いまさら
死神という単語を言い終わらないうちに、竜崎の体は揺らめいた。
目の前が真っ暗になっていた方がよかった。こんな時にどうして、鮮明に焼き付けようとする。
雨に濡れた身体が乾ききる前に僕が気づけば、変わったのだろうか。
腕の中の竜崎は、僕を見つめて動かない。
微かな呼吸が聞こえる。
竜崎の止まりかけている心臓とは裏腹に、僕の心臓は少しずつ速まっている。
興奮か喜びか、あるいは別の感情のせいか。竜崎の呼吸音が遮られる。
鼓動音さえも煩わしい。
僕が本当に聞きたいのは、もうすぐ消えてしまう命の音なのに。
なあ。
本当に、死ぬのか?
今まで竜崎と交えてきた、日常の中での小さな勝負。
こうして目の前で絶命しようとしているのに、まだ僕はお前との勝負に続きがないなんて信じたくない。
幕引きにはまだ早い。勝ち逃げするなんて絶対許さない。こんな無理やりな結末でいいのか。
そんな狼狽は無駄だと嘲るかの如く、今までずっと上がっていた幕がそっと閉じられた。
あの叫びは、「僕」と「キラ」、どっちだったのか。
分からなくなるほどに、意識の中では叫んだつもりだった。
けれど、キラである僕なら目の前の死さえも利用するだろう。
あの瞬間だけでも僕の意識を塗り替えることが出来たのかは謎だ。
今更だけど、竜崎。お前との一騎打ちは、楽しかったよ。初めて話のレベルの合う奴がいて良かったと思っている。
僕自身が手にかけた相手が好きだった。
気づくのが遅すぎたね。
こんな独白をしても、もう誰も「お馬鹿さん」と言ってくれない。お前以外に僕をそう呼べるやつなんかいないのだから。
さて、これから願い事でもしようかな。神になりたがっている誰かさんのように大きいことじゃないよ。
たったひとつでいい。これ以上もこれ以下も望まない。
もし、こんな大罪を犯した人間のことも聞き入れてくれる悪いカミサマがいるのなら、どうか。せいぜいキラとしての僕が、竜崎不在の退屈な腐った世界で醜く朽ちていきますように。