懐古談
side 諸伏
あれは数年前のこと。オレは公安の仕事で、犯罪組織に潜入捜査していたんだ。そこの零 と一緒に。
ゼロはまだ潜入捜査を続けているけれど、オレはNOCってことがバレて———あ、NOCは潜入捜査しているスパイってことね。ネズミが入り込んだと知った組織は、始末しようと逃げたオレの行方を追っていた。
……ゼロ、もう以前に素性はバレているんだから、別に構わないじゃないか。それにこの子、ちゃんと黙っていてくれるよ。オレが保証する。
*
必死に逃げていたんだ。組織の追手から。その最中にキミと衝突した。あの頃の君はもう少し身長が小さかったから、簡単に吹っ飛ばされた。
「あいたたた……」
「すまない、大丈夫か」
「……!」
尻餅をついたキミは、オレを視界に入れた途端、目を見開いて固まってしまった。
その瞳からは、光が失われていた。絶望したときのような、生きる希望を無くしたような表情で。その不思議な威圧感に、迫力に、オレも、何も言えなかった。
だけどそれも一瞬のことで、がばっと立ち上がると、オレの腕を必死に引っ張ったんだ。
「急いで。……ここも時期に危うくなります。姿を隠せる場所がありますから、そちらへ移動しましょう。大丈夫、私を信じて」
いざとなったら口封じとして殺してしまえばいい。どこか自暴自棄に陥ってしまったオレは、そのままキミの言われるがままに付いて行った。
最初は住宅街の小さな小道を歩いていると思っていたけれど、だんだんとアパートの数が少なくなって、木造の平屋建ての建物が多くなっていった。真っ暗のはずなのに、街灯も明かりも点いていない。
あまりにも静かすぎる。生活音も、虫の声や鳥の囀り、風の音。音という音が全て消え失せていた。
田舎だと静かだと思われがちだけど、割とカエルの鳴き声やら虫の声とか、自然の音が聞こえてくるんだ。都会だと動物たちの代わりに、自動車のエンジン音がそれに当たるかな?
とにかく、完全な無音っていうのは初めての経験で、鼓膜に痛みが走るくらいに静かだった。
ここは異様だ。おかしい。
それでもキミは前へ前へと突き進む。小さなキミを見失わないように、オレは付いて行く。進むにつれて家のような黒い影が減っていき、見通しが良くなってきた。
見渡すと、そこは一面の焼け野原だった。
てっきり街が暗いと思っていたけれど、空を見上げれば満天の星空が煌めいて、オレたちを照らしていた。東京で見渡す限りの焼け野原が広がっているなんて、どう考えてもおかしい。まるで過去に来たみたいだった。
呆然と立ち竦んでいると、キミは小さく手招きしていた。背後にあるのは、倒壊寸前の鉄筋コンクリートの建物だ。
躊躇なくキミは建物へ入っていく。オレは湧き上がる違和感や、それに伴う恐怖を必死に押さえ込み、キミの後に続く。
この建物も火災に遭ったように壁が煤で真っ黒に汚れ、窓ガラスは砕け散り、辛うじて一枚だけ残っていた窓には虎が描かれたポスターが貼られている。
真っ暗な玄関には、真っ黒な人影が複数蠢いている。どこの部屋もそんな感じで、「そいつらと目を合わせてはいけない」と頭の中で警鐘を鳴らしていた。
そんなキミはひとつの部屋へと辿り着くと、窓枠に腰を下ろした。どうやら終点のようだ。
「……ここは、どこだ?」
「うーん……説明が難しいですね。……強いて言うなら異空間? 異次元? 異界?」
ここだと追手を撒くには最適でしょう?
クスッとチェシャ猫のような笑みを浮かべるキミに対し、オレは危機感を覚えていた。
まさか、こんな小さな子が、組織の追手だったなんて。
持っていた拳銃の銃口をキミへ向けると、驚いた表情を浮かべて両手を挙げる。命の危機だというのに、キミはどこまでも落ち着いていた。
「……窓の外、綺麗ですよ」
「それでオレのスマホを奪おうって魂胆か?」
「電子機器、多分もう壊れてます。電源入れてみてください。あと私、別にお兄さんのスマホに興味ないので……。転売しようにもデータ消すの面倒だし、型番古そうだしAndroidだから、大したお金にならなさそうだし」
スマホに納められているデータには全く興味がありません。そうキミの顔にでかでかと書いていたし、そもそもオレに興味がないのか、じっと窓の外を眺め続けている。
渋々銃口を下ろし、適当にスマホを弄ろうとタップした。しかしボタンを長押ししても、連打しても、画面が光ることはなかった。
「お前が壊したのか?」
「私は何もしていません。ここ、少なくとも現世 じゃないので……電子機器と相性が悪いんじゃないですかね……?」
質問をしても、返ってくるのは煮え切らない返事。確かにこの摩訶不思議な状況じゃ、曖昧な返事しか返せないのだろう。
オレも窓の外を見詰める。暗闇に煌めく夜景はまるで、満天の星空を間近で眺めているようだ。思わずオレも緊張の糸を緩め、ホォーと大きな息を吐く。
キミもオレも、この世界で暮らす幽霊たちも。皆、窓の外の勝景をじっと眺めていた。
「……ここに居る人たちは、この街とそこの暮らしをとても愛していた。それは今でも変わらなくて、またここに人が暮らし、栄えていることが嬉しいんです」
……オレも、彼らと同じだ。この国に住む人たちが平和に暮らせるように、日々身を粉にして働いている。潜入している組織に重宝されるために、手を汚し続けた。その度にオレの手が、魂が、どす黒く汚れてしまうような感覚がして。でも結局、NOCだとバレてしまった。
それを知ってか知らずか、キミは歌うように言葉を紡ぐ。
「現世の人たちに、あんな悲しい思いはさせたくない。たとえ自分たちがここで礎になっても守りたい。祈るような気持ちでここに居るの」
胸いっぱいに広がるのは、共に潜入した親友の無事を願う祈りと、底知れぬ後悔だ。
オレも、彼らと同じ存在なのだろうか。
だけどオレは、彼らとは違う。まだ動かせる身体がある。信頼できる親友だっている。
覚悟を決めたオレは、不思議な力を持つキミに、取引を持ちかけた。
「……ここには、『生きている』人間はいないんだな?」
「いないとは思いますけど……」
「じゃあ、ここで話そう。オレの名前は諸伏景光。警視庁公安部の人間だ。犯罪者集団に紛れて潜入捜査をしていたが、NOCだということが組織にバレてしまって、追われているところだったんだ。だから匿ってくれて本当にありがとう」
「は、はぁ……。そんなドラマみたいなことってあるんですね」
本当に異空間なら、組織の人間は入ってこられないに違いない。事情を勝手に語り出したオレに対し、キミはぽかんと口を開けた。
日本語は理解しているけれど、文章の内容が奇想天外すぎて付いていけないらしい。それでも強引に捲し立てる。ここでキミの協力を得られなければ、組織に殺されると強く確信していたからだ。
しばらく戸惑いの表情を浮かべていたキミも、時間が経過するにつれ納得していったようだ。自然と年相応の、可愛らしい表情へ戻っていった。
そして名案が浮かんだのか、頷きをひとつすると、オレにひとつの作戦を提示した。
「恐らく、お兄さんを売ったのは……警察の人間かと」
「だろうね」
「……お兄さんは、心の底から信用出来る人はいますか」
キミの言葉で脳裏に過ったのは、同じく潜入捜査をしている親友の顔。
子どものころから一緒に過ごしてきたゼロなら、きっと協力してくれる。
首を縦に振って肯定の意を示すと、キミはゼロに連絡を取るように指示を下した。しかし、オレの携帯は完全にお釈迦になってしまっている以上、連絡は難しそうだ。公衆電話からなら繋がるかもしれないが。
そう伝えると、キミは胸ポケットからスマホを取り出した。こちらはなぜか正常に動作している。これを使ってゼロを呼び出せということか。
「……そろそろ行きましょうか」
「え? ここに呼び出すんじゃ……?」
「メールしてもメッセージ送っても、文字化けしちゃうんです……。電話だと、なぜか別の音声が流れてしまって……。だから一度現世に戻る必要があります」
そしてキミに従うまま、オレは異空間から脱出した。
その頃には、既に太陽が顔を見せていた。異空間だからか分からないが、あの場所で何時間も経過した実感が湧かなかった。ほんの数分だけだと思っていたんだ。
早朝だからか、近くに人気がない静かな公園があったので、オレはゼロに連絡を取る。幸いゼロとはすぐに繋がり、ここまで迎えに来て貰うことになった。
キミは準備があるといって、さっさと帰ってしまったけれど、瞬く間に荷物を背負って戻ってきた。
オレを含め万物を照らす太陽の光、木々のざわめき、小鳥の囀り、足早に出勤するサラリーマン。ペットの散歩をする飼い主。
あぁ、オレは今、いきている。
気付けばボロボロと涙を零していた。流石にこれにはキミも相当驚いていて、おずおずとハンカチを貸してくれた。
生きている実感が湧き、ぐずぐずと泣くオレと、ハンカチを渡したものの、どうやって泣き止まそうかと右往左往する小さなキミ。到着したゼロがこの状況を見て、困惑しても仕方がなかったと思う……。本当にごめん……。
しかも意外なことに、ゼロは既にキミと知りあっていたみたいで。目をぱちくりとさせて「世間って狭いなあ」と暢気に呟いていた。
ゼロと無事再会したオレは、次なる指示を待つ。キミは真剣な面持ちで、死体偽装をする間———一週間以内———に警察内部の膿を出せと言い出した。
人の形に切り取った和紙にオレの髪を貼り付け、それに息を吹きかける。すると不思議なことに、和紙がオレの身体へむくむくと変貌していった。
「とりあえず応急措置として、これを遺体として使ってください。ちゃんと血が出るようにしておきましたが、この姿を保てるのは一週間が限界です」
「なるほど。その間にヒロが死んだと組織を欺き、NOCリストを流出させた裏切り者を見つけ出す……」
「その前に安全な場所で匿ってあげてください。身元の引き受けは……ちょっと難しい立場なので」
「オレはあそこでも構わないぞ?」
「あそこ、異界というか隠世 なので……。普通の人が数日滞在すると、現世に戻れなくなるかもしれません。一時的な避難場所か、最終手段にしてください」
オレはゼロのセーフハウスで待機する間、ゼロが公安の膿出しに専念することになった。組織には偽装した遺体を使い、バーボンが始末したと報告する。
一分の隙もない作戦を立案し、親友 と引き合わせ、ミステリアスな力でオレの死体を偽装してくれた。これだけでもオレたちは感謝すべきはずなのに、なぜかキミは深々と頭を垂れる。
「……私が手を貸せる範囲はここまでです。最後まで面倒を見きれず、中途半端でごめんなさい」
「いや、ここまでしてくれるだけでも本当に助かるよ! だから気にしないで欲しいな」
「あぁ。こうして俺たちが再会できるのは、奇跡のようなものだ。ごめんな、今は一刻も時間が惜しい。俺たちはそろそろ行くよ」
「そうですよね……。あ、これ……私の連絡先です。もし怪奇現象に遭遇したら、相談に乗りますから」
ゼロが運転するRX-7に乗り込む。優しいキミは、車が見えなくなるまで、手を振って見送ってくれた。
「お互い潜入捜査、頑張りましょうね」
車を突っ切る風に乗って聞こえた、キミの声。その言葉は、オレの心の氷を溶かすには十分だった。
あれは数年前のこと。オレは公安の仕事で、犯罪組織に潜入捜査していたんだ。そこの
ゼロはまだ潜入捜査を続けているけれど、オレはNOCってことがバレて———あ、NOCは潜入捜査しているスパイってことね。ネズミが入り込んだと知った組織は、始末しようと逃げたオレの行方を追っていた。
……ゼロ、もう以前に素性はバレているんだから、別に構わないじゃないか。それにこの子、ちゃんと黙っていてくれるよ。オレが保証する。
*
必死に逃げていたんだ。組織の追手から。その最中にキミと衝突した。あの頃の君はもう少し身長が小さかったから、簡単に吹っ飛ばされた。
「あいたたた……」
「すまない、大丈夫か」
「……!」
尻餅をついたキミは、オレを視界に入れた途端、目を見開いて固まってしまった。
その瞳からは、光が失われていた。絶望したときのような、生きる希望を無くしたような表情で。その不思議な威圧感に、迫力に、オレも、何も言えなかった。
だけどそれも一瞬のことで、がばっと立ち上がると、オレの腕を必死に引っ張ったんだ。
「急いで。……ここも時期に危うくなります。姿を隠せる場所がありますから、そちらへ移動しましょう。大丈夫、私を信じて」
いざとなったら口封じとして殺してしまえばいい。どこか自暴自棄に陥ってしまったオレは、そのままキミの言われるがままに付いて行った。
最初は住宅街の小さな小道を歩いていると思っていたけれど、だんだんとアパートの数が少なくなって、木造の平屋建ての建物が多くなっていった。真っ暗のはずなのに、街灯も明かりも点いていない。
あまりにも静かすぎる。生活音も、虫の声や鳥の囀り、風の音。音という音が全て消え失せていた。
田舎だと静かだと思われがちだけど、割とカエルの鳴き声やら虫の声とか、自然の音が聞こえてくるんだ。都会だと動物たちの代わりに、自動車のエンジン音がそれに当たるかな?
とにかく、完全な無音っていうのは初めての経験で、鼓膜に痛みが走るくらいに静かだった。
ここは異様だ。おかしい。
それでもキミは前へ前へと突き進む。小さなキミを見失わないように、オレは付いて行く。進むにつれて家のような黒い影が減っていき、見通しが良くなってきた。
見渡すと、そこは一面の焼け野原だった。
てっきり街が暗いと思っていたけれど、空を見上げれば満天の星空が煌めいて、オレたちを照らしていた。東京で見渡す限りの焼け野原が広がっているなんて、どう考えてもおかしい。まるで過去に来たみたいだった。
呆然と立ち竦んでいると、キミは小さく手招きしていた。背後にあるのは、倒壊寸前の鉄筋コンクリートの建物だ。
躊躇なくキミは建物へ入っていく。オレは湧き上がる違和感や、それに伴う恐怖を必死に押さえ込み、キミの後に続く。
この建物も火災に遭ったように壁が煤で真っ黒に汚れ、窓ガラスは砕け散り、辛うじて一枚だけ残っていた窓には虎が描かれたポスターが貼られている。
真っ暗な玄関には、真っ黒な人影が複数蠢いている。どこの部屋もそんな感じで、「そいつらと目を合わせてはいけない」と頭の中で警鐘を鳴らしていた。
そんなキミはひとつの部屋へと辿り着くと、窓枠に腰を下ろした。どうやら終点のようだ。
「……ここは、どこだ?」
「うーん……説明が難しいですね。……強いて言うなら異空間? 異次元? 異界?」
ここだと追手を撒くには最適でしょう?
クスッとチェシャ猫のような笑みを浮かべるキミに対し、オレは危機感を覚えていた。
まさか、こんな小さな子が、組織の追手だったなんて。
持っていた拳銃の銃口をキミへ向けると、驚いた表情を浮かべて両手を挙げる。命の危機だというのに、キミはどこまでも落ち着いていた。
「……窓の外、綺麗ですよ」
「それでオレのスマホを奪おうって魂胆か?」
「電子機器、多分もう壊れてます。電源入れてみてください。あと私、別にお兄さんのスマホに興味ないので……。転売しようにもデータ消すの面倒だし、型番古そうだしAndroidだから、大したお金にならなさそうだし」
スマホに納められているデータには全く興味がありません。そうキミの顔にでかでかと書いていたし、そもそもオレに興味がないのか、じっと窓の外を眺め続けている。
渋々銃口を下ろし、適当にスマホを弄ろうとタップした。しかしボタンを長押ししても、連打しても、画面が光ることはなかった。
「お前が壊したのか?」
「私は何もしていません。ここ、少なくとも
質問をしても、返ってくるのは煮え切らない返事。確かにこの摩訶不思議な状況じゃ、曖昧な返事しか返せないのだろう。
オレも窓の外を見詰める。暗闇に煌めく夜景はまるで、満天の星空を間近で眺めているようだ。思わずオレも緊張の糸を緩め、ホォーと大きな息を吐く。
キミもオレも、この世界で暮らす幽霊たちも。皆、窓の外の勝景をじっと眺めていた。
「……ここに居る人たちは、この街とそこの暮らしをとても愛していた。それは今でも変わらなくて、またここに人が暮らし、栄えていることが嬉しいんです」
……オレも、彼らと同じだ。この国に住む人たちが平和に暮らせるように、日々身を粉にして働いている。潜入している組織に重宝されるために、手を汚し続けた。その度にオレの手が、魂が、どす黒く汚れてしまうような感覚がして。でも結局、NOCだとバレてしまった。
それを知ってか知らずか、キミは歌うように言葉を紡ぐ。
「現世の人たちに、あんな悲しい思いはさせたくない。たとえ自分たちがここで礎になっても守りたい。祈るような気持ちでここに居るの」
胸いっぱいに広がるのは、共に潜入した親友の無事を願う祈りと、底知れぬ後悔だ。
オレも、彼らと同じ存在なのだろうか。
だけどオレは、彼らとは違う。まだ動かせる身体がある。信頼できる親友だっている。
覚悟を決めたオレは、不思議な力を持つキミに、取引を持ちかけた。
「……ここには、『生きている』人間はいないんだな?」
「いないとは思いますけど……」
「じゃあ、ここで話そう。オレの名前は諸伏景光。警視庁公安部の人間だ。犯罪者集団に紛れて潜入捜査をしていたが、NOCだということが組織にバレてしまって、追われているところだったんだ。だから匿ってくれて本当にありがとう」
「は、はぁ……。そんなドラマみたいなことってあるんですね」
本当に異空間なら、組織の人間は入ってこられないに違いない。事情を勝手に語り出したオレに対し、キミはぽかんと口を開けた。
日本語は理解しているけれど、文章の内容が奇想天外すぎて付いていけないらしい。それでも強引に捲し立てる。ここでキミの協力を得られなければ、組織に殺されると強く確信していたからだ。
しばらく戸惑いの表情を浮かべていたキミも、時間が経過するにつれ納得していったようだ。自然と年相応の、可愛らしい表情へ戻っていった。
そして名案が浮かんだのか、頷きをひとつすると、オレにひとつの作戦を提示した。
「恐らく、お兄さんを売ったのは……警察の人間かと」
「だろうね」
「……お兄さんは、心の底から信用出来る人はいますか」
キミの言葉で脳裏に過ったのは、同じく潜入捜査をしている親友の顔。
子どものころから一緒に過ごしてきたゼロなら、きっと協力してくれる。
首を縦に振って肯定の意を示すと、キミはゼロに連絡を取るように指示を下した。しかし、オレの携帯は完全にお釈迦になってしまっている以上、連絡は難しそうだ。公衆電話からなら繋がるかもしれないが。
そう伝えると、キミは胸ポケットからスマホを取り出した。こちらはなぜか正常に動作している。これを使ってゼロを呼び出せということか。
「……そろそろ行きましょうか」
「え? ここに呼び出すんじゃ……?」
「メールしてもメッセージ送っても、文字化けしちゃうんです……。電話だと、なぜか別の音声が流れてしまって……。だから一度現世に戻る必要があります」
そしてキミに従うまま、オレは異空間から脱出した。
その頃には、既に太陽が顔を見せていた。異空間だからか分からないが、あの場所で何時間も経過した実感が湧かなかった。ほんの数分だけだと思っていたんだ。
早朝だからか、近くに人気がない静かな公園があったので、オレはゼロに連絡を取る。幸いゼロとはすぐに繋がり、ここまで迎えに来て貰うことになった。
キミは準備があるといって、さっさと帰ってしまったけれど、瞬く間に荷物を背負って戻ってきた。
オレを含め万物を照らす太陽の光、木々のざわめき、小鳥の囀り、足早に出勤するサラリーマン。ペットの散歩をする飼い主。
あぁ、オレは今、いきている。
気付けばボロボロと涙を零していた。流石にこれにはキミも相当驚いていて、おずおずとハンカチを貸してくれた。
生きている実感が湧き、ぐずぐずと泣くオレと、ハンカチを渡したものの、どうやって泣き止まそうかと右往左往する小さなキミ。到着したゼロがこの状況を見て、困惑しても仕方がなかったと思う……。本当にごめん……。
しかも意外なことに、ゼロは既にキミと知りあっていたみたいで。目をぱちくりとさせて「世間って狭いなあ」と暢気に呟いていた。
ゼロと無事再会したオレは、次なる指示を待つ。キミは真剣な面持ちで、死体偽装をする間———一週間以内———に警察内部の膿を出せと言い出した。
人の形に切り取った和紙にオレの髪を貼り付け、それに息を吹きかける。すると不思議なことに、和紙がオレの身体へむくむくと変貌していった。
「とりあえず応急措置として、これを遺体として使ってください。ちゃんと血が出るようにしておきましたが、この姿を保てるのは一週間が限界です」
「なるほど。その間にヒロが死んだと組織を欺き、NOCリストを流出させた裏切り者を見つけ出す……」
「その前に安全な場所で匿ってあげてください。身元の引き受けは……ちょっと難しい立場なので」
「オレはあそこでも構わないぞ?」
「あそこ、異界というか
オレはゼロのセーフハウスで待機する間、ゼロが公安の膿出しに専念することになった。組織には偽装した遺体を使い、バーボンが始末したと報告する。
一分の隙もない作戦を立案し、
「……私が手を貸せる範囲はここまでです。最後まで面倒を見きれず、中途半端でごめんなさい」
「いや、ここまでしてくれるだけでも本当に助かるよ! だから気にしないで欲しいな」
「あぁ。こうして俺たちが再会できるのは、奇跡のようなものだ。ごめんな、今は一刻も時間が惜しい。俺たちはそろそろ行くよ」
「そうですよね……。あ、これ……私の連絡先です。もし怪奇現象に遭遇したら、相談に乗りますから」
ゼロが運転するRX-7に乗り込む。優しいキミは、車が見えなくなるまで、手を振って見送ってくれた。
「お互い潜入捜査、頑張りましょうね」
車を突っ切る風に乗って聞こえた、キミの声。その言葉は、オレの心の氷を溶かすには十分だった。