鬼哭啾啾

 審神者がいつ攻撃を仕掛けてもおかしくはない。白雪は霊圧を更に強め、懐に収めていた霊符を取り出し、臨戦態勢に入る。
 満天の星空を彷彿とさせる真っ白な髪は、ふわふわと宙を浮き、霊符を挟んでいる白磁の指先からは、電流が迸るような、バチバチと乾いた音が鳴る。
 諸伏も白雪から渡された御守りで霊能力が上昇しているようだ。集中すれば視認できるほど、彼の周囲にはガチガチの結界が張り巡らされており、黒い靄や影を弾き飛ばし、浄化させていく。


「……浄霊連隊大隊長として、お前に引導を渡す。数多の命を玩んだその罪を、償いなさい」


 白雪が言い渡したのは、この本丸の審神者に向けた、死刑宣告だ。それを言い渡す彼女は何処までも冷徹で、まるで無表情の仮面を被っているようだ。
 審神者が太刀を鞘から抜いた。瘴気にまみれた刀身はどす黒く穢れ、所々刃毀れも確認できる。

 審神者の抜刀を合図に、熾烈な戦闘が幕を開ける。

 荒御魂に堕ちたといえど、刀剣男士の血肉を食べた恩恵は計り知れない。審神者による剣戟を、白雪が結界や霊符を使って防いでいるものの、なかなか反撃の糸口が見つからない。


「ふっ、ハハハッ! 知っているぞ、俺を簡単に殺せる呪殺の霊符があるって。それは使わんのか? 随分と見くびられたようだ、ナァ‼」


 獲物を変えた一太刀が、諸伏を襲う。しかしその紫電一閃は諸伏に届くことなく、前に躍り出た白雪の腕を斬りつけた。


「白雪ちゃん‼」


 刃物で切りつけられた裂傷からは、真っ赤な液体が流れ出し、彼女の腕をだらりだらりと伝っていく。まさか身を挺して庇われると思わなかった諸伏は、血色のすぐれない雪解けのような顔をした。


「し、白雪ちゃん……! 怪我……!」
「そぉら、目潰しだ!」
「あっ意外と大丈夫そう」


 ところがそれを白雪は逆手に取り、裂傷に手を当て己の神通力で瘴気を吹き飛ばす。べっとりと右手に付着した血を横に引き、飛んだ血で相手の視界を奪った。
 その一瞬の隙を見て、白雪が袂から薄紅の岩塩を投げつける。こっそりこの本丸から拝借したものだ。
 しかしそう易々と投石の餌食になるはずもなく。視界を奪われた状況でも、容易く一刀両断。だが岩塩は真っ二つに割れることなく、粉々に粉砕されて審神者の周囲に散らばった。


「ふん、この程度の礫で……俺を、どうにか出来ると思ったのヵ?  死ね……死ね死ねシねシネ‼‼ 消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろきえろきえろキエロキエロキエロォ‼‼‼‼」
「烈破‼」


 あらかじめ霊力を纏わせていた岩塩が、意志を持った羽虫のように審神者の身体にへばりつく。そして岩塩を通じて、一気に白雪の神通力を流し込んだ。
 荒御魂と化した審神者には、堪え難い激痛が体中を駆け巡る。既に人間としての生を終えていた身体は、遂に耐え切れず、爆発四散した。

 終始落ち着き、大人びた安定感を醸し出す白雪は、ぱんぱんと汚れを祓うように手を叩く。
 先ほどまで血で血を洗うような激戦が繰り広げられていたというのに、どこまでも冷静沈着な彼女は、何処までも立派な軍人だ。


「これでヨシ」
「これでヨシ⁉」
「元凶を始末し、忌み地と化した原因も判明したので、ひとまず解決でいいでしょう。あとは犠牲者たちの身元確認の上、ご家族のもとへお返しする作業と、本丸の浄化……は難しいので封印措置を施します。それより……諸伏さんを元の時代へ帰還させるのが最優先事項ですね」
「……本当に、返してくれるのか」
「言ったでしょう? 『刺し違えても貴方をお守りすると約束します』って」


 ふわりと、年相応の少女の微笑みを見せる白雪。背景が死体まみれの血みどろの光景でなかったとしたら、どんな男でも恋慕へ誘うだろう。それほどまでに可憐で、珠のようにうつくしい。

 諸伏を最奥部の時空間転送装置(ゲート)まで案内し、もといた時代の座標を入力すると、白雪は時空間転送装置(ゲート)の外へ出た。
 機械が作動する大きな音を合図に、諸伏は自分の身体が宙に浮かぶような錯覚を覚える。


「私はまだ、成すべきことが残っておりますので……一旦ここでお別れですね」
「……また、会えるかな」
「実を言うと、何度もお会いするのは推奨できかねます。事件が何度も起きたって、不幸が増えるだけ。事件も事故も、起きない方が良いに決まってるでしょ?」
「それもそう、だね……寂しいけれど」
「ただ、あの時連絡先を渡してしまったので……もし何かございましたら、ご一報ください。この度は関係のない貴方を巻き込んでしまい、誠に申し訳ございませんでした」


 時空間転送装置(ゲート)の音が更に大きくなり、段々と白雪の声が遠くなっていく。
 白雪が深々と頭を下げて見送る。今回の事件に巻き込んでしまった謝罪もあるのだろう。伏せてしまって顔を見ることは適わない。
 元の時代に戻る直前、諸伏の耳には、微かに彼女の声が届いた気がした。
 もう、二度と逢わんことを。
 諸伏の安寧を願い、諸伏を突き放す言葉だった。
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