美味しい料理はハートも掴む
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最近のハンジさんは何やらやたら楽しそうで生き生きとしている。
今朝も朝食を終えた後、「待っててねぇええ!!ソニー!ビーン!」と叫び、爛々と瞳を輝かせては急いで食堂から出て行ってしまった。
そんなハンジさんの後を残った朝食を慌てて流し込み、げんなりとした顔で「待ってください分隊長!!」と追い掛けるモブリットさんがとても不憫でならない。
いつもハンジさんに振り回され疲労困憊のモブリットさんを労った際に聞いた話なのだが、先日の壁外調査後、調査兵団は二体の巨人の捕獲に成功したらしく、ハンジさんはその二体の巨人に名前を付けて可愛がっていると聞いた。
暴走気味のハンジさんを抑えるのは副長のモブリットさんの役目らしく、留まる所を知らないハンジさんの奇行にはいつも悩まされているという。
様子を見ていて、本気で胃に穴が空いてしまいそうな心労のモブリットさんに度々温かい飲み物を出してあげると嬉しそうに柔らかく笑ってくれるものだからそれが食堂で働く中で数ある嬉しい事の一つだった。
そんなモブリットさんは、何だかマルコと同じ様な立ち位置なのかもしれないと最近共通点を見付け、きっととても良い人なのだろうなと感じた。
どうやら、エレンが巨人であったと聞き齧っていた噂は本当だったようであまり詳しい事は定かではないが今は地下の牢屋に入れられているようだ。
噂によると、巨人になったエレンはこちらの言う事を聞き敵の巨人をなぎ倒していたと聞いているので私達人類に害は無いのだろうと思うが、人々の巨人に対する恐怖もあり、万が一に何かあったとしても地下なら対処もしやすく人々の目に付く事も無いので地下の牢屋に捕らえておくのが一番具合良いのだろう。
一応エレンの為の食事か、私の所には看守の兵士が三食分持ちには来るので食事はきちんと取れているようだ。この前作っておいたドライフルーツ入りのクッキーを気持ち程度に一枚添えて出しているが美味しく食べてくれているだろうか。
「…何で私も一緒に行く事になるんですか」
何故か私は今、リヴァイ班と共に旧調査兵団本部へと向かっている。
馬には乗った事が無く、勿論乗る事もできない為荷物と共に馬車に乗せられて揺られているがどうにも今の状況が理解できない。不満気に呟いた私の声は空へと吸い込まれて消えていった。
先日、エレンの処遇の権利が調査兵団に委ねられたと聞いた。政治的に標的になりやすいエレンの身を隠す為とエレンの巨人化能力の解析の為トロスト区の内側の森の中に位置する旧調査兵団本部へ向かっているらしいのだが…。
当のエレンの周りを固める様にリヴァイ班のメンバーが囲んで移動している背中を眺めながら事の発端であるリヴァイ兵長の後頭部を睨み付けた。
有無を言わさず同行しろとだけ告げられ「旧調査兵団本部へ行っている間のリヴァイ班以外の調査兵団の兵士達の食事はどうするんですか!?」と抵抗すればそんなもんは他の奴らに任せろとだけ冷たく返ってきた。
簡単に言われても他の職員にもスケジュールがあり、容易に仕事を頼んで負担を増やしてしまうのは忍びない。何故食堂で働くしがない一般人の私が同行しなければならないのか、それに加えてあまりにも横暴過ぎる言い分に今朝から私はリヴァイ兵長の事をずっと睨み続けていた。
エルドさんやグンタさんにも苦笑いされる始末で、そこまで私は怖い顔をしていたのだろうか。
だが逆らえもしない事実をいつまでも恨んでいても仕方が無いので小さく溜息を吐いて気分転換に馬車から見える外の風景へと視線を移した。
空は抜けるような青空で、綺麗なふわふわとした白い入道雲が所々に浮かんでいる。
差し込んでくる陽光がとても心地良く、寝転んでお昼寝でもしたらとても気持ち良さそうだ。
次第に森の中へと差し掛かり、辺りは薄暗くなるが生い茂った木々の葉の間から陽光が零れ落ち、対象的にそこだけ一際きらきらと輝いている様子はとても綺麗で目を奪われた。
土の匂いと草の匂いが濃く、大きく深呼吸をすると新鮮な空気が胸一杯に広がり、先程までの苛立ちはどこかへ飛んでいってしまった。
それから少し馬車に揺られていると、真正面に大きな古城が見えてきた。どうやらあれが旧調査兵団本部らしく、オルオさんがエレンに何やら説明をしてはいつもの様に盛大に舌を噛んでいるのが見えた。
旧調査兵団本部に着いた私達は荷物を降ろし、リヴァイ兵長の鶴の一声でまずは掃除に取り掛かる事になった。
私は食堂の清掃を言い渡された。どうやら数日程此処に滞在する事になるらしく、厨房は私の好きに使って良いと許しを貰った。
長らく使われていなかったであろう旧調査兵団の中は至る所に埃が積もっており、一目見るなりリヴァイ兵長の顔が険しくなったのが遠目からでも見て分かった。ハンジさんからリヴァイ兵長は重度の潔癖症だと聞いてはいたが、改めてグンタさんに聞いた所によると清掃に一切の妥協が無く徹底的に掃除を教え込まれるだけでも地獄の様だと言っていた。
…成る程、地獄だった。
厨房と食堂を一通り綺麗にし終え、仕上げに机を拭いていた所へ丁度リヴァイ兵長が見回りに来たのだ。
窓枠の汚れがちゃんと落ちていない、まだ部屋の隅に埃が残っている、床の拭き方がなっていない、机の裏側もきちんと拭け、等次から次へとダメ出しが出てきた上に極め付きの一言が「全然なってない、全てやり直せ」だった。
そこから鬼の様な掃除指導が始まり、あまりの厳しさと過酷さに半泣きになりながらもやっとリヴァイ兵長の指導を終えた頃にはもう日が傾きかけていた。
掃除というのはここまで徹底的にやるとなるとこんなにも時間がかかる上に肉体的にもかなり辛いのだという事が分かった一日だった。
エレンも同じくみっちりとしごかれたのか埃も汚れも何一つ無いピカピカの食堂で椅子に腰掛けているその顔はげっそりとしていた。
リヴァイ班の人達も疲れた顔をしていたが疲労が私達程ではない為日頃からリヴァイ兵長にしごかれているのだろうなという事が伺えた。
疲れた身体で何とか夕食を作り、食後の人数分の紅茶を淹れた私はリヴァイ班が座っている机からは少し離れた机の前に腰掛け、その机にしな垂れ掛かり頬をくっ付けながらぼうっとリヴァイ班が話す様子を眺めていた。
どうやら私は信頼されているのか無害だと思われているのかは分からないが大事な会議の時や兵団での話し合いではこうしてお茶汲みとして部屋に居させてもらっている。
百の割合で前者だと思いたいが、話している内容をどうにか理解しようにも知識も経験も何も無い為ちんぷんかんぷんだ。その為私に対する評価は悲しい事に恐らく後者の方が強いだろう。
現在エルドさんやグンタさんが、エレンが巨人だった事について何やら恐々と質問をしているが当のエレンもよく分からない事らしく、困った様な顔をしている。
親指の付け根辺りを噛む自傷行為をする事によって巨人化できるらしいがやはりよく分からない事の方が多いらしく、神妙な面持ちをして俯いてしまった。
そろそろ紅茶のお代わりの準備でもしようかと上体を起こした時、やけにドタバタと大きな音を響かせながら扉に何かが派手にぶつかる音が聴こえてきた。
扉に閂がされているとは知らず開けようとしてぶつかったのだろうか。
慌ててペトラさんが閂を外しに席を立ち、開いた扉から現れたのはハンジさんだった。
「こんばんは、リヴァイ班の皆さん。…と、おやアリスも居たんだね!お城の住み心地はどうかな?」
「早かったな」
「居ても立っても居られないよ…!」
何一つ表情も声色も変えないままのリヴァイ兵長とは反対に、ハンジさんは楽しそうにキラキラと瞳を輝かせている。
私の姿を見たハンジさんは弾けんばかりの笑顔で手を振っている。これはハンジさんの分の紅茶も必要だろうかとお湯を沸かしに席を立ち、厨房に向かい準備に取り掛かった。
食堂の方からは興奮したハンジさんの声が一際響いて聴こえてくる。どうやら巨人の実験をエレンにも協力してもらいたいらしい。
実際にハンジさん達が巨人の実験をしているのを見た事は無いが、あのモブリットさんがとても疲弊している(恐らく主にハンジさんの奇行によって)所からきっとエレンも同じ様に色々と苦労しそうだ。
加えてハンジさんの巨人に対する熱は凄まじいものがある為、話を聞くだけでも拘束時間が長く一苦労である。
過去何度かハンジさんの巨人談義に巻き込まれてしまった事があるのだが軽く三時間程拘束された覚えがあり、お茶会と称して話すにも内容が内容なので少し遠慮したいものである。
ハンジさんの分の紅茶が入ったティーカップと、一応リヴァイ班の人達用のお代わり分の紅茶をポットに淹れて机へと戻るとそこは既にもぬけの殻で、エレンとハンジさん以外の人影は無く、興奮して鼻息を荒げたハンジさんがエレンの前に座り巨人談義に花を咲かせている所だった。
エレンはハンジさんの標的になってしまった様なので助けようが無いのは分かるがまさか私まで置いて行かれるとは思っていなかった為、思わず天を仰いでしまった。
「どうぞ…」
ハンジさんの標的にならない様に出来るだけ視線を合わせない様にして、そっと、なるべく気配を消してティーカップを机の上に置くもやはりダメで。紅茶の入ったポットも机に置き、手ぶらになった瞬間に手首を掴まれハンジさんの膝の上へと引きずり込まれてしまった。
「ゔっ…!!」
「ねえアリス、貴女も聞いていきなよ!」
私よりも身長が一回り程高いハンジさんの腕の中にすっぽりと収められ、腹部に両腕を回され抱き締められてしまい、ついでに頭の上に顎が置かれた。
その本人の声はやたら上機嫌で花でも飛んでいるのではないかと疑う程だ。
逃がす気ゼロのその体勢に呻き声を上げ青ざめた顔で助けて、とエレンを見やるも怪訝そうな顔をするだけで、あぁ…そうか。エレンはまだ何も知らないのか…と半ば諦めの気持ちで私はがっくりと項垂れた。
誰も助けてくれないこの状況なのでもういっその事寝てしまおうかとぎゅっと目を閉じたその時、背中の方から扉が開く軋んだ音が聞こえてきた。
こんな状態のハンジさんが居る所へ来てしまうだなんて不運な人だな…、と首だけを後ろへと向け見遣るとそこに立っていたのはリヴァイ兵長だった。
「おい、クソメガネ。俺はそいつに用があるんだが離してやってくれねぇか」
「え?エレンの事?」
リヴァイ兵長は腕を組みながら此方へと静かに歩いてくるとハンジさんを睨み付ける様な目付きで見下ろし、「違ぇ」と顔を顰めた。という事は私に用があるのだろうか。
理由は何であれこの状態から解放してもらえそうなのはとても有難い。兵長様様である。
突如現れた救世主に感謝と安堵が溢れ思わず瞳を輝かせてリヴァイ兵長の顔を見上げれば明らかに嫌そうに眉間に皺を寄せた。
私を抱き締めるハンジさんは「え〜〜、どうしようかなぁ」と不満気に渋っている。
リヴァイ兵長は大きく舌打ちをした後、渋るハンジさんの頭をがしっと鷲掴みにし、ぎりぎりと締め上げ始めた。
締め上げる音が聞こえてきそうな程の強い締め付けにハンジさんが私の頭の上で断末魔の様な悲鳴を上げた。
「ぎゃああ!!痛い痛い!!リヴァイ!!」
あまりの痛みにかハンジさんの両手が私の腹部から離れ、頭を締め上げるリヴァイ兵長の手を引き剥がそうと頭上に伸びている。
両手でリヴァイ兵長の手を掴んで引き剥がそうとしているが余程の力らしく、リヴァイ兵長は片手だというのにハンジさんの両手を以ってしても引き剥がせない様だった。
「ねえ!?ちょっと!!力強過ぎない!?」
身体が自由になった私は、あれよという間にリヴァイ兵長に腕を強く引かれ立ち上がらされた。
「あ、…ありがとうございます」
「とっとと行くぞ」
私が驚いて目をぱちくりと瞬きさせている間にもリヴァイ兵長はハンジさんの頭から手を離し、既に背中を向けていた。
痛かったぁ〜…、と頭を摩るハンジさんの瞳には薄っすらと涙が滲んでいて相当痛かったのだろうという事が窺えた。
リヴァイ兵長が偶然にも助け舟を出してくれたので早急に撤退しようと私も扉の方へ振り返るとハンジさんが小さな声で「ね、アリス」と呼び掛けてきた。
何だろうかと半身をハンジさんの方へ向けると手首を掴まれ、軽く引っ張られた。
「前にも言ったと思うんだけど、リヴァイはアリスの淹れる紅茶や作った料理がお気に入りみたいでね。食にあまり興味は無かったはずなんだけれどアリスが厨房に立つ様になってからは高い頻度で食堂で食事を取るようになったんだよ」
少しバランスを崩し、前傾姿勢になった私の耳元にぐっと顔を寄せ囁いたハンジさんの横髪が頬にサラサラと当たり、擽ったくて身動ぎしつつも初めて知る後者の事実に思わずハンジさんへ視線だけを向けた。
確かにリヴァイ兵長は表情も乏しく、サシャの様にご飯を美味しそうに幸せそうに食べるタイプではないので紅茶を飲む事以外の飲食に興味は無いと思っていたがそれ以上だった時期があったという事には驚いた。
「だからかな、食って生命維持にも繋がっているだろう?だから本人は無自覚みたいだけれど本能的にアリスに執着しているみたいでね。だから此処にも連れてきたんだと思うんだよね」
私の頭の上に手を乗せ、優しく髪の毛を撫でながら「でも一つの何かに執着するリヴァイってのは中々珍しいんだ、だから少しだけ大目に見てあげてよ」と続け、柔らかく瞳を細めた。
何だか小さい子に言い聞かせる様に優しく言われたものだから責めないでやってくれ、我儘に付き合ってやってくれと言われている様な気がして、仕方無いですね、と眉を下げて笑いながら頷いてみせると、よおし、良い子だ!と髪の毛を掻き混ぜる様にぐしゃぐしゃと撫でられた。
「おい、ハンジ」
背中から苛ついた様な声色のリヴァイ兵長の急かす声が聞こえてきた。
ハンジさんは「はーい!分かったよ」と返事をすれば私の手首から手を離し、乱れた髪の毛を手櫛で撫でる様に整えた後私の腰へと手を添えると、もう行っていいよ、とそっと押した。
ハンジさんの熱い巨人談義に付き合わされるのは勘弁願いたいが、私を包んでいた温もりが消えてしまったのが何だか名残惜しくて首だけ後ろへ向けると、じゃあ、お休み!とハンジさんは笑顔で手を振ってくれた。
「ハンジさんお休みなさい。エレンもお休み」と私も手を振りもう食堂から出て行ってしまったリヴァイ兵長の後を追い掛けた。
エレンを見捨ててしまった事に若干の申し訳無さが残り、後ろ髪を引かれるも早く追い掛けないと大目玉を食らう為、私は慌てて小走りで後を追い掛ける。
…そういえば、確かに思い返してみると勤務して一年間は食堂でリヴァイ兵長の姿を全く見掛けなかった事を思い出した。
勤務したては環境も全く違ければ覚える事も多く、忙しさに手一杯で思い返すという事をしなかったものだから、すっかり忘れていた。
二年目ぐらいからちらほらとリヴァイ兵長の顔を食堂で見掛ける様になり、今となっては業務が溜まっていないであろう時は高確率で見掛ける様になった。
美味しく食べてくれているかどうか、笑顔になってくれるかどうかばかり気にしていたが私の力でそこまで変化させられていた事に気付かされ何だか少しだけ嬉しくなった。
懐いてくれない野良猫が少し擦り寄って来てくれた様な感覚に、今朝はあんなに憎らしかったはずのリヴァイ兵長の姿が今は少しだけ可愛く思えてきたのだった。
今朝も朝食を終えた後、「待っててねぇええ!!ソニー!ビーン!」と叫び、爛々と瞳を輝かせては急いで食堂から出て行ってしまった。
そんなハンジさんの後を残った朝食を慌てて流し込み、げんなりとした顔で「待ってください分隊長!!」と追い掛けるモブリットさんがとても不憫でならない。
いつもハンジさんに振り回され疲労困憊のモブリットさんを労った際に聞いた話なのだが、先日の壁外調査後、調査兵団は二体の巨人の捕獲に成功したらしく、ハンジさんはその二体の巨人に名前を付けて可愛がっていると聞いた。
暴走気味のハンジさんを抑えるのは副長のモブリットさんの役目らしく、留まる所を知らないハンジさんの奇行にはいつも悩まされているという。
様子を見ていて、本気で胃に穴が空いてしまいそうな心労のモブリットさんに度々温かい飲み物を出してあげると嬉しそうに柔らかく笑ってくれるものだからそれが食堂で働く中で数ある嬉しい事の一つだった。
そんなモブリットさんは、何だかマルコと同じ様な立ち位置なのかもしれないと最近共通点を見付け、きっととても良い人なのだろうなと感じた。
どうやら、エレンが巨人であったと聞き齧っていた噂は本当だったようであまり詳しい事は定かではないが今は地下の牢屋に入れられているようだ。
噂によると、巨人になったエレンはこちらの言う事を聞き敵の巨人をなぎ倒していたと聞いているので私達人類に害は無いのだろうと思うが、人々の巨人に対する恐怖もあり、万が一に何かあったとしても地下なら対処もしやすく人々の目に付く事も無いので地下の牢屋に捕らえておくのが一番具合良いのだろう。
一応エレンの為の食事か、私の所には看守の兵士が三食分持ちには来るので食事はきちんと取れているようだ。この前作っておいたドライフルーツ入りのクッキーを気持ち程度に一枚添えて出しているが美味しく食べてくれているだろうか。
「…何で私も一緒に行く事になるんですか」
何故か私は今、リヴァイ班と共に旧調査兵団本部へと向かっている。
馬には乗った事が無く、勿論乗る事もできない為荷物と共に馬車に乗せられて揺られているがどうにも今の状況が理解できない。不満気に呟いた私の声は空へと吸い込まれて消えていった。
先日、エレンの処遇の権利が調査兵団に委ねられたと聞いた。政治的に標的になりやすいエレンの身を隠す為とエレンの巨人化能力の解析の為トロスト区の内側の森の中に位置する旧調査兵団本部へ向かっているらしいのだが…。
当のエレンの周りを固める様にリヴァイ班のメンバーが囲んで移動している背中を眺めながら事の発端であるリヴァイ兵長の後頭部を睨み付けた。
有無を言わさず同行しろとだけ告げられ「旧調査兵団本部へ行っている間のリヴァイ班以外の調査兵団の兵士達の食事はどうするんですか!?」と抵抗すればそんなもんは他の奴らに任せろとだけ冷たく返ってきた。
簡単に言われても他の職員にもスケジュールがあり、容易に仕事を頼んで負担を増やしてしまうのは忍びない。何故食堂で働くしがない一般人の私が同行しなければならないのか、それに加えてあまりにも横暴過ぎる言い分に今朝から私はリヴァイ兵長の事をずっと睨み続けていた。
エルドさんやグンタさんにも苦笑いされる始末で、そこまで私は怖い顔をしていたのだろうか。
だが逆らえもしない事実をいつまでも恨んでいても仕方が無いので小さく溜息を吐いて気分転換に馬車から見える外の風景へと視線を移した。
空は抜けるような青空で、綺麗なふわふわとした白い入道雲が所々に浮かんでいる。
差し込んでくる陽光がとても心地良く、寝転んでお昼寝でもしたらとても気持ち良さそうだ。
次第に森の中へと差し掛かり、辺りは薄暗くなるが生い茂った木々の葉の間から陽光が零れ落ち、対象的にそこだけ一際きらきらと輝いている様子はとても綺麗で目を奪われた。
土の匂いと草の匂いが濃く、大きく深呼吸をすると新鮮な空気が胸一杯に広がり、先程までの苛立ちはどこかへ飛んでいってしまった。
それから少し馬車に揺られていると、真正面に大きな古城が見えてきた。どうやらあれが旧調査兵団本部らしく、オルオさんがエレンに何やら説明をしてはいつもの様に盛大に舌を噛んでいるのが見えた。
旧調査兵団本部に着いた私達は荷物を降ろし、リヴァイ兵長の鶴の一声でまずは掃除に取り掛かる事になった。
私は食堂の清掃を言い渡された。どうやら数日程此処に滞在する事になるらしく、厨房は私の好きに使って良いと許しを貰った。
長らく使われていなかったであろう旧調査兵団の中は至る所に埃が積もっており、一目見るなりリヴァイ兵長の顔が険しくなったのが遠目からでも見て分かった。ハンジさんからリヴァイ兵長は重度の潔癖症だと聞いてはいたが、改めてグンタさんに聞いた所によると清掃に一切の妥協が無く徹底的に掃除を教え込まれるだけでも地獄の様だと言っていた。
…成る程、地獄だった。
厨房と食堂を一通り綺麗にし終え、仕上げに机を拭いていた所へ丁度リヴァイ兵長が見回りに来たのだ。
窓枠の汚れがちゃんと落ちていない、まだ部屋の隅に埃が残っている、床の拭き方がなっていない、机の裏側もきちんと拭け、等次から次へとダメ出しが出てきた上に極め付きの一言が「全然なってない、全てやり直せ」だった。
そこから鬼の様な掃除指導が始まり、あまりの厳しさと過酷さに半泣きになりながらもやっとリヴァイ兵長の指導を終えた頃にはもう日が傾きかけていた。
掃除というのはここまで徹底的にやるとなるとこんなにも時間がかかる上に肉体的にもかなり辛いのだという事が分かった一日だった。
エレンも同じくみっちりとしごかれたのか埃も汚れも何一つ無いピカピカの食堂で椅子に腰掛けているその顔はげっそりとしていた。
リヴァイ班の人達も疲れた顔をしていたが疲労が私達程ではない為日頃からリヴァイ兵長にしごかれているのだろうなという事が伺えた。
疲れた身体で何とか夕食を作り、食後の人数分の紅茶を淹れた私はリヴァイ班が座っている机からは少し離れた机の前に腰掛け、その机にしな垂れ掛かり頬をくっ付けながらぼうっとリヴァイ班が話す様子を眺めていた。
どうやら私は信頼されているのか無害だと思われているのかは分からないが大事な会議の時や兵団での話し合いではこうしてお茶汲みとして部屋に居させてもらっている。
百の割合で前者だと思いたいが、話している内容をどうにか理解しようにも知識も経験も何も無い為ちんぷんかんぷんだ。その為私に対する評価は悲しい事に恐らく後者の方が強いだろう。
現在エルドさんやグンタさんが、エレンが巨人だった事について何やら恐々と質問をしているが当のエレンもよく分からない事らしく、困った様な顔をしている。
親指の付け根辺りを噛む自傷行為をする事によって巨人化できるらしいがやはりよく分からない事の方が多いらしく、神妙な面持ちをして俯いてしまった。
そろそろ紅茶のお代わりの準備でもしようかと上体を起こした時、やけにドタバタと大きな音を響かせながら扉に何かが派手にぶつかる音が聴こえてきた。
扉に閂がされているとは知らず開けようとしてぶつかったのだろうか。
慌ててペトラさんが閂を外しに席を立ち、開いた扉から現れたのはハンジさんだった。
「こんばんは、リヴァイ班の皆さん。…と、おやアリスも居たんだね!お城の住み心地はどうかな?」
「早かったな」
「居ても立っても居られないよ…!」
何一つ表情も声色も変えないままのリヴァイ兵長とは反対に、ハンジさんは楽しそうにキラキラと瞳を輝かせている。
私の姿を見たハンジさんは弾けんばかりの笑顔で手を振っている。これはハンジさんの分の紅茶も必要だろうかとお湯を沸かしに席を立ち、厨房に向かい準備に取り掛かった。
食堂の方からは興奮したハンジさんの声が一際響いて聴こえてくる。どうやら巨人の実験をエレンにも協力してもらいたいらしい。
実際にハンジさん達が巨人の実験をしているのを見た事は無いが、あのモブリットさんがとても疲弊している(恐らく主にハンジさんの奇行によって)所からきっとエレンも同じ様に色々と苦労しそうだ。
加えてハンジさんの巨人に対する熱は凄まじいものがある為、話を聞くだけでも拘束時間が長く一苦労である。
過去何度かハンジさんの巨人談義に巻き込まれてしまった事があるのだが軽く三時間程拘束された覚えがあり、お茶会と称して話すにも内容が内容なので少し遠慮したいものである。
ハンジさんの分の紅茶が入ったティーカップと、一応リヴァイ班の人達用のお代わり分の紅茶をポットに淹れて机へと戻るとそこは既にもぬけの殻で、エレンとハンジさん以外の人影は無く、興奮して鼻息を荒げたハンジさんがエレンの前に座り巨人談義に花を咲かせている所だった。
エレンはハンジさんの標的になってしまった様なので助けようが無いのは分かるがまさか私まで置いて行かれるとは思っていなかった為、思わず天を仰いでしまった。
「どうぞ…」
ハンジさんの標的にならない様に出来るだけ視線を合わせない様にして、そっと、なるべく気配を消してティーカップを机の上に置くもやはりダメで。紅茶の入ったポットも机に置き、手ぶらになった瞬間に手首を掴まれハンジさんの膝の上へと引きずり込まれてしまった。
「ゔっ…!!」
「ねえアリス、貴女も聞いていきなよ!」
私よりも身長が一回り程高いハンジさんの腕の中にすっぽりと収められ、腹部に両腕を回され抱き締められてしまい、ついでに頭の上に顎が置かれた。
その本人の声はやたら上機嫌で花でも飛んでいるのではないかと疑う程だ。
逃がす気ゼロのその体勢に呻き声を上げ青ざめた顔で助けて、とエレンを見やるも怪訝そうな顔をするだけで、あぁ…そうか。エレンはまだ何も知らないのか…と半ば諦めの気持ちで私はがっくりと項垂れた。
誰も助けてくれないこの状況なのでもういっその事寝てしまおうかとぎゅっと目を閉じたその時、背中の方から扉が開く軋んだ音が聞こえてきた。
こんな状態のハンジさんが居る所へ来てしまうだなんて不運な人だな…、と首だけを後ろへと向け見遣るとそこに立っていたのはリヴァイ兵長だった。
「おい、クソメガネ。俺はそいつに用があるんだが離してやってくれねぇか」
「え?エレンの事?」
リヴァイ兵長は腕を組みながら此方へと静かに歩いてくるとハンジさんを睨み付ける様な目付きで見下ろし、「違ぇ」と顔を顰めた。という事は私に用があるのだろうか。
理由は何であれこの状態から解放してもらえそうなのはとても有難い。兵長様様である。
突如現れた救世主に感謝と安堵が溢れ思わず瞳を輝かせてリヴァイ兵長の顔を見上げれば明らかに嫌そうに眉間に皺を寄せた。
私を抱き締めるハンジさんは「え〜〜、どうしようかなぁ」と不満気に渋っている。
リヴァイ兵長は大きく舌打ちをした後、渋るハンジさんの頭をがしっと鷲掴みにし、ぎりぎりと締め上げ始めた。
締め上げる音が聞こえてきそうな程の強い締め付けにハンジさんが私の頭の上で断末魔の様な悲鳴を上げた。
「ぎゃああ!!痛い痛い!!リヴァイ!!」
あまりの痛みにかハンジさんの両手が私の腹部から離れ、頭を締め上げるリヴァイ兵長の手を引き剥がそうと頭上に伸びている。
両手でリヴァイ兵長の手を掴んで引き剥がそうとしているが余程の力らしく、リヴァイ兵長は片手だというのにハンジさんの両手を以ってしても引き剥がせない様だった。
「ねえ!?ちょっと!!力強過ぎない!?」
身体が自由になった私は、あれよという間にリヴァイ兵長に腕を強く引かれ立ち上がらされた。
「あ、…ありがとうございます」
「とっとと行くぞ」
私が驚いて目をぱちくりと瞬きさせている間にもリヴァイ兵長はハンジさんの頭から手を離し、既に背中を向けていた。
痛かったぁ〜…、と頭を摩るハンジさんの瞳には薄っすらと涙が滲んでいて相当痛かったのだろうという事が窺えた。
リヴァイ兵長が偶然にも助け舟を出してくれたので早急に撤退しようと私も扉の方へ振り返るとハンジさんが小さな声で「ね、アリス」と呼び掛けてきた。
何だろうかと半身をハンジさんの方へ向けると手首を掴まれ、軽く引っ張られた。
「前にも言ったと思うんだけど、リヴァイはアリスの淹れる紅茶や作った料理がお気に入りみたいでね。食にあまり興味は無かったはずなんだけれどアリスが厨房に立つ様になってからは高い頻度で食堂で食事を取るようになったんだよ」
少しバランスを崩し、前傾姿勢になった私の耳元にぐっと顔を寄せ囁いたハンジさんの横髪が頬にサラサラと当たり、擽ったくて身動ぎしつつも初めて知る後者の事実に思わずハンジさんへ視線だけを向けた。
確かにリヴァイ兵長は表情も乏しく、サシャの様にご飯を美味しそうに幸せそうに食べるタイプではないので紅茶を飲む事以外の飲食に興味は無いと思っていたがそれ以上だった時期があったという事には驚いた。
「だからかな、食って生命維持にも繋がっているだろう?だから本人は無自覚みたいだけれど本能的にアリスに執着しているみたいでね。だから此処にも連れてきたんだと思うんだよね」
私の頭の上に手を乗せ、優しく髪の毛を撫でながら「でも一つの何かに執着するリヴァイってのは中々珍しいんだ、だから少しだけ大目に見てあげてよ」と続け、柔らかく瞳を細めた。
何だか小さい子に言い聞かせる様に優しく言われたものだから責めないでやってくれ、我儘に付き合ってやってくれと言われている様な気がして、仕方無いですね、と眉を下げて笑いながら頷いてみせると、よおし、良い子だ!と髪の毛を掻き混ぜる様にぐしゃぐしゃと撫でられた。
「おい、ハンジ」
背中から苛ついた様な声色のリヴァイ兵長の急かす声が聞こえてきた。
ハンジさんは「はーい!分かったよ」と返事をすれば私の手首から手を離し、乱れた髪の毛を手櫛で撫でる様に整えた後私の腰へと手を添えると、もう行っていいよ、とそっと押した。
ハンジさんの熱い巨人談義に付き合わされるのは勘弁願いたいが、私を包んでいた温もりが消えてしまったのが何だか名残惜しくて首だけ後ろへ向けると、じゃあ、お休み!とハンジさんは笑顔で手を振ってくれた。
「ハンジさんお休みなさい。エレンもお休み」と私も手を振りもう食堂から出て行ってしまったリヴァイ兵長の後を追い掛けた。
エレンを見捨ててしまった事に若干の申し訳無さが残り、後ろ髪を引かれるも早く追い掛けないと大目玉を食らう為、私は慌てて小走りで後を追い掛ける。
…そういえば、確かに思い返してみると勤務して一年間は食堂でリヴァイ兵長の姿を全く見掛けなかった事を思い出した。
勤務したては環境も全く違ければ覚える事も多く、忙しさに手一杯で思い返すという事をしなかったものだから、すっかり忘れていた。
二年目ぐらいからちらほらとリヴァイ兵長の顔を食堂で見掛ける様になり、今となっては業務が溜まっていないであろう時は高確率で見掛ける様になった。
美味しく食べてくれているかどうか、笑顔になってくれるかどうかばかり気にしていたが私の力でそこまで変化させられていた事に気付かされ何だか少しだけ嬉しくなった。
懐いてくれない野良猫が少し擦り寄って来てくれた様な感覚に、今朝はあんなに憎らしかったはずのリヴァイ兵長の姿が今は少しだけ可愛く思えてきたのだった。