鬼哭啾啾
一通り目を通した白雪は、ぱたん、と日記を綴じる。日記には何が書かれているのか諸伏は訊きたがっていたが、白雪が首を振った。
日記には、審神者として順調な日々を送っていた穏やかな日々が記されていた。しかし他の審神者に嫉妬し、段々と狂っていくさまであった。
狂気に満ち溢れたこの日記は、穢れを纏い呪具に変貌しかけている。そんなヤバい物を一般人に見せたら、恐らく見た人間も狂気の沙汰に堕ちていくだろう。到底無理だ。
審神者の心情変化もとい、発狂するまでのプロセスが判明したところで、実際の審神者の行動は不明なままだ。こればかりは当時現場にいたこんのすけに尋ねるしかない。
こんのすけも覚悟は出来ているようで、首を縦に振る。
「ある日を境に審神者さまは、壺に毒虫を集め始めました。それが段々犬や猫となり……」
「最終的には人間や刀剣男士になっちゃったわけか」
こんのすけの話を真剣に訊いていた諸伏の顔色は、正直あまり良いものとはいえない。ただでさえこの穢れだらけの忌み地で、正気を保てている方が珍しい方だ。隣に邪気清浄機の白雪がいなければ、あっという間に発狂していることだろう。
「諸伏さん、大丈夫じゃないですよね。一度休憩しましょ」
「いや……問題ないよ」
「プロの言うことは素直に聞くものですよ」
袂から小さな魔法瓶を取り出し、湯気を立てながら蓋に注ぎ入れる。
ほかほかの白湯を諸伏の手に握らせ、白雪の両手で包み込むと。神通力を微かに、ゆっくりと、諸伏の手を通じて注いでいく。
しばらくすると、諸伏の体調が落ち着いてきたようだ。顔色も若干悪いが、先ほどよりも大分まともになっており、再びこんのすけの話に耳を傾ける。
「すぐさま審神者さまのお部屋———いえ、執務室ではなく、離れの部屋です———には、数多くの、破壊された刀剣がございました」
「ごめん、ちょっと良い? ……離れの部屋は鍛刀部屋?」
「違います。自室と言いますか、別荘と言いましょうか……。プライベートルーム、と言えば伝わりますでしょうか」
己の脳内で組み立てた推理を、こんのすけの話で組み立て直したり、確信を持ち直す白雪。頭をフル回転させる彼女とは対照的に、置いてきぼりにされ、ぼんやりと考え込む白雪を眺める諸伏。
これでも刑事の端くれ、隠れ公安だ。普通の事件なら力になれるはずなのだが、今回ばかりは足手纏いでしかない。
しかもここ は瘴気溢れる忌み地と化しているため、白雪に体調を心配されながら、行動をしなければいけない。諸伏は口惜しさに、奥歯をぎりっと噛んだ。
それでも。こんのすけの話は続く。この本丸の重要な情報だから、一言一句聞き逃すわけにはいかなかった。
「本丸は瘴気によって、忌み地と化しました。更には何処からか人間を誘拐したり、怪訝な行動を取るように……」
「もう既に怪訝な言動は取ってるんだよな〜」
「……なあ、少し良いかな。連れて来られた人って……もしかして」
「恐らく、お亡くなりになってると思いますよ。放っていた式神が生者の反応を感知しないと言うことは、きっとそういうことでしょう」
いつの間に戻ってきた人型を、白雪はビリビリに破いた。所々黒く染まっているのは、邪気に触れた証拠だ。
白雪の中では、完全に持論の推理を確信に変えていた。ただ、それを口に出すかどうかは、全く別の話。
ただでさえ複雑怪奇な事件に巻き込まれてしまった諸伏の精神衛生を鑑みれば、この忌み地で口に出すのは憚れた。元の世界で、安全が確保されたときに、諸伏が知りたいと思ったのならば。その時に語ればいい。
「……諸伏さん、良いニュースと悪いニュースの二つがあります。どちらからお聞きになりますか?」
「そうだな、良いニュースで」
「時空間転送装置 の場所が判明しました」
「じゃあ……!」
「その場所が、恐らく審神者の本拠地です。戦闘は免れないかと」
「そう? 目的地がまとめて揃っているのは僥倖じゃない?」
にこっと笑う諸伏とは裏腹に、白雪の顔は苦悶の顔を浮かべている。いつもの美しい眼と唇は、定まらぬ考えを反映するように、ぼやけて見えた。
「……やはり、敵本陣へ乗り込むしかない、か」
「覚悟は出来ているよ」
「……背中は任せましたよ」
白雪はそれだけ告げると、踵を返してすたすたと歩みを進めていく。その方向は、敵本陣である離れの部屋だ。
白雪 がいれば、きっと大丈夫だ。必ず元の世界へ返してくれる。前も異界に匿ってくれたとき、ちゃんと怪我ひとつなく現世に戻してくれたうえ、もう会えないだろうと思っていたゼロに再会させてくれた。諸伏は勝利の確信を抱き、彼女の傍を離れることなく同行した。
日記には、審神者として順調な日々を送っていた穏やかな日々が記されていた。しかし他の審神者に嫉妬し、段々と狂っていくさまであった。
狂気に満ち溢れたこの日記は、穢れを纏い呪具に変貌しかけている。そんなヤバい物を一般人に見せたら、恐らく見た人間も狂気の沙汰に堕ちていくだろう。到底無理だ。
審神者の心情変化もとい、発狂するまでのプロセスが判明したところで、実際の審神者の行動は不明なままだ。こればかりは当時現場にいたこんのすけに尋ねるしかない。
こんのすけも覚悟は出来ているようで、首を縦に振る。
「ある日を境に審神者さまは、壺に毒虫を集め始めました。それが段々犬や猫となり……」
「最終的には人間や刀剣男士になっちゃったわけか」
こんのすけの話を真剣に訊いていた諸伏の顔色は、正直あまり良いものとはいえない。ただでさえこの穢れだらけの忌み地で、正気を保てている方が珍しい方だ。隣に邪気清浄機の白雪がいなければ、あっという間に発狂していることだろう。
「諸伏さん、大丈夫じゃないですよね。一度休憩しましょ」
「いや……問題ないよ」
「プロの言うことは素直に聞くものですよ」
袂から小さな魔法瓶を取り出し、湯気を立てながら蓋に注ぎ入れる。
ほかほかの白湯を諸伏の手に握らせ、白雪の両手で包み込むと。神通力を微かに、ゆっくりと、諸伏の手を通じて注いでいく。
しばらくすると、諸伏の体調が落ち着いてきたようだ。顔色も若干悪いが、先ほどよりも大分まともになっており、再びこんのすけの話に耳を傾ける。
「すぐさま審神者さまのお部屋———いえ、執務室ではなく、離れの部屋です———には、数多くの、破壊された刀剣がございました」
「ごめん、ちょっと良い? ……離れの部屋は鍛刀部屋?」
「違います。自室と言いますか、別荘と言いましょうか……。プライベートルーム、と言えば伝わりますでしょうか」
己の脳内で組み立てた推理を、こんのすけの話で組み立て直したり、確信を持ち直す白雪。頭をフル回転させる彼女とは対照的に、置いてきぼりにされ、ぼんやりと考え込む白雪を眺める諸伏。
これでも刑事の端くれ、隠れ公安だ。普通の事件なら力になれるはずなのだが、今回ばかりは足手纏いでしかない。
しかも
それでも。こんのすけの話は続く。この本丸の重要な情報だから、一言一句聞き逃すわけにはいかなかった。
「本丸は瘴気によって、忌み地と化しました。更には何処からか人間を誘拐したり、怪訝な行動を取るように……」
「もう既に怪訝な言動は取ってるんだよな〜」
「……なあ、少し良いかな。連れて来られた人って……もしかして」
「恐らく、お亡くなりになってると思いますよ。放っていた式神が生者の反応を感知しないと言うことは、きっとそういうことでしょう」
いつの間に戻ってきた人型を、白雪はビリビリに破いた。所々黒く染まっているのは、邪気に触れた証拠だ。
白雪の中では、完全に持論の推理を確信に変えていた。ただ、それを口に出すかどうかは、全く別の話。
ただでさえ複雑怪奇な事件に巻き込まれてしまった諸伏の精神衛生を鑑みれば、この忌み地で口に出すのは憚れた。元の世界で、安全が確保されたときに、諸伏が知りたいと思ったのならば。その時に語ればいい。
「……諸伏さん、良いニュースと悪いニュースの二つがあります。どちらからお聞きになりますか?」
「そうだな、良いニュースで」
「
「じゃあ……!」
「その場所が、恐らく審神者の本拠地です。戦闘は免れないかと」
「そう? 目的地がまとめて揃っているのは僥倖じゃない?」
にこっと笑う諸伏とは裏腹に、白雪の顔は苦悶の顔を浮かべている。いつもの美しい眼と唇は、定まらぬ考えを反映するように、ぼやけて見えた。
「……やはり、敵本陣へ乗り込むしかない、か」
「覚悟は出来ているよ」
「……背中は任せましたよ」
白雪はそれだけ告げると、踵を返してすたすたと歩みを進めていく。その方向は、敵本陣である離れの部屋だ。