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あれから零さんも私も何もなかったかのようにお互いに仮面を被り、二人の間に出来た深い溝を見て見ぬふりをして暮らしていた。
それから私は、花屋でアルバイトを始めた。
大通りから小道に入り少し行ったところにある、こじんまりとした店だ。
そこは夫婦が細々とやっていて、面接に行くとあっさり採用になった。
とても優しい夫婦で、住む場所も探しているというと知り合いの不動産屋さんに声を掛けてくれて、お店から近い格安のアパートを紹介してもらった。今住んでいる人が1か月後に出ていくそうなので、とりあえず1か月後にお給料が入ってから、引っ越すことにした。
そして今日、初めてのお給料が入った。
「降谷さん、私明日のバイトが終わったら、出ていこうと思います。今まで本当にお世話になりました」
私は一緒に夕食を食べている零さんに、切り出した。
あの日から零さんに壁を感じて、名前で呼ぶのはやめた。
「...そうですか。住む場所も見つかったんですか?」
「はい。バイト先の夫婦が知り合いの不動産屋さんに声をかけてくれて、格安のいいところを紹介してもらいました」
「そうですか。ですが、女性の一人暮らしは何かと物騒ですから、きちんと戸締りに気をつけるんですよ?あと、あなたは料理が苦手なようですが、好き嫌いせずきちんと栄養バランスのいい食事をして下さいね。それから...」
そこまで言われたところで、我慢できずに私は吹き出してしまった。
きょとんとした零さんの顔に余計に笑いがこみ上げてくる。
「フフッ、ごめんなさい。なんだか降谷さんがお母さんみたいに思えてきて...アハハッ」
「あなたは危なっかしくて、心配なんです。僕だって本当は...」
零さんが珍しく歯切れ悪く、言葉を切った。
どうしたのかと先を待っていたが、やがて苦い顔をして「なんでもありません」と行った。
二人で並んで食器を片付けながら、こういう事もこれが最後なんだなと寂しくなった。
零さんも少しくらい寂しいと思ってくれたらいいなと、チラリと彼の顔を盗み見たが、その横顔からは何も読み取れなかった。
次の日バイトが終わってから、一度荷物を取りに零さんの部屋に戻った。手には、先ほどバイト先で買ったアヤメの花を持っている。
仕事中に、この花が目に留まり眺めていたら、奥さんがこの花はアヤメというのだと教えてくれた。
そしてアヤメの花言葉には「希望」や「よい便り」などがあるそうだ。
それを聞いて私は思わず買ってしまった。
奥さんがこの花を包んでくれながら、アヤメは本来5月頃に咲く花で、だから今咲いているのは珍しいのよ、と笑っていた。
部屋に入り、アヤメの花を花瓶に生けてから自分の荷物をまとめる。といっても、そんなに私物はないからバッグ一つに収まった。
そして、ダイニングテーブルに座り私は零さんに手紙を書くことにした。
今までお世話になったお礼と、それから少しだけ彼への思いも綴った。
アヤメを生けた花瓶のわきに手紙を置き、首から零さんに貰ったネックレスを外して、それも一緒に置く。
この世界に来てからずっと私の胸元にあったそれは、私の首輪であり、私と零さんを繋ぐ唯一のものだった。
でも、それももうない。きっと零さんは私のためを思って突き放したのだ。彼のその思いを無駄にしてはいけない。
いくら彼を愛してしまったと気づいても、私が側にいては彼の弱みにしかならないのだ。だったら、私は彼の側にいられずとも彼が生きてさえいてくれたら、それでいい。
それに、たった一つだけ私が彼のためにしてあげられる事がある。
何も返せてない私にできる、たった一つの事。
最後にネックレスを一撫でして、零さんの部屋を出た。
そして玄関の新聞受けにこの部屋の鍵を入れてから、私はこの部屋を去った。
アパートを出てから一度だけ振り返り、彼の部屋のベランダを見つめ小さく呟いた。
「さようなら、零さん...」
そして私はアヤメの花に願いを込める。
どうか、どうかあなたが希望を失いませんように...
それから私は、花屋でアルバイトを始めた。
大通りから小道に入り少し行ったところにある、こじんまりとした店だ。
そこは夫婦が細々とやっていて、面接に行くとあっさり採用になった。
とても優しい夫婦で、住む場所も探しているというと知り合いの不動産屋さんに声を掛けてくれて、お店から近い格安のアパートを紹介してもらった。今住んでいる人が1か月後に出ていくそうなので、とりあえず1か月後にお給料が入ってから、引っ越すことにした。
そして今日、初めてのお給料が入った。
「降谷さん、私明日のバイトが終わったら、出ていこうと思います。今まで本当にお世話になりました」
私は一緒に夕食を食べている零さんに、切り出した。
あの日から零さんに壁を感じて、名前で呼ぶのはやめた。
「...そうですか。住む場所も見つかったんですか?」
「はい。バイト先の夫婦が知り合いの不動産屋さんに声をかけてくれて、格安のいいところを紹介してもらいました」
「そうですか。ですが、女性の一人暮らしは何かと物騒ですから、きちんと戸締りに気をつけるんですよ?あと、あなたは料理が苦手なようですが、好き嫌いせずきちんと栄養バランスのいい食事をして下さいね。それから...」
そこまで言われたところで、我慢できずに私は吹き出してしまった。
きょとんとした零さんの顔に余計に笑いがこみ上げてくる。
「フフッ、ごめんなさい。なんだか降谷さんがお母さんみたいに思えてきて...アハハッ」
「あなたは危なっかしくて、心配なんです。僕だって本当は...」
零さんが珍しく歯切れ悪く、言葉を切った。
どうしたのかと先を待っていたが、やがて苦い顔をして「なんでもありません」と行った。
二人で並んで食器を片付けながら、こういう事もこれが最後なんだなと寂しくなった。
零さんも少しくらい寂しいと思ってくれたらいいなと、チラリと彼の顔を盗み見たが、その横顔からは何も読み取れなかった。
次の日バイトが終わってから、一度荷物を取りに零さんの部屋に戻った。手には、先ほどバイト先で買ったアヤメの花を持っている。
仕事中に、この花が目に留まり眺めていたら、奥さんがこの花はアヤメというのだと教えてくれた。
そしてアヤメの花言葉には「希望」や「よい便り」などがあるそうだ。
それを聞いて私は思わず買ってしまった。
奥さんがこの花を包んでくれながら、アヤメは本来5月頃に咲く花で、だから今咲いているのは珍しいのよ、と笑っていた。
部屋に入り、アヤメの花を花瓶に生けてから自分の荷物をまとめる。といっても、そんなに私物はないからバッグ一つに収まった。
そして、ダイニングテーブルに座り私は零さんに手紙を書くことにした。
今までお世話になったお礼と、それから少しだけ彼への思いも綴った。
アヤメを生けた花瓶のわきに手紙を置き、首から零さんに貰ったネックレスを外して、それも一緒に置く。
この世界に来てからずっと私の胸元にあったそれは、私の首輪であり、私と零さんを繋ぐ唯一のものだった。
でも、それももうない。きっと零さんは私のためを思って突き放したのだ。彼のその思いを無駄にしてはいけない。
いくら彼を愛してしまったと気づいても、私が側にいては彼の弱みにしかならないのだ。だったら、私は彼の側にいられずとも彼が生きてさえいてくれたら、それでいい。
それに、たった一つだけ私が彼のためにしてあげられる事がある。
何も返せてない私にできる、たった一つの事。
最後にネックレスを一撫でして、零さんの部屋を出た。
そして玄関の新聞受けにこの部屋の鍵を入れてから、私はこの部屋を去った。
アパートを出てから一度だけ振り返り、彼の部屋のベランダを見つめ小さく呟いた。
「さようなら、零さん...」
そして私はアヤメの花に願いを込める。
どうか、どうかあなたが希望を失いませんように...