幽明異境

 まさか、あの時に一文字(いちもんじ)則宗(のりむね)が縁を切ったはずなのに。まだ完全に縁切りが出来ていなかったか、再び縁が紡がれようとしているのか。どちらにせよ、彼らとは心底関わりたくない。
 幸いなことに、彼らには保護者らしき人が確認できる。子どもたちの無事を確認し、保護された彼らを迎えに来たのだろう。
 この血みどろの恰好では、すぐに見つかる。白雪がこっそり逃げようとすると、高木刑事が少年へと気さくに声を掛けた。


「あ、コナン君! 身体は大丈夫なのかい?」
「うん! ただ寝てただけみたい。確か、学校の帰りに少年探偵団の皆と失踪事件を調べようと思って、色々調べていたんだけど……。思い出そうにも、その時の記憶があんまり思い出せないんだ……」
「そうなんだ……。今回の事件、他にも不可解な出来事が多すぎてね。霊能者の人が助けてくれなかったら、きっとコナン君たちも危なかったのかもしれない」
「高木君、まだそんな事信じているの⁉ あんなの出鱈目に決まってる‼」
「ですが、佐藤さん……。あんなに綺麗に白骨化するのは、最低でも数ヶ月はかかるんですよ? でも白骨化した遺体は、数日前に行方不明になった子どもたちも多かったですし……」
「そりゃまた……随分と奇怪な事件ですなぁ」
「だからといって、現場を通りがかった霊能者の証言なんて……あんなの咄嗟の口繕いに決まってるわ! 全然信用できないわよ‼」
「それはそう、ですけど……。コナン君たちを助けたことに違いはありませんし……」
「え、その人がガキどもを助けたんですか?」
「えぇ、あそこに……」


 高木刑事がソファに腰掛ける白雪を指で指す。
 事件概要を無闇矢鱈に漏らすな! 情報漏洩ッ‼ 白骨化死体とか子どもの目の前でぺらぺら喋るな情操教育に悪いだろうがーッ‼
 白雪は刑事たちをじっとりと不服そうな目で見詰めると、さすがに意図が伝わったようで、高木刑事はぎくりと肩を跳ねさせた。


「……意見具申願います。一般人に事件概要を話すことは、本来禁じられているはずですよね」
「コナン君は良いのよ! 事件を解決に導く座敷童のような存在なんだから‼」
「僭越ながら申し上げますと、子どもの身を危険に晒すのは如何なものかと思います。大人なら身を挺して、子どもを危険から遠ざける。嫌われてでも危険な目に遭わせない。それが道理というものではありませんか」
「そ、それは……」


 玲瓏な声で諭す白雪。あまり言葉数が多くない彼女が、今まで以上にはきはきと語る内容は、至極真っ当なそれで。思わず刑事たちは口籠る。
 高木刑事は白雪の言葉に、まるで魔法がかかったかの如く、今までの行動に刺すような自責の念を抱く。対して佐藤刑事は、逆に気分を不快のどん底に突き落とされたように眉を顰めた。

 保護者らしきダンディな男性は、子どもの手を引いて彼女に近づく。それに伴い、白雪の顔色は悪くなっていく。
 さすがに初対面の人に不躾な態度を取るつもりは毛頭ないので、白雪はぺこりと頭を下げる。言葉が若干ぶっきらぼうなのは、コミュ障だからということで許して欲しい。


「……ど、どうも」
「この度はうちの坊主を助けて頂いて、本当にありがとうございました。ほら、お前も」
「あの……た、助けてありがとう! お化けのお姉ちゃん!」
「お化けの姉ちゃんだぁ⁉ お前仮にも命の恩人に———」
「え、あの、別に構いませんよ……。慣れていますから……。お大事になさってくださいね」


 悍ましい悪鬼のような少年の小さな頭に、容赦ない拳骨が降りかかる。この子病院で目を覚ましたばかりなんだよな……と白雪はほんの一瞬だけ憐れみの視線を向けたが、自業自得だと思い直した。

 高木刑事に呼ばれた白雪は、恭しく頭を下げると、そそくさと立ち去ろうとした。しかしコナンに服を掴まれた。致し方なく相手をしてあげようと、コナンと目が合うようにしゃがみ込む。


「お化けのお姉ちゃんは、どうしてこんな時間帯に出かけていたの? ジョギングにしても、普通は深夜の丑三時に走らないでしょう? 走るとしても日が昇る時間帯……。疚(やま)しい事がないなら……言えるよね?」
「疚しい事しかないから言えないなぁ〜」
「なっ……⁉」
「……だって、お化け騒ぎは……君たち探偵にとって、疚しい以外の何事でもないでしょう? 納得できるように説明しろと言われても……私にしか視えない事象を証明しようにも、それは限りなく難しいもの」


 お手上げのポーズを取り、ふにゃふにゃした笑みを浮かべて説明する白雪。それでもコナンは納得していないようで、その顔は苛立ちを隠せていない。指摘して揶揄おうとも思ったが、悍ましい少年と関わり合いたくないので黙っていた。沈黙は金。
 

「……そうだ、霊能力者として、ひとつ忠告してあげる。妖(あやかし)は主に魂の素質を視て、選り好みするものだけれど……小さな体も、また魅入られやすいもの。……くれぐれも、気を付けて」


 ほんの一瞬、すぅとコナンの正体を見据えるかのように目を細めた白雪は、ひらりと身を翻し、高木刑事の後をヒヨコのように付いていく。
 まるで全てを見透かしたような、深紅の双眸。その妖艶な魅力とも呼べる魔力に、コナンはただ立ち竦むしか出来なかった。

 灰原が急に不在となった今、頼れるのはFBI捜査官の赤井しかいない。白雪が組織の人間とは限らないが、芽は小さなうちに摘まねば。この出来事を一度彼に相談すべきだ。コナンは心に決めた。
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