霊魂不滅

 鶴丸による忌み地と化した本丸事件から数日後、白雪は東奔西走していた。犠牲者たちの身元確認、ご遺体の引き渡し、身元不明者の供養、本丸の封印措置、そして報告書の提出。
 最後まで諸伏が巻き込まれてしまった原因は分からずじまいだった。偶然波長が合ってしまって、たまたま巻き込まれてしまったとかだろう。恐らくきっと、多分。

 この件の報告書を政府へ提出しに、白雪は怪異案件の窓口へ刀剣男士を連れて赴く。するとすぐに、冷や汗をかいた役人が出迎えた。
 彼は時の政府の怪奇現象部署の所属であり、怪異や神隠しの事例に対応する役員で、浄霊部隊大隊長である白雪とは良く顔を合わせている。いわゆる顔なじみだ。


「じょ、浄霊連隊大隊長殿〜! 大変です〜‼ 以前の本丸忌み地化の件なんですけど……!」
「まさか、封印が解かれた……⁉」
「そちらではなく、巻き込まれた民間人からクレームが入りまして……現代に遠征し、大隊長殿直々に謝罪していただきたく……」
「あ、あ〜……。そっちね、了解」


 あの禁足地に不本意とは言えど足を踏み入れたのだ、身体的にも精神的にも、何かしら影響があってもおかしくはない。
 念のためお手製の御守りを渡しておいたものの、あの本丸の瘴気はかなり酷かった。時間が経過してから、体調に現れ始める症例も少なくはない。

 役員から時代と場所を聞き出し、謝罪の菓子折りを手に、転送装置(ゲート)へ向かう。もちろんきちんと謝罪用に準備したフォーマルスーツに着替えて。

*

 転送装置と現代の公共交通機関を駆使し、赴任したのは長野県長野市、長野県警本部庁舎。
 メモを携えながら、聳え立つビルをじっと見上げる。待ち合わせ場所が此処で合っているか確認しつつ、右往左往していると、頭上から渋くて美しい男の声がかけられた。


「どうかなさいましたか?」
「え、あ、はい……。その、ご迷惑を、おかけしたので……謝罪をしに……来たんです……。えっと、待ち合わせ場所が……こ、こちらとの、ことで……」


 立派な髭をたくわえた男性は、長野県警の警官だろうか。白雪は必死に「私怪しくありません」アピールをするも、その挙動不審さが仇となり、不審さがより際立つ。
 これでもかとビビり散らかしている白雪をじっと見詰めると、男性は「付いて来てください」と先導する。そして案内された先は、小さな会議室だった。
 見知った顔もいれば、全く知らない顔もいる。お団子へアが特徴的な柔和な顔立ちの女性、隻眼で強面の男性、そして先日の案件に巻き込まれた諸伏。
 それぞれの席の前には湯気が立つ緑茶が置かれており、白雪は若干の違和感を覚えるも、今回は謝罪の場だ。潔く、それでいて恭しく頭を下げた。


「この度は諸伏さまをこのような事案に巻き込んでしまい、誠に申し訳ありませんでした。原因の究明を急ぐと共に、再発防止の措置を———」
「お待ちください。どうやら貴女と私たちに、認識の齟齬があるようだ」
「そうそう。まあ座りな、お嬢ちゃん」


 話を整理すると、相手側から見た白雪はあの窮地を助けてくれた救世主、という扱いになっているようだ。正直白雪からしてみれば仕事の一環だし、そんな大層なものではないと否定したのだが。


「砲煙弾雨の激戦の最中(さなか)、破釜(はふ)沈船(ちんせん)の覚悟で力戦奮闘し、貴女はその身を挺してまで、弟を庇ってくださいました。それは紛れもなく事実です」
「いえ……もっと、私に実力があれば、このような事態は起こらなかったはずです。現に諸伏さまに恐ろしい思いをさせてしまって本当に情けなくて面目が立たないったら」
「大丈夫よ、落ち着いて! ね!」
「粗茶ですが宜しければ」


 ノンブレスで自責の念に駆られる白雪を落ち着かせようと、お団子ヘアの女性と髭をたくわえた男性が茶を勧める。
 言われるがまま緑茶を口に含んだが、白雪はかなりの猫舌のため、口内を少し火傷してしまった。女性が気を利かせて、すぐに冷水を差し出してくれたため、軽い火傷で済みそうだ。

 白雪が落ち着きを取り戻したところで、見知らぬ顔の人たちによる自己紹介タイムが始まった。


「では改めて。私は姓を諸伏、名を高明(たかあき)と申します。諸伏景光の兄です。先日は弟を窮地から救っていただき、誠にありがとうございました」
「俺は大和(やまと)敢助(かんすけ)。長野県警捜査一課所属の警部だ」
「私は上原(うえはら)由衣(ゆい)。長野県警捜査一課所属の刑事よ。大和警部は私の上司に当たるわ」
「……白雪、と申します。この度は———」
「貴女に謝罪してもらう為にお呼びしたのではありません」
「ちょっと高明くん!」


 高明警部が白雪の言葉をぴしゃりと遮り、上原刑事が高明を咎め、更に萎縮した白雪を大和警部がぶっきらぼうに宥める。
 しかし白雪も何度も百戦錬磨の激戦を潜り抜けてきた猛者だ。すぐに落ち着きを取り戻し、背筋を正して傾聴の姿勢を取る。

 高明曰く。先日の異界騒ぎに巻き込まれた景光は、それから声が出なくなってしまった。
 声が出なければ仕事もままならない為、長期休暇を取り、内科、耳鼻咽喉科、心療内科、そして脳神経外科。数多くの病院を尋ね、漢方や鍼灸を試しても効果が全く現れず。更に両親が殺害されたときの悪夢に嘖まれたりと、悪化の一途を辿っている。


「思案投首。最早為す術なし、と思われたのですが……景光が貴女の連絡先を持っていたことを思い出したのです。一樹の陰、一河(いちが)の流れも多生(たしょう)の縁。怪力乱神を持つ貴女なら、景光の症状も治せるのではないかと……」
「そういうことでしたら、全力を尽くします。諸伏さん……えっと、景光(かげみつ)さん」
「弟の名前は景光(ひろみつ)です」
「重ね重ね申し訳ございません景光(ひろみつ)さんお体触れてもよろしいでしょうか」


 申し訳なさのあまりほぼ半泣きになっている白雪に、苦笑いを浮かべて首を縦に振る景光。もうこれ以上責めないであげて、と仲裁する上原刑事。そしてこの状況を面倒そうに、他人事のように(実際他人事である)眺める大和警部。混沌(カオス)ここに極まれり。
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