調虎離山

 米花神社に封印されていた疫病神を木っ端微塵に叩きのめしてから、早一週間が経った。
 あれから特に浄霊部隊の仕事も入る事はなく、審神者の仕事も順調だ。時々志保を本丸へ呼んでお茶を楽しむくらいには、白雪の仕事も落ち着いていた。


「どうしてコイツらはこんなにねちっこいのかしら。現代の法律だったらストーカー規制法で一発よ。執着する男って本当に面倒ね」
「付喪神、分霊といえど神様だから、認識の違いとかあるんじゃないかな……」


 志保は時の政府に依頼され、「夢を見なくなる薬」を開発したらしい。
 神隠しを企てる刀剣男士は「夢枕に立つ」。要するに、夢に現れてターゲットに干渉しようとするのだ。その夢は凄惨な内容が多く、精神を疲弊させた審神者は自殺を考え、最終的には神域へ連れて行かれるケースが後を絶たない。
 そのため「夢を見ない」ほど深く眠る薬、もしくは「徹夜しても耐えられる」薬は刀剣男士による神隠しの防波堤となっており、神隠し審神者からは大変重宝されている……のだが、一度でも服用を止めると更に夢渡りの内容が惨たらしいものとなる。
 それでも、神隠しに怯える審神者たちには「神の薬」だと珍重されていた。

*

 そんなある日のこと。
 志保が時の政府の施設へ帰り、白雪が審神者の執務に取りかかろうとした、その時だった。

ドオォン‼

 強く地響きが鳴り、耳障りな警報音が本丸の敷地中へ響き渡る。
 異空間である本丸は、そもそも地震が存在しない。地鳴りや地震が起きるのは、その本丸自体の存在が揺らぐとき———つまり、敵襲———なのだ。

 志保の身柄が時の政府にある事を確認した白雪は、すぐさま臨戦態勢を取り、刀剣男士たちへ采配を振る。


「各員、戦闘態勢に入れ! わざと本丸へ誘導させ、罠を使って迎撃しろ! 負傷したものはすぐに地下シェルターへ! そこで手入れを‼」


 白雪は地下シェルターでもある資料室へ駆け込み、幾重にも結界を張った。審神者の執務室もある程度籠城できなくもないが、資料室の方が大量の機密情報が隠されている事もあり、いざとなれば白雪諸共焼失させる裁断だ。

 刀と刀がぶつかり合う剣戟の音、肉が切り裂かれる音に、誰かの怒号、誰かの悲鳴、血の匂い、燃える焔の匂い。そして何もかもを吹き飛ばすような爆発音。
 生きるか死ぬか、食うか食われるかの修羅場で、白雪はただひたすら、刀剣男士の手入れを行っていた。
 貯蓄しておいた資材とありったけの霊力を使い、手のないもの、脚のないものを治療していく。資料室の絨毯は血で真っ赤に染まり、やがて酸化して黒くなっていく。
 目を背けたくなるような、血みどろの残虐な光景が繰り広げられていた。しかし、もしもここで逃げ出したら。刀剣男士たちはもちろん、銃後の人たちも犠牲になる。
 白雪は歯を食いしばり、とにかく手入れをしながら、一網打尽にできる索を考える。


(考えろ、考えろ、考えろ……!)
「主、防衛ラインが突破された! 時の政府へ援軍を頼んでいるが、到着には時間がかかる。せめて主だけでも……!」
「……千代金丸(ちよがねまる)、貴方にお願いがあります」


 戦況報告に来た千代金丸に向き合う白雪。その表情はとても真剣で、覚悟を決めた顔だ。
 またあの悲劇を繰り返すのか。千代金丸は嗚咽混じりになりながらも、自害は止めてくれと忠告した。
 まだまだ、自分は戦える。戦力は残っている。せめて主だけは生き残って欲しい。そんな願いを、必死に伝える。


「……自害する、なんて言わないでくれ。戦闘はまだまだ、これからだ。生きてれば、勝ちだからよぉ……、主、お前は、いつまでも……!」
「ちょっと、勝手に死なないでよ。この死体もどきを、執務室へ持っていって欲しい。そして本丸全体を燃やす。襲撃した、敵ごと、全部」


 咄嗟に作った、白雪を模した死体。正体はただのヒトガタ、紙切れだ。
 敵をわざと執務室まで陽動し、そこに火を放つ。敵の混乱に乗じたその隙に、各個撃破する作戦だ。このときのために、御守り・極を全員分行き渡らせてある。
 敵の数も、敵の動きも、何もかもが不明な今。できることはこれくらいだ。
 外からは激励の声も聞こえてくる。戦意が喪失したわけじゃない。私たちは、まだまだ戦える。

 千代金丸はこくりとひとつ頷くと、白髪の死体を背負って執務室へ赴いた。
 それからしばらくして。千代金丸が戻ってきた。ちゃんと本丸全体が炎に包まれているようで、直(じき)に戦闘中の刀剣男士たちも、この地下シェルターへ全員到着する予定だ。
 あとは炎に全てを任せ、地上にある全てを焼き払ってもらうだけ。ぞくぞく集まってくる刀剣男士の治療をしながら、ただひたすら刀剣男士の無事を祈る。

 どれだけ時間が過ぎただろうか。護衛の治金丸(ちがねまる)とともに、こっそりと顔だけ地上に出す。
 扉を開けた途端、むっと強い煙の匂いがして、目と鼻がつんとする。白雪は咳き込んだが、幸い敵側にバレていないようだ。
 暗闇で燃え盛る炎は禍々しいほどに鮮明で、強風に煽られて身を捩るかの如く、更に上へ上へと這い上がろうとしていた。この調子だと、全焼して倒壊するのも時間の問題だろう。再び資料室兼地下シェルターに潜れば、ただひたすらに、焦げ臭さが強烈に漂っている。

 更に時間が経過する。本丸に放った炎は火災旋風となり、灼熱の瓦礫が宙を舞う。それは時間遡行軍に直撃し、文字通りの砲煙弾雨となっていた。
 地下シェルターの酸素が持つのが先か、時間遡行軍が力尽きるのが先か。持久戦を持ち込んだ白雪は、ただひたすらに呼吸を抑え、時が経つのを待つしかなかった。

 そして。何もかもを焼き尽くした焔は、天から矢となって降り注ぐ大雨により、鎮火した。
 荒れ狂う風雨の中、火災旋風から辛うじて生き残り時間遡行軍は体力を消耗し、息も絶え絶えになっている。その隙を見計らい、白雪は突撃命令を出した。


「進め! オレたちの足音を聞いた時が、敵の最期だ」
「待たせたな。お前たちの死だ!」
「俺の真価、とくと味わえ! お前の死をもってな!」
「そら、斬られたい奴から顔を出しな!」
「これからっ、本気っ、だ!」
「草木一本残すものか」
「この薔薇に、あなたたちの血を捧げなさい」


 刀剣男士たちの奮戦により、一体、また一体と、敵の身体が頽(くずお)れていく。そして、最期の一体をの首を、白刃一閃。刎ねた首は地面を転がり、黒い靄となって消滅した。


「………勝った、のかな」
「あぁ。折れた刀もいない。これでパーフェクト、完全勝利だね」
「すごいですね、あるじさま!」


 白雪が緊張の糸が解けてその場に座り込む。その周りを刀剣男士たちが囲んだ。やっと勝利した実感が沸き起こり、白雪の身体から力が抜けた。
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