遺簪墜屨

 白雪の白磁の肌を、より一層際立たせるように、白い肌を飾るように。左手にはブレスレットが彩っている。今度はそちらに子どもたちの注目が向かったようで、ブレスレットを貸せと強請り始めた。


「わぁ、綺麗なブレスレット! お姉さん、そのブレスレット貸して!」
「いい加減にしなさいよ! 彼女が貴女たちに貸す理由なんてないでしょ⁉」
「けどよぉ灰原、気になるじゃねえか。ちょっとくらい見せてもらうだけで良いだろ」
「気になるからって自分の願いが何でも叶うと思ったら大間違いよ!」


 これ以上好奇の目に晒されるのはこちらとしても拒否したいし、ブレスレットも白雪にとって大切なものだ。勇気を振り絞り、やんわりと断りの文句を入れる。


「えっと……ごめんね、これは私にとってのお守りなの。それに……貰い物でもあるの。……壊れたりしたら……とても、嫌なんだ」 
「僕たち壊したりしないよ!」
「だから壊す可能性があるガキどもに貸すわけねーだろ」


 あまりに傍若無人な子どもたちを見かねてか、松田と萩原が助け船を出す。それでも子どもたちの要求は止まるどころか、ますますヒートアップする始末だ。


「何でだよ! 俺たち壊さねーし、貸してくれてもいーじゃんかよ!」
「僕にも見せてくださいよー!」
「歩美も見たい!」
「貴女たち本当にいい加減にしなさい! 知り合いでもない人にどうして自分勝手な我侭を聞いてもらえると思うの⁉」
「しかも貰い物で宝物だと明言してる装飾品だ。普通の感性なら貸せとは言わねーよ。もしお前らのせいで壊れでもしたら、どう責任取るんだクソガキども」
「じんぺーちゃん、もうちょっと言葉選び優しくしてやんなよ。相手はまだ常識知らずのお子ちゃまだから」



 店中の注目が集まるわ、以津真天も騒々しく鳴き散らかすわ。白雪のライフはもう0に近く、可能なら店から一刻も早く退店したかった。
 梓と安室は他の客の接客や、オーダーを通したりするのに忙しく、白雪たちに構ってばかりいられない。安室も注意したいのはやまやまだったが、女子高生に捕まって子どもたちの注意を促そうにも難しい。


「何だかアタシも、あのブレスレット気になってきた! だって白と黒のデザイン、なかなか見ないんだもの!」
「園子も?」
「って事は蘭も? ……それじゃ、私たちになら貸してくれるかも?」


 ブレスレット争奪(貸与)戦に保護者の女子高生参戦!
 本来ならば子どもたちを注意するはずの女子高生たちが、まさかそちらに加勢するとは思わず、これには白雪も霊視云々すっ飛ばして二度見した。
 親も親なら子どもも子ども、蛙の子は蛙。白雪は店内の喧噪から現実逃避するしか道はなかった。


「あの〜、実は私たちもブレスレットが気になって……。見せてくれませんか?」
「ハァ⁉」
「良かったら子どもたちにも見せてあげてほしいんです! 大丈夫ですよ、この子たちは少年探偵団っていって、色々と活動してるんです」
「他の子たちよりもしっかりしてるんですよ〜!」
「そういう事じゃあねーんだけどなァ……」


 あ。松田さんはブチギレ寸前だし、萩原さんも切れかけてる。以津真天なんてもうどうでも良い、アレの狙いは少年だから。
 今は彼らの怒りを何とか抑えねば。慌てて二人を宥めようにも、扱いがよく分かる安室は他のテーブルの接客に、梓は注文された料理を作るので手いっぱいだ。


「ねえお姉さん、どうしてこんなに頼んでるのに、貸してくれないの? ……もしかしてそのブレスレット、何か仕掛けでもあるの?」
「……ない、ないよ! 私の……大切なもの、だから……! 壊されたら、嫌なの……!」
「ケチケチすんなよな! 貸してくれよー‼」
「おいクソガキ! 今すぐ止めろや!」
「無闇に引っ張ったら引き千切れちゃうって‼」


 一番背の高い子どもがブレスレットを我武者羅に引っ張り、今にも千切れて弾けそうだ。しかも悪鬼のような少年に疑いの目を向けられ、白雪の目には涙が溜まり、今にも零れ落ちそうだ。
 松田と萩原が子どもを制止するが、手を上げるわけにはいかない。店内の客も一部始終をはらはらしつつ、関わりたくないと傍観していた。


「なあなあ、貸してくれよ!」
「止めて! お願い、引っ張らないで……!」
「小さい子がここまでお願いしてるんだから、貸してあげてもいいじゃないですか」
「そうよ! 貸してあげなさいよ!」
「元太くん、止めなさい‼ 蘭さんも園子さんも、助長させるようなこと言わないでちょうだい‼」
「お姉さんが貸してくれたら、壊れないよ?」
「江戸川くん! アナタ本当にいい加減にして‼」
「君たち、そこまでにしないか」


 遂に安室のストップが入るも、覆水盆に返らず。
 ブレスレットの紐は弾け飛び、宝珠が店中に散らばってしまった。その途端。


い つ ま で !
     い つ ま で !
  い つ ま で ‼


 怪鳥の不気味な鳴き声が店内に響き渡る。この中で視認できるのは白雪だけだが、声が聞こえるのは店の中の全員らしい。
 ラップ音もそこら中に鳴り、店内は一気にパニックに陥る。その最中、ひとりの来客が訪れた。
 そのあまりのうつくしさに、店が一瞬静まり返る。それほどまでに、男は玉貌の顔の持ち主だった。夜空を彷彿とさせる濡れ羽色の髪に、紺青の瞳が艶めかしい。よく見ると、その瞳の中は三日月が浮かんでいる。
 男が来客してから、怪鳥の喧しい鳴き声が、ラップ音が、鎮まる。まるで、男に恐れをなすように。
 すぐさま安室が接客に入るが、男は安室をまるでいないように扱い、白雪を宥めるように頭を撫でた。色々我慢していたのか、白雪の目から大量の涙が零れ出す。


「い、らっしゃいま、せ……」
「あぁ……俺の加護が解けてしまったと思えば、腕輪が壊れてしもうたか」
「うん……ごめんね、お爺ちゃん。せっかくプレゼントしてくれたのに」
「まぁ、形あるものはいつか壊れる、それが今日だっただけの話だ。致し方ない。だが、主が悲しむのは……それが、悲しい……」
「えっと、どうぞこちらへ。今お水を———」
「よい。俺は主を迎えに来ただけだ、主の食事代は支払おう」


 質のいい紺色の小袋を取り出すと、男は壱万円札をレジへ置く。釣り銭は不要だといわんばかりに、白雪を連れて店を出ようとした。
 ふと思い浮かんだように。振り向きざまに、メガネをかけた少年へ声をかける。


「……童(わっぱ)よ。ひとつ忠告しておこう。人の遺骸はお前の玩具ではない。いずれ大いなる報いを受けるだろう」
「⁉」
「邪魔したな」


 まるで台風のように去っていった男と、彼に連れられた白雪。
 あまりにも不審な彼らの言動は、少年の探求心に火をつけるには十分だった。
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