盈盈一水

 高木の案内で取調室に案内されたが、途中で先導役が別の警察官に変わり、取調室も先ほどとは異なる。
 イスに腰掛けた途端、水中に引き摺り込まれるような、異様な感覚を覚えた。鼻先を掠める匂いも、沼地のような、川辺のような、雨上がりのような。水辺に漂う独特の匂いだ。
 白雪の小さな身体を水底に沈めるように、痩身矮躯に巻き付くのは、どこか艶めかしさを感じる鱗。
 そして必死に手を伸ばした先には———目の前に腰を下ろす刑事の姿が視えた。


「警察庁(けいしちょう)警備局(けいびきょく)警備企画課(けいびきかくか)所属、萩原研二です……なんてね♪ 爆処から公安(ハム)に異動になったんだ」
「ということは……昇進、ですか? 遅ればせながら、おめでとうございます」
「ありがと〜。でもなぁ……爆処よりは安全というか、殉職率は下がるし、仕事冥利に尽きるんだ。だけど、そのせいで仕事の責任も勤務時間の拘束も増えちまってさ……。遊ぶ時間が減るのは精神的にキツイねぇ」
「あ、あぁ……。お気持ちお察しいたします」


 仕事の責任が増えるし殉職率も跳ね上がるためか、昇進を辞退する審神者は後を絶たない。そもそも白雪が大佐という地位に就けたのも、他に成りたがる審神者が不在だから押し付けられた……が実際のところである。

 今回の件は白雪の事情を知る関係者が、怪異案件の報告書を時の政府に提出するための調書のようなものだろう。
 本来ならば政府の担当責任者がこの時代に訪れるはずだ。しかしながら、先日の強襲が時の政府の内部に大混乱を生み出したうえ、何よりこの悪霊が跳梁跋扈する忌み地のような場所は、誰も近づきたがらない。
 この場所に住み、事情を知る関係者に押し付けてしまえと言う時の政府の魂胆が露骨に見えた。

 
「本当にご迷惑をおかけして申し訳ございません……」
「仕方ないよ、こればかりは仕事だからさ。あ、話聞き終わったら一緒に買い物に行こうか! 俺これから非番だしさ、ちょっと付き合ってくれると助かるんだ」
「え……と、それは……職務的に、問題ないんですか?」
「いーのいーの♪ 本来ならアウトなんだけど、上司からゴーサインが出てるし。じんぺーちゃんから聞いたんだけど、実家が全焼して身一つで転がり込んだんでしょ? 大変だったね」
「いや……その、まぁ……お陰様で……。松田さんには本当に頭が上がりません」
「でもじんぺーちゃんは凄ぇ助かってるみたいだし、気にしなくていーんじゃない? 料理が美味い、帰ると家がぴかぴかで嬉しい、ってさ! めっちゃ褒めてたよ」
「過分な評価を賜り恐縮です」


 世間話もほどほどに、早速取り調べを受ける。今回は時の政府からの直属の依頼という事もあり、先ほどの内容で終了した。


「ん、じゃあこれで調書を上げたら買い物行こうか! デート楽しみだね♪」
「わぁ。ご冗談がお上手ですね〜」


 顔立ちの整った男に口説かれるのは、長船派をはじめとした刀剣男士のお陰で慣れている。そもそもこんな奇異な見た目で、惚れるような物好きなんているわけがない。白雪は心の奥底から、そう信じ切っていた。

 萩原は松田から聞いていたものの、まさかここまで白雪の自尊心が低いとは想定外だった。やはり育ってきた環境が彼女をここまで追い詰めたのか。心の中で憐憫の情を抱いたが、顔に出すなんて無粋な真似はしない。
 その代わり、存分に甘やかしてあげよう。警察学校の同期の中では、女の扱いが一番長けていると自負している。女子の喜ばせるツボは自分が一番わかっているはずだ。
 そうと決まれば、早速取りかかろう。善は急げ。ブレーキが付いておらずひたすらに突っ走るのは松田の役目だが、今回は自分がアクセルを踏み込む番だ。

 萩原は今までにないほどの超スピードで報告書を仕上げると、シャワー室を借りた白雪を車に乗せて、歓楽街までの道路を突っ走った。

*

 到着した先は米花町の中でも、若者向けの店舗が立ち並ぶ通りだ。
 何が欲しいか尋ねようと、萩原が白雪に顔を向けた途端。彼女はそそくさと走り去ろうとした。咄嗟にその小さな白磁の手を掴む。


「解散ッ‼」
「いや待って待って待って! どこ行くの⁉」

「……えっと、量も多いですし……見たいものもバラバラでしょうから……。各自で買い出しした方が効率的では?」
「こ、効率面で言えばそうかもしれないけど……」


 まさかデートに効率を求められ、萩原は天を仰ぎ困惑する。今までそれなりに付き合ってきた経験があると自負しているものの、女子の中でもこんな娘はいなかった。
 しかし、白雪の独り言ちるような言葉に、萩原は考えを改めた。


「……それに、私と居ると……目立ってしまいますから」
「上等。こーんなに可愛い子と一緒に居られるなんて、男冥利に尽きるもんさ。周りに見せつけてやろうぜ」


 隙を見て帽子やサングラスなどを外させれば、一気に白雪の本来の姿が顕になる。白雪は咄嗟に隠そうと手で頭を覆うも、その手も繋ぎ止められた。


「ほら、逸れると大変だからさ。一緒に行こう」
「……え、あ、はい」


 萩原の意図が全く読めず、白雪の頭上に大量の?が浮かぶ。怪訝に思う感情が表に出ていたのか、萩原は思わず苦笑いを零した。
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