懐古談
白雪は頭を抱えた。まさかあのほんの少しの情報だけで、ここまで辿り着くなんて。やっぱり政府に報告して記憶を消してもらおうか。でもこの人たち保護対象リストに入っているし……。
しばらく考え込み、白雪は警官たちに目を向ける。熟慮に熟慮を重ねる決心だった。
「大変恐縮ですが、どうか……どうかこの件は、ご内密にしていただけませんか」
「いいよ」
「構わないさ」
「モチのローン♪」
「お前が審神者だって、コイツら以外に黙っときゃ良いんだろ? 死んでも言わねーよ」
「霊能力者って事も黙っといた方がいいか?」
予想外の展開に、白雪は目をぱちくりとさせて驚いていた。更には霊能力の事実も秘匿すべきか提案される始末だ。さすがに霊能力者までは隠さなくても構わないので、伊達の提案にはフルフルと首を横に振った。
秘密にしていて欲しいのは、審神者であること、刀の付喪神———刀剣男士 ———と共に、本丸という異空間で共同生活を営んでいること、歴史 修正 主義者 との戦いに明け暮れ、過去の時代へ出陣すること。歴史修正主義者や時間 遡行 軍 によっては、この現代に出陣する可能性もあること。現代に出陣する際は、刀剣男士と兄弟や従姉など血縁関係を装うこと。名を偽る可能性もあること。目的は基本的に呪詛や時間遡行軍との戦闘になるので、あまり訊かないで欲しいこと。
これさえ守っていてくれれば、刀剣男士と一緒にいても話しかけてくれて構わない。
事情をひととおり傾聴した諸伏は、「それだけでいいのか?」と心配されてしまった。
ところが白雪は特殊な地位に就く審神者で、現代遠征の機会というものは割とよくある。むしろ事情を知っている協力者が増えて万万歳といったところだ。
「……だから、えっと、今お伝えした内容を、ちゃんと……守っていただける、だけで……凄く助かるんです」
「じゃあなんでこの時代に来たんだよ」
「じんぺーちゃん、それって思いっきり秘匿事項じゃないの?」
松田の失言を萩原が咎める。しかし気に留めることなく、白雪はこの時代に訪れた理由を語り始めた。その内容があまりにも平和すぎた。平和すぎて、警官一同は思わずずっこけそうになってしまうほどに。
「……ぱらぱらの、炒飯が……食べたかったんです」
「ぱらぱらの炒飯」
「もちろんお家で作る炒飯も素敵だと思います。でも私が今欲しているのは、高火力で仕上げたごま油香るぱらぱらの炒飯なんです……。お仕事一段落付いたし、こっそり食べてきてもいいかなーって、本丸に書き置きして抜け出してきました」
「ヤベェ……腹減ってきた!」
「あー、あれ結構使い込んだ中華鍋で、そのうえ高火力で作らないと、あの味は再現できないよね……」
「嘘だろ⁉景 でもだめなのか……⁉」
「中華料理店のキッチンを借りれば、出来なくはないと思うけれど……。少なくとも、自宅じゃ無理だよ」
「あー! 完全に口の中が街中華の味になってきた……!」
「やっべ、炒飯もいいが餃子も食いてェ……!」
「麻婆豆腐に唐揚げ、焼売、エビチリ、小籠包……」
「八宝菜にレバニラ、回鍋肉……ニンニクマシマシ……」
「当店は喫茶店なのでお取り扱いはありませんね」
「死刑宣告やめろォ‼」
唐突な飯テロに警官たちが頭を悩ます最中、ひとりの来客が訪れた。
髪は白雪とは異なり、少し色素の残る銀髪だ。だが艶やかな髪質は瓜二つ。瑠璃 が煌めく目は、射貫いた人を虜にするような。白雪の目と色違いのそれだ。
白雪を触れただけで壊れそうな、繊細な精巧人形 だとすれば、男は彫刻。力強く荒々しいうつくしさを持っていた。
彼は人間じゃない。昔仲間を、自分たちを助けてくれた存在だと、脳内に直接訴えてくる。警官たちは未知なる存在に畏怖と感謝の念を抱いた。
「主、こんなところにいたのか」
「うん。炒飯食べたくなっちゃった」
「炒飯は街中華だろう。なのにこんな喫茶店?」
「あーうん、色々あって……」
白雪を迎えに来たのであろう男はこの状況を見ると、小首に傾げる。全く状況が掴めていないのか、白雪が淡々と(一部を端折りつつ)説明すると、呆れたと言わんばかりに盛大な溜め息を吐いた。
「全く……」
「ごめんね。でもすぐ帰るから、ね? 許してよ〜」
「……炒飯、楽しみにしていたんだろう。食べなくてもいいのかな」
「食べる気なくしちゃった〜。仕事増えたから、また今度にする」
白雪はそそくさと帰る準備を済ませ、お会計を済ませようとレジへ伝票を持っていく。さすがに年下の女の子のコーヒー代くらいは支払うと萩原と諸伏、伊達が慌て出したため、今回はお言葉に甘えてご馳走になることにした。
「……それじゃ、また。いつかどこかで、お会いしましょ」
「また来てくださいね」
「バイバーイ!」
「元気でな」
「……もし、この時代に潜入することがあったら……助けてくれると嬉しいです」
「もちろん。オレもゼロも、班長も。皆助けると約束する」
「ありがとうございます! お気持ち、とっても嬉しいです。でも、神様の前で約束しちゃ駄目ですよ」
白雪が浮かべたのは、チェシャ猫のような、悪戯っ子のような笑み。可愛らしさ満天のそれが、なぜか諸伏の背筋を、恐ろしさがぞくっと駆ける。
からん、と二人が店を出た。見送りと称して降谷が外へ出ると、そこには既に二人の姿がなかった。まるで、煙に消えたように。
しばらく考え込み、白雪は警官たちに目を向ける。熟慮に熟慮を重ねる決心だった。
「大変恐縮ですが、どうか……どうかこの件は、ご内密にしていただけませんか」
「いいよ」
「構わないさ」
「モチのローン♪」
「お前が審神者だって、コイツら以外に黙っときゃ良いんだろ? 死んでも言わねーよ」
「霊能力者って事も黙っといた方がいいか?」
予想外の展開に、白雪は目をぱちくりとさせて驚いていた。更には霊能力の事実も秘匿すべきか提案される始末だ。さすがに霊能力者までは隠さなくても構わないので、伊達の提案にはフルフルと首を横に振った。
秘密にしていて欲しいのは、審神者であること、刀の付喪神———
これさえ守っていてくれれば、刀剣男士と一緒にいても話しかけてくれて構わない。
事情をひととおり傾聴した諸伏は、「それだけでいいのか?」と心配されてしまった。
ところが白雪は特殊な地位に就く審神者で、現代遠征の機会というものは割とよくある。むしろ事情を知っている協力者が増えて万万歳といったところだ。
「……だから、えっと、今お伝えした内容を、ちゃんと……守っていただける、だけで……凄く助かるんです」
「じゃあなんでこの時代に来たんだよ」
「じんぺーちゃん、それって思いっきり秘匿事項じゃないの?」
松田の失言を萩原が咎める。しかし気に留めることなく、白雪はこの時代に訪れた理由を語り始めた。その内容があまりにも平和すぎた。平和すぎて、警官一同は思わずずっこけそうになってしまうほどに。
「……ぱらぱらの、炒飯が……食べたかったんです」
「ぱらぱらの炒飯」
「もちろんお家で作る炒飯も素敵だと思います。でも私が今欲しているのは、高火力で仕上げたごま油香るぱらぱらの炒飯なんです……。お仕事一段落付いたし、こっそり食べてきてもいいかなーって、本丸に書き置きして抜け出してきました」
「ヤベェ……腹減ってきた!」
「あー、あれ結構使い込んだ中華鍋で、そのうえ高火力で作らないと、あの味は再現できないよね……」
「嘘だろ⁉
「中華料理店のキッチンを借りれば、出来なくはないと思うけれど……。少なくとも、自宅じゃ無理だよ」
「あー! 完全に口の中が街中華の味になってきた……!」
「やっべ、炒飯もいいが餃子も食いてェ……!」
「麻婆豆腐に唐揚げ、焼売、エビチリ、小籠包……」
「八宝菜にレバニラ、回鍋肉……ニンニクマシマシ……」
「当店は喫茶店なのでお取り扱いはありませんね」
「死刑宣告やめろォ‼」
唐突な飯テロに警官たちが頭を悩ます最中、ひとりの来客が訪れた。
髪は白雪とは異なり、少し色素の残る銀髪だ。だが艶やかな髪質は瓜二つ。
白雪を触れただけで壊れそうな、繊細な
彼は人間じゃない。昔仲間を、自分たちを助けてくれた存在だと、脳内に直接訴えてくる。警官たちは未知なる存在に畏怖と感謝の念を抱いた。
「主、こんなところにいたのか」
「うん。炒飯食べたくなっちゃった」
「炒飯は街中華だろう。なのにこんな喫茶店?」
「あーうん、色々あって……」
白雪を迎えに来たのであろう男はこの状況を見ると、小首に傾げる。全く状況が掴めていないのか、白雪が淡々と(一部を端折りつつ)説明すると、呆れたと言わんばかりに盛大な溜め息を吐いた。
「全く……」
「ごめんね。でもすぐ帰るから、ね? 許してよ〜」
「……炒飯、楽しみにしていたんだろう。食べなくてもいいのかな」
「食べる気なくしちゃった〜。仕事増えたから、また今度にする」
白雪はそそくさと帰る準備を済ませ、お会計を済ませようとレジへ伝票を持っていく。さすがに年下の女の子のコーヒー代くらいは支払うと萩原と諸伏、伊達が慌て出したため、今回はお言葉に甘えてご馳走になることにした。
「……それじゃ、また。いつかどこかで、お会いしましょ」
「また来てくださいね」
「バイバーイ!」
「元気でな」
「……もし、この時代に潜入することがあったら……助けてくれると嬉しいです」
「もちろん。オレもゼロも、班長も。皆助けると約束する」
「ありがとうございます! お気持ち、とっても嬉しいです。でも、神様の前で約束しちゃ駄目ですよ」
白雪が浮かべたのは、チェシャ猫のような、悪戯っ子のような笑み。可愛らしさ満天のそれが、なぜか諸伏の背筋を、恐ろしさがぞくっと駆ける。
からん、と二人が店を出た。見送りと称して降谷が外へ出ると、そこには既に二人の姿がなかった。まるで、煙に消えたように。