盈盈一水

「萩原さん……カフェでのお話なのですが、その……視たままをお話します。ご気分を損ねてしまうかもしれませんが……」
「オッケー、別にいーよ♪」


 霊能力者による霊視鑑定。白雪と共に居た際にオカルト体験は遭遇したことがあるものの、萩原にとっては初めての経験なので、内心楽しみだった。
 一体どんな話をされるのだろう。浮き足立った心持ちで耳を傾けると、白雪の口から放たれたのは想像の斜め上をかっ飛ばされたような言葉で。萩原はまるで脳天に岩を落とされたような感覚に陥った。


「単刀直入に申し上げますと……お付き合いされている女性とは、今すぐお別れすべきです。お金を取り戻せるかどうかは分かりませんが、とにかく縁を切ることを最優先に。ごねる可能性も否定できませんので、もしそうなれば弁護士を視野に入れて———」
「え? え??? 待って待って待って??? 俺の彼女が財布から金を抜き取ってるってこと???」
「そうなる、んですかね? プレゼントも質屋やメルカリで転売して、そのお金はホスト君に貢いでるのかな? 金蔓として見てる割には、生霊(いきすだま)を飛ばすくらい、萩原さんにかなり執着してる……」
「嘘だろ、そんな真似する娘だなんて……。いや、でも……」


 確かに思い当たる節は、それなりにある。見た目こそ女王様然とした麗しさを持つものの、束縛癖がかなり強い彼女だった。
 少しでも気に入らないことがあれば、ヒステリーを起こして、手当たり次第にものを投げるような女。我も気も強い、利己心むき出しの、妲己のような女。
 今、隣に座る白雪とは正反対の性格の、厚かましくて無遠慮な我儘姫だった。


「マジかよ……。ナンパしたときは可愛い子だと思ったんだけどなぁ」
「えっと……生霊が入れないように、結界でも張りましょうか……? 普通の人には視えないので、効果が感じられないとは思いますけれど」
「わぁ、霊能力者みたいじゃーん! 早速お誘いに乗りますかぁ」
「一応霊能力者なんですよね〜」


 相当ショックが強かったのか、現実逃避に徹する萩原。声色は無理やり明るいそれを出すが、その目は死んだ魚のようなそれだ。

 目的地を松田宅から萩原の住むマンションへ変更し、車を走らせること十数分。到着して白雪がドアを開けると、あの水の匂いが鼻を擽った。
 再びドアを閉め、印契を結び、祝詞のような呪文を唱えれば。ぽふんという音と共に現れたのは、特徴的な隈取りを施した管狐———こんのすけ———だった。


「はい、主さま! お呼びでしょうか?」
「こんちゃん。私が許可するまで、萩原さんを女性に近づかせるな。可能なら御守りでも渡したかったんだけれど、事態は一刻を争う……その猶予もない」
「そのようですね……分かりました。ご武運を」
「萩原さんは、私が許可を出すまで中に入らないで。いざとなったら、ここからと奥はなれた場所に逃げてください。私を置いてでも」
「待ってよ、それじゃ白雪ちゃんが死ぬってことじゃ……!」
「……おうちの鍵、お借りしますね」


 じっとマンションを見詰める白雪の顔は、先ほどまでと変わって真剣そのもの。纏う雰囲気も穏やかなそれから、ぴりついた剣呑さのそれに変わっていた。
 隣にいるのは、ただの気弱な女の子じゃない。浄霊連隊大隊長、白雪大佐だ。

 これから何が起きようというのだろうか。白雪が一呼吸整え、拝借した鍵で萩原の家の扉を開けた。特に何の変哲もない、いつもと変わらない部屋。
 白雪が一歩、足を踏み入れた。その瞬間、耳を劈(つんざ)く女の声が響き渡り、水の中に沈められるような感覚に襲われる。


「駄目ェ! 研ちゃんはワタシのモノよ‼ 他の……誰にもだれにもダレニモ、ワタサナイッ‼ 渡すモンかァ‼」
「……どうせ愛しのホスト君に貢ぐための金蔓でしょう? その割には彼に随分と執着するんですね」
「ぎぃあああああああああ‼ 煩いうるさいウルサイィーーーーーーーーーーーーーッ! たかが小娘の分際でェッ! ワタシに説教するなあッーーーーーーーーー‼」


 女の生霊は白雪の首をぎちぎちと締め上げる。白雪は苦しそうに首に手をやり、餌を求める金魚の如く口を開閉させた。苦し紛れに刀印を結び、霊力を逆流させる。


「微塵となりて退散せよ、急々如律令!」


 まるで大きな地震でも発生したのか、爆弾が爆発したかのような大きな衝撃がマンションを襲う。震源地は萩原の住むマンションの一室。
 鉄製の扉をぐにゃりとへし曲げる程度には強く、闇雲にドアノブをがちゃがちゃと回しても、扉はびくともしない。


「おい! 白雪‼ 大丈夫か⁉」


 萩原がドアを叩き、耳を欹(そばだ)て生存確認するも、中はしんと静まり返ったまま。まさか……死んだのか。最悪の事態が彼の脳内を掠める。
 ドアに向かって力任せに体当たりを繰り返せば、徐々に隙間が大きくなっていく。
 何とか身体を押し込められる程度に広がり、満員電車に乗り込むように身体をねじ込ませれば、ドアノブが犠牲になった代わりに扉が開いた。

 室内は、まるで水害に遭ったかの如く汚れていた。地面や家具は泥に塗(まみ)れ、壁からは水が滝のように滴り落ちており、部屋中の何もかもが水に濡れていた。衝動買いした洋服は水にふやけ、彼女にプレゼントしようと奮発した本革の鞄はしわしわになってしまっている。
 凄まじい力が部屋を襲ったのか、窓ガラスや鏡、グラスや皿、マグカップなどの食器が全て無残に割れ、その衝撃を物語っていた。
 その中で、異様にヘモグロビンの匂いが漂う。その方向を見ると、白雪が眠っているかのように、床に転がっていた。小さな体の周囲は鱗が散乱しており、細い首には締められた手の痕が残っている。


「おい……おい! 白雪! 目を覚ませェ‼」


 萩原が白雪の小さな身体を抱き上げる。まるで水の中に飛び込んだように、全身びしょ濡れだった。身体は死体のようにひやりと冷たいが、きっと水に濡れているせいだ。死後硬直も始まっていないし、瞳孔も開いていない。
 咄嗟に救急車を呼ぶものの、間に合うだろうか。白雪の矮躯を、萩原はそっと抱き上げた。
 目を閉じる白雪は、その美貌も相まって、精巧人形(ビスクドール)のように見える。
 棺という名のガラスケースに仕舞い込まれる姿を想像し、萩原の顔からさぁっと血の気が引いた。このまま人形にしてたまるものか。己の無力さに、萩原はぎりっと歯を食いしばる。
 そのまま白雪は病院に担ぎ込まれ、丸一日目を覚ますことはなかった。
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