霊魂不滅

 景光の首筋にそっと手を触れ、霊力を注ぎ込む。まるで喉からじんわりと懐炉(カイロ)や湯湯婆(ゆたんぽ)で暖められるかのような、心地よい感覚が、景光を包み込む。
 白雪が小さく頷き、景光の喉から手を放した。その時間、凡そ五分。


「……いかがでしょうか? お声、出してみてください」
「は……あ、あ〜〜〜、あ、れ? こえ……が、でる……」
「治った……⁉ あれだけ医者が匙投げてたのにか⁉」
「良かった! 時間が経つにつれ、もっとスッキリすると思いますよ。でも無茶はしないでくださいね」


 にこっと笑う白雪とは対照的に、長野県警の警官たちは、目の前で起こった奇跡に混乱する。景光はなぜか自慢げだ。


「白雪さん、本当にありがとうございます。景光の話を聞いたときは、正直半信半疑でしたが……天佑(てんゆう)神助(しんじょ)を目の当たりにしては、信じざるを得ませんね」
「……奇跡って、本当にあるのね」
「な、にいさん。いっただろ? しらゆきちゃん、すごいって」
「無茶は駄目ですってば。少なくとも今週は声を出しちゃ駄目ですよ、筆談で喋ってください」


 ドクター(霊能者)ストップをかけられ、素直に大人しく従う景光。スマホをフリック入力で素早く打ち込んだ文章には、感謝の言葉が綴られていた。
 感極まっていた高明が、涙声で謝辞を述べ、深々と頭を下げる。白雪は慌てて頭を上げるように言ったが、今度は懐から財布を取り出した。奇妙奇天烈な言動に白雪は目を白黒させているが、大暴走機関車高明はもう誰にも止められない。というか長野県警は誰も止める気すらない。


「改めてお礼を言わせてください。……弟を何度も助けていただき、本当に、ありがとうございました。治療費は———」
「無理です無理です結構です! こちらが好きでやったことですし、事件に巻き込んでしまったのはこちら側です! 受け取れる立場ではありません‼ 何なら大和警部の目も脚も治します‼」
「……俺の体も、治せんのか」
「あ、はい。視力が戻るかどうか分かりませんが……少なくとも痛みを感じることはなくなるかと」
「やってもらいなさいよ敢ちゃん! こんな機会滅多にないわ‼」


 興奮気味に上原刑事が大和警部に勧めるものの、大和警部はそこまで乗り気ではないようだ。
 しばらく考え込んだ大和警部は、熟考に熟考を重ねた上で、首を横に振った。


「……やっぱ、俺はいい。長い間この身体と付き合ってきたんだ、今更治す気にゃなれねえ。それに迫力が出るんだぜ? 情報聴き出すのに犯人から舐められちゃ困るからな。俺はこれでいいんだよ」
「敢ちゃん……」
「それが大和さんのご決断であれば、私に出来ることは何もありません。出過ぎた真似をして申し訳ございませんでした」
「いいよいいよ、謝んな。俺だってお前さんみてえな力があれば、同じことを申し出たさ」


 本当に勇気のある人は温和だ。
 眼の治療を断った大和警部に、何度も命の危機に立ち向かった景光。白雪の奇異な見た目も、彼女が霊験あらかたな力を持つ事実も、全て事実だとして受け止める上原刑事と高明たち。
 そしてその懐の深さを目の当たりにした白雪は、気付けばはらはらと涙を零していた。こんなに優しい人に恵まれていいのだろうかと。


「し……しらゆき、ちゃん」
「あ、あれ? ……私、どうして泣いてるんでしょう」
「千里の馬は常に有れども伯楽に有らず。……貴女の奇跡の力を認める人は、今までの貴女の人生において少なかった……異端視されたのかもしれません。ですが、その力で何度も私の弟を窮地から脱してくださったのは事実です。どうかその力に誇りを持ってください」
「……ありがとうございます。すみません、お見苦しいところをお見せして」
「いえいえ」


 目も顔も真っ赤に染まった白雪は、恥ずかしそうにハンカチで自分の顔を隠す。はにかむその様子は年相応の少女にしか見えず、数多くのテロリストを殲滅し、魑魅魍魎を浄霊してきた猛者とは到底思えない。
 上等の人形のような、何も知らない、神のような少女。真っ白な珠のような、この純粋さを保っていられるように。優しいままでいられるように。
 直接力になるのは難しいだろうが、遠くから見守る程度なら出来るだろう。長野県警にセコムが爆誕した瞬間だった。
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