調虎離山
騒動が人を聞きつけたのか、ロータリーに人がどんどん集まってきた。珍しく事件がないようで、捜査一課の刑事たちが、潮のように八方から流れ込む。
まるで見世物にでもされた気分だ。白雪は怖さと羞恥が入り交じり、ただひたすら身を縮ませて、小うさぎのように震える。
その中でひょっこりと顔を出したのは伊達だった。話を聞きつけたのか、後輩の刑事を引き連れて顔を出す。
「おいおい、こりゃ何の騒ぎだ」
「班長、コイツ何か視えたらしい。俺を見てお前じゃないって言われたんだが……この状況じゃ落ち着いて話を聞けねェ」
「だろうな」
「こ、この人……‼」
白雪のくりくりした猫目がかっと見開かれる。それは伊達刑事———ではなく、後ろの後輩刑事に向けられていた。
伊達刑事が後輩刑事と顔を合わせると、白雪へ軽く自己紹介した。その流れで女性警官も一緒に自己紹介する。
刑事部捜査一課強行犯捜査三係所属。高木 渉 。階級は巡査部長。
同じく刑事部捜査一課強行犯捜査三係所属、佐藤 美和子 。階級は警部補。
赤い目をぱちくりとさせた白雪は、恐る恐る高木の手を、甲から覆うようにして、そっと触れる。
男性特有の骨張った手に、少女の白魚のような、細くてかわいくて優しい手が重なった。
「……えっと、こ、この人……ご、ご存命でいらっしゃる……?」
「え? 生きてますよ……?」
「お前……人が生きてるかどうか、視て分からねえのかよ……」
松田の呆れが混じる声に、白雪は静かに頷いた。
未練があって彷徨う浮遊霊は大抵血みどろで闊歩している為一目瞭然だ。ところが、一度天上へ上がって降りてきたような、一度浄霊した霊の場合すっきりとした風貌で降りてくるので、本当に視ただけでは分からないのである。
また生霊のような場合は、幽愁暗恨 で姿形が変貌しているときもあれば、恋煩いなど純粋な気持ちで引っ付いているときもあり、その場合は本当に生きているのか死んでいるのか、はたまたただの生霊 なのか判断がつかないのだ。
話を聞いた男性陣は憐憫の目で白雪を見詰めるが、佐藤刑事の眼差しは氷河のように冷たかった。
「ふぅん……。で、何で高木刑事が生きているかどうか確認したワケ?」
「その……視えたまま、えっと、お話しするので……。荒唐無稽に思われるかと」
「いいからとっとと話せ」
「……えっと、松田さんが、蜃気楼みたいに……ぐにゃっとして、歪んで視えて……高木さんに……入れ替わったみたいに、視えました」
「それで『貴方は違う』って言ったのか」
すとんと彼の中で合点がいったのか、松田は軽く頷く。
白雪の霊視で彼女共々助かった伊達の顔には、心配の表情が表れていた。可愛い後輩刑事の身に何か起こる可能性があるのだ、ひとつでも今のうちに潰しておきたい。それが如実に表れていた。
「……で、ソレは何の予知だ? 高木は運が悪いというか、巻き込まれ体質だからなァ……。優柔不断で薄幸だしよ……」
「ちょっと止めて下さいよ伊達先輩! 今から僕の身に何か起きるんですか⁉」
「……こればかりは、分かりません。でも……悪い感じはしなかったです。……佐藤刑事と、一緒にいらっしゃったときに、視えた、ので……恐らく、彼女と……ご一緒になると、何かが起きる……のかも? 断言できるのは、凶事ではない。……亡くなったりとか、痛い目に遭ったりとか……そんな事ではないと思います」
「そうか、なら良いんだ」
高木刑事の身に起きる出来事が災難でないと知り、伊達刑事がにぱっと明るい笑顔を湛える。まるで翁の面のような、優しげな笑顔だった。
高木刑事本人はホッと安堵の表情を浮かべ、佐藤刑事は不服そうに顔を歪める。
「ちょっと、この子の言い分を信じるわけ⁉ この子の冗談を真に受けるつもり⁉」
「だってなぁ……。俺、実際に除霊してもらったし」
「コイツと一緒に居たとき怪奇現象に遭ったし」
「その節は本当にご迷惑をおかけいたしました……」
「アレは別にお前のせいじゃねェだろ」
警察学校の同期は顔を見合わせ、首を縦に振る。
伊達刑事と大変仲の良い高木刑事は、彼が嘘を吐いていないと信じ切っていて、刑事として顔に浮かび出るすべての意味を読もうとした結果の事だった。
孤軍奮闘の佐藤刑事は、氷が裂けるように、表情にゆっくりと亀裂が走る。
不満を別のところへぶつけたい。だけど八つ当たりは大人げない。それは重々承知している。
佐藤刑事は無理やり話題を変え、白雪の処遇をどうするか松田へ問うた。
補導された事情を知らないワタル・ブラザーズはきょとんとしつつも、松田に問い質した。
「え、この子に何かあったんですか?」
「……家が全焼して行く宛がないんだと」
「ソレを早く言えこの馬鹿‼」
白雪を保護した理由を説明する松田に、伊達の拳骨がクリティカルヒットし、松田の身体が宙を舞う。別に彼の体躯は細身ではないのだが、それを吹き飛ばすほどの力とはかなりのものだろう。
真っ向から受けた松田は相当痛そうで、目が回っている。白雪の神通力でヒーリングを施した為、すぐに立ち上がったが。
その際青色に変色し、腫れ上がった患部がするすると逆再生される動画のように完治して行く様子を見て、佐藤刑事と高木刑事はこれでもかと目を見開いて三度見した。
「僕の災難を気にするより、まずは自分の災難を気にしようよ……。帰る家がないって、相当な不幸だと思うけど……」
「この場合は……児相だよなぁ」
「止めて下さい児相だけは本当にマズいんですお願いします児童相談所に通報だけは何卒ご勘弁をいっそ留置場でも刑務所でも少年院でも構いませんので児相だけは! 児相だけはご勘弁を……‼」
「お、おう……」
「留置場も刑務所もホテル代わりの宿泊は無理だと思うわよ……」
スーパー命乞いタイム再び。ノンブレスで言い切る辺り、本当に切羽詰まった事情で、児童相談所には頼れないと刑事たちは悟る。特に白雪の素性をよく知っている警察学校の同期二人は、納得の表情を浮かべていた。
しかしこのまま放置するわけにもいかない。刑事たちが顔を見合わせた(もとい押し付け合った)結果、白雪は松田の家に身を寄せる事になった。
「良かったな白雪ちゃん、しばらく泊まれる家が見つかってよ!」
「でも実際、見ず知らずの男の僕の家に泊まるよりは、断然顔見知りの松田刑事の方が良いですよね」
「それを言うなら同性の佐藤刑事の方が安心するんじゃねえの」
「見ず知らず、そのうえ疑いの目を向ける女より、お友達の男の人の方が良いわよねぇ? 白雪ちゃん」
「……は、はひ」
「まァ、別に良いけどよ……。狭いとか文句言うんじゃねーぞ!」
やれやれと溜め息を吐く松田に対し、白雪の表情は子どものように輝いていた。
松田という男は、懐に入れた人物には優しいのだ。歯に衣着せぬ物言いや横柄な態度で勘違いされがちだが、本当は温かい人なのだ。
もしも兄がいたら、きっとこんな感じなのだろう。白雪は幸せを噛みしめるように、顔を綻ばせた。
まるで見世物にでもされた気分だ。白雪は怖さと羞恥が入り交じり、ただひたすら身を縮ませて、小うさぎのように震える。
その中でひょっこりと顔を出したのは伊達だった。話を聞きつけたのか、後輩の刑事を引き連れて顔を出す。
「おいおい、こりゃ何の騒ぎだ」
「班長、コイツ何か視えたらしい。俺を見てお前じゃないって言われたんだが……この状況じゃ落ち着いて話を聞けねェ」
「だろうな」
「こ、この人……‼」
白雪のくりくりした猫目がかっと見開かれる。それは伊達刑事———ではなく、後ろの後輩刑事に向けられていた。
伊達刑事が後輩刑事と顔を合わせると、白雪へ軽く自己紹介した。その流れで女性警官も一緒に自己紹介する。
刑事部捜査一課強行犯捜査三係所属。
同じく刑事部捜査一課強行犯捜査三係所属、
赤い目をぱちくりとさせた白雪は、恐る恐る高木の手を、甲から覆うようにして、そっと触れる。
男性特有の骨張った手に、少女の白魚のような、細くてかわいくて優しい手が重なった。
「……えっと、こ、この人……ご、ご存命でいらっしゃる……?」
「え? 生きてますよ……?」
「お前……人が生きてるかどうか、視て分からねえのかよ……」
松田の呆れが混じる声に、白雪は静かに頷いた。
未練があって彷徨う浮遊霊は大抵血みどろで闊歩している為一目瞭然だ。ところが、一度天上へ上がって降りてきたような、一度浄霊した霊の場合すっきりとした風貌で降りてくるので、本当に視ただけでは分からないのである。
また生霊のような場合は、
話を聞いた男性陣は憐憫の目で白雪を見詰めるが、佐藤刑事の眼差しは氷河のように冷たかった。
「ふぅん……。で、何で高木刑事が生きているかどうか確認したワケ?」
「その……視えたまま、えっと、お話しするので……。荒唐無稽に思われるかと」
「いいからとっとと話せ」
「……えっと、松田さんが、蜃気楼みたいに……ぐにゃっとして、歪んで視えて……高木さんに……入れ替わったみたいに、視えました」
「それで『貴方は違う』って言ったのか」
すとんと彼の中で合点がいったのか、松田は軽く頷く。
白雪の霊視で彼女共々助かった伊達の顔には、心配の表情が表れていた。可愛い後輩刑事の身に何か起こる可能性があるのだ、ひとつでも今のうちに潰しておきたい。それが如実に表れていた。
「……で、ソレは何の予知だ? 高木は運が悪いというか、巻き込まれ体質だからなァ……。優柔不断で薄幸だしよ……」
「ちょっと止めて下さいよ伊達先輩! 今から僕の身に何か起きるんですか⁉」
「……こればかりは、分かりません。でも……悪い感じはしなかったです。……佐藤刑事と、一緒にいらっしゃったときに、視えた、ので……恐らく、彼女と……ご一緒になると、何かが起きる……のかも? 断言できるのは、凶事ではない。……亡くなったりとか、痛い目に遭ったりとか……そんな事ではないと思います」
「そうか、なら良いんだ」
高木刑事の身に起きる出来事が災難でないと知り、伊達刑事がにぱっと明るい笑顔を湛える。まるで翁の面のような、優しげな笑顔だった。
高木刑事本人はホッと安堵の表情を浮かべ、佐藤刑事は不服そうに顔を歪める。
「ちょっと、この子の言い分を信じるわけ⁉ この子の冗談を真に受けるつもり⁉」
「だってなぁ……。俺、実際に除霊してもらったし」
「コイツと一緒に居たとき怪奇現象に遭ったし」
「その節は本当にご迷惑をおかけいたしました……」
「アレは別にお前のせいじゃねェだろ」
警察学校の同期は顔を見合わせ、首を縦に振る。
伊達刑事と大変仲の良い高木刑事は、彼が嘘を吐いていないと信じ切っていて、刑事として顔に浮かび出るすべての意味を読もうとした結果の事だった。
孤軍奮闘の佐藤刑事は、氷が裂けるように、表情にゆっくりと亀裂が走る。
不満を別のところへぶつけたい。だけど八つ当たりは大人げない。それは重々承知している。
佐藤刑事は無理やり話題を変え、白雪の処遇をどうするか松田へ問うた。
補導された事情を知らないワタル・ブラザーズはきょとんとしつつも、松田に問い質した。
「え、この子に何かあったんですか?」
「……家が全焼して行く宛がないんだと」
「ソレを早く言えこの馬鹿‼」
白雪を保護した理由を説明する松田に、伊達の拳骨がクリティカルヒットし、松田の身体が宙を舞う。別に彼の体躯は細身ではないのだが、それを吹き飛ばすほどの力とはかなりのものだろう。
真っ向から受けた松田は相当痛そうで、目が回っている。白雪の神通力でヒーリングを施した為、すぐに立ち上がったが。
その際青色に変色し、腫れ上がった患部がするすると逆再生される動画のように完治して行く様子を見て、佐藤刑事と高木刑事はこれでもかと目を見開いて三度見した。
「僕の災難を気にするより、まずは自分の災難を気にしようよ……。帰る家がないって、相当な不幸だと思うけど……」
「この場合は……児相だよなぁ」
「止めて下さい児相だけは本当にマズいんですお願いします児童相談所に通報だけは何卒ご勘弁をいっそ留置場でも刑務所でも少年院でも構いませんので児相だけは! 児相だけはご勘弁を……‼」
「お、おう……」
「留置場も刑務所もホテル代わりの宿泊は無理だと思うわよ……」
スーパー命乞いタイム再び。ノンブレスで言い切る辺り、本当に切羽詰まった事情で、児童相談所には頼れないと刑事たちは悟る。特に白雪の素性をよく知っている警察学校の同期二人は、納得の表情を浮かべていた。
しかしこのまま放置するわけにもいかない。刑事たちが顔を見合わせた(もとい押し付け合った)結果、白雪は松田の家に身を寄せる事になった。
「良かったな白雪ちゃん、しばらく泊まれる家が見つかってよ!」
「でも実際、見ず知らずの男の僕の家に泊まるよりは、断然顔見知りの松田刑事の方が良いですよね」
「それを言うなら同性の佐藤刑事の方が安心するんじゃねえの」
「見ず知らず、そのうえ疑いの目を向ける女より、お友達の男の人の方が良いわよねぇ? 白雪ちゃん」
「……は、はひ」
「まァ、別に良いけどよ……。狭いとか文句言うんじゃねーぞ!」
やれやれと溜め息を吐く松田に対し、白雪の表情は子どものように輝いていた。
松田という男は、懐に入れた人物には優しいのだ。歯に衣着せぬ物言いや横柄な態度で勘違いされがちだが、本当は温かい人なのだ。
もしも兄がいたら、きっとこんな感じなのだろう。白雪は幸せを噛みしめるように、顔を綻ばせた。