懐古談
side 降谷
キミが景光 と出会う、半月ほど前のこと。
俺は公安としての仕事が終わり、立て続けに犯罪者集団の組織の仕事を死ぬ気でこなした後だった。
え、オレが公安だって知らなかった? 普通の刑事さんや、交番のお巡りさんだと思っていた? そ、そうか……。
では改めて。俺は降谷 零 。警視庁 警備局 警備 企画課 情報 第二 担当 理事官 統括 ———通称ゼロ———に所属している。外では潜入捜査として安室 透 を演じている。
……そうだな、俺の所属自体、存在が秘匿されている。だけど、この命を救ってくれたキミなら、信じても良い。そう思ったんだ。
キミも俺たちの秘密を握っているし、俺たちもキミの秘密を知っている。お互い秘密を握っている方が、キミだって安心だろう。
……話を戻そうか。
公安の仕事に、組織の潜入捜査、それに伴う負傷。疲れ果てた俺は、辛うじて公園のベンチで休んでいた。
手当てする気力すらもなくなった俺は、ぼんやりと空を見上げていた。だんだんと薄まりゆく意識、動かせない手足、重たくなる瞼。……もしかして、俺はここで死ぬのか。それが納得できるほど、死神が近づいていた。
死ぬ間際に走馬灯が流れるというが、本当に死神が近づいていたのだろう。俺の周囲には真っ黒でどす黒い煙が纏わりつき、けたたましく笑う、なにものか が取り囲んでいた。
しかし。それも束の間のこと。俺を取り囲んでいたなにものかが、ぶわっと距離を取る。まるでモーセの十戒のワンシーンのように、なにものかが左右に弾けていく。
何とか首だけを動かし、その方向へ視線を移すと。そこには、神々しい少女が静かに佇んでいた。
長く艶やかな髪は、まるで満天の星空を閉じ込めたようなうつくしさ。陶磁器のような肌はどこまでも白く、まるで深雪のように穢れを知らない。猫目がちな大きな瞳は、ガーネットのように煌めき、一度見詰めたら離れられないような、魅了する力を宿していて。
まるで月明かりを纏う女神が、地上へ降り立ったようだ。
その割には現代の洋装を身に纏い、手元にはコンビニの袋を携えていたけれど。袋からは牛乳パックがちらりと見えていて、結構所帯じみていた。
「失せろ、雑魚ども」
その声は威厳に満ちており、なおかつ玲瓏としていた。人を束ねる為政者 の声だった。
静まり返った分響きやすいのか、どす黒い煙が散り散りに消え失せ、跡形もなくなっていく。
ローファーを履いた君が近づいてくる。一歩、また一歩と近づく度に、黒い靄が晴れていき、気付けば息苦しかった呼吸も、違和感が消えていた。
「キミは、一体……」
俺の言葉を黙殺し、くるりと踵を返す。
その時の俺は、信じがたいものを目にしていた。
首から上が斬り落とされたのか、はたまた吹き飛んだのか。首のない血みどろの男が、千鳥足ながらもキミへ近づいていたんだ。
しかしキミは一切合切動揺することもなく、人差し指と中指を血みどろの男へ当てると。
「禁‼」
爆弾が落とされたかのような、強い衝撃が迸る。吹き飛ばされるかと思ったが、俺よりも矮躯な子が平然と立っているのに驚きを隠せない。
その男も黒い靄のように、散り散りになって消えていた。
その時の俺は疲労が重なり、顔色が悪かったのだろう。ところがキミは、つい“視えてしまった”心労によるものだと判断し、俺に声をかける。先ほどとは違い、威厳がなく、それでいて優しい。まるで小鳥の鳴き声のような、年相応の可愛らしい声だった。
「……お兄さん、大丈夫……じゃないですよね。怪我、酷いですよ」
「……お前、一体何を……?」
「悪霊を吹き飛ばしました」
「悪霊を吹き飛ばした」
「あれ、踏み切り近くでずーっと私のこと見ていたんです。無視していたんですが、やっぱり私に執着しちゃったんですね。生前からそう。ずっと女の子を付け回して……。反省の余地なしということで消しました」
「消した」
当たり前のように説明するキミは、お隣り失礼します、と俺の横へ腰掛けた。そして俺の顔や身体を値踏みするように、じっと見詰める。
確かに俺は、割と人に好かれる部類の顔立ちをしている……と思う。この娘もどうせそうなのだろう。内心落胆した俺とは裏腹に、キミは静かに立ち上がり、俺の前を陣取った。
「お兄さん、お身体に触っても?」
「……好きにするといいさ」
「では失礼しますね」
許可を取るとは思わなかった俺は、キミの言動が全く理解できなくて。変な真似をしたら———情報を抜き取ろうものなら———殺すつもりだった。
だけど、キミが軽く触れたのは肩だった。そこからぽんぽん、と腕や手首に触れていく。マッサージとは異なるその感覚がなぜか心地よくて、段々と身体が軽くなっていく感覚に身を委ねていた。
そして静かに俺の手を握ると、摩訶不思議な光景が広がった。
金色の光が俺の手に入っていくと、流血していた傷まみれの俺の手が、みるみるうちに癒えていく。やがて光は全身を包み込み、俺の身体は怪我ひとつなくなっていた。
「はい、終わり。一応病院できちんと診てもらってくださいね、破傷風とか怖いので」
「……これは。キミの力なのか?」
「一晩の夢、明晰夢……ということで。機会があれば、きっとまた出会えることでしょう。では、失礼します」
「待ってくれ‼‼」
よもや腕を掴まれると思わなかったキミは、目を白黒させて俺を見る。
組織の仕事で心身共に疲労困憊だった俺は、キミとまた会いたいと願ってしまった。それが、一夜だけの夢だとしても。
キミは困ったように笑みを浮かべると、これなら良いか。と独り言ちた。
「宮内庁の審神者、白雪」
キミはヒントだけを言い残せば、それが合図だというが如く、俺の意識が深い深い海の中へと沈んでいく。
そして再び目を覚ますと、キミの姿はどこにもなくて。
だけど、夢じゃない。キミが癒してくれた傷は完治していて、手に握っていたのは、キミが残してくれたヒントが書かれていた紙屑だったんだ。
それを元に、色々調べた。キミが残してくれたヒントは殆ど答えのようなもので、宮内庁に問い合わせれば「審神者」という秘密裏に日本を守る、俺たちのような存在を教えてくれた。
そして萩や松田、班長、ヒロ、そして俺の証言を組み合わせると、ひとりの人物が浮上した。
それが……そう、キミだ。白雪ちゃんだよ。俺たちを助けてくれて、本当にありがとう。
キミが
俺は公安としての仕事が終わり、立て続けに犯罪者集団の組織の仕事を死ぬ気でこなした後だった。
え、オレが公安だって知らなかった? 普通の刑事さんや、交番のお巡りさんだと思っていた? そ、そうか……。
では改めて。俺は
……そうだな、俺の所属自体、存在が秘匿されている。だけど、この命を救ってくれたキミなら、信じても良い。そう思ったんだ。
キミも俺たちの秘密を握っているし、俺たちもキミの秘密を知っている。お互い秘密を握っている方が、キミだって安心だろう。
……話を戻そうか。
公安の仕事に、組織の潜入捜査、それに伴う負傷。疲れ果てた俺は、辛うじて公園のベンチで休んでいた。
手当てする気力すらもなくなった俺は、ぼんやりと空を見上げていた。だんだんと薄まりゆく意識、動かせない手足、重たくなる瞼。……もしかして、俺はここで死ぬのか。それが納得できるほど、死神が近づいていた。
死ぬ間際に走馬灯が流れるというが、本当に死神が近づいていたのだろう。俺の周囲には真っ黒でどす黒い煙が纏わりつき、けたたましく笑う、
しかし。それも束の間のこと。俺を取り囲んでいたなにものかが、ぶわっと距離を取る。まるでモーセの十戒のワンシーンのように、なにものかが左右に弾けていく。
何とか首だけを動かし、その方向へ視線を移すと。そこには、神々しい少女が静かに佇んでいた。
長く艶やかな髪は、まるで満天の星空を閉じ込めたようなうつくしさ。陶磁器のような肌はどこまでも白く、まるで深雪のように穢れを知らない。猫目がちな大きな瞳は、ガーネットのように煌めき、一度見詰めたら離れられないような、魅了する力を宿していて。
まるで月明かりを纏う女神が、地上へ降り立ったようだ。
その割には現代の洋装を身に纏い、手元にはコンビニの袋を携えていたけれど。袋からは牛乳パックがちらりと見えていて、結構所帯じみていた。
「失せろ、雑魚ども」
その声は威厳に満ちており、なおかつ玲瓏としていた。人を束ねる
静まり返った分響きやすいのか、どす黒い煙が散り散りに消え失せ、跡形もなくなっていく。
ローファーを履いた君が近づいてくる。一歩、また一歩と近づく度に、黒い靄が晴れていき、気付けば息苦しかった呼吸も、違和感が消えていた。
「キミは、一体……」
俺の言葉を黙殺し、くるりと踵を返す。
その時の俺は、信じがたいものを目にしていた。
首から上が斬り落とされたのか、はたまた吹き飛んだのか。首のない血みどろの男が、千鳥足ながらもキミへ近づいていたんだ。
しかしキミは一切合切動揺することもなく、人差し指と中指を血みどろの男へ当てると。
「禁‼」
爆弾が落とされたかのような、強い衝撃が迸る。吹き飛ばされるかと思ったが、俺よりも矮躯な子が平然と立っているのに驚きを隠せない。
その男も黒い靄のように、散り散りになって消えていた。
その時の俺は疲労が重なり、顔色が悪かったのだろう。ところがキミは、つい“視えてしまった”心労によるものだと判断し、俺に声をかける。先ほどとは違い、威厳がなく、それでいて優しい。まるで小鳥の鳴き声のような、年相応の可愛らしい声だった。
「……お兄さん、大丈夫……じゃないですよね。怪我、酷いですよ」
「……お前、一体何を……?」
「悪霊を吹き飛ばしました」
「悪霊を吹き飛ばした」
「あれ、踏み切り近くでずーっと私のこと見ていたんです。無視していたんですが、やっぱり私に執着しちゃったんですね。生前からそう。ずっと女の子を付け回して……。反省の余地なしということで消しました」
「消した」
当たり前のように説明するキミは、お隣り失礼します、と俺の横へ腰掛けた。そして俺の顔や身体を値踏みするように、じっと見詰める。
確かに俺は、割と人に好かれる部類の顔立ちをしている……と思う。この娘もどうせそうなのだろう。内心落胆した俺とは裏腹に、キミは静かに立ち上がり、俺の前を陣取った。
「お兄さん、お身体に触っても?」
「……好きにするといいさ」
「では失礼しますね」
許可を取るとは思わなかった俺は、キミの言動が全く理解できなくて。変な真似をしたら———情報を抜き取ろうものなら———殺すつもりだった。
だけど、キミが軽く触れたのは肩だった。そこからぽんぽん、と腕や手首に触れていく。マッサージとは異なるその感覚がなぜか心地よくて、段々と身体が軽くなっていく感覚に身を委ねていた。
そして静かに俺の手を握ると、摩訶不思議な光景が広がった。
金色の光が俺の手に入っていくと、流血していた傷まみれの俺の手が、みるみるうちに癒えていく。やがて光は全身を包み込み、俺の身体は怪我ひとつなくなっていた。
「はい、終わり。一応病院できちんと診てもらってくださいね、破傷風とか怖いので」
「……これは。キミの力なのか?」
「一晩の夢、明晰夢……ということで。機会があれば、きっとまた出会えることでしょう。では、失礼します」
「待ってくれ‼‼」
よもや腕を掴まれると思わなかったキミは、目を白黒させて俺を見る。
組織の仕事で心身共に疲労困憊だった俺は、キミとまた会いたいと願ってしまった。それが、一夜だけの夢だとしても。
キミは困ったように笑みを浮かべると、これなら良いか。と独り言ちた。
「宮内庁の審神者、白雪」
キミはヒントだけを言い残せば、それが合図だというが如く、俺の意識が深い深い海の中へと沈んでいく。
そして再び目を覚ますと、キミの姿はどこにもなくて。
だけど、夢じゃない。キミが癒してくれた傷は完治していて、手に握っていたのは、キミが残してくれたヒントが書かれていた紙屑だったんだ。
それを元に、色々調べた。キミが残してくれたヒントは殆ど答えのようなもので、宮内庁に問い合わせれば「審神者」という秘密裏に日本を守る、俺たちのような存在を教えてくれた。
そして萩や松田、班長、ヒロ、そして俺の証言を組み合わせると、ひとりの人物が浮上した。
それが……そう、キミだ。白雪ちゃんだよ。俺たちを助けてくれて、本当にありがとう。