アンタレスの懸想
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私たちの元からプロメアという炎生命体が消え、バーニッシュが存在しなくなってから数か月。プロメポリスの司政官クレイ・フォーサイトの計画を阻止した際、リオと共闘したガロ・ティモスという男性が所属する、高機動救命消防隊バーニングレスキューの面々を中心に、事件の爪痕が残るプロメポリスの復興作業に勤しんでいた。
前にリオが言っていた火消しの男ってこの人かぁ……と思い出しながら彼を見上げる。消防活動をしているためか、背が高く体格も良い。ところどころトサカのように跳ね上がった青い前髪の間から、太陽のようにキラキラとした力強い瞳が覗く。その瞳が鼻の先へずいと寄った。ち、近い。
「おおお!アンタがあの極東の島国、日本から来たっていう人か!」
快活な声で話しかけられてその勢いに圧倒されていると、リオが肩を抱きガロから離してくれた。
「おい!少しは距離を考えろ」
「おお、わりぃわりぃ!なぁ、アンタならコレの良さがわかんだろ!」
彼が消防活動で扱うマトイギアを見せてもらうが、申し訳ないことに纏というものは初耳だった。
「ま、纏……?えっと、ごめんなさい。確かに日本の文化みたいだけど、初めて見たよ」
「えええ!かつて自分の身一つで炎と戦った、火消しの意地の象徴だぞ!」
「この火消しバカが……」
意外と海外の人の方が、日本の伝統文化に詳しいと聞くし、そのパターンなのだろう。冷めた目でリオにバカと言われても怒らない人の良さは接しやすく、母国のことに興味を持ってくれるのは純粋に嬉しい。
「ふふっ、ガロは日本のことに興味があるんだね、嬉しいよ。私もいろいろ話したい!よろしくね」
それからガロをはじめ、レスキュー隊のみんなとも仲良くなった。この人達は元バーニッシュに対する偏見が無く、対等に接してくれる。私は専門的な技術を持ち合わせていないし力仕事は男性を中心に分担されているから、主に区域別の復興状況を整理して情報共有をしたり、備蓄品や食事の配布を手伝う作業をしている。ガロはよく、休憩時間の合間に私の元へ来ていろいろと話しかけてくれた。
「日本の漢字はカッケーんだけどよ、難しくてなかなか覚えらんねぇんだよなァ!」
「確かに、世界的に見ても日本語が一番難しいって聞いたことあるなぁ……」
英語だとfireという一言で済むものも、日本語なら思いつくだけで火、炎、火炎……と、いくつも表現の仕方がある。漢字は前後の文章によって読み方すら変わるのだから、外国人には尚更難しいのだろう。
「漢字には一文字ずつ意味があってね、子供の名前を付ける時にはいろんな願いを込めて、どんな漢字にするか決めるんだよ。例えば──」
楽しげに会話する二人を遠目に見て、膝に肘をつきながらリオがぼそりと呟いた。
「最近、ガロとよく話しているな」
それを聞いたゲーラとメイスは目を見合わせた。心なしか、ボスが不機嫌だ。最近は忙しくて、ボスが二人で彼女と話しているところを見ていない。バーニッシュだった頃とは状況が変わり、お互いに交流する相手が増えたのだから仕方ないことだが。
「あ~……まあ、火消しのニイちゃんはあの国の文化に興味あるみたいだからな」
「生まれ故郷のことを話す相手ができて、アイツも嬉しいんでしょうよ」
ガロと同じように自分達も日本のことについて聞けば、きっと彼女は喜んで話してくれるだろう。幸い、これからはいくらでも時間がある。そう言われてリオはふと、彼女から日本の言葉をかけられた日のことを思い出した。
「そうだな、僕も今度聞いてみよう」
立ち上がり作業へ戻るリオの背中を見て、二人は小さな声で確かめた。
「……ゲーラ、お前はどう思う?」
「多分お前と同じこと考えてるぜ」
早く気づけばいいのに、とお互いに口角を上げた。
その日の作業を終えて、消防局本部内のロッカーに借りている隊服をしまった。扉を閉めた私の左手にかつてあった、リオが作った炎の指輪はプロメアがこの世界から消失したのと同時に消えてしまった。寂しいと思った。バーニッシュになって辛い思いも沢山したけれど、支えてくれる人がいたから生きようと思えた。一度はバーニッシュの街で仲間と共に暮らすことを夢見たが、いろいろと状況が変わった今では、この先の未来がどうなるか想像もつかない。今はプロメポリスの復興を目的に動いているけど、それがひと段落したらどうしたらいいんだろう。……日本に帰る?今更帰るには、随分とここでの生活が大切になってしまった。
「帰らないのか?」
「え」
手元を見つめていたから、リオが後ろに立っていると気が付かなかった。リオも作業を終えて帰るところみたいだ。
「お疲れさま、リオ」
「ああ、お疲れ。ちょうど良かった、君に聞きたいことがあるんだ」
「何?」
「前にプロメポリスの収容所へ向かう日、日本語で何か言っていただろう?あの言葉の意味を教えてほしい」
「え!……あれは、その〜……ただのおまじないで……。痛っ」
誤魔化そうと思っているところにリオが距離を詰めてくるので、思わず後ずさるとロッカーにゴンと頭をぶつけてしまう。すかさずリオの左手が後頭部に回され、ぶつけた箇所をすりすりと撫でられる。くすぐったい。
「どうしても、言わないとダメ?」
「……ガロには話せて、僕には言えないのか?」
「ガロは今、関係ないよ。どうして突然……」
私に触れる手付きは優しいのに、リオの表情は少し怖い。彼がどんなつもりでいるのかわからない。両肩に手を置いてせめてもの抵抗をして聞くと、リオは視線を横にずらして急に考え込んだ。……あの言葉の意味を伝えるということは、私の想いがリオに伝わるということだ。二度と会えなくなるかもしれないと思い、後悔しないために口から出た言葉。もしも今、この気持ちを伝えて拒絶されたら、私はきっと耐えられない。そうしたら逃げるように日本へ帰ることになるだろう。許されるならば、気持ちを隠し通してでもこのまま彼の傍にいたい。
私が思案している間に「ああ、そうか」と、何やら腑に落ちたような表情でリオが口を開いた。
「君のことだから。誰よりも君のことを一番に知りたかったんだ、僕は」
「私のこと……?」
「もっと知りたい。君がどんな気持ちでいるのか、何が君を不安にさせるのか知れば、君を笑顔に出来ると思った。だから聞かせてほしい、あの言葉の意味を」
まっすぐな視線で見つめられる。今まで何度か会話をしてきたけれど、リオがここまで自分の気持ちを言葉にするのは初めてのことだった。……ここまで言ってくれたリオに、これ以上隠し通すのは不誠実だ。一呼吸おいて、意を決して声を出す。
「……あの時はね、私の大好きな人を守ってくださいって神様にお願いしたの」
「やっぱり、そうか」
「え?」
「すまない。本当は薄々気づいてたんだ、君が指輪を外さずにいたから」
リオが不敵な笑みを浮かべて私の左手を絡めとる。
「でも、自分の気持ちにはやっと気づいた。僕も***が好きだ。誰よりも傍で君の言葉を聞いて、笑った顔が見たい」
「……もうバーニッシュじゃないのに、傍にいてもいいの?」
「ああ。今度は本物の指輪を贈らせてくれ。あれが無いと、僕の方が不安になる」
案外僕は嫉妬深いみたいだ、と言いながら手首に口づけが落とされる。幸せに満ちた約束が泣きそうなほどに嬉しくて、リオの胸へ飛び込んだ。
前にリオが言っていた火消しの男ってこの人かぁ……と思い出しながら彼を見上げる。消防活動をしているためか、背が高く体格も良い。ところどころトサカのように跳ね上がった青い前髪の間から、太陽のようにキラキラとした力強い瞳が覗く。その瞳が鼻の先へずいと寄った。ち、近い。
「おおお!アンタがあの極東の島国、日本から来たっていう人か!」
快活な声で話しかけられてその勢いに圧倒されていると、リオが肩を抱きガロから離してくれた。
「おい!少しは距離を考えろ」
「おお、わりぃわりぃ!なぁ、アンタならコレの良さがわかんだろ!」
彼が消防活動で扱うマトイギアを見せてもらうが、申し訳ないことに纏というものは初耳だった。
「ま、纏……?えっと、ごめんなさい。確かに日本の文化みたいだけど、初めて見たよ」
「えええ!かつて自分の身一つで炎と戦った、火消しの意地の象徴だぞ!」
「この火消しバカが……」
意外と海外の人の方が、日本の伝統文化に詳しいと聞くし、そのパターンなのだろう。冷めた目でリオにバカと言われても怒らない人の良さは接しやすく、母国のことに興味を持ってくれるのは純粋に嬉しい。
「ふふっ、ガロは日本のことに興味があるんだね、嬉しいよ。私もいろいろ話したい!よろしくね」
それからガロをはじめ、レスキュー隊のみんなとも仲良くなった。この人達は元バーニッシュに対する偏見が無く、対等に接してくれる。私は専門的な技術を持ち合わせていないし力仕事は男性を中心に分担されているから、主に区域別の復興状況を整理して情報共有をしたり、備蓄品や食事の配布を手伝う作業をしている。ガロはよく、休憩時間の合間に私の元へ来ていろいろと話しかけてくれた。
「日本の漢字はカッケーんだけどよ、難しくてなかなか覚えらんねぇんだよなァ!」
「確かに、世界的に見ても日本語が一番難しいって聞いたことあるなぁ……」
英語だとfireという一言で済むものも、日本語なら思いつくだけで火、炎、火炎……と、いくつも表現の仕方がある。漢字は前後の文章によって読み方すら変わるのだから、外国人には尚更難しいのだろう。
「漢字には一文字ずつ意味があってね、子供の名前を付ける時にはいろんな願いを込めて、どんな漢字にするか決めるんだよ。例えば──」
楽しげに会話する二人を遠目に見て、膝に肘をつきながらリオがぼそりと呟いた。
「最近、ガロとよく話しているな」
それを聞いたゲーラとメイスは目を見合わせた。心なしか、ボスが不機嫌だ。最近は忙しくて、ボスが二人で彼女と話しているところを見ていない。バーニッシュだった頃とは状況が変わり、お互いに交流する相手が増えたのだから仕方ないことだが。
「あ~……まあ、火消しのニイちゃんはあの国の文化に興味あるみたいだからな」
「生まれ故郷のことを話す相手ができて、アイツも嬉しいんでしょうよ」
ガロと同じように自分達も日本のことについて聞けば、きっと彼女は喜んで話してくれるだろう。幸い、これからはいくらでも時間がある。そう言われてリオはふと、彼女から日本の言葉をかけられた日のことを思い出した。
「そうだな、僕も今度聞いてみよう」
立ち上がり作業へ戻るリオの背中を見て、二人は小さな声で確かめた。
「……ゲーラ、お前はどう思う?」
「多分お前と同じこと考えてるぜ」
早く気づけばいいのに、とお互いに口角を上げた。
その日の作業を終えて、消防局本部内のロッカーに借りている隊服をしまった。扉を閉めた私の左手にかつてあった、リオが作った炎の指輪はプロメアがこの世界から消失したのと同時に消えてしまった。寂しいと思った。バーニッシュになって辛い思いも沢山したけれど、支えてくれる人がいたから生きようと思えた。一度はバーニッシュの街で仲間と共に暮らすことを夢見たが、いろいろと状況が変わった今では、この先の未来がどうなるか想像もつかない。今はプロメポリスの復興を目的に動いているけど、それがひと段落したらどうしたらいいんだろう。……日本に帰る?今更帰るには、随分とここでの生活が大切になってしまった。
「帰らないのか?」
「え」
手元を見つめていたから、リオが後ろに立っていると気が付かなかった。リオも作業を終えて帰るところみたいだ。
「お疲れさま、リオ」
「ああ、お疲れ。ちょうど良かった、君に聞きたいことがあるんだ」
「何?」
「前にプロメポリスの収容所へ向かう日、日本語で何か言っていただろう?あの言葉の意味を教えてほしい」
「え!……あれは、その〜……ただのおまじないで……。痛っ」
誤魔化そうと思っているところにリオが距離を詰めてくるので、思わず後ずさるとロッカーにゴンと頭をぶつけてしまう。すかさずリオの左手が後頭部に回され、ぶつけた箇所をすりすりと撫でられる。くすぐったい。
「どうしても、言わないとダメ?」
「……ガロには話せて、僕には言えないのか?」
「ガロは今、関係ないよ。どうして突然……」
私に触れる手付きは優しいのに、リオの表情は少し怖い。彼がどんなつもりでいるのかわからない。両肩に手を置いてせめてもの抵抗をして聞くと、リオは視線を横にずらして急に考え込んだ。……あの言葉の意味を伝えるということは、私の想いがリオに伝わるということだ。二度と会えなくなるかもしれないと思い、後悔しないために口から出た言葉。もしも今、この気持ちを伝えて拒絶されたら、私はきっと耐えられない。そうしたら逃げるように日本へ帰ることになるだろう。許されるならば、気持ちを隠し通してでもこのまま彼の傍にいたい。
私が思案している間に「ああ、そうか」と、何やら腑に落ちたような表情でリオが口を開いた。
「君のことだから。誰よりも君のことを一番に知りたかったんだ、僕は」
「私のこと……?」
「もっと知りたい。君がどんな気持ちでいるのか、何が君を不安にさせるのか知れば、君を笑顔に出来ると思った。だから聞かせてほしい、あの言葉の意味を」
まっすぐな視線で見つめられる。今まで何度か会話をしてきたけれど、リオがここまで自分の気持ちを言葉にするのは初めてのことだった。……ここまで言ってくれたリオに、これ以上隠し通すのは不誠実だ。一呼吸おいて、意を決して声を出す。
「……あの時はね、私の大好きな人を守ってくださいって神様にお願いしたの」
「やっぱり、そうか」
「え?」
「すまない。本当は薄々気づいてたんだ、君が指輪を外さずにいたから」
リオが不敵な笑みを浮かべて私の左手を絡めとる。
「でも、自分の気持ちにはやっと気づいた。僕も***が好きだ。誰よりも傍で君の言葉を聞いて、笑った顔が見たい」
「……もうバーニッシュじゃないのに、傍にいてもいいの?」
「ああ。今度は本物の指輪を贈らせてくれ。あれが無いと、僕の方が不安になる」
案外僕は嫉妬深いみたいだ、と言いながら手首に口づけが落とされる。幸せに満ちた約束が泣きそうなほどに嬉しくて、リオの胸へ飛び込んだ。
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