調虎離山
現世では青黒い夜の色が頭の上にひろがる。住宅街の中にひっそりとたたずむ公園は、閑散としていて人気 がなく、しっとりと月光の中に静まり返っていた。
(本丸の襲撃が、嘘みたい……)
ひとり公園のベンチに座り、空を見上げる。いくつもの綺羅星と月が、白雪をやさしく照らす。その薄暗い明るさが、アルビノの彼女には心地よかった。
一陣の春風が、白雪の艶やかな白い髪を舞い上がらせた。絹糸の如き艶髪が月光を反射する。
「……ご飯どうしよう」
本丸が全焼してしまった為、とりあえず有り合わせの恰好で出てきてしまった。もちろん財布も持っておらず、食事どころか宿泊も厳しそうだ。
今回はパーカーもキャップもサングラスも装着していないので、駅前や歓楽街に出たら途端に目立つことだろう。
正直なところ、米花町 は瘴気の源泉だ。毛利探偵事務所を中心として、そこから瘴気が湧き水のように溢れ出している。
毛利探偵事務所の下に構える喫茶ポアロは馴染みが深いが、そういう意味では遠慮したい。完全防御しなければ飲み込まれてしまう。
はてさて如何しようか。手持ち無沙汰だったため、神通力で作った魚を作り、宙を泳がせる。金色に光る魚は宵闇によく映えた。
自由自在に泳ぐ金色の魚は、白雪の周囲をくるくる巡ると、顔まで優雅に泳いできた。まるで感情があるかのような魚に、ちょん、と口を手で軽くつついた。
「おい。如何したんだ、そんなところで」
「松田さん……⁉」
驚愕して、声のする方へ振り返る。天然パーマの黒髪に、サングラスが特徴的な、スーツ姿の男性。警視庁捜査一課 所属、松田 陣平 だった。
ツーマンセルで行動しているのか、後ろにはショートヘアの勝ち気そうな女性の姿と、パトカーが停車している。
「えっまさか不審者として通報されたとかそんな感じですか私まだ何もしていませんし何もするつもりは」
「落ち着け。こんな夜更けに小学生が一人でうろちょろしてたら通報が入るだろ」
「あ、そっちですか……って小学生⁉ 私もう十六なんですけど‼」
「十六ゥ⁉」
「ちょっと松田君、この子本当に十六なの? 精々中学生にしか見えないわよ」
松田のサングラス越しのぎょっとした目に、白雪を疑うように見詰める女性警官の目。それを不満そうに、白雪はじっとりとした視線で睨みつけた。
確かに白雪は、幼少期の栄養不足が原因で身長が低い。更にだぼついた私服姿というのもあって通報されたのだろう。
そうか、他人にはそう見えるのか。自分で暢気に納得したのも束の間。彼女の脳内に「児童相談所」や「虐待」の文字が過 った。
「まさか通報って児童相談所から虐待の通報を受けて駆けつけた感じですか違います虐待されてません」
「違ェから落ち着けって。どうせ家抜け出して何か飯食いにきたんだろ、このじゃじゃ馬娘がよ。今度は何食いに来た」
「……いえ、それが……その……食べに来たわけじゃなくて」
「ホォー? そりゃ珍しいな」
「……家が、その……全焼しちゃって、行くあてがなくて……。と、とりあえず、今晩は……ここで一晩、夜を明かそうかと」
「児相案件じゃねーか‼」
「とりあえずこの子は保護した方が良いわね……」
「おう連れてくぞ」
「違うんです大丈夫ですその辺うろちょろしてるんで放っておいてください」
慌てて全力命乞いタイムで勘弁してくれと懇願するも、タイムオーバーで強制的にパトカーに乗せられた。
私が何をしたって言うんだ。頭を抱えて、瞼をぎゅっと瞑った。
そして急に目を開けたせいか。まるで吐息のように、蜃気楼のように。白雪の視界が、ぼやけて歪む。助手席に座る松田が、まるで別人のように見えた。髪の毛がさらさらの、柔和の雰囲気な優男に。
「ち、違う……」
「ハァ?」
「貴方は、違う……‼」
「おい、どうした⁉」
声は松田だ。だが白雪が視えているのは別の人間だった。
完全に怯え切った白雪は、息を潜め、誰からも視得ないように息を潜める。肉体を貫いて電光のように駆ける不安な戦慄に似た息苦しさを覚える。それを誤魔化すように、白雪はぎゅっと小うさぎのように身体を縮ませた。
それから。パトカーは警視庁の建物に到着した。案内されたのは降谷の件で案内された公安部ではなく、普通の人も集まるようなロータリーだ。
まるで身体が凍りついたかのように、不安げな面持ちの白雪を気遣うように、女性警官が寄り添ってくれる。……というより、いきなりビビり始めた白雪を怪訝に思っているようだ。
「ねぇ松田君、知り合いなの? この子完全に怯え切っちゃって、今にも泣き出しちゃいそうよ」
「あぁ、知り合いだ。ビビってるのは……何か視えたんだろ」
「視えた……?」
「霊感があんだよ、そいつ。今回も多分ソレだ」
「霊感……って、お化けでも視えるの? 何ソレ、馬鹿 みたい」
「ハァ? おい佐藤、コイツの霊感で少なくとも助かった奴がいんだよ。俺も含めてな。だから馬鹿にすんじゃねェ。痛い目見るぜ」
「何度だって言ってやろうじゃない、そんなの理解しろっていうのが馬鹿だってね! 幽霊なんて実際にいないわ。事件は人間が起こしてるのよ!」
「そりゃそうだが……」
佐藤と呼ばれる女性警官と松田は白雪そっちのけで喧嘩し始めた。ぽつんと佇む白雪は氷の中にいるかのように、ぷるぷると震える。
その姿はまるで、色彩も相まって、生まれたての小うさぎを彷彿とさせた。
(本丸の襲撃が、嘘みたい……)
ひとり公園のベンチに座り、空を見上げる。いくつもの綺羅星と月が、白雪をやさしく照らす。その薄暗い明るさが、アルビノの彼女には心地よかった。
一陣の春風が、白雪の艶やかな白い髪を舞い上がらせた。絹糸の如き艶髪が月光を反射する。
「……ご飯どうしよう」
本丸が全焼してしまった為、とりあえず有り合わせの恰好で出てきてしまった。もちろん財布も持っておらず、食事どころか宿泊も厳しそうだ。
今回はパーカーもキャップもサングラスも装着していないので、駅前や歓楽街に出たら途端に目立つことだろう。
正直なところ、
毛利探偵事務所の下に構える喫茶ポアロは馴染みが深いが、そういう意味では遠慮したい。完全防御しなければ飲み込まれてしまう。
はてさて如何しようか。手持ち無沙汰だったため、神通力で作った魚を作り、宙を泳がせる。金色に光る魚は宵闇によく映えた。
自由自在に泳ぐ金色の魚は、白雪の周囲をくるくる巡ると、顔まで優雅に泳いできた。まるで感情があるかのような魚に、ちょん、と口を手で軽くつついた。
「おい。如何したんだ、そんなところで」
「松田さん……⁉」
驚愕して、声のする方へ振り返る。天然パーマの黒髪に、サングラスが特徴的な、スーツ姿の男性。
ツーマンセルで行動しているのか、後ろにはショートヘアの勝ち気そうな女性の姿と、パトカーが停車している。
「えっまさか不審者として通報されたとかそんな感じですか私まだ何もしていませんし何もするつもりは」
「落ち着け。こんな夜更けに小学生が一人でうろちょろしてたら通報が入るだろ」
「あ、そっちですか……って小学生⁉ 私もう十六なんですけど‼」
「十六ゥ⁉」
「ちょっと松田君、この子本当に十六なの? 精々中学生にしか見えないわよ」
松田のサングラス越しのぎょっとした目に、白雪を疑うように見詰める女性警官の目。それを不満そうに、白雪はじっとりとした視線で睨みつけた。
確かに白雪は、幼少期の栄養不足が原因で身長が低い。更にだぼついた私服姿というのもあって通報されたのだろう。
そうか、他人にはそう見えるのか。自分で暢気に納得したのも束の間。彼女の脳内に「児童相談所」や「虐待」の文字が
「まさか通報って児童相談所から虐待の通報を受けて駆けつけた感じですか違います虐待されてません」
「違ェから落ち着けって。どうせ家抜け出して何か飯食いにきたんだろ、このじゃじゃ馬娘がよ。今度は何食いに来た」
「……いえ、それが……その……食べに来たわけじゃなくて」
「ホォー? そりゃ珍しいな」
「……家が、その……全焼しちゃって、行くあてがなくて……。と、とりあえず、今晩は……ここで一晩、夜を明かそうかと」
「児相案件じゃねーか‼」
「とりあえずこの子は保護した方が良いわね……」
「おう連れてくぞ」
「違うんです大丈夫ですその辺うろちょろしてるんで放っておいてください」
慌てて全力命乞いタイムで勘弁してくれと懇願するも、タイムオーバーで強制的にパトカーに乗せられた。
私が何をしたって言うんだ。頭を抱えて、瞼をぎゅっと瞑った。
そして急に目を開けたせいか。まるで吐息のように、蜃気楼のように。白雪の視界が、ぼやけて歪む。助手席に座る松田が、まるで別人のように見えた。髪の毛がさらさらの、柔和の雰囲気な優男に。
「ち、違う……」
「ハァ?」
「貴方は、違う……‼」
「おい、どうした⁉」
声は松田だ。だが白雪が視えているのは別の人間だった。
完全に怯え切った白雪は、息を潜め、誰からも視得ないように息を潜める。肉体を貫いて電光のように駆ける不安な戦慄に似た息苦しさを覚える。それを誤魔化すように、白雪はぎゅっと小うさぎのように身体を縮ませた。
それから。パトカーは警視庁の建物に到着した。案内されたのは降谷の件で案内された公安部ではなく、普通の人も集まるようなロータリーだ。
まるで身体が凍りついたかのように、不安げな面持ちの白雪を気遣うように、女性警官が寄り添ってくれる。……というより、いきなりビビり始めた白雪を怪訝に思っているようだ。
「ねぇ松田君、知り合いなの? この子完全に怯え切っちゃって、今にも泣き出しちゃいそうよ」
「あぁ、知り合いだ。ビビってるのは……何か視えたんだろ」
「視えた……?」
「霊感があんだよ、そいつ。今回も多分ソレだ」
「霊感……って、お化けでも視えるの? 何ソレ、
「ハァ? おい佐藤、コイツの霊感で少なくとも助かった奴がいんだよ。俺も含めてな。だから馬鹿にすんじゃねェ。痛い目見るぜ」
「何度だって言ってやろうじゃない、そんなの理解しろっていうのが馬鹿だってね! 幽霊なんて実際にいないわ。事件は人間が起こしてるのよ!」
「そりゃそうだが……」
佐藤と呼ばれる女性警官と松田は白雪そっちのけで喧嘩し始めた。ぽつんと佇む白雪は氷の中にいるかのように、ぷるぷると震える。
その姿はまるで、色彩も相まって、生まれたての小うさぎを彷彿とさせた。