玉昆金友

 夜、定時がとうに過ぎた頃。残った仕事を風見に押し付け、降谷はマツダRX-7へ白雪と乱を乗せ、ドライブへと繰り出した。
 米花町の色とりどりの街灯が、会社帰りのサラリーマンや、塾帰りの学生たちを照らす。
 見慣れたはずの町並みも、この神々しい少女と共に、愛車に乗って走り抜ければ、初めて訪れた見知らぬ町のように思えた。

 到着した先は、知る人ぞ知る高級フレンチの店。公安御用達の店なので、情報やセキュリティの点もバッチリだ。まさかこんなところに連れてこられるとは思わなかった白雪は降谷と店を交互に見たが、どうやら彼は本気のようだ。
 白いブラウスに黒のベストとスラックス、純白のエプロン。髪の毛は清潔感溢れるようにアップに纏められたウエイターに、降谷が対応する。
 そしてこじんまりとした個室へ通され、降谷に促され着席した。


「さて、白雪ちゃん……いや、白雪大佐殿。早速で悪いんだが、口寄せを頼みたい」
「本当に早速だね。言っとくけど、もしも失敗しても、あるじさんを責めないでよ? 霊能力者にも得意不得意があって、死口(しにくち)はあるじさんの苦手な分野なんだ。最悪、意識不明の重体になることだってある。だからあるじさんは、あくまで通訳に徹するだけなんだ」
「……それは、重々承知の上さ」
「それでもアナタは、あるじさんの力を借りたいんだよね?」


 乱の問いに、降谷は力強く頷いた。覚悟はもう決まっている。
 白雪は俯くと、精神を統一し、集中させ、上へ問い合わせる。降谷の探す人が、隣に降りてきてもらうために。


「できる、できる、できる……できる。できる———」


 壊れたラジオのように、ぶつぶつと「できる」と繰り返す白雪の目は、まるで生気を保っていない。完全に集中しているのか、俯いて表情も見えない。
 白雪自身が持つそこはかとない神々しさと、何処か得も言われぬ不気味さが、彼女を包み込んでいる。
 隣に、人が降りてきた。早速彼女へ声を掛けると、初対面の人間に警戒色を顕にする。


【……貴方が、宮野(みやの)エレーナさんですか?】
【そう、だけど……貴女は何者? その上、アルビノ……実際に見るのは初めてね】
【私は……降谷さんの、知人の霊能者です。彼が貴女と話をしたがっています。お時間を頂戴しても構いませんか?】
【別に、いいけど……】
「……降りてきました」


 すっと顔を上げ、降谷に向き直る白雪。目には光が宿り、きちんと生者の顔をしている。
 しばらく沈黙が個室を包み込む。こういうとき、何を話せばいいか分からない白雪は、メニューを開いてエレーナへどれを食べるか問うた。


「……とりあえず、何か食べましょうか! エレーナさんは何か召し上がりますか?」
【ご飯を食べるなんて、久しぶりね……。しかも高級フレンチだなんて。きっと零くんが支払ってくれるのね、メニューに値段が書いていないわ。出世したのね……】
「あ、本当だ……。お値段書いてない……。トラップ?」
「そこは気遣いと言ってください。エレーナ先生は何と?」
「ご飯を食べるなんて久しぶりだと仰ってます。あと、降谷さんが出世されたと喜んでいらっしゃいますよ」
「そ、そうか……」


 褐色肌の頬をサクランボのように、ぽうっと赤らめる降谷。その様はまるで、初恋の少年のように初心で、とても可愛らしい。白雪と乱が思わず微笑ましく見詰めるのも仕方ないというものだ。


「……どうしたんだ、その目は」
「え? お若いっていいな〜と思いまして」
「ね〜♡」
「キミたちは僕よりも年下だろう……」
「ボクは鎌倉生まれだよ。残念でした♡」
【ふふっ、随分この子たちと仲がいいのね。零君と仲がいい子がいて、安心したわ】
「降谷さんはね、お友達がたくさんいらっしゃいます。それに今、凄く頑張っていらっしゃるんですよ」
【そんなの一目瞭然よ。あの零君が、こんなに立派になったのね。このお料理も、とっても美味しいわ……】
「エレーナ先生は何と?」
「お料理を召し上がっています。お気に召されたようです」


 霊は物理的に飲食ができない。ただし、食べ物の発する『気』を食べている。だからお供えは、決して無意味な行為ではないのだ。
 ちなみにエレーナの食べた料理は乱と白雪が美味しく頂きました。閑話休題。

 穏やかに進む食事会。エレーナの精神もとても安定していて、白雪へ取り憑こうという意図も見られない。
 デザートも食べ終え、そろそろお開きになる頃。降谷とエレーナの別れが近づいてきた。


「エレーナ先生。僕は貴女に逢えて、本当に幸せでした」
【私も楽しかったわ】
「エレーナさん。最期にお伝えする事があれば、仰ってください。これがラストチャンスです」


 白雪の言葉に、エレーナは少し唸った。ラストチャンス、と言われて躊躇しているようだ。
 それを伝えると、降谷は視えていないはずのエレーナへ向き合う。もしかしたら、うっすらと視えていたのかもしれない。それほどまでに、彼の眼差しは真剣だった。


「エレーナ先生、思い残す事があるのなら、何だって言って下さい」
【でも……。これは、私たち家族の問題で———】
「エレーナさん……未練が残ってしまうと、もう一度上に昇ることが難しくなっちゃいますよ。降谷さんなら大丈夫です。協力してくれるお友達もたくさんいます。厚かましくも霊能者として助言いたしますが、未練があるのなら、降谷さんを頼るべきです」


 白雪の言葉もエレーナの背中を押したのか、エレーナはぽつぽつと語り始めた。生き残った自分の娘———宮野(みやの)志保(しほ)———を、護って欲しいと。


【私の娘を……志保を、護って欲しいの。明美(あけみ)は志保と黒の組織から脱退しようとして、強盗を命じられて……結局組織に殺されたわ。……だから、どうか……】
「娘の志保さんを護って欲しい、そうです。娘さんの姉の方……明美さんは組織に殺害された、と仰ってます」
「……わかりました。絶対に、お守りします」
【ありがとう。……今度こそ、本当にバイバイだね】
「さようなら、エレーナ先生……」


 エレーナは別れの言葉を継げると、天上に上がった。
 降谷の目からは滂沱の涙が零れ出す。この時はただ、何かが瞬く間に彼の中で膨らんで、胸をいっぱいにし、他の感情の一切を押し潰した。
 白雪はハンカチを差し出し、静かに降谷の感情が鎮まるのを待つ。泣き止む頃には、彼の両目が真っ赤に染まっていた。
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