霊魂不滅
しんと静まり返る個室。ピークは過ぎたのか、外から漏れ聞こえてくるのは店員の声が多く、客らしき声は少ない。
しばらく静寂に包まれ、重苦しい空気が漂う。その中で口を開いたのは、白雪だった。
「……まずは、諸伏さんたちのお気持ちを聞いてからでも、遅くはないと思います」
「……そうだな。悪かった」
「いえ。勘助君も私たちのことを慮ってのことですから」
ひとまず一触即発の空気は消えたようだ。諸伏兄弟は似ている顔を見合わせ、どのようにしたいか話し合った。
「景光、お前はどうしたい」
「オレは……可能なら、父さんと母さんと、きちんと育ててくれたお礼を言いたい。別れの言葉を言いたい。兄さんは?」
「……私も同じ気持ちだよ」
結果はすぐに出た。同じタイミングで頷く諸伏兄弟の目はとても真剣で、あやふやな決心など虫けらのように押し潰す。
二人の覚悟が決まった顔に、白雪は軽く微笑んだ。まるで天使の如き微笑だが、それにはどこか儚げな雰囲気を纏っていた。
「……かしこまりました。ただひとつ、ご留意していただきたいのです。霊能力者にも得意不得意があって、私が出来るのは……亡くなったご両親が、隣に降りてきてもらうまで。自らの身体を明け渡すノウハウは持っていません」
「では……口寄せは難しいのですか? 会話を交わすのは……」
「お二人とご両親の間に、私が通訳となって橋渡しすることは可能です。多くの人が想像するイタコの口寄せのように、ご両親の御霊 が私の身体に乗り移り、私の口から喋らせるのは難しい……のですが、それでも良ければ」
「もちろんです。どうかお願いします」
「……おねがい、します」
深々と頭を下げる諸伏兄弟。正直死者の口寄せ———死口 ———は苦手な部類なのだが、やっぱり駄目ですと断ることなんて、心優しい白雪には無理だった。
精神を統一し、集中させ、上へ問い合わせる。諸伏兄弟のご両親が、隣に降りてきてもらうために。
「できる、できる、できる……できる。できる———」
壊れたラジオのように、ぶつぶつと「できる」と繰り返す白雪の目は、まるで生気を保っていない。完全に集中しているのか、俯いて表情も見えない。
白雪自身が持つそこはかとない神々しさと、何処か得も言われぬ不気味さが、彼女を包み込んでいた。
隣に、二人が降りてきた。諸伏兄弟のご両親だろう。早速声を掛ける。ちなみにこの会話は、生者である長野県警の面々には聞こえていない。
【……貴方たちが、諸伏さんのご両親ですか】
【そうだよ】
【お二人が最後に話をしたがっています。お時間を頂戴しても?】
【構わないさ】
「……お二人が、降りてきました」
すっと顔を上げ、諸伏兄弟に向き直る白雪。目には光が宿り、きちんと生者の顔をしている。
最初に声を掛けたのは、景光だった。……後悔の念を、謝罪の言葉を。あの時から抱いている懺悔を。言葉にしたら、もう止まらなかった。
「父さん、母さん。……本当にごめん。もしあの時、有里 ちゃんの異変に気付いていたら、有里ちゃんも手遅れにならずに済んだし、父さんも母さんも、死ななかった……‼」
「違う! それは景光のせいではないよ。父さんと母さんを殺したのは、外守 一 だ……‼」
「あっちょッ待って、駄目ですって……‼」
途端に焦り出す白雪。そして急に気を失い、上原刑事と大和警部が身体を支える。しかし、何事もなかったかのようにふ、と顔を上げた。
「景光。お前はまだそんな事考えていたの? 昔から色々抱え込みすぎなのよ。ちょっとは父さんみたいに他人のせいにしなきゃ、身体が壊れちゃうわよ! 現に心因性の失声症、この子に治してもらってるじゃないの‼
まあまあ母さん、その辺でね。景光は優しい性格だから、つい自分を追い詰めてしまうのは、お前が一番よく知っているだろう。だが……母さんの言う通り、少しは自分を労ってやれ。そのままじゃいつか身体が壊れちまうぞ。高明もだ。
犯人を追い詰めるのは良いけれど、だからと言って病院から脱走するんじゃないわよ! このお馬鹿! 死んでまで心配させないで‼」
白雪の口から出てきたのは、やや年老いた女声と、渋めの男声。
諸伏兄弟、そして上原刑事と大和警部は目を白黒させ、しばらくの間絶句していた。なぜなら、彼女の出した声は、両親のそれと瓜二つだったのだから。
白雪が聴いたこともないはずの、二人の声。それは親が吾子を見守るような、慈愛に満ちあふれたそれで。諸伏兄弟は思わず、両目から滂沱の涙が溢れ出す。
ひたすらずっと下を向いた白雪の、深紅の双眸は硬く閉ざされている。だがぺらぺらと喋るテンションは比較的明るい。
眠りの小五郎の推理ショーは事件の際に何度か見たことがあるが、まるでその時の彼を彷彿とさせた。彼は淡々と殺害トリックを語っていただけだが。
それから諸伏兄弟が両親へ感謝の言葉を告げ、家族での懐古談に花を咲かせ。同席していた大和警部に両親がお世話になっておりますと頭を下げた頃には、両親は言いたい事は全て語り切ったようだ。
「……ありきたりになっちゃうけれど、貴方たちの事、ちゃんと見守っているわ。二人だけの兄弟で、二人だけの家族なんだから、元気で仲良く過ごすのよ。高明も景光も、敢ちゃんや由衣ちゃんに迷惑かけないこと。お父さんからは何もないの?
大体、母さんが全部言ったからなあ……。あ、お盆の時期はわざわざ本物のじゃなくても構わないし、精霊棚も準備してくれなくていい。精霊馬さえあれば、気軽にそっちに行けるからさ。余裕があればビールを用意しておいてほしいくらいだな。あと忙しくても、墓参りしてくれよ。寂しいから。忘れるなよ!
最後の言葉がそれって、アンタねえ……」
「ふふっ……いえ、父さんらしいなと」
「……それじゃ最後に、お節介だと思うけど。どこで知り合ったのか詳しくは訊かないけれど……この子のこと、ちゃんと護ってあげなさい。色々苦労しているみたいよ。
小さい頃は座敷牢に閉じ込められて、助けられたと思ったら言葉に出来ないくらい酷い虐待に遭って……散々だなあ、この子。もし俺が生きてたら引き取ってやりたいくらい……えっ今は満足してるから放っておいて⁉ あっそもそも言っちゃ駄目だった⁉ そうだよな、プライベートにずかずか入り込んじゃ駄目だよなあ……。失言だった、すまん」
「え、あ、そんな……」
「申し訳ついでに言うとね、景光が突拍子もないこと言い出したものだから、思わずこの子に取り憑いちゃったんだけど……身体を明け渡すノウハウがないらしいから、しばらく昏睡状態に入るみたい。しばらく入院できる病院を手配してあげなさい」
「はぁっ⁉⁉⁉」
「もう出て行けってぽかぽか殴ってくるから、そろそろ上に上がるよ。この子本当に優しいんだなあ、その気になれば俺たちを無理やり弾き飛ばして粉々にできるのに、小さな子どもみたいに叩くだけだし。ちゃんと面倒見てやってな〜」
最後に爆弾発言をぶちまけ、諸伏兄弟の両親———正確には白雪———は、ふらりとバランスを崩してその場に倒れ込んだ。
名前を呼んでも、身体を揺り動かしても、白雪はぴくりともしない。そのまま救急車で運ばれ、目を覚ましたのは一週間後のことだった。
しばらく静寂に包まれ、重苦しい空気が漂う。その中で口を開いたのは、白雪だった。
「……まずは、諸伏さんたちのお気持ちを聞いてからでも、遅くはないと思います」
「……そうだな。悪かった」
「いえ。勘助君も私たちのことを慮ってのことですから」
ひとまず一触即発の空気は消えたようだ。諸伏兄弟は似ている顔を見合わせ、どのようにしたいか話し合った。
「景光、お前はどうしたい」
「オレは……可能なら、父さんと母さんと、きちんと育ててくれたお礼を言いたい。別れの言葉を言いたい。兄さんは?」
「……私も同じ気持ちだよ」
結果はすぐに出た。同じタイミングで頷く諸伏兄弟の目はとても真剣で、あやふやな決心など虫けらのように押し潰す。
二人の覚悟が決まった顔に、白雪は軽く微笑んだ。まるで天使の如き微笑だが、それにはどこか儚げな雰囲気を纏っていた。
「……かしこまりました。ただひとつ、ご留意していただきたいのです。霊能力者にも得意不得意があって、私が出来るのは……亡くなったご両親が、隣に降りてきてもらうまで。自らの身体を明け渡すノウハウは持っていません」
「では……口寄せは難しいのですか? 会話を交わすのは……」
「お二人とご両親の間に、私が通訳となって橋渡しすることは可能です。多くの人が想像するイタコの口寄せのように、ご両親の
「もちろんです。どうかお願いします」
「……おねがい、します」
深々と頭を下げる諸伏兄弟。正直死者の口寄せ———
精神を統一し、集中させ、上へ問い合わせる。諸伏兄弟のご両親が、隣に降りてきてもらうために。
「できる、できる、できる……できる。できる———」
壊れたラジオのように、ぶつぶつと「できる」と繰り返す白雪の目は、まるで生気を保っていない。完全に集中しているのか、俯いて表情も見えない。
白雪自身が持つそこはかとない神々しさと、何処か得も言われぬ不気味さが、彼女を包み込んでいた。
隣に、二人が降りてきた。諸伏兄弟のご両親だろう。早速声を掛ける。ちなみにこの会話は、生者である長野県警の面々には聞こえていない。
【……貴方たちが、諸伏さんのご両親ですか】
【そうだよ】
【お二人が最後に話をしたがっています。お時間を頂戴しても?】
【構わないさ】
「……お二人が、降りてきました」
すっと顔を上げ、諸伏兄弟に向き直る白雪。目には光が宿り、きちんと生者の顔をしている。
最初に声を掛けたのは、景光だった。……後悔の念を、謝罪の言葉を。あの時から抱いている懺悔を。言葉にしたら、もう止まらなかった。
「父さん、母さん。……本当にごめん。もしあの時、
「違う! それは景光のせいではないよ。父さんと母さんを殺したのは、
「あっちょッ待って、駄目ですって……‼」
途端に焦り出す白雪。そして急に気を失い、上原刑事と大和警部が身体を支える。しかし、何事もなかったかのようにふ、と顔を上げた。
「景光。お前はまだそんな事考えていたの? 昔から色々抱え込みすぎなのよ。ちょっとは父さんみたいに他人のせいにしなきゃ、身体が壊れちゃうわよ! 現に心因性の失声症、この子に治してもらってるじゃないの‼
まあまあ母さん、その辺でね。景光は優しい性格だから、つい自分を追い詰めてしまうのは、お前が一番よく知っているだろう。だが……母さんの言う通り、少しは自分を労ってやれ。そのままじゃいつか身体が壊れちまうぞ。高明もだ。
犯人を追い詰めるのは良いけれど、だからと言って病院から脱走するんじゃないわよ! このお馬鹿! 死んでまで心配させないで‼」
白雪の口から出てきたのは、やや年老いた女声と、渋めの男声。
諸伏兄弟、そして上原刑事と大和警部は目を白黒させ、しばらくの間絶句していた。なぜなら、彼女の出した声は、両親のそれと瓜二つだったのだから。
白雪が聴いたこともないはずの、二人の声。それは親が吾子を見守るような、慈愛に満ちあふれたそれで。諸伏兄弟は思わず、両目から滂沱の涙が溢れ出す。
ひたすらずっと下を向いた白雪の、深紅の双眸は硬く閉ざされている。だがぺらぺらと喋るテンションは比較的明るい。
眠りの小五郎の推理ショーは事件の際に何度か見たことがあるが、まるでその時の彼を彷彿とさせた。彼は淡々と殺害トリックを語っていただけだが。
それから諸伏兄弟が両親へ感謝の言葉を告げ、家族での懐古談に花を咲かせ。同席していた大和警部に両親がお世話になっておりますと頭を下げた頃には、両親は言いたい事は全て語り切ったようだ。
「……ありきたりになっちゃうけれど、貴方たちの事、ちゃんと見守っているわ。二人だけの兄弟で、二人だけの家族なんだから、元気で仲良く過ごすのよ。高明も景光も、敢ちゃんや由衣ちゃんに迷惑かけないこと。お父さんからは何もないの?
大体、母さんが全部言ったからなあ……。あ、お盆の時期はわざわざ本物のじゃなくても構わないし、精霊棚も準備してくれなくていい。精霊馬さえあれば、気軽にそっちに行けるからさ。余裕があればビールを用意しておいてほしいくらいだな。あと忙しくても、墓参りしてくれよ。寂しいから。忘れるなよ!
最後の言葉がそれって、アンタねえ……」
「ふふっ……いえ、父さんらしいなと」
「……それじゃ最後に、お節介だと思うけど。どこで知り合ったのか詳しくは訊かないけれど……この子のこと、ちゃんと護ってあげなさい。色々苦労しているみたいよ。
小さい頃は座敷牢に閉じ込められて、助けられたと思ったら言葉に出来ないくらい酷い虐待に遭って……散々だなあ、この子。もし俺が生きてたら引き取ってやりたいくらい……えっ今は満足してるから放っておいて⁉ あっそもそも言っちゃ駄目だった⁉ そうだよな、プライベートにずかずか入り込んじゃ駄目だよなあ……。失言だった、すまん」
「え、あ、そんな……」
「申し訳ついでに言うとね、景光が突拍子もないこと言い出したものだから、思わずこの子に取り憑いちゃったんだけど……身体を明け渡すノウハウがないらしいから、しばらく昏睡状態に入るみたい。しばらく入院できる病院を手配してあげなさい」
「はぁっ⁉⁉⁉」
「もう出て行けってぽかぽか殴ってくるから、そろそろ上に上がるよ。この子本当に優しいんだなあ、その気になれば俺たちを無理やり弾き飛ばして粉々にできるのに、小さな子どもみたいに叩くだけだし。ちゃんと面倒見てやってな〜」
最後に爆弾発言をぶちまけ、諸伏兄弟の両親———正確には白雪———は、ふらりとバランスを崩してその場に倒れ込んだ。
名前を呼んでも、身体を揺り動かしても、白雪はぴくりともしない。そのまま救急車で運ばれ、目を覚ましたのは一週間後のことだった。