幽明異境

 一方、白雪は重要参考人として、佐藤刑事から取り調べを受けていた。
 佐藤刑事はオカルトを全く信じていない主義。そんな彼女が摩訶不思議な光景を目の当たりにし、自分の人生を否定されたようで、苛立ちを隠せずにいた。ただでさえ、先ほどまでの光景を夢だったと否定したいのに、その原因が目前に静かに座っている。

 苛立ちをぶつけるように、目の前に座る少女へ怒号を投げ掛ける。机を勢い任せに叩きつけ、威圧的な態度を取るものの、高木刑事に取り押さえられた。


「あんたは何をしたの? あの子たちに何をしたのよ⁉」
「ちょ、佐藤さん! 落ち着いてください‼ それに何より、彼女がまだ犯人だと決まったわけでは……!」
「……まさか、いつもこんな高圧的な取り調べを行っているんですか? ひとつも証拠が出ていないのに、まるで犯人のように取り扱う……推定無罪の法則をご存知でない?」
「……ッ‼ うるさいわね! どうせ貴女が犯人なんでしょ⁉ さっさと自白しなさいよ‼」


 こてんと小首を傾げる白雪。その姿は少女らしくてとても愛らしいのだが、瞳孔が開き切っており、異様な威圧感を醸している。高木刑事はまるで神と対峙しているような、畏怖の念を抱いた。
 肌を刺すような緊張感に包まれる中。焦りや恐怖を、丸ごと見透かされたかのような錯覚を覚えた佐藤刑事は、憤怒に震え、柳のような眉を吊り上げて、胸倉を掴み上げる。身長差も相まって、白雪は宙ぶらりんの体勢になった。それでも、表情が凍てついたかのように、顔に変化が表れない。


「……えっと、その……説明なら、できるんですが……。今からお話しする内容は、刑事さんにとっては、荒唐無稽すぎて……付いていけないかと」
「そんなのはこっちが判断するわ。さっさと自白なさい!」
「……では、僭越ながら」


 あのとき視えたもの。あの辻に居たのは子どもを失った母親の悪霊だ。祭壇のお供え物から推測するに、恐らく死後数ヶ月が経過したものと思われる。
 愛する子どもを亡くし、精神が狂ってしまった母親は、祭壇に捧げられた供物や献花を呪物として扱い、子どもたちをあの世へ引きずり込んだ。そしてその歪んだ想いは、死してなお、怨念として同じ場所に留まっており、死んだ子どものお友だちを増やす為に、手当たり次第子どもを襲っていた———というのが白雪の見立てだ。


「……そうですね。……誤解を恐れずに申し上げますと、鬼子母神(きしもじん)の成り損ない……のような存在でしょうか」
「き……鬼子母神? な、何よソレ……」
「あれ? ご存知ではありませんか? 訶梨帝母(かりていも)の方が馴染みがあるのでしょうか……」
「うーん、どっちも聞いたことがないなぁ……」


 白雪の説明に、刑事二人は顔を見合わせる。ところがそれも一瞬のことで、佐藤刑事は白雪にすぐに向き直ると、女性特有の細い指をビシッと真っ赤な瞳の前に突き立てた。


「良い⁉ 今のは自白でも自供でもなんでもない。そんな虚誕(きょたん)妄説(もうせつ)、調書にも載せられないわ! 話すならもっと真面目に話しなさい‼」
「……まぁ、そう……ですよねぇ」
「『そうですよね』⁉ あんた、巫山戯(フザケ)んのも大概にしなさいよ‼」


 のらりくらりとした奔放な雰囲気に、佐藤刑事の頭にカッと血が上る。手を振り上げたと同時に、別の男性警部二人が取調室へ書類を持って入室した。もじゃもじゃの髪型が特徴的な男性と、肥満体にちょびヒゲの男性だ。
 もじゃもじゃヘアの警部は、驚愕の顔を浮かべて、持っていた書類をばらばらと落としてしまった。

 もじゃもじゃヘアの警部が落とした書類を拾い集めようとも思ったが、今は事情聴取をされている身。白雪は大人しく腰を下ろしたまま、刑事たちが資料を拾い集めるのを眺めていた。
 資料を一読した刑事たちは、眉間に皺を寄せ、苦虫を噛み潰した表情を浮かべた。如何に事件の内容が奇々怪々であるかを、その表情が物語っている。

 まず、白雪に付着した血液は、数カ月前にあの十字路で、交通事故で死んだ女性のものだった。その事故以降、段々と子どもたちの失踪が相次いだ。性別は問われずとも、幼稚園生から小学校低学年の幼い子どもが尋常ではないスピードで失踪していたため、誘拐も視野に入れて捜査していた矢先、子どもたちが発見された。
 既に息を引き取った子どもも多かったものの、無事助かった子どももいる。助かった子どもたちは特に後遺症もなく、意識が戻り次第、順次親の元へ帰宅予定だ。
 そして何よりも奇怪なことに、この事件に関して、宮内庁と神社庁から声明文が秘密裏に発表され、捜査打ち切りの命令が上層部から下されたのだ。これには佐藤刑事から不満の声が上がったが、対して高木刑事は、懐中電灯が点けられたかのように、心の奥底で納得する。


「ッ……どうしてですか⁉ 目の前に容疑者かもしれない第一発見者がいるんですよ‼ このまま自供させて———」
「自供だけじゃ証拠にならんよ、佐藤くん」
「……っでも、目暮警部……!」
「悔しいのは十分理解できる。だが、彼女は第一発見者であって犯人ではない。何より事件現場での救命活動は目を見張るものだった、と伊達刑事から報告が上がっている」
「伊達刑事は彼女の知り合いでしょう⁉ だからといって、犯人じゃないと断定するのは……!」


 納得がいかない佐藤は目暮警部へ必死に食い下がるが、それでも許可が下りることはない。目暮警部は彼女の言い分を黙殺し、高木刑事へ白雪を家まで送るように指示を出した。


「とにかく! この事件の捜査は打ち切られた。えーと……調書を作るのに証言が色々と必要でね。別の刑事が担当するから、お嬢さんはもう少し待っていて欲しいんだ」
「分かりました」


 これは時の政府が一枚噛んだな。白雪は取調室から出されると、米花警察署の待ち合い用のソファに腰を下ろす。
 これ以上面倒ごとに巻き込まれないといいけれど。身の振り方を考え直していると、白雪に届いたのは子どもたちの声。
 こんな日の出にも近い時間帯に、子ども? 
 怪訝に思った白雪がちらりと視線を移すと、伊達メガネが特徴的な、あの悪鬼のような少年たちの姿が視界に入った。
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