黜陟幽明
スーパーで買い物した白雪は、松田のアパートの玄関に到着すると、荷物を安室の車へ忘れたのを思い出した。
正直、コナンというあの百鬼夜行を連れた少年にはエンカウントしたくない。でもあの中には食材だけでなく、松田から譲り受けた鍵などの貴重品やら、なにより大切なこんのすけが入っているのだ。
家主が帰ってくるまでに夕飯の調理は済ませておきたいし、部屋の中に入れないこの状態は不審者と間違われてもおかしくはない。
まだお会いした事のない大家さんに何と説明しようか頭を抱えて悩んでいると、背後から肩を叩かれ、キュウリを置かれた猫の如く跳躍した。
「何してんだよ……。まさか、もう鍵無くしたんじゃねーだろうな」
「……いや、無くしては、ない……んです、けど」
想像以上に早く家主が帰ってきた。まさかの事態に、白雪はしどろもどろに返答する。視線も右往左往しており、如何にも怪しさ満点だ。
ところが相手は現役の刑事だ。黙秘権を貫けるはずもなく、両手を挙げて降参のポーズを取った。
「……ホォー。つまり、動物病院で偶然安室に出会って、アイツの話に乗せられてまんまと車に乗せられて、そのまま袋を忘れてきたと」
「仰る通りでございます……」
「もっと危機感を持て馬鹿阿呆」
純白の頭に軽く拳骨が降ってくる。大分手加減してくれているのか、痛みはあまり感じない。
本来ならミスを犯した自分が取りに向かうべきなのは重々承知の上なのだ。しかしながら、どうしても邂逅したくないのだ。あのおぞましい少年に。
「……仕方ねえ、俺が取りに行ってやる。ちょっと待ってろ」
「その必要はありませんよ」
耳馴染みのある、蜂蜜のようにとろりとした優しい声。松田と白雪が二人して顔を向ければ、真っ白な車に乗った安室の姿がそこにあった。ポアロの勤務時間を見繕ってか、エプロンを着用したままだ。
なぜここに、と尋ねる白雪の声を遮るかのように、忘れ物を届けに来ました、と安室が予知したかのように答える。
「ほら、買い物袋。僕の車に置きっぱなしだったでしょう」
「……面目ありません、助かります」
「酷いですよ! 主さま、僕を置いて行くなんて〜‼」
「こんちゃん、ごめんよ〜!」
エコバッグからぴょこっと顔を出した、隈取りを施した喋る狐。安室はぎょっとした目で見たが、松田は慣れているのか平然としていた。
主人からぎゅうとぬいぐるみのように抱きしめられ、管狐の表情は若干苦しそうに顔を歪めた。
「……あ、そうだ。……安室さん、少々お待ち下さいね」
「え? あぁ……」
鍵を開けて中へ入る白雪。しかしすぐに戻ってきた。その手には如何にも高そうな宝飾品が握られていた。
「……はい、安室さん。今日のお礼です」
「いやいやいや! ちょっと待ってください、いくらなんでも高すぎます! 受け取れませんよ!」
「お前流石に特級呪物押し付けんなよ……」
松田の話を聞くところによると。白雪を拾った昨晩の夜。不思議な夢を見た。そして朝になると、枕元に螺鈿細工の小箱が転がっており、中に金銀財宝が詰まっていたらしい。笠地蔵かよ。
しかも毎日何らかの金銭が詰まる仕様になっており、ただでさえ螺鈿細工の小箱だけでも、最低でも重文並の価値があるらしい。
刀剣男士たち曰く、審神者の生活費に使えとのことだが、一日に消費しようにも無茶な額。毎日高級ブランドを買い漁ってもお釣りが来る。それは松田も特級呪物扱いするわけだ。安室はひとり納得した。
「いやいやいやいや、余計に受け取れませんよ‼」
「……でも、私が、持っていても……その名前通り、宝の持ち腐れなので」
「だからといって僕に押し付けないで下さい。不用品回収業者じゃないんですよ」
「俺だって嫁入り道具を押し付けられても困んだよ」
「ホォー……少々お話をお伺いしても?」
「いやあのそれはうちの子の誤解で」
「別に良いぜ? お前の望む答えが返ってくるとは思わねェが」
拳を鳴らした松田が、スーツのジャケットを脱ぎ捨て、持っておけと白雪へ投げつける。
男同士の殴り合いの喧嘩。しかも打ち込む拳のスピードや勢いなどを見る限り、恐らく本気。何が彼らの琴線に触れたのか定かではないが、小柄な白雪が間に入れば、吹き飛ばされるのは目に入っている。
無理やり力ずくで仲裁するわけにもいかず、ただ唐突にゴングが鳴った二人の喧嘩を眺めるのみであった。
*
その夜。窓の外は満月だった。日付が変わろうとしている頃。松田は再び夢を見た。
あの夢だ。直感的にそう思った。
前回と違い、松田が着用しているのはいつもと変わらないスーツ。そして黄金の間などではなく、この空間は何もかも飲み込んでしまいそうなほど、何処までも暗い。何よりも磔にされたかのように、体が動かない。
あの銀髪碧眼の刀剣男士が、すらりと抜刀する。その刀の煌めきは、月夜の煌めきの如く、どこまでも美しかった。
そして、松田の目前でどすりと刀が突き刺さる。もしも現実だったら、その風圧か何かですっぱりと肌が斬れていたかもしれない。それほどの威圧感を放っていた。
「俺たちは主を嫁にやったつもりは毛頭ない。あれは主の金であり、下男如きに扱えるものではないのだ。結納金と勘違いするなよ、人間風情が」
まさに刀の付喪神。その威厳ある声は、刀の斬れ味を表現するかの如く冴え渡っていた。
翌朝、太陽がまだ昇る前。ガバリと松田が起き上がると、シーツに裂け目が入っていた。まるで刀が突き刺さっていたかのように。
「ちょっと調子に乗っただけじゃんかよ……」
螺鈿細工の箱を確認すれば、ちゃんと金銀財宝が納められていた。その辺りはきっちりするあたり、刀剣男士たちは本当に白雪のことを大切に慕っているようだ。宝箱の中に入れ、大切に閉じ込めるように。
ちなみに後日。降谷へ確認を取ると、同じくぶっすりとシーツに裂け目が入っていたらしい。閑話休題。
正直、コナンというあの百鬼夜行を連れた少年にはエンカウントしたくない。でもあの中には食材だけでなく、松田から譲り受けた鍵などの貴重品やら、なにより大切なこんのすけが入っているのだ。
家主が帰ってくるまでに夕飯の調理は済ませておきたいし、部屋の中に入れないこの状態は不審者と間違われてもおかしくはない。
まだお会いした事のない大家さんに何と説明しようか頭を抱えて悩んでいると、背後から肩を叩かれ、キュウリを置かれた猫の如く跳躍した。
「何してんだよ……。まさか、もう鍵無くしたんじゃねーだろうな」
「……いや、無くしては、ない……んです、けど」
想像以上に早く家主が帰ってきた。まさかの事態に、白雪はしどろもどろに返答する。視線も右往左往しており、如何にも怪しさ満点だ。
ところが相手は現役の刑事だ。黙秘権を貫けるはずもなく、両手を挙げて降参のポーズを取った。
「……ホォー。つまり、動物病院で偶然安室に出会って、アイツの話に乗せられてまんまと車に乗せられて、そのまま袋を忘れてきたと」
「仰る通りでございます……」
「もっと危機感を持て馬鹿阿呆」
純白の頭に軽く拳骨が降ってくる。大分手加減してくれているのか、痛みはあまり感じない。
本来ならミスを犯した自分が取りに向かうべきなのは重々承知の上なのだ。しかしながら、どうしても邂逅したくないのだ。あのおぞましい少年に。
「……仕方ねえ、俺が取りに行ってやる。ちょっと待ってろ」
「その必要はありませんよ」
耳馴染みのある、蜂蜜のようにとろりとした優しい声。松田と白雪が二人して顔を向ければ、真っ白な車に乗った安室の姿がそこにあった。ポアロの勤務時間を見繕ってか、エプロンを着用したままだ。
なぜここに、と尋ねる白雪の声を遮るかのように、忘れ物を届けに来ました、と安室が予知したかのように答える。
「ほら、買い物袋。僕の車に置きっぱなしだったでしょう」
「……面目ありません、助かります」
「酷いですよ! 主さま、僕を置いて行くなんて〜‼」
「こんちゃん、ごめんよ〜!」
エコバッグからぴょこっと顔を出した、隈取りを施した喋る狐。安室はぎょっとした目で見たが、松田は慣れているのか平然としていた。
主人からぎゅうとぬいぐるみのように抱きしめられ、管狐の表情は若干苦しそうに顔を歪めた。
「……あ、そうだ。……安室さん、少々お待ち下さいね」
「え? あぁ……」
鍵を開けて中へ入る白雪。しかしすぐに戻ってきた。その手には如何にも高そうな宝飾品が握られていた。
「……はい、安室さん。今日のお礼です」
「いやいやいや! ちょっと待ってください、いくらなんでも高すぎます! 受け取れませんよ!」
「お前流石に特級呪物押し付けんなよ……」
松田の話を聞くところによると。白雪を拾った昨晩の夜。不思議な夢を見た。そして朝になると、枕元に螺鈿細工の小箱が転がっており、中に金銀財宝が詰まっていたらしい。笠地蔵かよ。
しかも毎日何らかの金銭が詰まる仕様になっており、ただでさえ螺鈿細工の小箱だけでも、最低でも重文並の価値があるらしい。
刀剣男士たち曰く、審神者の生活費に使えとのことだが、一日に消費しようにも無茶な額。毎日高級ブランドを買い漁ってもお釣りが来る。それは松田も特級呪物扱いするわけだ。安室はひとり納得した。
「いやいやいやいや、余計に受け取れませんよ‼」
「……でも、私が、持っていても……その名前通り、宝の持ち腐れなので」
「だからといって僕に押し付けないで下さい。不用品回収業者じゃないんですよ」
「俺だって嫁入り道具を押し付けられても困んだよ」
「ホォー……少々お話をお伺いしても?」
「いやあのそれはうちの子の誤解で」
「別に良いぜ? お前の望む答えが返ってくるとは思わねェが」
拳を鳴らした松田が、スーツのジャケットを脱ぎ捨て、持っておけと白雪へ投げつける。
男同士の殴り合いの喧嘩。しかも打ち込む拳のスピードや勢いなどを見る限り、恐らく本気。何が彼らの琴線に触れたのか定かではないが、小柄な白雪が間に入れば、吹き飛ばされるのは目に入っている。
無理やり力ずくで仲裁するわけにもいかず、ただ唐突にゴングが鳴った二人の喧嘩を眺めるのみであった。
*
その夜。窓の外は満月だった。日付が変わろうとしている頃。松田は再び夢を見た。
あの夢だ。直感的にそう思った。
前回と違い、松田が着用しているのはいつもと変わらないスーツ。そして黄金の間などではなく、この空間は何もかも飲み込んでしまいそうなほど、何処までも暗い。何よりも磔にされたかのように、体が動かない。
あの銀髪碧眼の刀剣男士が、すらりと抜刀する。その刀の煌めきは、月夜の煌めきの如く、どこまでも美しかった。
そして、松田の目前でどすりと刀が突き刺さる。もしも現実だったら、その風圧か何かですっぱりと肌が斬れていたかもしれない。それほどの威圧感を放っていた。
「俺たちは主を嫁にやったつもりは毛頭ない。あれは主の金であり、下男如きに扱えるものではないのだ。結納金と勘違いするなよ、人間風情が」
まさに刀の付喪神。その威厳ある声は、刀の斬れ味を表現するかの如く冴え渡っていた。
翌朝、太陽がまだ昇る前。ガバリと松田が起き上がると、シーツに裂け目が入っていた。まるで刀が突き刺さっていたかのように。
「ちょっと調子に乗っただけじゃんかよ……」
螺鈿細工の箱を確認すれば、ちゃんと金銀財宝が納められていた。その辺りはきっちりするあたり、刀剣男士たちは本当に白雪のことを大切に慕っているようだ。宝箱の中に入れ、大切に閉じ込めるように。
ちなみに後日。降谷へ確認を取ると、同じくぶっすりとシーツに裂け目が入っていたらしい。閑話休題。