幽明異境
それから数時間が経過し、草木も眠る丑三 時。街灯と月夜が周囲をやさしく照らしているが、脇道に逸れたら途端に視界が闇に覆われる。
しかし、夜目が利く白雪にとっては逆に動きやすい時間帯だ。普段は数多くの人が行き交う幹線道路でも、この時間帯は死人のように静まり返る。
目立つことがないからと帽子もフードも被らずに、陶器の如き真っ白な髪と肌、ガーネットの煌めきをはらむ深紅の双眸が顕になる。月光と蛍光灯が純白の髪を反射し、夜空の下にもうひとつの満天の星空が浮かぶような光景を見せた。
すたすたと目的地へ向かう白雪。まるで目には視えない誰かに案内されるかのように、その足取りには迷いがない。
辻に到着すると、白雪の脚がぴたりと立ち止まる。そして、一点をじっと凝視した。そこには、交通事故で亡くなったであろう少年を弔う祭壇が、ひっそりと佇んでいた。
「———く……ん……寂しくない……! モウ、寂しくないよ! ママが……独りにはサセナイよ! オトモダチオトモダチオトモダチ、ママがもっともっともっともっと、たくさんお友達を———」
辻で人目も気にせず、祭壇に向かって発狂する女。人気のない閑散とした時間帯とはいえ、あの言動は二度見されてもおかしくない。
じっと眺めて周囲を観察していると、耳馴染みのある声がかけられる。その方向へ視線を向ければ、捜査一課の刑事たちが集合していた。
捜査を任された高木刑事曰く、この付近で子どもたちが続けざまに行方不明となり、連続児童失踪事件として調査しているらしい。
念のため守秘義務に問題はないか白雪が問い質すと、教えられる範囲は此処までだと伊達刑事が忠告する。特に興味もないのか、白雪は簡単に相槌を返すのみ。
探偵たちのように推理せず、かといって事故現場を荒らす事もせず。ただ静かに、じっと一箇所を見詰め続ける白雪に、得体の知れない恐怖を佐藤刑事は覚えた。
「あのねえ、コナン君みたいに推理しないのなら出ていって! 仕事の邪魔するのなら———」
「高木さん、あの人視えますか?」
高圧的な佐藤刑事の言葉を遮り、白雪の細い陶磁器のような繊細な指が、祭壇の方向を静かに指し示す。
以前初めて出逢ったときとは異なり、ふんわりおっとりした穏やかな雰囲気が消え失せ、代わりに有無を言わせぬ迫力が白雪に纏わりつく。
まるで歴戦の猛者のような風格に、思わず高木刑事は素直に首を横に振った。
「視え、ない……けど……。……まさか、何か居るのかい?」
「ハァ⁉ 高木くん、あなた何言ってるの⁉ 幽霊だなんて与太話———」
静まり返った深夜。幽霊が出ても可笑しくない時間帯。しかしながら、幽霊やお化け騒ぎなんて、科学的事象で全て解明されているはずで。
佐藤刑事の背筋に寒気が駆け巡るものの、恐怖を気合いで封じ込め、白雪の一挙手一投足を注視する。
そんな白雪は全く別の世界の住人だと言わんばかりに、手早く手印を結ぶと、淡々と祓詞を紡ぎ始めた。
「掛 けまくも畏 き 伊邪那岐大神 筑紫 の日向 の橘 の小戸 の阿波岐原 に 禊 ぎ祓 え給 いし時に 生 り坐 せる祓戸 の大神 たち 諸々 の禍事 ・罪 ・穢 あらんをば 祓い給い清め給えと 申すことを聞こし召せと恐 み恐みも白 す」
白雪の祝詞が読み上げられた途端、場の空気が一変する。鉛のように重苦しかった空気が吹き飛ばされたのだろうか。澄み渡った空気が肺の奥まで流れ込み、ひんやりとした温度が少し痛い。まるで、空気が空間ごと入れ替えられたかのようだ。
霧がかった脳内が晴れるかのように、刑事たちの頭の回転も正常に戻っていく。
そんな彼らとは裏腹に、白雪の身体にはべっとりと赤黒く、血腥い液体が付着していた。まるで大量の血液を頭から被ったかのような風貌に、高木刑事は叫びかけた悲鳴を必死に飲み込む。
白雪の前方———祭壇の奥———から、数多くの子どもたちが姿を現したのだ。意識を失っている者、息絶えている者、とうに白骨化している者……様々だが、共通しているのは、全員捜索願を出されている子どもだった。
「ちょ、白雪ちゃん⁉ 大丈夫———」
「伊達さん! 救急車呼んでください‼ 他の方は心肺蘇生を‼」
意識のない子どもの脈を計り、蘇生措置を必死に施す白雪。周囲からは救急車のサイレンが響き渡り、異様な雰囲気に包まれていた。
しかし米花町の刑事たちは、毎日鳴り響くこの囂 しいサイレントの音にはもう慣れっこで。刑事たちは一気に現実に引き戻されたかのような、隠り世から現世へ突き返されたかのような錯覚を覚えた。
子どもたちが救急車で運ばれた先は米花市内の病院。既に手遅れの子どもも多かったが、まだ息の根がある子どもたちは意識不明ながらも助かったようだ。いずれ目を覚ますことだろう。
しかし、夜目が利く白雪にとっては逆に動きやすい時間帯だ。普段は数多くの人が行き交う幹線道路でも、この時間帯は死人のように静まり返る。
目立つことがないからと帽子もフードも被らずに、陶器の如き真っ白な髪と肌、ガーネットの煌めきをはらむ深紅の双眸が顕になる。月光と蛍光灯が純白の髪を反射し、夜空の下にもうひとつの満天の星空が浮かぶような光景を見せた。
すたすたと目的地へ向かう白雪。まるで目には視えない誰かに案内されるかのように、その足取りには迷いがない。
辻に到着すると、白雪の脚がぴたりと立ち止まる。そして、一点をじっと凝視した。そこには、交通事故で亡くなったであろう少年を弔う祭壇が、ひっそりと佇んでいた。
「———く……ん……寂しくない……! モウ、寂しくないよ! ママが……独りにはサセナイよ! オトモダチオトモダチオトモダチ、ママがもっともっともっともっと、たくさんお友達を———」
辻で人目も気にせず、祭壇に向かって発狂する女。人気のない閑散とした時間帯とはいえ、あの言動は二度見されてもおかしくない。
じっと眺めて周囲を観察していると、耳馴染みのある声がかけられる。その方向へ視線を向ければ、捜査一課の刑事たちが集合していた。
捜査を任された高木刑事曰く、この付近で子どもたちが続けざまに行方不明となり、連続児童失踪事件として調査しているらしい。
念のため守秘義務に問題はないか白雪が問い質すと、教えられる範囲は此処までだと伊達刑事が忠告する。特に興味もないのか、白雪は簡単に相槌を返すのみ。
探偵たちのように推理せず、かといって事故現場を荒らす事もせず。ただ静かに、じっと一箇所を見詰め続ける白雪に、得体の知れない恐怖を佐藤刑事は覚えた。
「あのねえ、コナン君みたいに推理しないのなら出ていって! 仕事の邪魔するのなら———」
「高木さん、あの人視えますか?」
高圧的な佐藤刑事の言葉を遮り、白雪の細い陶磁器のような繊細な指が、祭壇の方向を静かに指し示す。
以前初めて出逢ったときとは異なり、ふんわりおっとりした穏やかな雰囲気が消え失せ、代わりに有無を言わせぬ迫力が白雪に纏わりつく。
まるで歴戦の猛者のような風格に、思わず高木刑事は素直に首を横に振った。
「視え、ない……けど……。……まさか、何か居るのかい?」
「ハァ⁉ 高木くん、あなた何言ってるの⁉ 幽霊だなんて与太話———」
静まり返った深夜。幽霊が出ても可笑しくない時間帯。しかしながら、幽霊やお化け騒ぎなんて、科学的事象で全て解明されているはずで。
佐藤刑事の背筋に寒気が駆け巡るものの、恐怖を気合いで封じ込め、白雪の一挙手一投足を注視する。
そんな白雪は全く別の世界の住人だと言わんばかりに、手早く手印を結ぶと、淡々と祓詞を紡ぎ始めた。
「
白雪の祝詞が読み上げられた途端、場の空気が一変する。鉛のように重苦しかった空気が吹き飛ばされたのだろうか。澄み渡った空気が肺の奥まで流れ込み、ひんやりとした温度が少し痛い。まるで、空気が空間ごと入れ替えられたかのようだ。
霧がかった脳内が晴れるかのように、刑事たちの頭の回転も正常に戻っていく。
そんな彼らとは裏腹に、白雪の身体にはべっとりと赤黒く、血腥い液体が付着していた。まるで大量の血液を頭から被ったかのような風貌に、高木刑事は叫びかけた悲鳴を必死に飲み込む。
白雪の前方———祭壇の奥———から、数多くの子どもたちが姿を現したのだ。意識を失っている者、息絶えている者、とうに白骨化している者……様々だが、共通しているのは、全員捜索願を出されている子どもだった。
「ちょ、白雪ちゃん⁉ 大丈夫———」
「伊達さん! 救急車呼んでください‼ 他の方は心肺蘇生を‼」
意識のない子どもの脈を計り、蘇生措置を必死に施す白雪。周囲からは救急車のサイレンが響き渡り、異様な雰囲気に包まれていた。
しかし米花町の刑事たちは、毎日鳴り響くこの
子どもたちが救急車で運ばれた先は米花市内の病院。既に手遅れの子どもも多かったが、まだ息の根がある子どもたちは意識不明ながらも助かったようだ。いずれ目を覚ますことだろう。