アンタレスの懸想
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「この女もそろそろ収容所へ行く頃か」
「研究材料としては充分だろう。あの女は体力も無くて脆かったからな」
目の前を歩く二人の男が会話をしている。私には英語がわからないと思って、気にも留めていない様子だった。
俯くと視線の先には、凍結リングが私の両手を拘束している。これを付ける時、“炎を暴走させないための道具だよ”と、まるで私のためかのようにそれは穏やかに説明された。私達は同じ言葉を発している筈なのに、そこに本音は一つも無い。そもそも、彼らにとって本当のことを伝える必要など無いのだ。この先ずっと、人間として扱われないであろうことが嫌でもわかる。ヘリポートへ向かう一本の道。周りは湖に囲まれ、陸地への橋は存在しない。私は足の向きを変えて道の端に歩み寄った。
「どうした?」
男達が警戒する。手には凍結銃を持っている。このまま収容所に行ったら、きっと彼女のような最期を迎えるのだろう。
──そうなるくらいなら。
体の重心を傾けて目を瞑る。ゆっくりと身体が落下していく最中、発砲音が聞こえると同時に胸から全身へ冷たい感覚が急速に広がる。冷たい氷に閉じ込められて、湖へ落ちた。私の最期は人の形をしているだろうか。それとも、灰となって消えるだろうか──。
虚ろな意識の中、身体は痛いほど冷え切っているのに反して、唇に柔らかな感触と共に熱が流れ込んでくるのを感じる。唇から口内へ、気道を通って胸へ。そこから全身へ鼓動と共に広がっていく。重たい瞼を開くと、アメジストを嵌め込んだような瞳がこちらを見つめている。先ほど私に触れていたであろう唇が開く。
「死ぬな」
美しい容姿をしていたが、低いそれは男性の声。たった一言の言葉が、私の朧げな意識を貫く。
「……生、き ても、いいの?」
自分の口からポツリと溢れた疑問へ答えるように、もう一度息を吹き込まれる。見ず知らずの、バーニッシュの私をこの人は生かそうとしている。その言葉に嘘偽りのない行動で示している。それが堪らなく嬉しくて安堵すると、凍りついた感情が溶けて瞼からこぼれ落ちる。慰めるように撫でられる指の温もりを慕わしく思って、ギュッと握り締めた。
リオ・フォーティア。落ち着いた頃にお礼を言うと、彼の名前を教えてもらった。私が日本人で英語に拙いことを伝え、ゆっくりと少しずつ話をしていく。服の中にしまい込んだ電子辞書が無事で助かった。
巷で炎上テロリストだと耳にしていたあの組織、マッドバーニッシュのリーダーだという。だけどそれは非バーニッシュから見た一面に過ぎなかった。バーニッシュは強く燃えたいという炎の声が聞こえ、それに応える。燃え上がる燃焼本能に従い炎の力を操るが故に恐れられ、迫害を受け、捕まると人体実験される。バーニッシュ達が安心して暮らせる街を作るために、囚われたバーニッシュを救い出しているのだという。
「君の炎が、消えたくないと叫んでいるのが聞こえた。だから助けた」
私はバーニッシュを安全に隔離するという表向きの施設から、フォーサイト財団の研究所本部へ連れて行かれる途中だったらしい。施設員や灰になった彼女の言葉を思い出せば、全て合点がいった。
リオが炎で作り出したバイク──デトロイトの後ろに乗せてもらい、荒野を移動する。途中でフリーズフォースという対バーニッシュ組織に襲われ、私はバイクから落ちまいとただただ必死にリオの腰にしがみつく。リオは慣れた手つきで、炎で作った弓や蠢く蛇を操り次々と撃退していく。襲いかかる氷はより強い炎の矢に砕けて、私達の周りへ降り注ぐ。戦う彼の横顔は凛々しく気高く、美しかった。
「ボス!」
「ゲーラ、メイス。そっちも無事だったか」
「ええ、ボスも無事で何よりです」
「小さい施設とはいえ、あそこまで救出に行くのは簡単じゃねぇ。流石ボスだ!」
到着した洞窟で、他のバーニッシュの救出に向かっていたらしい仲間と合流すると、リオをボスと呼び慕う二人の青年が特徴的なバイクを降りて側に駆け寄ってきた。
「風刃と、雷刃……?」
よく見ると神ではなく刃の文字のタトゥーが、それぞれの体に彫られている。思いもよらぬところで母国の文字を見かけ、口から言葉が出た。
「おっ!嬢ちゃんこの文字が読めるのか!」
「わかってんなァ!」
私が漢字に反応したことを彼らは喜び、目を煌めかせてずいと近寄ってきた。
「あ、えっと……!」
「待てお前たち、彼女は日本人らしい。こっちの言葉は慣れてないようだから、ゆっくり話してやってくれ」
驚いてリオの腕を掴むと、優しく制してくれた。 雷刃のタトゥーが入った赤毛の青年がゲーラ。風刃のタトゥーが入った長髪の青年がメイスだと教えてもらい、私も自己紹介した。
「日本ってこっからずーっと東の方の国だろ?」
「そう……」
「そりゃまた、随分と遠い所まで連れてこられたもんだ」
「バーニッシュになったから、安全に制御できるまでの間は治療のためだって言われて来たんだけど……同じ部屋にいた子が、逃げるように教えてくれて……」
「都合の良い言葉で騙しやがって、財団のヤツら……!」
俯き目を瞑ると、彼女の姿が脳裏に浮かぶ。助からなかったあの子の命と、リオに助けてもらった私の命。これからは、バーニッシュとして彼女の分まで生きていこうと覚悟を決めた。
「私に、炎の操り方を教えてください」
自分の身くらいは自分で守り、少しでも彼の力になりたい。
「そうだな……なら、まずは炎を出してみるとこからか?」
「オレ達の心配はいらない、バーニッシュは燃えれば燃えるほど元気になるからな」
「炎は僕たちの意思にシンクロする。何か、手のひらで扱えるサイズのものを作ってみるのはどうだ」
ゲーラ、メイス、リオに促されて両手を胸の前に広げ、目を閉じながら考える。手のひらサイズのもの……。どうせなら、これからの生活に便利で使いやすいものがいいだろうか。無人島に行くなら何を持っていく?というありふれた雑談で、ライター・水・ナイフ……なんて案が友達から挙がっていたことを思い出す。炎に困ることは無いし、ここは小型のナイフが良いかな。両の手のひらの上で、ふわふわと揺らめく炎が結晶化して、イメージ通りにナイフが出来上がった。
「わ、すごい……!」
浮かんでいたそれが完成すると重力に従い、私の手をすり抜けて落ちた。
え、落ちた?
「…………え、え、え」
引っかかりもせず、私の左手の指をするりと切断して足元にナイフがカランと小気味いい音を立てて転がった。
き……切れ味が良すぎた!サーっと血の気が引く感覚に陥って、動けずにいるとゲーラがにっと笑いながら関心した。
「すごい切れ味だな。アンタ才能あるぜ」
それどころじゃないです、私の指が落ちてます。口をはくはくさせる私に見かねたリオが、落ちた指を拾い上げた。
「ゲーラ、あまりからかうな。貸せ」
そう言って私の左手を取り、本来あるべき位置に宛がう。すると、リオの手から現れた小さな炎が薄く広がり、じわりじわりと私の指を包み込む。
「ここは……完全にくっつくまで、少し時間がかかりそうだな。しばらくはその状態でいてくれ」
一本の指にリオの口から炎を吹き込まれ、切断面の周りを炎が渦巻く。数秒立つと固形化し、指輪のようになった。複数の多面体が繋がりあった見た目をしており、角度を変えると炎と同じ色が煌めいた。
「炎は僕たちの体を燃やすと同時に、修復するエネルギーも与えてくれる。だから、今は少しずつ燃やしながら元通りに再生するのを待ってる。治ったら、外してくれて構わない」
ごめんなさい、いろいろなショックで頭の中が混乱して説明が全く入ってきませんでした。今、文字通り顔から火が出ていないだろうか。
「……とりあえず、アンタは刃物とか物騒なものを作るのはやめたほうがいいかもな」
メイスの言葉に「私もそう思う……」と素直に同意した。
「研究材料としては充分だろう。あの女は体力も無くて脆かったからな」
目の前を歩く二人の男が会話をしている。私には英語がわからないと思って、気にも留めていない様子だった。
俯くと視線の先には、凍結リングが私の両手を拘束している。これを付ける時、“炎を暴走させないための道具だよ”と、まるで私のためかのようにそれは穏やかに説明された。私達は同じ言葉を発している筈なのに、そこに本音は一つも無い。そもそも、彼らにとって本当のことを伝える必要など無いのだ。この先ずっと、人間として扱われないであろうことが嫌でもわかる。ヘリポートへ向かう一本の道。周りは湖に囲まれ、陸地への橋は存在しない。私は足の向きを変えて道の端に歩み寄った。
「どうした?」
男達が警戒する。手には凍結銃を持っている。このまま収容所に行ったら、きっと彼女のような最期を迎えるのだろう。
──そうなるくらいなら。
体の重心を傾けて目を瞑る。ゆっくりと身体が落下していく最中、発砲音が聞こえると同時に胸から全身へ冷たい感覚が急速に広がる。冷たい氷に閉じ込められて、湖へ落ちた。私の最期は人の形をしているだろうか。それとも、灰となって消えるだろうか──。
虚ろな意識の中、身体は痛いほど冷え切っているのに反して、唇に柔らかな感触と共に熱が流れ込んでくるのを感じる。唇から口内へ、気道を通って胸へ。そこから全身へ鼓動と共に広がっていく。重たい瞼を開くと、アメジストを嵌め込んだような瞳がこちらを見つめている。先ほど私に触れていたであろう唇が開く。
「死ぬな」
美しい容姿をしていたが、低いそれは男性の声。たった一言の言葉が、私の朧げな意識を貫く。
「……生、き ても、いいの?」
自分の口からポツリと溢れた疑問へ答えるように、もう一度息を吹き込まれる。見ず知らずの、バーニッシュの私をこの人は生かそうとしている。その言葉に嘘偽りのない行動で示している。それが堪らなく嬉しくて安堵すると、凍りついた感情が溶けて瞼からこぼれ落ちる。慰めるように撫でられる指の温もりを慕わしく思って、ギュッと握り締めた。
リオ・フォーティア。落ち着いた頃にお礼を言うと、彼の名前を教えてもらった。私が日本人で英語に拙いことを伝え、ゆっくりと少しずつ話をしていく。服の中にしまい込んだ電子辞書が無事で助かった。
巷で炎上テロリストだと耳にしていたあの組織、マッドバーニッシュのリーダーだという。だけどそれは非バーニッシュから見た一面に過ぎなかった。バーニッシュは強く燃えたいという炎の声が聞こえ、それに応える。燃え上がる燃焼本能に従い炎の力を操るが故に恐れられ、迫害を受け、捕まると人体実験される。バーニッシュ達が安心して暮らせる街を作るために、囚われたバーニッシュを救い出しているのだという。
「君の炎が、消えたくないと叫んでいるのが聞こえた。だから助けた」
私はバーニッシュを安全に隔離するという表向きの施設から、フォーサイト財団の研究所本部へ連れて行かれる途中だったらしい。施設員や灰になった彼女の言葉を思い出せば、全て合点がいった。
リオが炎で作り出したバイク──デトロイトの後ろに乗せてもらい、荒野を移動する。途中でフリーズフォースという対バーニッシュ組織に襲われ、私はバイクから落ちまいとただただ必死にリオの腰にしがみつく。リオは慣れた手つきで、炎で作った弓や蠢く蛇を操り次々と撃退していく。襲いかかる氷はより強い炎の矢に砕けて、私達の周りへ降り注ぐ。戦う彼の横顔は凛々しく気高く、美しかった。
「ボス!」
「ゲーラ、メイス。そっちも無事だったか」
「ええ、ボスも無事で何よりです」
「小さい施設とはいえ、あそこまで救出に行くのは簡単じゃねぇ。流石ボスだ!」
到着した洞窟で、他のバーニッシュの救出に向かっていたらしい仲間と合流すると、リオをボスと呼び慕う二人の青年が特徴的なバイクを降りて側に駆け寄ってきた。
「風刃と、雷刃……?」
よく見ると神ではなく刃の文字のタトゥーが、それぞれの体に彫られている。思いもよらぬところで母国の文字を見かけ、口から言葉が出た。
「おっ!嬢ちゃんこの文字が読めるのか!」
「わかってんなァ!」
私が漢字に反応したことを彼らは喜び、目を煌めかせてずいと近寄ってきた。
「あ、えっと……!」
「待てお前たち、彼女は日本人らしい。こっちの言葉は慣れてないようだから、ゆっくり話してやってくれ」
驚いてリオの腕を掴むと、優しく制してくれた。 雷刃のタトゥーが入った赤毛の青年がゲーラ。風刃のタトゥーが入った長髪の青年がメイスだと教えてもらい、私も自己紹介した。
「日本ってこっからずーっと東の方の国だろ?」
「そう……」
「そりゃまた、随分と遠い所まで連れてこられたもんだ」
「バーニッシュになったから、安全に制御できるまでの間は治療のためだって言われて来たんだけど……同じ部屋にいた子が、逃げるように教えてくれて……」
「都合の良い言葉で騙しやがって、財団のヤツら……!」
俯き目を瞑ると、彼女の姿が脳裏に浮かぶ。助からなかったあの子の命と、リオに助けてもらった私の命。これからは、バーニッシュとして彼女の分まで生きていこうと覚悟を決めた。
「私に、炎の操り方を教えてください」
自分の身くらいは自分で守り、少しでも彼の力になりたい。
「そうだな……なら、まずは炎を出してみるとこからか?」
「オレ達の心配はいらない、バーニッシュは燃えれば燃えるほど元気になるからな」
「炎は僕たちの意思にシンクロする。何か、手のひらで扱えるサイズのものを作ってみるのはどうだ」
ゲーラ、メイス、リオに促されて両手を胸の前に広げ、目を閉じながら考える。手のひらサイズのもの……。どうせなら、これからの生活に便利で使いやすいものがいいだろうか。無人島に行くなら何を持っていく?というありふれた雑談で、ライター・水・ナイフ……なんて案が友達から挙がっていたことを思い出す。炎に困ることは無いし、ここは小型のナイフが良いかな。両の手のひらの上で、ふわふわと揺らめく炎が結晶化して、イメージ通りにナイフが出来上がった。
「わ、すごい……!」
浮かんでいたそれが完成すると重力に従い、私の手をすり抜けて落ちた。
え、落ちた?
「…………え、え、え」
引っかかりもせず、私の左手の指をするりと切断して足元にナイフがカランと小気味いい音を立てて転がった。
き……切れ味が良すぎた!サーっと血の気が引く感覚に陥って、動けずにいるとゲーラがにっと笑いながら関心した。
「すごい切れ味だな。アンタ才能あるぜ」
それどころじゃないです、私の指が落ちてます。口をはくはくさせる私に見かねたリオが、落ちた指を拾い上げた。
「ゲーラ、あまりからかうな。貸せ」
そう言って私の左手を取り、本来あるべき位置に宛がう。すると、リオの手から現れた小さな炎が薄く広がり、じわりじわりと私の指を包み込む。
「ここは……完全にくっつくまで、少し時間がかかりそうだな。しばらくはその状態でいてくれ」
一本の指にリオの口から炎を吹き込まれ、切断面の周りを炎が渦巻く。数秒立つと固形化し、指輪のようになった。複数の多面体が繋がりあった見た目をしており、角度を変えると炎と同じ色が煌めいた。
「炎は僕たちの体を燃やすと同時に、修復するエネルギーも与えてくれる。だから、今は少しずつ燃やしながら元通りに再生するのを待ってる。治ったら、外してくれて構わない」
ごめんなさい、いろいろなショックで頭の中が混乱して説明が全く入ってきませんでした。今、文字通り顔から火が出ていないだろうか。
「……とりあえず、アンタは刃物とか物騒なものを作るのはやめたほうがいいかもな」
メイスの言葉に「私もそう思う……」と素直に同意した。
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