霊魂不滅

 時間もそろそろお昼時。そろそろ昼食を摂る会社員で飲食店が混み合う頃。長野県警捜査一課の面々は白雪を連れ、外食へ連れ出した。
 どこも混雑しているが、幸いすぐに入れる定食屋があったので、そこで食事することになった。
 本来は職務中に一般人と食事を共にするのは、処分が下されるレベルの禁止行為なのだが、大和警部の「黙ってりゃバレねぇよ」の一言で相席となった。それでええんか長野県警。

 珍しく個室へ通され、白雪が防音の結界を幾重に張り重ねた。
 高明警部が白雪へ質疑を飛ばす。ただ白雪としても守秘義務があるので、軍事機密に触れない程度でしか答えられないのだが。


「子は怪力乱神を語らず、とは言いますが……。景光が巻き込まれた異界の件について、お伺いしたい。なぜ景光が巻き込まれたのか、あの忌み地はどうなったのか、禁足地と化した経緯など……お話しできる情報には限りがあるでしょうが、その範囲で構いません」
「かしこまりました。軍事機密に抵触しない範囲でお答えいたします。事件に巻き込まれた景光さんにも、知る権利がございますし、私も同じ立場だったら知りたいと思うから」
「お心遣い、誠にありがとうございます」
「では、口寄せしますね。彼から聞いた方が納得する場面も多いでしょうから」
「口寄せ」
「彼、って一体……?」


 長野県警捜査一課の面々の頭上に?が大量に浮かぶ中、白雪が祝詞のような、呪文のような文言を唱え、印契(いんげい)を結ぶと。ぽんっと煙が立ち昇り、中から子ぎつねが現れた。
 ちょこんとお行儀よくお座りしている子ぎつねは、あの本丸の———こんのすけ———管狐である。

 これには白雪以外の人間がたいそう驚愕した。「あ」と小さな声で驚く景光に、二度見三度見を繰り返す高明警部、金魚のように口をぱくぱくさせる大和警部、そして子どもの金切り声のような叫び声を上げる上原刑事。
 幸いにも情報漏洩防止のため、白雪が内密に様々な結界を幾重にも張り重ねた結果、他の客や店員たちに気付かれることはなかった。リスクヘッジ大事。


「そちらのお三方は初めまして! 私(ワタクシ)管狐のこんのすけと申します! 主に審神者様のサポートを執り行っております」
「喋った……! コイツ、喋るぞ‼」
「おや、わざわざご丁寧にご挨拶ありがとうございます」
「高明ビビらねえのか? 動物が流暢に喋ってんだぞ」
「景光の不調を手を当てただけで治癒した揚げ句、虚空から狐を召喚されてはこちらも納得せざるを得ません」
「それはそうね」
「この時点で驚いていたら、これから語られる神霊現象に付いていけなくなりますから」


 もうこれ以上驚くのは体力の無駄だ。これから白雪の口から語られる話も、景光の口から語られる話も、全部「お化けのせい」で納得しないと話が次に進まない。「そういうものだ」と納得してもらうしかないのだ。
 解明したい謎は山ほどある。早速高明警部が、白雪へ問い質した。


「……では、まず一つ目。今回、なぜ景光が巻き込まれてしまったのでしょうか。景光が選ばれた理由などは、あるのでしょうか」
「大変恐縮ですが、それについては分かりません。景光さんが巻き込まれてしまったのは偶然なのか、必然なのか……。こればかりは分かりようがないのです」


 弱り切ったように眉を寄せる白雪に、心苦しいと言いたげに落ち込んだ様子を見せる管狐。
 こればかりは原因を究明しようにも、景光を再度危険な目に遭わせる訳にはいかない。何より当該の本丸は封鎖措置を施したので検証のしようがないのだ。
 本当に分からない、不明だと拙いながらに伝えたら、今度は景光が筆談で質問を浴びせた。


「……結局あの本丸? はどうなったの?」
「二度と立ち入らぬよう、封印措置を施しました。全く別の人間が本丸を再起動させた場合、何かしら影響が出る可能性も否定できませんから」
「じゃあ、あの……這い蹲っていた、妖怪みたいなものは? あれの正体、白雪ちゃんはもう気付いているよね。それに退治できる実力があるのに、白雪ちゃんは退治しなかった。それはどうして?」
「あれは……審神者の呪詛の成れの果て。皆さまは、蠱毒(こどく)や巫蠱(ふこ)、金蚕(きんさん)蠱といった呪詛をご存知でしょうか」
「聞いた事があります。古代中国で使用された、動物を使う呪術であると。毒虫を同じ箱の中で争わせ、最後に生き残ったものを使った呪術……ということだけですが」


 合っていますか。その高明警部の問いに、白雪はこくりと頷いた。
 蠱毒の中で最も古い記述によれば「五月五日に百種の虫を集め、大きなものは蛇、小さなものは虱と、併せて器の中に置き、互いに喰らわせ、最後の一種に残ったものを留める。蛇であれば蛇蠱、虱であれば虱蠱である。これを行って人を殺す」といったものだ。
 また『医学綱目』巻二十五の記載によると、この毒を採取して飲食物に混ぜ、人に害を加えたり、思い通りに福を得たり、富貴を図ったりする。人がこの毒に当たると、症状はさまざまであるが、一定期間のうちにその人は大抵死ぬとされている。(Wikipediaより)


「基本的には呪詛返しで対応できるのですが……ただ、やはり呪術の中でも、巫蠱というのはとても強力なもの。結局返し切れず、現に景光さまの身体に不調として表れてしまった」
「オレを負傷させずに帰還させるのが最優先だったから、そちらを優先した……ってことだね」


 景光の顔に、哀しみ、切なさ、困惑に憐憫など……それらの感情がいっぺんに水煙のように広がって、彼の顔は一気に老け込んだように見えた。
 だが彼は、偶然巻き込まれただけの被害者なのだ。責められる要素がどこにあろうか。こんのすけと白雪が必死に宥めた。

 次に質問をぶつけたのは大和警部だ。オカルトなんて全く興味がなさそうな彼が疑を発すると思わなかった白雪とこんのすけは、虚を突かれたように、口と目を真ん丸に開けた。


「そもそも、なぜ本丸? 本陣? がよ、そんな禁足地になっちまったんだ?」
「え、えぇと……何かあったといえばあったのですが……」
「もしかして機密情報だったのかしら? 踏み込んだ質問しちゃってごめんなさいね」
「いえ、軍事機密というわけでは……ただ、その……人によってはご気分を悪くされてしまうかと」
「もったいぶらねえで早く言え。俺らもそれなりに修羅場超えてんだ、ちょっとやそっとじゃビビらねえよ」


 急かす大和警部に、白雪は淡々と答える。
 蠱毒は、決して毒虫に限定したものではない。確かに毒虫や蛇を使ったものが有名だが、犬や猫、そして人間にもその範囲は広がるのだ。
 あの審神者は、当初はまともな本丸の運営を続けていた。しかし、徐々に戦積は悪化。他の審神者と比較され、侮蔑の視線を感じ取った彼は、復讐を行う為に呪詛を始めた。
3/5ページ
スキ