玉昆金友

 フレンチレストランから退店する頃には、夜と街のコントラストがより一層強くなっていた。少し通り雨でも降ったのか、アスファルトの照り返し、そしてちいさな水溜まりが、塗れた輝きを放っている。


「……ありがとう。エレーナ先生と、最期の会話をさせてくれて」
「いえ……。それが、その……私の仕事……使命? です、から……」
「ボクまで高級フレンチご馳走になっちゃった! ありがとう、とっても美味しかったよ!」
「これくらい安いものさ」


 これが奇跡の値段だというのなら、お釣りが返ってくるほど安いものだ。降谷は愛車までエスコートすると、スマホで検索をかける。


「すまない。この時間帯は、サーティワンもディッパーダンも開店していないようだ」
「え、そんな! こ、これ以上ご馳走になるなんて……!」
「そうそう、こんな時間にクレープなんて食べたら太っちゃう! 気持ちだけ受け取っておくね♡」
「今日はもう遅いが……そうだな、ホテルでも———」
「は? 何言ってんの? さっさと駅まで送れよ」


 先ほどまでご機嫌だった乱が牽制する。その凄みを利かせた声は、まさに刀の付喪神と言わんばかりの切れ味だ。
 白雪はぺこぺこと己の部下の失態を頭を下げて謝罪しているが、確かに誤解を招く言い方をした自分が悪い。降谷は苦笑いを浮かべ、こちらも悪かったと詫び、乱の言いつけ通りターミナル駅まで送った。

 がらがらのタクシー乗り場に停車し、扉を開けてエスコートする。安室ファンの女子高生からすれば、まるで白馬に乗った王子様だ。
 しかし白雪が降谷に心が揺らぐ事はなかった。自分の本丸には、白馬の王子様がたくさん在籍しているからだ。傍に佇む乱を含んで。


「……今日は本当にありがとう。今宵の奇跡は、絶対に忘れないよ」
「えへへ。……その、お役に立てて……えっと、良かった、です」
「じゃあね、お兄さん♡」


 白雪と乱の姿が、駅前の雑踏の中へ消えていく。
 一陣の旋風(つむじかぜ)が吹き、その勢いに負けて一瞬目を閉じる。目を開けば、二人の姿はもうどこにもなかった。
 まるで、ひとときのゆめのように。まぼろしのように。消え去った。


「……さようなら。エレーナ先生」


 現実感のないままに、はかなく終わらなければいけなかった恋。降谷は、恋の箱の蓋をそっと閉じた。

*

 降谷からの依頼をこなし、今日も審神者の執務に励む白雪。
 やはりぴゅあっぴゅあな人の恋愛模様を眺めるのはいいものだ。いずれ万病に効く、と白雪は豪語する。
 それに比べて、刀剣男士と審神者の痴情の縺れによるドロドロとした恋愛のなんと酷い事か。あまりの酷さに眉を顰めるのは序の口で、永遠の悪夢のような結末を迎えるのがデフォルトだ。何なら周囲の人間全員惨殺された挙げ句、神隠しで最終的に連れて行かれる事例も後を絶たない。
 今日も今日とて白雪は、そんな痴情の縺れの果ての事例の報告書を処理していた。


「あーあ、もう嫌んなっちゃう〜!」
「おや? 主、お仕事はもう終わりかな?」
「終わった! もう疲れたよ〜! 小竜(こりゅう)ちゃ〜ん、もうお仕事したくな〜い! 書類仕事飽きた〜‼」
「仕事が一段落ついたのなら、休憩するかい? 現世でパァーッと羽目を外すのも悪くない」
「本当⁉ すぐ準備するから! 小竜ちゃんも準備してきてね〜!」


 言質取ったり。執務室から飛び出した白雪は、早速現世ファッションへ身を包み、護衛の小竜景光(かげみつ)とともにいざ現世。もちろん彼も戦闘服ではなく、カジュアル寄りの装いだ。

 降り立ったのはいつもの米花町。この街はお盆の時期並に霊が多く、しかも大体惨殺された状態で彷徨っている。まるでハロウィンの時期の渋谷だ。
 実は、白雪は浄霊連隊大隊長としての密命を受けていた。

 この街の霊の多さがあまりにも異常すぎるため、時空の歪みが発生する確率が高い。可能であれば、浄霊できそうな未練のない霊を天界へ上げる仕事だ。
 本丸で調査したところ、この米花(べいか)町と隣町の杯戸(はいど)町は、殺人事件の発生率が以上に多い。その殺人事件で殺された被害者の霊が、時空の歪みを引き起こしているのではないか? というのが白雪の見立てである。
 その推理を確実なものにすべく、米花町を闊歩する。傍から見れば平和な街並みだが、すれ違うのは恨み辛みを吐露する亡霊だ。

 白雪と小竜が訪れたのは、米花ショッピングモール。色々な店が軒を連ねており、活気溢れる商業施設だ。喫茶店に雑貨店、洋服店。子ども向けの玩具売り場に、書店。小麦の香りが漂うパン屋に、クレープやアイスクリームのチェーン店もある。

 まずは書店に向かう。この時代の書籍も、資料として非常に有用なのだ。未来では的外れな内容も、この時代には「こういう認識だった」という資料になる。
 歴史学や民俗学関係の本を中心に、買い物籠に詰め込んでいると、クイッと腕を引かれた。その方向へ顔を向ければ、ブレスレットの事件のときに子どもたちへ注意していた、茶髪の少女の姿があった。
 彼女にバレないよう、一瞬だけ霊視する。やはり彼女は、十代後半の魂を無理やり幼子の身体に埋め込んだような、歪さがあった。


「あの、お姉さん……。ちょっといいかしら?」
「えっと……どうしたの?」
「これ、アナタのブレスレットだったものよ。ごめんなさい。結局あの子たちのせいで壊してしまったわ……」


 茶髪の少女から渡されたのは、小袋に入った色とりどりのちいさな宝玉。
 三日月に連れられ退店したあの後、茶髪の少女とポアロの店員が石を拾い集めてくれたようだ。
 白雪は素直に感謝の意を伝え、少女から小袋を受け取った。


「……謝るのは、こっちの方、だよね……。ごめんなさい、あの時……怖い思いをさせて」
「別に構わないわ。私は、オカルトなんて信じない主義……だったから。だからあの時は、悪夢ということにしておきたかった。けれど、そのブレスレットが、夢じゃないって証拠なのよね……」


 少女の顔に陰りが入る。本当に恐ろしい思いをしたのだろう。その小さな身体がかたかたと震えていた。


「……貴女さえ、よければ……あの時の、説明……するよ。……荒唐無稽すぎて、理解できないかも、だけど」
「是非聞きたいわ」
「ここで立ち話するのも疲れるだろ。お嬢さんさえよければ、場所を移していいかい? カラオケとか、どう?」
「構わないわよ。……あの子たちは、同席しない方がいいかしら」
「お願いします……」


 幼女に気遣われる十六歳。何と情けない事か。とはいえ不躾な子たちと距離を取りたいのは本当の事なので、白雪は茶髪の少女と護衛の小竜を連れてカラオケボックスへ向かった。
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