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「クレイ・フォーサイト!」
執務室に女の声が響く。そちらに目をやると、声を発した女は仁王立ちをしている。喧嘩を売りに来た、とでも言いそうな大きな態度とは裏腹に、自分より一回り……いや、二回りも小さい身体で。
「帰っていたのか」
「昨日ね。って、そんな場合じゃない!今日はもう仕事厳禁!遊びに行くよ」
彼女はツカツカと靴音を鳴らして近づき、顔の前で組んでいた私の手を掴んでグイと引っ張ろうとした。が、力の差は歴然で、反動で引き寄せられた彼女の片手がデスクへ付く。思い通りにならない不満を隠すことなく、その眉間に皺が寄った。
「もう、ほら!行くわよ」
「急に帰ってきて、何の説明もなくそれか。どこへ行くのか説明くらいしたまえ。そもそも、君に頼んでいた件はどうなった?そちらの報告が先だろう」
「郊外の調査結果なら、ビアルに提出済み。行くのはフェスティバルよ、貴方の作った街でやってるイベントなのに知らないの?」
「遊びの隙間に働くような君と違って、こちらは忙しいんだ。午後の予定もある」
「残念!これからの予定なら、ビアルに頼んで他の日に調整してもらいました~」
「既に調整は完了しています。午後はフリーです」
にやりと笑って手をひらひらと動かす彼女越しに、静かに佇む秘書を見ると片手に抱えた端末へ視線を落として淡々と報告された。頭を抱える。どういうことだ、これは。
自由奔放。マイペース。常に先を計算して動く私とは正反対のこの女。同じ場所に落ち着こうとせず、西へ東へと旅に出てしばらく会わないうちに忘れた頃、ぽっと現れてはあちこちへ私を連れ出そうとする。学生の頃から、どういう訳か未だに続いている腐れ縁。全くもって度し難い。
私が吐いた大きな溜息を降参と受け取ったのか、彼女は用意した服を押し付けて出発の準備を進めようとする。
「言っておくけど、その堅苦しい恰好で行こうなんて思わないでね。貴方、また身体大きくなったでしょ。サイズ探すこっちの身にもなってよね」
「……待て、何故それを知っている」
「ビアルに聞いた。最近そのスーツも新調したらしいじゃない?」
共犯者はそれなりに信頼していたビジネスパートナーか。じとりと視線を向けたが、涼しい顔で顔を背けている。大方この奔放な女の譲らない性格から、速やかに情報を提供した方が楽と判断したであろうことが容易に想像できる。動こうとしない私の襟を緩めようと伸びてきた手を制し、「着替えてくるから、待っていろ」と仕方なく準備に取り掛かる。時にはビアルにも休暇を与えた方が、日々の業務効率が良くなるかもしれない。結局、午後は休暇になった。
用意されたスキニージーンズと黒色のTシャツを纏って、キャップで頭を覆う。外は太陽がかんかんと照り付けており、何故よりにもよって熱を吸収する黒色をチョイスした?と悪態をつくと、「知らないの?黒は痩せて見えるのよ」と包み隠さず言われた。本当に、いちいち人の癪に障る女だ。さっさと彼女を満足させて、別れたら一人の時間を満喫してやろう。
「何の祭りなんだ、今日は」
「知らない」
「は」
「そんなの、楽しめれば何だっていいじゃない!」
私の右手を引いて早足に階段を下りる。いつもより多い人込みへ踏み出し、ワクワクとした表情がこちらを見上げた。その顔から視線を外して街を見る。まあ、これも折角の機会だ。街の現状を見る視察だと思えばいい。今はフェスティバルで歩行者用の空間になっているこの交通路は、確か混雑しやすいと耳にした場所だ。道路を拡幅すれば改善するだろうか、しかしそうすると消火設備の配管から整備しなおす必要も……。
「もう!また仕事のこと考えてるでしょ。視野が狭い!」
パン!と音が立つほど勢いよく、彼女の両手が私の頬を挟んだ。
「あのねぇ、クレイは昔から頭で考えすぎなの。ちゃんと見てよね。貴方が作った街なのよ!……っとと!」
私へ手を伸ばすために背伸びしていた身体がバランスを崩したので右腕で支えると、彼女が立っていた先の景色が視界に入る。大勢の老若男女が入り混じった市民は、風船やらおもちゃやら露店で購入したであろうものを持ち、楽し気に歩いている。ある者は子供を肩に抱え、またある者は楽器の演奏に合わせて歌を口ずさんだりダンスをして屈託がない笑顔を浮かべている。
私が意図して作った街は、こんなに陽気で軽快なものではなかった筈だ。だが、確かに目の前にそれがある。
「考えすぎると、見えるものも見えなくなるわよ」
彼女はいつもそうだった。研究に行き詰まり仲間と悩んでいると、いつの間にかどこかへ消えており、戻ってきたと思ったら新しい切り口を見出して光を射す。
「今日は難しいこと抜きで、うんと楽しみましょ!」
身体を引き寄せられ、ダンスなんてお互い出来もしないのにリズムに合わせて滅茶苦茶なステップを踏んだ。傍から見たら滑稽だろうが、それでも目の前の彼女は本当に楽しそうに白い歯を見せて笑った。やっとテンポを掴んだと思ったタイミングで、踊ったらお腹が空いたと言って彼女はまた自分のペースに私を巻き込み露店へ足を進める。
購入した肉汁たっぷりのハンバーガーを、二人で人目も気にせず大きく口を開いて齧り付いた。
(自分はもうずっと長い間、上品を気取って食事をしていたように思う)
子供向けに配られている風船を、彼女は恥じらいもなく自ら受け取りに行き、そして失くさないように手首に紐で括り付けた。
(最後に心のままに行動したのは、どんな時だったか)
くじ引きで一等を当てると意気込んで臨んだ癖に、受け取った参加賞のキャンディの詰め合わせさえ「いっぱいあるから、二人で分けようか」と満足そうに笑みを浮かべて見つめていた。
(いつからだ、現実に打ちのめされて夢を見るのをやめたのは)
彼女がありのままに幸せを享受する様を見る度、自分の歪な輪郭が濃くなっていくのを感じた。
「よくもまあ、そんなに全力で楽しめるものだ」
催しを満喫した彼女の隣で、ベンチに腰掛けて休憩する。両手は購入したチュロスとクレープで埋まっている。クレープを一口頬張ると、ふわふわとした触感のホイップクリームの甘さが口の中を支配した。
私も、彼女も、もう良い大人だ。しかしそんなことは関係ないとでも言うように、彼女はいつも自由に振る舞う。人生を謳歌するという言葉通りの生き方。私には到底できない。……出来る筈がなかった。
「だって、時間は有限だよ?」
その言葉には心の底から共感できるのに、私たちが取る行動はいつも正反対だ。
「楽しまなきゃ損だもん。……あ~!久しぶりだな、こうやって過ごすの!」
「いつも似たようなものだろう、好きに行動する君にとっては」
空を見上げて声を上げた彼女は、朗らかな表情から一変してふっと目を細めた。
「ん~……好きなところに行って過ごすっていうのは変わらないよ?でもねぇ、この街の雰囲気は特別かな。この間はウユニ塩湖に行ったんだけどさ……知ってる?」
「……確か、絶景スポットだったか。天空の鏡とかいう」
「そう!いや~本当にキレイだった、空から足元まで全部が空!」
話しながら携帯端末のカメラアプリを開き、愛おしそうな目でプロメポリスの街並みを撮影していく。
「……でもさぁ、広すぎて。何というか、物寂しかったよ。今朝、ホテルで目が覚めた時に思ったの。ビルの窓ガラスに反射する青空の景色と、車や人の行き交う音が聞こえるこの街の方が私は好きなんだって。あの場所に比べたらずっと閉鎖的なのに、ここが一番安心する」
クレイが作った街だからかな、なんて今日一番で穏やかな声が言う。その視線が私に向いていないことに、何故だか酷く安堵した。
「安全には徹底している、当然だろう」
「あは、それもそっか!……旧友の貴重な姿も見られたし、やっぱり来て正解だった」
こちらへ向いたカメラのシャッター音がパシャリと響いた。写真に写る自分の口の端には、ホイップクリームがだらしなく付いている。
「やめろ、肖像権の侵害だ」
「良いでしょ、記念の一枚くらい。晒上げたりしないわよ」
写真を見つめて唇に弧を描いて言うものだから、その眼差しが慈愛に満ちているのではないかと錯覚しそうになる。……何を考えているんだ、私は。勘違いするな。彼女が浮かべる笑みは、私に向けたものの筈がないだろう。数ある景色の一つに過ぎない。途端に食欲が失せていく。
「……もうスイーツは食べ飽きた。残りは君が食べろ」
「嘘?そんなに買ってるから、まだまだ食べるのかと思ってた!」
「身体が大きくなったと言ったのは、どこの誰だったかな」
「うーわ、涼しい顔して意外と気にしてたの……。ん、さてはクレイ、私の好きなものばっかり買ったわね?あー、もう!こういう時くらい、ちゃんと自分が食べたいもの買いなさいよ!」
額を指で弾かれ、前髪が一房垂れ落ちた。全く鬱陶しい。
「……何だってよかった」
全てが正反対で、あまりにも遠い君と少しでも同じになれるのなら。
私の貴重な時間を浪費した礼だ、と一口しか手を付けなかったクレープを彼女の口へ無理矢理押し込む。
この街が好きだというなら、私が彼女のように生きられないなら、いっそこの街に閉じ込めて彼女の一つひとつを私と同じにしてしまえばいい。甘ったるい、どろりとした愚劣な欲望が自分の中から溢れそうになる。しかし、そうしたらなら、彼女はあっという間に萎んで潰れてしまうのだろう。手首に繋がれた風船が辿る、遠くない未来のように。
本当に、どうしようもなく癪に障る女だ。
執務室に女の声が響く。そちらに目をやると、声を発した女は仁王立ちをしている。喧嘩を売りに来た、とでも言いそうな大きな態度とは裏腹に、自分より一回り……いや、二回りも小さい身体で。
「帰っていたのか」
「昨日ね。って、そんな場合じゃない!今日はもう仕事厳禁!遊びに行くよ」
彼女はツカツカと靴音を鳴らして近づき、顔の前で組んでいた私の手を掴んでグイと引っ張ろうとした。が、力の差は歴然で、反動で引き寄せられた彼女の片手がデスクへ付く。思い通りにならない不満を隠すことなく、その眉間に皺が寄った。
「もう、ほら!行くわよ」
「急に帰ってきて、何の説明もなくそれか。どこへ行くのか説明くらいしたまえ。そもそも、君に頼んでいた件はどうなった?そちらの報告が先だろう」
「郊外の調査結果なら、ビアルに提出済み。行くのはフェスティバルよ、貴方の作った街でやってるイベントなのに知らないの?」
「遊びの隙間に働くような君と違って、こちらは忙しいんだ。午後の予定もある」
「残念!これからの予定なら、ビアルに頼んで他の日に調整してもらいました~」
「既に調整は完了しています。午後はフリーです」
にやりと笑って手をひらひらと動かす彼女越しに、静かに佇む秘書を見ると片手に抱えた端末へ視線を落として淡々と報告された。頭を抱える。どういうことだ、これは。
自由奔放。マイペース。常に先を計算して動く私とは正反対のこの女。同じ場所に落ち着こうとせず、西へ東へと旅に出てしばらく会わないうちに忘れた頃、ぽっと現れてはあちこちへ私を連れ出そうとする。学生の頃から、どういう訳か未だに続いている腐れ縁。全くもって度し難い。
私が吐いた大きな溜息を降参と受け取ったのか、彼女は用意した服を押し付けて出発の準備を進めようとする。
「言っておくけど、その堅苦しい恰好で行こうなんて思わないでね。貴方、また身体大きくなったでしょ。サイズ探すこっちの身にもなってよね」
「……待て、何故それを知っている」
「ビアルに聞いた。最近そのスーツも新調したらしいじゃない?」
共犯者はそれなりに信頼していたビジネスパートナーか。じとりと視線を向けたが、涼しい顔で顔を背けている。大方この奔放な女の譲らない性格から、速やかに情報を提供した方が楽と判断したであろうことが容易に想像できる。動こうとしない私の襟を緩めようと伸びてきた手を制し、「着替えてくるから、待っていろ」と仕方なく準備に取り掛かる。時にはビアルにも休暇を与えた方が、日々の業務効率が良くなるかもしれない。結局、午後は休暇になった。
用意されたスキニージーンズと黒色のTシャツを纏って、キャップで頭を覆う。外は太陽がかんかんと照り付けており、何故よりにもよって熱を吸収する黒色をチョイスした?と悪態をつくと、「知らないの?黒は痩せて見えるのよ」と包み隠さず言われた。本当に、いちいち人の癪に障る女だ。さっさと彼女を満足させて、別れたら一人の時間を満喫してやろう。
「何の祭りなんだ、今日は」
「知らない」
「は」
「そんなの、楽しめれば何だっていいじゃない!」
私の右手を引いて早足に階段を下りる。いつもより多い人込みへ踏み出し、ワクワクとした表情がこちらを見上げた。その顔から視線を外して街を見る。まあ、これも折角の機会だ。街の現状を見る視察だと思えばいい。今はフェスティバルで歩行者用の空間になっているこの交通路は、確か混雑しやすいと耳にした場所だ。道路を拡幅すれば改善するだろうか、しかしそうすると消火設備の配管から整備しなおす必要も……。
「もう!また仕事のこと考えてるでしょ。視野が狭い!」
パン!と音が立つほど勢いよく、彼女の両手が私の頬を挟んだ。
「あのねぇ、クレイは昔から頭で考えすぎなの。ちゃんと見てよね。貴方が作った街なのよ!……っとと!」
私へ手を伸ばすために背伸びしていた身体がバランスを崩したので右腕で支えると、彼女が立っていた先の景色が視界に入る。大勢の老若男女が入り混じった市民は、風船やらおもちゃやら露店で購入したであろうものを持ち、楽し気に歩いている。ある者は子供を肩に抱え、またある者は楽器の演奏に合わせて歌を口ずさんだりダンスをして屈託がない笑顔を浮かべている。
私が意図して作った街は、こんなに陽気で軽快なものではなかった筈だ。だが、確かに目の前にそれがある。
「考えすぎると、見えるものも見えなくなるわよ」
彼女はいつもそうだった。研究に行き詰まり仲間と悩んでいると、いつの間にかどこかへ消えており、戻ってきたと思ったら新しい切り口を見出して光を射す。
「今日は難しいこと抜きで、うんと楽しみましょ!」
身体を引き寄せられ、ダンスなんてお互い出来もしないのにリズムに合わせて滅茶苦茶なステップを踏んだ。傍から見たら滑稽だろうが、それでも目の前の彼女は本当に楽しそうに白い歯を見せて笑った。やっとテンポを掴んだと思ったタイミングで、踊ったらお腹が空いたと言って彼女はまた自分のペースに私を巻き込み露店へ足を進める。
購入した肉汁たっぷりのハンバーガーを、二人で人目も気にせず大きく口を開いて齧り付いた。
(自分はもうずっと長い間、上品を気取って食事をしていたように思う)
子供向けに配られている風船を、彼女は恥じらいもなく自ら受け取りに行き、そして失くさないように手首に紐で括り付けた。
(最後に心のままに行動したのは、どんな時だったか)
くじ引きで一等を当てると意気込んで臨んだ癖に、受け取った参加賞のキャンディの詰め合わせさえ「いっぱいあるから、二人で分けようか」と満足そうに笑みを浮かべて見つめていた。
(いつからだ、現実に打ちのめされて夢を見るのをやめたのは)
彼女がありのままに幸せを享受する様を見る度、自分の歪な輪郭が濃くなっていくのを感じた。
「よくもまあ、そんなに全力で楽しめるものだ」
催しを満喫した彼女の隣で、ベンチに腰掛けて休憩する。両手は購入したチュロスとクレープで埋まっている。クレープを一口頬張ると、ふわふわとした触感のホイップクリームの甘さが口の中を支配した。
私も、彼女も、もう良い大人だ。しかしそんなことは関係ないとでも言うように、彼女はいつも自由に振る舞う。人生を謳歌するという言葉通りの生き方。私には到底できない。……出来る筈がなかった。
「だって、時間は有限だよ?」
その言葉には心の底から共感できるのに、私たちが取る行動はいつも正反対だ。
「楽しまなきゃ損だもん。……あ~!久しぶりだな、こうやって過ごすの!」
「いつも似たようなものだろう、好きに行動する君にとっては」
空を見上げて声を上げた彼女は、朗らかな表情から一変してふっと目を細めた。
「ん~……好きなところに行って過ごすっていうのは変わらないよ?でもねぇ、この街の雰囲気は特別かな。この間はウユニ塩湖に行ったんだけどさ……知ってる?」
「……確か、絶景スポットだったか。天空の鏡とかいう」
「そう!いや~本当にキレイだった、空から足元まで全部が空!」
話しながら携帯端末のカメラアプリを開き、愛おしそうな目でプロメポリスの街並みを撮影していく。
「……でもさぁ、広すぎて。何というか、物寂しかったよ。今朝、ホテルで目が覚めた時に思ったの。ビルの窓ガラスに反射する青空の景色と、車や人の行き交う音が聞こえるこの街の方が私は好きなんだって。あの場所に比べたらずっと閉鎖的なのに、ここが一番安心する」
クレイが作った街だからかな、なんて今日一番で穏やかな声が言う。その視線が私に向いていないことに、何故だか酷く安堵した。
「安全には徹底している、当然だろう」
「あは、それもそっか!……旧友の貴重な姿も見られたし、やっぱり来て正解だった」
こちらへ向いたカメラのシャッター音がパシャリと響いた。写真に写る自分の口の端には、ホイップクリームがだらしなく付いている。
「やめろ、肖像権の侵害だ」
「良いでしょ、記念の一枚くらい。晒上げたりしないわよ」
写真を見つめて唇に弧を描いて言うものだから、その眼差しが慈愛に満ちているのではないかと錯覚しそうになる。……何を考えているんだ、私は。勘違いするな。彼女が浮かべる笑みは、私に向けたものの筈がないだろう。数ある景色の一つに過ぎない。途端に食欲が失せていく。
「……もうスイーツは食べ飽きた。残りは君が食べろ」
「嘘?そんなに買ってるから、まだまだ食べるのかと思ってた!」
「身体が大きくなったと言ったのは、どこの誰だったかな」
「うーわ、涼しい顔して意外と気にしてたの……。ん、さてはクレイ、私の好きなものばっかり買ったわね?あー、もう!こういう時くらい、ちゃんと自分が食べたいもの買いなさいよ!」
額を指で弾かれ、前髪が一房垂れ落ちた。全く鬱陶しい。
「……何だってよかった」
全てが正反対で、あまりにも遠い君と少しでも同じになれるのなら。
私の貴重な時間を浪費した礼だ、と一口しか手を付けなかったクレープを彼女の口へ無理矢理押し込む。
この街が好きだというなら、私が彼女のように生きられないなら、いっそこの街に閉じ込めて彼女の一つひとつを私と同じにしてしまえばいい。甘ったるい、どろりとした愚劣な欲望が自分の中から溢れそうになる。しかし、そうしたらなら、彼女はあっという間に萎んで潰れてしまうのだろう。手首に繋がれた風船が辿る、遠くない未来のように。
本当に、どうしようもなく癪に障る女だ。
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