった為この様な催しがある事自体は知っていたが実際に自分が配置されるのは初めてだった。
新人という事もあり人手のいる解散式に割いた人員の穴を埋めるべく憲兵団の食事の用意をした覚えがある。
私はたっての希望もあって、主には調査兵団の食事担当にあたっていたが、当番制の訓練生の夕食の準備も何回か手伝いに出向いた事もあり訓練生達に振る舞う料理を作るとなれば俄然精が出る。
今夜の夕食分の食材には肉も支給された為ローストビーフにでもしようかなと思案していた所、ふと頭の中にサシャやコニー辺りがとても喜んで肉の取り合いでわいわいとする訓練生達の姿が思い浮かんで思わず頬が緩む。
この三年間の訓練で多くの訓練生が耐え切れず辞めていってしまったり、中には過酷な訓練に命を落としてしまう者もあった。その度に食堂で見なくなる顔が増えるというのは悲しいものがあった。
調査兵団なんかは壁外調査の後の人数の減少はかなりのものだった。けれど食事の時だけでも幸せな気持ちになってもらいたいと願う自分自身が暗い顔をしていては美味しい食事も不味くなってしまうだろう。
誰かが言っていたのか、何かのお話で見た事があるのか記憶が定かではないが
"遺された者はその分想いを背負って生きろ、過去を語るな未来を語れ"
という言葉が昔からずっと私の胸の中にある。これは決して亡くなった者の事を忘れる、無下にするというわけではないと思っている。
思い出して悼むのは大事だがいつまでも引きずってばかりではいけないという意味だろうと自分の中で反芻している。
きっと遺された私達が悲しみに暮れた顔で毎日を過ごすよりも幸せに笑顔で暮らしている方がずっと良いだろう。
けれどやはり大事な仲間や家族が命を落としてすぐ立ち直れというのも無理がある、その為にせめて私だけはと少しでも安らぎを提供したいのである。
勿論私だって悲しくないわけではない、ただ…悲しみに暮れている所を見られたら悟られたりするのが居心地が良くない為、誰にも見られない様深夜の食堂で一人落ち込んでいたりもする。
今夜はとびきり美味しくて、楽しい食事になれば良いなと思いを込めて私は再び仕込みの作業へと意識を戻した。
解散式も無事終わり、私が見ている限りでは大きな揉め事も無かった様だった。食器や残飯の片付けをし、テーブルを台拭きで拭いていた所、隅のテーブルにジャンが一人ぽつんと座っていた。
もう食堂には訓練生達は一人も居ない中、何やら不機嫌そうな神妙な面持ちで俯いているジャンが気になった私は声を掛けてみる事にした。
洗い物やその他は断りを入れ一旦他の職員に任せ、王室に出向した際にいただいて持って帰ってきたクッキーを4枚小皿に乗せてジャンが座っているテーブルへと近寄った。
「お客さん、もう閉店ですよ〜」
「あぁ…、すいませ…ってアリスじゃねぇか」
テーブルへクッキーが乗った小皿を置きながら茶化してみれば、ジャンは驚いた様に此方に顔を向け目を瞬かせた。
隣、お邪魔しても大丈夫?と首を傾げれば無言でジャンは壁際へと場所を詰め、私が座る為に十分なスペースを空けてくれた。そこへ腰を下ろし、今日の解散式はどうだった?と訊ねればジャンは何か言いた気に一瞬口を開くもすぐに口を噤んで押し黙ってしまった。
あちこちと視線を彷徨わせては髪の毛をがしがしと掻き毟っている。
「ジャン、こっち向いて」
「あ?何だよ…、むぐっ!?」
あまりにも煮え切らないその態度に痺れを切らした私は徐にクッキーを一枚摘み、此方を向いたのを見計らいジャンの口の中へと突っ込んだ。
私は丁度キッチンへと行っておりその場に居合わせなかったが、エレンが何やら一悶着あったというのは聞いた為よく喧嘩をしている二人な事もあり、その事だろうと思っていた。
ここまでジャンが引きずるのは珍しいなと思いながら何か反論した気なジャンの顔を覗き込んでは今し方突っ込んだクッキーがしっかりと飲み込まれるのを待った。
「おい、お前急に何すんだ!」
「今日、エレン関係で何かあったみたいだけどジャンがエレンと何かあったの?」
「…ちげぇ、それとは関係ねえ」
漸くクッキーを飲み込んだジャンから出てきた非難の言葉は一旦無視し、エレンと何かあったのかと聞くとどうやら今日の一悶着とは関係無いとの事でてっきりそれが原因だと思っていた私は瞳を何度か瞬きさせ首を傾げた。
その後、嫌々ながらもぽつりぽつりとだが話してくれた今日のジャンの様子の理由としては、最終成績がエレンよりも一つ下だった事、自分が憲兵団を目指すのは間違っていないという意思が少しだけ揺らいでしまった、その二つが主な理由だと言う。
「ジャンって本当にエレンにだけは突っかかっていくよね」
といつもいつも喧嘩を繰り広げている二人を食堂で見ていた私はクッキーを一枚摘み、齧りながら笑った。
毎日の様に喧嘩をする二人はもう仲が悪いを通り越して逆に仲が良いのではないかとさえ思えてくる。
それに対してジャンは不機嫌そうにふん、と鼻を鳴らし眉間に皺を寄せている。
私が見ている限り、二人は思考傾向は正反対だ。エレンは巨人を駆逐するという執念とも取れる程の決意を胸に無鉄砲に前だけを見て突き進んでいくタイプで、対してジャンはとても保守的な考えを持っている。
憲兵団として内地で安全な暮らしをするという考えも恐らくその為だろう。
巨人に敵うはずがない、自分は非力であると皮肉にもとても現実的で自分の置かれている状況がよく把握できていると思う。
そんな二人が噛み合う訳がない。
「成績に関しては、ひたすらに何事にも全力で取り組むエレンに点数さえ取れれば良いって舐めてかかってたジャンが負けるのは当然だよ。塵も積もれば山となるって言葉、知ってる?」
「うるせぇな、お前は俺の母ちゃんかよ」
「い"っ…、痛い痛い!!」
至極当たり前の第三者視点からの意見を揶揄い混じりに人差し指をくるくると回しながら述べれば思い切り頬を抓られあまりの痛さに思わず叫んだ。
痛いよジャン坊!と追い討ちを掛ければ、私が持っていたクッキーが手中からさっと奪い取られ、ジャンの口の中へと消えていった。
あぁ…、私のクッキー…。
ジャンと比較的一緒に居る仲が良いであろうマルコからジャンの素行については度々聞いていた。点数が付いていない訓練には真面目に取り組んだ試しが無い、統率が取れずに困っていると。
兵士の事を何も知らない、訓練もしてこなかった私が口出しできる立場ではないが、確かにそれでは集団での統率も取れず信頼関係も生まれないだろう。
マルコが嘆いていたのを可哀想に思っていた私はこの機会にジャンに物申してみようと思ったのだった。けれど先程の激情してこない落ち着いた反応を見るにジャンも薄々とだが自分がエレンに負けた理由を気付き始めていたのであろう。
私の頬から手を離したジャンは「分かってんだよ…」と小さく覇気無く呟いた後再び俯いてしまった。
「でもここまで三年間、身体も無事で成績も上位でやってこれたのは凄い事だと思うよ。ちょっとだけ足りなかっただけできっとジャンが何事にも全力で取り組んでいたら今のエレンよりももっと上位に居たんじゃないかな」
抓られた頬を摩りながら声を掛ければ不貞腐れた様に口をへの字に曲げ、頬杖をついてしまった。
遠回しに褒めてるんだよ、と頬杖をつく腕を人差し指で突つきながら伝えれば普通に褒めろ、と気に入らない様子。
「憲兵団の事だけどさ」
と私が切り出すとジャンはぴくりと反応し、こちらへ視線だけを向けた。手持ち無沙汰にクッキーをもう一枚摘まめばそれを齧りながら続けた。
「駐屯兵団でも憲兵団でも調査兵団でも、厳しい訓練を耐え抜いてそれで自分で選んで掴み取ったものならその選択は間違いではないんじゃないかな」
この言葉は慰めでも励ましでもジャンを安堵させるために言ったわけでもなく私の本心からの言葉だった。
自分の目標に向かって努力する事は、例えそれがどんな事であっても努力した人自身の信じて進む道なのだから誰にも否定はできないと思う。
倫理観や善悪は無しに、人それぞれ多様な視点や価値観がある。世間の大多数が正しいと思う事も少数からしたらそれは間違いとも取れる。
正義や悪についても同様の事が言えると思っている私には選択として何が間違っているか、何が正解なのかという明確な決定事項は無いと思っていた。
「エレンの思考や行動も、同じくジャンのそれも。人それぞれ思考や価値観や生きてきた環境、どれも違うんだから誰が間違いで誰が正解とかは無いんじゃないかな、…何て、あはは」
兵士でもない、生きてきた年月も満足に満たない自分がこんな話を説いても良いのだろうかと今更恥ずかしくなり尻すぼみになってしまい思わず照れ隠しに笑ってしまう。
齧りかけのクッキーへと視線を落とすと横から小さな声が聞こえてきた。
「エレンの言っている事は間違っちゃいない。分かってんだよ、戦わなきゃいけねぇ事ぐらい」
自分に言い聞かせる様に、また愚痴とも取れる様なその言葉に私は大人しく耳を傾ける事にした。
悩んでいる時や不満がある時、そんな時は誰かに聞いてもらう、或いは言葉にして昇華させる事が大事だと以前マルコから言われた事がある。
だから時たま私とマルコは愚痴大会なるものを開催していた。
私は特にこれと言って大きな悩み等は無いのだがマルコはあの人柄もあり、胃に穴が空きそうな案件をいくつか話してくれる事があった。けれどやはり話終わった後は多少すっきりとした顔をしているのでこの方法は結構画期的なんだろうと思っている。
紡ぐ言葉に静かに耳を傾けていれば絞り出す様な声でジャンは呟いた。
「でも…、分かっていてもエレンみたいな馬鹿にはなれねぇ。誰しもあいつみたいに…強くないんだ」
あまりにも苦しそうに悔しそうに言うものだから思わずちらりと視線だけをジャンに向ければジャンも此方を見ていた様で、ふいっとすぐに視線を逸らし「情けねぇ…、かっこ悪ぃな俺」と自嘲する様に小さく笑った。
きっとジャンは自分が巨人に弱く非力な事を知っていて、それでも抵抗しようとする強い意志を持ったエレンに憧れに似た何かを抱いているのだろう。
自分に足りないものを持ち、まじまじと思い知らされるエレンの言動に半ば嫉妬の様なものがどこかにあったと考えると今までエレンに突っかかっていたジャンの態度には合致がいく。
齧りかけのクッキーを口に放り込み、ゆっくりと咀嚼して飲み込んだ後、私は口を開いた。
「かっこ悪くなんかないよ。自分が強くは無いって自覚しているからこそ弱い人達の気持ちが分かるだろうし、慢心しない的確な判断とかもできると思うんだよね。…上手く言えないんだけど、強い人にも良い所があって、反対に弱い人にも良い所はあるんだよ」
「アリス…」
「強いからかっこいいとか弱いからかっこ悪いとかないよ。生き様がかっこいいか悪いか、が大事じゃないかな」
残り一枚のクッキーをジャンに差し出し、我ながら恥ずかしいセリフだなと思いつつ笑いながら精一杯伝えればジャンは目を見開き、此方を穴が空く程凝視した後困った様に眉を下げつつ、でもそれでいて嬉しそうに笑った。
私が差し出したクッキーを受け取ったジャンの顔は先程よりも幾分か憑き物が落ちた様なすっきりとした表情をしていた。
やはりマルコの言っていた事はあながち間違いでもない様だ。
「だから、自分の信じたものを大事に、選択に悔いがないようにね」
二の腕を拳で軽く小突けば「ありがとな」と短く感謝の言葉が返ってきた。
少しは元気になった様子でクッキーを口にするジャンの横顔を眺めていれば私の視線に気が付いたのか徐に頭の上に掌を乗せてわしわしと乱雑に髪の毛を撫でられた。
「えっ、ちょ、ちょっと!」
思いの外乱雑に撫でられ抗議の声を上げればジャンはそんな私を鼻で笑っては立ち上がり、一回だけ優しく髪を整える様に頭を一撫でしてから
「今日の飯のローストビーフ、お前が作ったやつだろ。…あれが一番美味かった」
と一言だけぶっきらぼうに告げると、じゃあなと片手をひらりと振りながら食堂から出て行ってしまった。
他にも料理は沢山あったというのに私が一人で仕込んだ料理がピンポイントで褒められた事に、乱された髪の毛もそのままにぽかんと口を開けたままジャンが出て行った後を暫し見詰めていたが、じわじわと嬉しさが湧いて出て思わずゆるゆるに頬が緩む。
きっと明日も良い日だろう、何だかそんな気分になれる一言だった。
私は104期訓練生が入ってくるよりも一年前に勤務になった為この様な催しがある事自体は知っていたが実際に自分が配置されるのは初めてだった。
新人という事もあり人手のいる解散式に割いた人員の穴を埋めるべく憲兵団の食事の用意をした覚えがある。
私はたっての希望もあって、主には調査兵団の食事担当にあたっていたが、当番制の訓練生の夕食の準備も何回か手伝いに出向いた事もあり訓練生達に振る舞う料理を作るとなれば俄然精が出る。
今夜の夕食分の食材には肉も支給された為ローストビーフにでもしようかなと思案していた所、ふと頭の中にサシャやコニー辺りがとても喜んで肉の取り合いでわいわいとする訓練生達の姿が思い浮かんで思わず頬が緩む。
この三年間の訓練で多くの訓練生が耐え切れず辞めていってしまったり、中には過酷な訓練に命を落としてしまう者もあった。その度に食堂で見なくなる顔が増えるというのは悲しいものがあった。
調査兵団なんかは壁外調査の後の人数の減少はかなりのものだった。けれど食事の時だけでも幸せな気持ちになってもらいたいと願う自分自身が暗い顔をしていては美味しい食事も不味くなってしまうだろう。
誰かが言っていたのか、何かのお話で見た事があるのか記憶が定かではないが
"遺された者はその分想いを背負って生きろ、過去を語るな未来を語れ"
という言葉が昔からずっと私の胸の中にある。これは決して亡くなった者の事を忘れる、無下にするというわけではないと思っている。
思い出して悼むのは大事だがいつまでも引きずってばかりではいけないという意味だろうと自分の中で反芻している。
きっと遺された私達が悲しみに暮れた顔で毎日を過ごすよりも幸せに笑顔で暮らしている方がずっと良いだろう。
けれどやはり大事な仲間や家族が命を落としてすぐ立ち直れというのも無理がある、その為にせめて私だけはと少しでも安らぎを提供したいのである。
勿論私だって悲しくないわけではない、ただ…悲しみに暮れている所を見られたら悟られたりするのが居心地が良くない為、誰にも見られない様深夜の食堂で一人落ち込んでいたりもする。
今夜はとびきり美味しくて、楽しい食事になれば良いなと思いを込めて私は再び仕込みの作業へと意識を戻した。
解散式も無事終わり、私が見ている限りでは大きな揉め事も無かった様だった。食器や残飯の片付けをし、テーブルを台拭きで拭いていた所、隅のテーブルにジャンが一人ぽつんと座っていた。
もう食堂には訓練生達は一人も居ない中、何やら不機嫌そうな神妙な面持ちで俯いているジャンが気になった私は声を掛けてみる事にした。
洗い物やその他は断りを入れ一旦他の職員に任せ、王室に出向した際にいただいて持って帰ってきたクッキーを4枚小皿に乗せてジャンが座っているテーブルへと近寄った。
「お客さん、もう閉店ですよ〜」
「あぁ…、すいませ…ってアリスじゃねぇか」
テーブルへクッキーが乗った小皿を置きながら茶化してみれば、ジャンは驚いた様に此方に顔を向け目を瞬かせた。
隣、お邪魔しても大丈夫?と首を傾げれば無言でジャンは壁際へと場所を詰め、私が座る為に十分なスペースを空けてくれた。そこへ腰を下ろし、今日の解散式はどうだった?と訊ねればジャンは何か言いた気に一瞬口を開くもすぐに口を噤んで押し黙ってしまった。
あちこちと視線を彷徨わせては髪の毛をがしがしと掻き毟っている。
「ジャン、こっち向いて」
「あ?何だよ…、むぐっ!?」
あまりにも煮え切らないその態度に痺れを切らした私は徐にクッキーを一枚摘み、此方を向いたのを見計らいジャンの口の中へと突っ込んだ。
私は丁度キッチンへと行っておりその場に居合わせなかったが、エレンが何やら一悶着あったというのは聞いた為よく喧嘩をしている二人な事もあり、その事だろうと思っていた。
ここまでジャンが引きずるのは珍しいなと思いながら何か反論した気なジャンの顔を覗き込んでは今し方突っ込んだクッキーがしっかりと飲み込まれるのを待った。
「おい、お前急に何すんだ!」
「今日、エレン関係で何かあったみたいだけどジャンがエレンと何かあったの?」
「…ちげぇ、それとは関係ねえ」
漸くクッキーを飲み込んだジャンから出てきた非難の言葉は一旦無視し、エレンと何かあったのかと聞くとどうやら今日の一悶着とは関係無いとの事でてっきりそれが原因だと思っていた私は瞳を何度か瞬きさせ首を傾げた。
その後、嫌々ながらもぽつりぽつりとだが話してくれた今日のジャンの様子の理由としては、最終成績がエレンよりも一つ下だった事、自分が憲兵団を目指すのは間違っていないという意思が少しだけ揺らいでしまった、その二つが主な理由だと言う。
「ジャンって本当にエレンにだけは突っかかっていくよね」
といつもいつも喧嘩を繰り広げている二人を食堂で見ていた私はクッキーを一枚摘み、齧りながら笑った。
毎日の様に喧嘩をする二人はもう仲が悪いを通り越して逆に仲が良いのではないかとさえ思えてくる。
それに対してジャンは不機嫌そうにふん、と鼻を鳴らし眉間に皺を寄せている。
私が見ている限り、二人は思考傾向は正反対だ。エレンは巨人を駆逐するという執念とも取れる程の決意を胸に無鉄砲に前だけを見て突き進んでいくタイプで、対してジャンはとても保守的な考えを持っている。
憲兵団として内地で安全な暮らしをするという考えも恐らくその為だろう。
巨人に敵うはずがない、自分は非力であると皮肉にもとても現実的で自分の置かれている状況がよく把握できていると思う。
そんな二人が噛み合う訳がない。
「成績に関しては、ひたすらに何事にも全力で取り組むエレンに点数さえ取れれば良いって舐めてかかってたジャンが負けるのは当然だよ。塵も積もれば山となるって言葉、知ってる?」
「うるせぇな、お前は俺の母ちゃんかよ」
「い"っ…、痛い痛い!!」
至極当たり前の第三者視点からの意見を揶揄い混じりに人差し指をくるくると回しながら述べれば思い切り頬を抓られあまりの痛さに思わず叫んだ。
痛いよジャン坊!と追い討ちを掛ければ、私が持っていたクッキーが手中からさっと奪い取られ、ジャンの口の中へと消えていった。
あぁ…、私のクッキー…。
ジャンと比較的一緒に居る仲が良いであろうマルコからジャンの素行については度々聞いていた。点数が付いていない訓練には真面目に取り組んだ試しが無い、統率が取れずに困っていると。
兵士の事を何も知らない、訓練もしてこなかった私が口出しできる立場ではないが、確かにそれでは集団での統率も取れず信頼関係も生まれないだろう。
マルコが嘆いていたのを可哀想に思っていた私はこの機会にジャンに物申してみようと思ったのだった。けれど先程の激情してこない落ち着いた反応を見るにジャンも薄々とだが自分がエレンに負けた理由を気付き始めていたのであろう。
私の頬から手を離したジャンは「分かってんだよ…」と小さく覇気無く呟いた後再び俯いてしまった。
「でもここまで三年間、身体も無事で成績も上位でやってこれたのは凄い事だと思うよ。ちょっとだけ足りなかっただけできっとジャンが何事にも全力で取り組んでいたら今のエレンよりももっと上位に居たんじゃないかな」
抓られた頬を摩りながら声を掛ければ不貞腐れた様に口をへの字に曲げ、頬杖をついてしまった。
遠回しに褒めてるんだよ、と頬杖をつく腕を人差し指で突つきながら伝えれば普通に褒めろ、と気に入らない様子。
「憲兵団の事だけどさ」
と私が切り出すとジャンはぴくりと反応し、こちらへ視線だけを向けた。手持ち無沙汰にクッキーをもう一枚摘まめばそれを齧りながら続けた。
「駐屯兵団でも憲兵団でも調査兵団でも、厳しい訓練を耐え抜いてそれで自分で選んで掴み取ったものならその選択は間違いではないんじゃないかな」
この言葉は慰めでも励ましでもジャンを安堵させるために言ったわけでもなく私の本心からの言葉だった。
自分の目標に向かって努力する事は、例えそれがどんな事であっても努力した人自身の信じて進む道なのだから誰にも否定はできないと思う。
倫理観や善悪は無しに、人それぞれ多様な視点や価値観がある。世間の大多数が正しいと思う事も少数からしたらそれは間違いとも取れる。
正義や悪についても同様の事が言えると思っている私には選択として何が間違っているか、何が正解なのかという明確な決定事項は無いと思っていた。
「エレンの思考や行動も、同じくジャンのそれも。人それぞれ思考や価値観や生きてきた環境、どれも違うんだから誰が間違いで誰が正解とかは無いんじゃないかな、…何て、あはは」
兵士でもない、生きてきた年月も満足に満たない自分がこんな話を説いても良いのだろうかと今更恥ずかしくなり尻すぼみになってしまい思わず照れ隠しに笑ってしまう。
齧りかけのクッキーへと視線を落とすと横から小さな声が聞こえてきた。
「エレンの言っている事は間違っちゃいない。分かってんだよ、戦わなきゃいけねぇ事ぐらい」
自分に言い聞かせる様に、また愚痴とも取れる様なその言葉に私は大人しく耳を傾ける事にした。
悩んでいる時や不満がある時、そんな時は誰かに聞いてもらう、或いは言葉にして昇華させる事が大事だと以前マルコから言われた事がある。
だから時たま私とマルコは愚痴大会なるものを開催していた。
私は特にこれと言って大きな悩み等は無いのだがマルコはあの人柄もあり、胃に穴が空きそうな案件をいくつか話してくれる事があった。けれどやはり話終わった後は多少すっきりとした顔をしているのでこの方法は結構画期的なんだろうと思っている。
紡ぐ言葉に静かに耳を傾けていれば絞り出す様な声でジャンは呟いた。
「でも…、分かっていてもエレンみたいな馬鹿にはなれねぇ。誰しもあいつみたいに…強くないんだ」
あまりにも苦しそうに悔しそうに言うものだから思わずちらりと視線だけをジャンに向ければジャンも此方を見ていた様で、ふいっとすぐに視線を逸らし「情けねぇ…、かっこ悪ぃな俺」と自嘲する様に小さく笑った。
きっとジャンは自分が巨人に弱く非力な事を知っていて、それでも抵抗しようとする強い意志を持ったエレンに憧れに似た何かを抱いているのだろう。
自分に足りないものを持ち、まじまじと思い知らされるエレンの言動に半ば嫉妬の様なものがどこかにあったと考えると今までエレンに突っかかっていたジャンの態度には合致がいく。
齧りかけのクッキーを口に放り込み、ゆっくりと咀嚼して飲み込んだ後、私は口を開いた。
「かっこ悪くなんかないよ。自分が強くは無いって自覚しているからこそ弱い人達の気持ちが分かるだろうし、慢心しない的確な判断とかもできると思うんだよね。…上手く言えないんだけど、強い人にも良い所があって、反対に弱い人にも良い所はあるんだよ」
「アリス…」
「強いからかっこいいとか弱いからかっこ悪いとかないよ。生き様がかっこいいか悪いか、が大事じゃないかな」
残り一枚のクッキーをジャンに差し出し、我ながら恥ずかしいセリフだなと思いつつ笑いながら精一杯伝えればジャンは目を見開き、此方を穴が空く程凝視した後困った様に眉を下げつつ、でもそれでいて嬉しそうに笑った。
私が差し出したクッキーを受け取ったジャンの顔は先程よりも幾分か憑き物が落ちた様なすっきりとした表情をしていた。
やはりマルコの言っていた事はあながち間違いでもない様だ。
「だから、自分の信じたものを大事に、選択に悔いがないようにね」
二の腕を拳で軽く小突けば「ありがとな」と短く感謝の言葉が返ってきた。
少しは元気になった様子でクッキーを口にするジャンの横顔を眺めていれば私の視線に気が付いたのか徐に頭の上に掌を乗せてわしわしと乱雑に髪の毛を撫でられた。
「えっ、ちょ、ちょっと!」
思いの外乱雑に撫でられ抗議の声を上げればジャンはそんな私を鼻で笑っては立ち上がり、一回だけ優しく髪を整える様に頭を一撫でしてから
「今日の飯のローストビーフ、お前が作ったやつだろ。…あれが一番美味かった」
と一言だけぶっきらぼうに告げると、じゃあなと片手をひらりと振りながら食堂から出て行ってしまった。
他にも料理は沢山あったというのに私が一人で仕込んだ料理がピンポイントで褒められた事に、乱された髪の毛もそのままにぽかんと口を開けたままジャンが出て行った後を暫し見詰めていたが、じわじわと嬉しさが湧いて出て思わずゆるゆるに頬が緩む。
きっと明日も良い日だろう、何だかそんな気分になれる一言だった。