黜陟幽明
白雪が動物病院でワクチンを待っている間、偶然安室に遭遇した。彼の愛犬・ハロが若干太ってしまったので、原因調査に来たのである。
ハロが白雪の顔を一目見た途端、尻尾をぶんぶんと振って顔をペロペロと舐める。基本的に人懐っこいハロだが、初対面の人間にここまで懐くのは珍しい。
人間には感じ取れない、動物にしか感じ取れない何か。それをハロは感じているのかもしれない。ちなみに大正解である。
じっとこんのすけを見詰める安室。独特の隈取りをした狐を無理やり犬と誤魔化すものの、白雪の視線は泳いでいる。
安室にとってはほぼバレバレのようなものだが、悪戯心が擽られたのか。少しからかってやろうと喋りかけた。
「ホォー、見たこともない毛色ですね。犬種は?」
「……拾ったので、ちょっと……分からなくて」
「お助け下さ———」
「今その子喋りましたよね?」
「き……気のせいです!」
咄嗟にマズルを掴み強引に黙らせる白雪。ちょうどその時白雪の名前が呼ばれ、診察室へ逃げ込むように去って行った。そしてその直後、診察室からぎゃいんと悲鳴が上がった。
ところが逃げ切れたと思ったのも束の間。白雪を待ち構えていたのは安室だった。流れるような話術で愛車のRX-7へ誘導され、尋問が始まる。というよりも、こんのすけが先に口を割った。
「主さまったら酷いんですよ降谷さま〜! 僕管狐なのに、予防接種受けさせられたんです! 管狐なので病気にならないのに‼」
「……そ、そうなのか」
「それにリードも買おうとするんですよ⁉ 僕犬じゃないんですけど‼」
「でもこんちゃん、その体型じゃ管や筒どころかバケツじゃないと難しいと思うの。それだったらリード買った方が良いかなって思んだけどな〜」
「……ふふっ、ハハハッ!」
「笑い事じゃないんですけどぉ⁉」
漫才の如きやり取りに、安室はもう笑うしかない。頑張って笑いを噛み殺そうとするも、それは難しい話だ。
楽しそうな会話に、ハロも嬉しそうに尻尾を振る。白雪の膝に抱かれ、幸せそうに腹を向けた。そのぷにぷにした腹を撫でながら、白雪が放った言葉。それに安室は驚愕の声を上げた。
「ハロちゃん、冷凍庫のアイスクリームつまみ食いしちゃ駄目だからね〜。チョコアイスだったら死んじゃうよ」
「きゅうん……」
「つ、つまみ食い⁉」
「視えたので……」
「視えた……」
「主さまは、ものに触れるとその過去が視えるんです。サイコメトラーと聞けばご存知でしょうか」
こんのすけの解説に安室は言葉も出ない。もう何でもありじゃないかこの娘。そのうえ、後天的に獲得したものと知り、頭を抱えている。
本人はあまり良いものではないと否定的に語るものの、証拠を裏付け犯人を逮捕する警察にとっては垂涎ものの能力だ。探偵要らずの能力に安室は賞賛の言葉を浴びせるが、白雪の表情は浮かばない。
視ようとしていないのに、過去を暴いてしまう。必ず気分の良いものが視えるわけではないし、何よりプライバシーの侵害で。
まるで歌うように。まるで囀るように。自嘲しているとは思えないほど、その声はとても清らかだ。
よくポアロを訪れる鈴木園子は、鈴木財閥のご令嬢である。しかし彼女は色んな意味で令嬢らしくなく、ときには年相応の態度を取ることもある。
鳥に例えるならば、園子は自由に飛び回る羽を持つ駒鳥 で、白雪は風切り羽を切り落とされた金糸雀 だ。
澄んだ声はとても蠱惑的で、誰も彼もを魅了する。本丸という閉ざされた鳥籠の中で、その綺麗な声で、幸せそうに囀るのだ。
その珠艶 に満ちた、清艶 な歌声を独占できたなら、どれだけ幸せな事だろう。
それを想像するだけで、安室はごくりと生唾を飲んだ。
「……安室さん?」
「……すいません、ボーッとしていました」
「随分とお疲れみたいですけど……。お力添えしましょうか?」
「いえ! そこまでではないので、大丈夫です」
誰もに好かれる、安室透を演じなければ。一人の男として惹かれていた彼は、まるで報われる見込みのないその感情の火を、必死で踏み消そうとしていた。
しかし、そんな事は全く知らない白雪は、無意識に昂ぶる感情の炎を燃え上がらせようとさせるのだ。
安室の褐色の肌と、白雪の純白の肌が触れ合う。冷え性なのだと喋っていた冷ややかな白雪の手は、安室の体温で少し温もり、指先がやや牡丹に染まる。
白雪は念のため霊視を行うつもりのようだが、安室の顔は燃えるように真っ赤になった。
「やっぱり安室さん、熱でもあるんじゃないですか……?」
「……だ、大丈夫ですよ! 本当に‼」
「軽くその辺の浮遊霊は吹っ飛ばしましたけど……本当に大丈夫です?」
「吹っ飛ばした」
機械のように至極冷静に、霊を祓ったと伝える白雪。やっぱり彼女は僕と住んでいる世界が違うのだ。必死に脳内に纏わりつく煩わしい欲塵 を振り払い、冷静を保つ。
そのままスーパーへ寄り、白雪を下ろすと。真っ白な車体はセーフハウスへ向けて去って行った。
ハロが白雪の顔を一目見た途端、尻尾をぶんぶんと振って顔をペロペロと舐める。基本的に人懐っこいハロだが、初対面の人間にここまで懐くのは珍しい。
人間には感じ取れない、動物にしか感じ取れない何か。それをハロは感じているのかもしれない。ちなみに大正解である。
じっとこんのすけを見詰める安室。独特の隈取りをした狐を無理やり犬と誤魔化すものの、白雪の視線は泳いでいる。
安室にとってはほぼバレバレのようなものだが、悪戯心が擽られたのか。少しからかってやろうと喋りかけた。
「ホォー、見たこともない毛色ですね。犬種は?」
「……拾ったので、ちょっと……分からなくて」
「お助け下さ———」
「今その子喋りましたよね?」
「き……気のせいです!」
咄嗟にマズルを掴み強引に黙らせる白雪。ちょうどその時白雪の名前が呼ばれ、診察室へ逃げ込むように去って行った。そしてその直後、診察室からぎゃいんと悲鳴が上がった。
ところが逃げ切れたと思ったのも束の間。白雪を待ち構えていたのは安室だった。流れるような話術で愛車のRX-7へ誘導され、尋問が始まる。というよりも、こんのすけが先に口を割った。
「主さまったら酷いんですよ降谷さま〜! 僕管狐なのに、予防接種受けさせられたんです! 管狐なので病気にならないのに‼」
「……そ、そうなのか」
「それにリードも買おうとするんですよ⁉ 僕犬じゃないんですけど‼」
「でもこんちゃん、その体型じゃ管や筒どころかバケツじゃないと難しいと思うの。それだったらリード買った方が良いかなって思んだけどな〜」
「……ふふっ、ハハハッ!」
「笑い事じゃないんですけどぉ⁉」
漫才の如きやり取りに、安室はもう笑うしかない。頑張って笑いを噛み殺そうとするも、それは難しい話だ。
楽しそうな会話に、ハロも嬉しそうに尻尾を振る。白雪の膝に抱かれ、幸せそうに腹を向けた。そのぷにぷにした腹を撫でながら、白雪が放った言葉。それに安室は驚愕の声を上げた。
「ハロちゃん、冷凍庫のアイスクリームつまみ食いしちゃ駄目だからね〜。チョコアイスだったら死んじゃうよ」
「きゅうん……」
「つ、つまみ食い⁉」
「視えたので……」
「視えた……」
「主さまは、ものに触れるとその過去が視えるんです。サイコメトラーと聞けばご存知でしょうか」
こんのすけの解説に安室は言葉も出ない。もう何でもありじゃないかこの娘。そのうえ、後天的に獲得したものと知り、頭を抱えている。
本人はあまり良いものではないと否定的に語るものの、証拠を裏付け犯人を逮捕する警察にとっては垂涎ものの能力だ。探偵要らずの能力に安室は賞賛の言葉を浴びせるが、白雪の表情は浮かばない。
視ようとしていないのに、過去を暴いてしまう。必ず気分の良いものが視えるわけではないし、何よりプライバシーの侵害で。
まるで歌うように。まるで囀るように。自嘲しているとは思えないほど、その声はとても清らかだ。
よくポアロを訪れる鈴木園子は、鈴木財閥のご令嬢である。しかし彼女は色んな意味で令嬢らしくなく、ときには年相応の態度を取ることもある。
鳥に例えるならば、園子は自由に飛び回る羽を持つ
澄んだ声はとても蠱惑的で、誰も彼もを魅了する。本丸という閉ざされた鳥籠の中で、その綺麗な声で、幸せそうに囀るのだ。
その
それを想像するだけで、安室はごくりと生唾を飲んだ。
「……安室さん?」
「……すいません、ボーッとしていました」
「随分とお疲れみたいですけど……。お力添えしましょうか?」
「いえ! そこまでではないので、大丈夫です」
誰もに好かれる、安室透を演じなければ。一人の男として惹かれていた彼は、まるで報われる見込みのないその感情の火を、必死で踏み消そうとしていた。
しかし、そんな事は全く知らない白雪は、無意識に昂ぶる感情の炎を燃え上がらせようとさせるのだ。
安室の褐色の肌と、白雪の純白の肌が触れ合う。冷え性なのだと喋っていた冷ややかな白雪の手は、安室の体温で少し温もり、指先がやや牡丹に染まる。
白雪は念のため霊視を行うつもりのようだが、安室の顔は燃えるように真っ赤になった。
「やっぱり安室さん、熱でもあるんじゃないですか……?」
「……だ、大丈夫ですよ! 本当に‼」
「軽くその辺の浮遊霊は吹っ飛ばしましたけど……本当に大丈夫です?」
「吹っ飛ばした」
機械のように至極冷静に、霊を祓ったと伝える白雪。やっぱり彼女は僕と住んでいる世界が違うのだ。必死に脳内に纏わりつく煩わしい
そのままスーパーへ寄り、白雪を下ろすと。真っ白な車体はセーフハウスへ向けて去って行った。