玉昆金友

 早速本題へ入る。安室透として、ポアロの店員として、責任ある大人として。子どもたちの暴走を止められなかった事を深々と頭を下げた。
 別に直接危害を加えられたわけでもないし、結局手遅れではあったが安室は子どもたちを嗜めようとした。
 謝罪は要らないと、白雪は思っていたのだが。護衛の乱は当然だといわんばかりに、じっとりと視線を投げつける。


「……アナタは存外まともなみたいだね。とはいえ、命知らずの蛮族どもの凶行は、力ずくでも止めて欲しかったなぁ」
「……申し訳ございません」
「降谷さん、どうか頭をあげてください。お店で騒ぎを起こしてしまったのは、私にも責任があります。それにブレスレットが壊されただけで、直接的な被害を被ったわけではありません」
「でも……あるじさんは、ただ店で食事していただけでしょ? それなのに、蛮族どもに絡まれた挙げ句、補助道具の腕輪を壊されちゃったじゃない」
「こ、これは……被害届を出されても、文句は言えません。せいぜい罰金刑程度で済むでしょうが、それにしても災難でしたね……」


 風見が大きく溜め息を吐いた。白雪が受けた災難が想像以上だったのだろう。彼も深々と頭を下げる。もちろん全く関係ない風見が謝罪する必要性はないので、すぐに頭を上げさせたが。


「白雪さん、貴女に聞きたい事があります。貴女の指す『騒ぎ』とは、ブレスレットが壊された際の『いつまで』の声も……入っていますか? アレは一体……」
「それも入っているんですが……。それは別に、自分のせいじゃないというか……いやでも、聞こえちゃったのは私のせいで……」


 ブレスレットが引き千切られた瞬間、店内に響き渡った「いつまで」というわめき声。幸い、白雪の刀剣男士が迎えに来たことで聞こえなくなった。
 あの気味の悪い声は、悪霊や人知の及ばぬ存在なのだろうか。それから自身を護る為のブレスレットだったのか。降谷の疑問に、白雪は丁寧に一つずつ答えていく。


「あの声の正体は、『以津真天』という怪鳥です」
「以津真天?」


 以津真天。顔が人間のようで、曲がった嘴(くちばし)に鋸(のこ)のような歯並び、身体は蛇のような化け鳥だ。
 『太平記』によれば建武元年(1334年)の秋、疫病が蔓延して病死者が多く出た頃、毎晩のように紫宸殿(ししんでん)の上に現れ、「いつまで、いつまで」と鳴いて都の人々を恐怖へ陥れた。戦乱や飢饉などで死んだ人の死体をそのまま放っておくと、この会長が死体の近くに止まり、「死体をいつまで放っておくのか」という意味で「いつまで、いつまで」と鳴き喚く。
 また、そういった死者の魂が化け鳥と化したものである……という通説が流れている。


「だから私が目撃したのは、基本的には戦国時代。江戸時代以降だと、せいぜい天明の大飢饉くらいしか視た事がなくて、戦後で視たのは初めてです」
「……その怪鳥が、キミに取り憑いていたのか?」
「いいえ。取り憑かれていたのは……メガネをかけた、江戸川くんと呼ばれた少年です」
「彼が⁉ 一体なぜ……」
「詳しい事は私には分かりません。現代で思い当たるのは、ペットのお世話を放ったらかして次々死なせた挙げ句、その辺に棄てたとか……?」
「それって虐待じゃん! 最低‼」
「動物愛護法違反だな……」
「乱ちゃん、風見さん。憶測でものを喋ってるから、事実じゃありません。だけど……あの子、最初は姿が見えないほど、生霊や悪霊に取り憑かれていた……」


 思い出したくもないのか、白雪の表情に雲がかかる。ぎゅっと己を抱きしめる白雪に、乱がそっと寄りかかる。その様子は、今にも消えてしまいそうな白雪を、乱がこの世に留めているようだった。


「嫌な事を思い出させてしまい、申し訳ありません」
「いえ……。随分とあの子と親しげだったので、伝えた方がいいかと思ったんです」
「あの子は……自分の正義を貫く為には、何を利用してもいい。正義の為なら暴走する危険性があると思う。そしてその危険は彼自身だけでは留まらない。いずれ周囲に及ぶよ。その覚悟が足りないのか、ただ単に考えなしに行動して、その自覚がないのか分からないけれどね。まあ、あるじさんはなるべく距離を置いているみたいだし、あまり関わるつもりはないみたいだけど……もしあるじさんに手を出そうものなら、僕たち刀剣男士は容赦しないよ」


 殺気を纏い、己の依り代を抜刀して、うっそりと微笑む乱。一見すれば可愛らしい子どものはずなのに、どうしてか背筋がぞくりと寒気が襲う。
 彼は、人知の及ばぬところの存在。神格が低くとも、分霊でも、神の一柱なのだ。
 降谷と風見は、彼の醸し出すその厳かな雰囲気に飲まれ、すっと背筋を伸ばす。


「あ……ブレスレットの説明がまだでしたね。あれは、私の神通力をコントロールする為の補助道具です。あの日はまだ本調子ではありませんでしたので、念のために装着していました。諸伏さんからお聞きになっていませんか?」
「……あぁ、聞いたさ」


 もちろん、親友から聞いていた。
 昔、惨殺された己の両親を口寄せしてもらい、家族最期の会話の機会を設けてもらった。その結果アクシデントがあり、白雪は一週間という長い間、昏睡状態に陥ったと。

 今日、降谷が彼女を呼んだのは、謝罪の為でもあるが……実際は、ずっと探しているとある女性を、口寄せしてもらうためだ。
 彼女に会うために警察へ入り、彼女の足取りを調べた。しかし、その頃には既に、夫と事故死していた。
 もしかしたら……霊能力者の白雪なら、もう一度会話できるかもしれない。降谷は今度こそ風見を退室させ、白雪に向き合った。

 白雪の深紅の瞳と、降谷の青色の瞳が交差する。
 降谷は赤色が嫌いだ。しかし、白雪の瞳は吸い込まれてしまいそうな、目を見ただけで魅了されてしまいそうな、魔力とも呼べる力を持っている。
 既に手遅れなのかもしれない。自嘲気味に笑うと、降谷は改めて依頼をした。


「……キミに、頼みがある。とある女性を口寄せして欲しい。もちろん無理にとは———」
「いいですよ」
「軽いな⁉」
「ただ、ここだと誰が来るか分かりませんし、お供え物が準備できませんね。宅配で頼むことも出来ますが、やはり場所を変えた方が……」
「お供え物」
「お勧めはカラオケボックスです」
「カラオケボックス」
「ファミレスでもいいのですが、個室がないので個人情報が……」
「ファミレス」


 お供え物の心配をされ、挙げ句の果てにカラオケボックスを提案されるとは思っていなかった降谷は、思わずずっこけそうになった。そこは普通、個室が用意できる飲食店———高級料亭とか、ホテルの一室———だろう。
 頭を抱える降谷に、男にしては小さく華奢な、それでいて武人らしい少年の手が添えられる。護衛として白雪が連れてきた、乱藤四郎の手だった。


「ごめんね、でもあるじさんにも考えがあると思うんだ。高級料亭だと、呼び出した人が萎縮して食べられないかもしれないし、カジュアルなお店で豪遊した方が、亡くなった人も気兼ねなく食べられるかも……っていう、あるじさんなりの配慮だよ」
「もちろんお話しされる方との関係値によりますから、別にご飯が食べられる場所なら、正直何処だっていいと思いますよ」
「そ、そういうことか……」
「ボクはディッパーダンのいちごクレープが食べたいな♡ あるじさんは?」
「……さ、サーティワンのホッピングシャワーが食べたいです……」
「ふ、はははっ! 任せてくれ、いくらでも買ってあげるよ」
「やったね! あるじさん、奢ってくれるって〜!」


 エレーナ先生の性格はどうだっただろう。高級料亭だとこんなに立派になって、とか言ってくれるのだろうか。
 降谷は個室のフレンチ(高級店)を早速予約し、パイプイスに腰を下ろした。
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