盈盈一水
先日の連続児童失踪事件で、白雪が重要参考人として事情聴取を受けた。その際に刑事たちに一言申し入れたのだが、白雪の一言で目が覚めた高木刑事は、何度忠言をしても聞き入れることのない目暮班を見限り、人事異動を申し入れて再び伊達刑事の下に付いた。
その際、佐藤刑事に別れを告げたらしい。
他の男との比較。気持ちが籠っていない贈り物。思い通りにならないときに取る、不機嫌な態度の尻拭い。
今まで恋人である自分に対し、蔑 ろな扱いに不満が一気に爆発した瞬間だった。
離別の原因を白雪だと決めつけた佐藤刑事は、彼女と松田が暮らすマンションにまで押しかけるという暴挙を行い、謹慎処分を受けているという。佐藤刑事の性格では、素直に納得するのは無理な話だ。謹慎処分を受けてもなお、松田のマンションに姿を見せているらしい。
白雪の身の安全を考慮した結果、ちょうど引っ越す萩原の家で住んだ方が安全だという結論に達した。
「……まァそんなワケだ。十中八九アイツの逆恨みだから気にすんな」
「それに急だったとはいえ、年頃の娘と同居するというのに、この馬鹿 は忙しさと君の優しさにかまけて、部屋や家財道具の一つや二つ、ろくに用意されてなかったんだろう? ちょうど研二の部屋が丸々吹き飛んだわけだし、君の部屋も用意させようと思ってね。欲しいものがあれば、気兼ねなく言うといい。金に関してはこの馬鹿 に出させる。もちろん全額だ」
「それじゃ、遠慮なく……えっと、Microsoft officeとClip Studioが入った最新式のMacとWacom製の液晶タブレットとゲーミングキーボードとゲーミングマウスとゲーミングチェアとデスクマットとチェアマットとオーブンと高機能ドライヤーが欲しいです!」
「え? 早口言葉?」
「お、おぉ……。結構言ったな……」
「年頃の女の子にドライヤーもなし、とは……。あり得ないな」
「家電以外は報告書の作成に必要で……。スペックが低いPCだと、データの作成途中や確認途中で固まっちゃうのがストレスなんですよ〜。新しいお部屋に引っ越すのなら、いっそのこと私の部屋を作ってもらって! そこに限定サンリオコラボの可愛い端末があれば! 仕事のモチベーションも跳ね上がっちゃいます〜! あ、もちろんきちんと家事もこなしますのでご安心を!」
普段はこんのすけの力を借りて報告書の確認や作成をしているものの、それはスマホで行っているのも同義だ。ハイスペックなPCがあれば、仕事にも打ち込みやすい。
ハイスペックな電子機器ともなれば自然と高額になる。遠慮がちで控えめな性格の白雪が言い出せないのも納得だ。
突然病室の扉が勢いよく開かれ、あまりの力に、壁に引き戸が減り込んだ。もちろん壁にはヒビが入っている。
「白雪ちゃんッ! 怪我したって聞いたんだけど、大丈夫⁉」
「ご無事ですか⁉」
「あぁ……! こんなに傷だらけになって……!」
扉を破壊したのは、わざわざ長野から飛んできた諸伏兄弟だった。景光に至っては、ミイラの如く包帯ぐるぐる巻きの白雪を視界に入れた途端、目から大量の涙が零れ出す。過呼吸に陥ってないだけマシか。
多忙なはずの二人が、東都の警察病院に時間を見繕って来れるだけの猶予があるとは思えない。もちろん白雪の予測通り、無理やり休暇を捥ぎ取って東都まですっ飛んできた。仕事をしてください。
高明警部は手に持っていたフルーツ盛り合わせを棚の上へ置いた。
「あぁ、こちらお見舞いです。こちらに置いておきますね」
「わぁ! わざわざご丁寧にありがとうございます〜」
「そしてこちらが長野県警一同より信州プレミアム牛肉と信州サーモンと信州そばの詰め合わせセットで———」
「高明さん、私は税の徴用ルート確立の為に現代遠征に来たんじゃないんですよ……」
「まあまあ、そう言わず。ぜひ刀剣男士の皆さまにも召し上がっていただきたくてお持ちしたんです」
流石にあまりの量にストップをかける白雪。その表情には若干呆れが伺える。確かに本丸が全焼した今、どんな物資もありがたいのだけれど。
一旦本丸の誰かに取りに来て貰って、そのついでに本丸の復興や、時の政府の雲行き、敵勢力の動向も確認しておきたい。
早速こんのすけへ手配を済ませ、白雪は大きく一息を吐いた。ベッドで寝ているだけなのに、まるで荒れ狂う波に巻き込まれたような疲労を感じていた。実際目が覚めてから、あれやこれやと重要な情報を聞かされたのだから。
面会時間が終わりを告げ、お見舞いに来ていた刑事たちがそれぞれ帰路に就く。
そして病室には、白雪以外誰もいなくなった……のではなく、浅葱色の髪に金色の瞳を持つ、麗しい青年の姿があった。彼の顔はとても優しげな微笑みを浮かべている。彼の名は一期 一振 。放たれる気品は皇室御物ゆえのものか。
彼は鞄から数枚のプリントを取り出すと、白雪へ手渡した。
「主殿、ご報告に参りました。こちら、時間遡行軍の例外的出現報告書です。そしてこちらが戦績表、資材の在庫状況、こちらが本丸の復興状況をまとめた資料ですな」
一期一振へ感謝の言葉を述べ、ぺらぺらと紙を捲り、目を通す。ここには判子がないので、捺印の代わりにサインしていく。
最期の最期にとんでもない書類を発見し、思わず二度見してしまった。本丸復興計画の書類だった。
そこに記載されていたのは、再度城を築城するのではなく、中央に御殿を建築し、その周囲にドーナツのように堀を張り巡らせ、その外側に馬小屋や畑、刀剣男士たちが暮らす集落を作る計画だ。
築城だけでも大工事なのに、まさか地図ごと描き変えるような計画に、白雪は呆然とした。開いた口が塞がらない。
「……これ、相当時間も費用もかかるんじゃないの?」
「費用に関しては、全額政府が保証するとのことです。堀の掘削作業に関しては、志保殿が協力な火薬を生成してくださり、後は水を流し入れる段階まで来ております。我々の住まいも、バラック小屋ではなく、きちんと一軒家を準備しております。ご安心を」
「言っておくけど、私の部屋は普通で良いからね? 何十畳もするような大広間は逆に落ち着かないから。作るとしても、それは皆で食事したり、集合するための部屋! 六〜七畳もあれば十分だからね⁉」
念を押し、釘を刺す白雪。びしっと細い指を一期一振の整った顔へ突きつけた。彼は少し不服そうだったが、本人が落ち着かないと言えばそうなのだろう。
状況報告や情報の共有が完了し、本丸へ帰還する一期一振は、恭しく一礼した。白雪は思い出したように呼び止める。
「ついでにアレ持って帰って。刀剣男士の皆さまにもどうぞ〜って」
「それはそれは。ご配慮痛み入ります」
白雪が指差した先には、諸伏警部がお見舞いの品として押し付けた食料品の数々。結構な量があるはずなのに、それを容易く軽々と持ち上げる諸伏警部も一期一振も、相当な力持ちだ。
伊達刑事のような屈強な体躯をしているわけでもないのに、この細身のどこに持ち上げられるような筋肉が収まっているのだろう。
今度こそ誰もいなくなったベッドに、白雪はごろんと寝転ぶと、そのまま意識を手放すのに、時間はかからなかった。
その際、佐藤刑事に別れを告げたらしい。
他の男との比較。気持ちが籠っていない贈り物。思い通りにならないときに取る、不機嫌な態度の尻拭い。
今まで恋人である自分に対し、
離別の原因を白雪だと決めつけた佐藤刑事は、彼女と松田が暮らすマンションにまで押しかけるという暴挙を行い、謹慎処分を受けているという。佐藤刑事の性格では、素直に納得するのは無理な話だ。謹慎処分を受けてもなお、松田のマンションに姿を見せているらしい。
白雪の身の安全を考慮した結果、ちょうど引っ越す萩原の家で住んだ方が安全だという結論に達した。
「……まァそんなワケだ。十中八九アイツの逆恨みだから気にすんな」
「それに急だったとはいえ、年頃の娘と同居するというのに、
「それじゃ、遠慮なく……えっと、Microsoft officeとClip Studioが入った最新式のMacとWacom製の液晶タブレットとゲーミングキーボードとゲーミングマウスとゲーミングチェアとデスクマットとチェアマットとオーブンと高機能ドライヤーが欲しいです!」
「え? 早口言葉?」
「お、おぉ……。結構言ったな……」
「年頃の女の子にドライヤーもなし、とは……。あり得ないな」
「家電以外は報告書の作成に必要で……。スペックが低いPCだと、データの作成途中や確認途中で固まっちゃうのがストレスなんですよ〜。新しいお部屋に引っ越すのなら、いっそのこと私の部屋を作ってもらって! そこに限定サンリオコラボの可愛い端末があれば! 仕事のモチベーションも跳ね上がっちゃいます〜! あ、もちろんきちんと家事もこなしますのでご安心を!」
普段はこんのすけの力を借りて報告書の確認や作成をしているものの、それはスマホで行っているのも同義だ。ハイスペックなPCがあれば、仕事にも打ち込みやすい。
ハイスペックな電子機器ともなれば自然と高額になる。遠慮がちで控えめな性格の白雪が言い出せないのも納得だ。
突然病室の扉が勢いよく開かれ、あまりの力に、壁に引き戸が減り込んだ。もちろん壁にはヒビが入っている。
「白雪ちゃんッ! 怪我したって聞いたんだけど、大丈夫⁉」
「ご無事ですか⁉」
「あぁ……! こんなに傷だらけになって……!」
扉を破壊したのは、わざわざ長野から飛んできた諸伏兄弟だった。景光に至っては、ミイラの如く包帯ぐるぐる巻きの白雪を視界に入れた途端、目から大量の涙が零れ出す。過呼吸に陥ってないだけマシか。
多忙なはずの二人が、東都の警察病院に時間を見繕って来れるだけの猶予があるとは思えない。もちろん白雪の予測通り、無理やり休暇を捥ぎ取って東都まですっ飛んできた。仕事をしてください。
高明警部は手に持っていたフルーツ盛り合わせを棚の上へ置いた。
「あぁ、こちらお見舞いです。こちらに置いておきますね」
「わぁ! わざわざご丁寧にありがとうございます〜」
「そしてこちらが長野県警一同より信州プレミアム牛肉と信州サーモンと信州そばの詰め合わせセットで———」
「高明さん、私は税の徴用ルート確立の為に現代遠征に来たんじゃないんですよ……」
「まあまあ、そう言わず。ぜひ刀剣男士の皆さまにも召し上がっていただきたくてお持ちしたんです」
流石にあまりの量にストップをかける白雪。その表情には若干呆れが伺える。確かに本丸が全焼した今、どんな物資もありがたいのだけれど。
一旦本丸の誰かに取りに来て貰って、そのついでに本丸の復興や、時の政府の雲行き、敵勢力の動向も確認しておきたい。
早速こんのすけへ手配を済ませ、白雪は大きく一息を吐いた。ベッドで寝ているだけなのに、まるで荒れ狂う波に巻き込まれたような疲労を感じていた。実際目が覚めてから、あれやこれやと重要な情報を聞かされたのだから。
面会時間が終わりを告げ、お見舞いに来ていた刑事たちがそれぞれ帰路に就く。
そして病室には、白雪以外誰もいなくなった……のではなく、浅葱色の髪に金色の瞳を持つ、麗しい青年の姿があった。彼の顔はとても優しげな微笑みを浮かべている。彼の名は
彼は鞄から数枚のプリントを取り出すと、白雪へ手渡した。
「主殿、ご報告に参りました。こちら、時間遡行軍の例外的出現報告書です。そしてこちらが戦績表、資材の在庫状況、こちらが本丸の復興状況をまとめた資料ですな」
一期一振へ感謝の言葉を述べ、ぺらぺらと紙を捲り、目を通す。ここには判子がないので、捺印の代わりにサインしていく。
最期の最期にとんでもない書類を発見し、思わず二度見してしまった。本丸復興計画の書類だった。
そこに記載されていたのは、再度城を築城するのではなく、中央に御殿を建築し、その周囲にドーナツのように堀を張り巡らせ、その外側に馬小屋や畑、刀剣男士たちが暮らす集落を作る計画だ。
築城だけでも大工事なのに、まさか地図ごと描き変えるような計画に、白雪は呆然とした。開いた口が塞がらない。
「……これ、相当時間も費用もかかるんじゃないの?」
「費用に関しては、全額政府が保証するとのことです。堀の掘削作業に関しては、志保殿が協力な火薬を生成してくださり、後は水を流し入れる段階まで来ております。我々の住まいも、バラック小屋ではなく、きちんと一軒家を準備しております。ご安心を」
「言っておくけど、私の部屋は普通で良いからね? 何十畳もするような大広間は逆に落ち着かないから。作るとしても、それは皆で食事したり、集合するための部屋! 六〜七畳もあれば十分だからね⁉」
念を押し、釘を刺す白雪。びしっと細い指を一期一振の整った顔へ突きつけた。彼は少し不服そうだったが、本人が落ち着かないと言えばそうなのだろう。
状況報告や情報の共有が完了し、本丸へ帰還する一期一振は、恭しく一礼した。白雪は思い出したように呼び止める。
「ついでにアレ持って帰って。刀剣男士の皆さまにもどうぞ〜って」
「それはそれは。ご配慮痛み入ります」
白雪が指差した先には、諸伏警部がお見舞いの品として押し付けた食料品の数々。結構な量があるはずなのに、それを容易く軽々と持ち上げる諸伏警部も一期一振も、相当な力持ちだ。
伊達刑事のような屈強な体躯をしているわけでもないのに、この細身のどこに持ち上げられるような筋肉が収まっているのだろう。
今度こそ誰もいなくなったベッドに、白雪はごろんと寝転ぶと、そのまま意識を手放すのに、時間はかからなかった。
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