鬼哭啾啾
煙のように消えてしまい、ただの鉄屑と化してしまった三日月宗近。
他の方法があれば、自分に力があれば。彼のことを救えたのではないか。諸伏は拳をぎゅっと握りしめ、悔しさを顕にする。
そんな諸伏の背中を、白雪の小さな手のひらが、さすさす、と往復した。手に神通力を込めているのか、ふわふわと暖かな感触が心を落ち着かせる。
「……諸伏さん。これで、良かったんです。刀剣男士たちは本霊からお力を頂き、分霊として各々の審神者のもとで顕現しています。本来ならば刀解処分……元の刀剣へ戻す作業を経て、本霊へ戻れるのですが、もし祟神に堕ちてしまえば、本霊に戻ることもできず……永遠に彷徨うことになる。三日月さまは“刀剣男士として”生き、“刀剣男士として”死にたかった。だから、これで良かったんです」
「……そう、なのか」
「……この本丸のこんのすけを起動させますね。手掛かりが掴めるかもしれない」
ぐったりと横たわり、目を閉じる一匹の管狐。特徴的な隈取りが施されているが、毛並みもボサボサで、長期間まともに動作できなかったことが伺える。
白雪は綿屑のようにころがる死骸の胴体を数回撫で、冷えきって硬直した身体に触れる。そして何の躊躇も戸惑いもなく、渡されたこんのすけへ霊力を注ぎ込んだ。淡い光がこんのすけへと吸い込まれていくその光景は、どこか幻想的だ。
無事再起動が成功したらしく、バックアップ復元中の音声が流れた。
すると子ぎつねは目を覚まし、ぱちくりと瞬きをひとつすると、ちょこんとお行儀よくお座りした。
「私 、絡繰式神の『こんのすけ』にございます。この本丸のサポート役として政府から派遣されましたが……本丸はこのような穢れの溜まり場、忌み地と化してしまいまして……」
「それはもう実感しています。なぜこのようなことに? 審神者はどこ?」
「ちょっと、落ち着いて……!」
矢継ぎ早にこんのすけを問い質す白雪を、冷静さを取り戻した諸伏が宥める。白雪の逸る気持ちも分からんでもないが、ここで情報を取り逃がしては大きな損失になると、諸伏は今までの経験上、十二分に把握していた。
「私は機能を停止しても、監視機能だけは動作させておきました。この本丸の状況は記録しております。なので……どうか! どうか彼の方をお救いください……!」
「こんのすけ。見たら分かると思うが、私の隣にいるのは巻き込まれてしまった民間人だ。勝利の定義を、彼の帰還とする」
こんのすけの懇願を一蹴し、白雪はこんのすけを獲物を狙う猛禽類の如き眼差しで見詰める。
あの何もかもが恐ろしいと怯えてばかりの、挙動不審な彼女はどこにもない。ここに居るのは、どこまでも冷徹な軍人だ。
「ええ、それは重々承知の上でお話ししております。浄霊連隊大隊長殿」
「大隊長殿ぉ⁉」
「諸伏さん、ちょっと黙っててください」
「ご、ごめん……」
威厳に満ち溢れる喋り方、剛毅果断な立ち居振る舞い。そこにいるのは、百戦錬磨の戦積を誇る将軍で。彼女の放つ威圧感は、どんなに屈強な男でも従えてしまうような、どんなに悪事を働いた極悪人でも屈服するようなそれだった。
それでもこんのすけは、目前の悪魔に脅えながらも食らいつく。これ以上の犠牲者を出さぬよう、これ以上の咎を重ねないように。
「もちろんです。大隊長殿の目的もとい最優先事項は、この本丸からの脱出もとい浄化であること。これは共通の認識としております。事実、大隊長殿のような浄霊部隊隊員ではなく、貴方のような一般人を巻き込んだ時点で、この本丸の主人であった審神者さまも同罪です。審神者様は既に相応の罰を下されております」
「……既に、ってことは……その、審神者さんは……」
「恐らくとうに死んでいますね」
全く隠す気のない白雪の物言いに、諸伏はぎょっとした目で彼女を見詰めた。それでも悪気も同情も一切合切していないようで、いつも通り飄々としている。
こんのすけは、一冊の本を白雪へ手渡した。複数枚の和紙を紐で綴った本は、所々赤黒い染みが滲んでいた。
「お答えする前に、こちらをお読みになってください。大隊長殿の求める答えが書かれているとは限りませんが……」
「これは……審神者の日記か。こんな穢れまみれなモノ、良く持っていられたね。使いようによっては呪物として扱えるじゃん、後でお焚き上げだ」
「この異変が起きた後、私が機能停止する直前に見つけたものでございます。私もこちらを見るまで、なぜこのような異変が起きたのか分かりませぬが、失礼ながらこの日記を拝読し、ようやく此度の全容を把握致しました。こちらを一読してください」
こんのすけに指示されるがまま、白雪が日記の解読を進めていく。穢れが溜まり、呪具と化している可能性も否定できなかったので、諸伏には一切合切視界に入れることを禁じつつ、ぱらぱらとページを捲り、文字を目で追った。
他の方法があれば、自分に力があれば。彼のことを救えたのではないか。諸伏は拳をぎゅっと握りしめ、悔しさを顕にする。
そんな諸伏の背中を、白雪の小さな手のひらが、さすさす、と往復した。手に神通力を込めているのか、ふわふわと暖かな感触が心を落ち着かせる。
「……諸伏さん。これで、良かったんです。刀剣男士たちは本霊からお力を頂き、分霊として各々の審神者のもとで顕現しています。本来ならば刀解処分……元の刀剣へ戻す作業を経て、本霊へ戻れるのですが、もし祟神に堕ちてしまえば、本霊に戻ることもできず……永遠に彷徨うことになる。三日月さまは“刀剣男士として”生き、“刀剣男士として”死にたかった。だから、これで良かったんです」
「……そう、なのか」
「……この本丸のこんのすけを起動させますね。手掛かりが掴めるかもしれない」
ぐったりと横たわり、目を閉じる一匹の管狐。特徴的な隈取りが施されているが、毛並みもボサボサで、長期間まともに動作できなかったことが伺える。
白雪は綿屑のようにころがる死骸の胴体を数回撫で、冷えきって硬直した身体に触れる。そして何の躊躇も戸惑いもなく、渡されたこんのすけへ霊力を注ぎ込んだ。淡い光がこんのすけへと吸い込まれていくその光景は、どこか幻想的だ。
無事再起動が成功したらしく、バックアップ復元中の音声が流れた。
すると子ぎつねは目を覚まし、ぱちくりと瞬きをひとつすると、ちょこんとお行儀よくお座りした。
「
「それはもう実感しています。なぜこのようなことに? 審神者はどこ?」
「ちょっと、落ち着いて……!」
矢継ぎ早にこんのすけを問い質す白雪を、冷静さを取り戻した諸伏が宥める。白雪の逸る気持ちも分からんでもないが、ここで情報を取り逃がしては大きな損失になると、諸伏は今までの経験上、十二分に把握していた。
「私は機能を停止しても、監視機能だけは動作させておきました。この本丸の状況は記録しております。なので……どうか! どうか彼の方をお救いください……!」
「こんのすけ。見たら分かると思うが、私の隣にいるのは巻き込まれてしまった民間人だ。勝利の定義を、彼の帰還とする」
こんのすけの懇願を一蹴し、白雪はこんのすけを獲物を狙う猛禽類の如き眼差しで見詰める。
あの何もかもが恐ろしいと怯えてばかりの、挙動不審な彼女はどこにもない。ここに居るのは、どこまでも冷徹な軍人だ。
「ええ、それは重々承知の上でお話ししております。浄霊連隊大隊長殿」
「大隊長殿ぉ⁉」
「諸伏さん、ちょっと黙っててください」
「ご、ごめん……」
威厳に満ち溢れる喋り方、剛毅果断な立ち居振る舞い。そこにいるのは、百戦錬磨の戦積を誇る将軍で。彼女の放つ威圧感は、どんなに屈強な男でも従えてしまうような、どんなに悪事を働いた極悪人でも屈服するようなそれだった。
それでもこんのすけは、目前の悪魔に脅えながらも食らいつく。これ以上の犠牲者を出さぬよう、これ以上の咎を重ねないように。
「もちろんです。大隊長殿の目的もとい最優先事項は、この本丸からの脱出もとい浄化であること。これは共通の認識としております。事実、大隊長殿のような浄霊部隊隊員ではなく、貴方のような一般人を巻き込んだ時点で、この本丸の主人であった審神者さまも同罪です。審神者様は既に相応の罰を下されております」
「……既に、ってことは……その、審神者さんは……」
「恐らくとうに死んでいますね」
全く隠す気のない白雪の物言いに、諸伏はぎょっとした目で彼女を見詰めた。それでも悪気も同情も一切合切していないようで、いつも通り飄々としている。
こんのすけは、一冊の本を白雪へ手渡した。複数枚の和紙を紐で綴った本は、所々赤黒い染みが滲んでいた。
「お答えする前に、こちらをお読みになってください。大隊長殿の求める答えが書かれているとは限りませんが……」
「これは……審神者の日記か。こんな穢れまみれなモノ、良く持っていられたね。使いようによっては呪物として扱えるじゃん、後でお焚き上げだ」
「この異変が起きた後、私が機能停止する直前に見つけたものでございます。私もこちらを見るまで、なぜこのような異変が起きたのか分かりませぬが、失礼ながらこの日記を拝読し、ようやく此度の全容を把握致しました。こちらを一読してください」
こんのすけに指示されるがまま、白雪が日記の解読を進めていく。穢れが溜まり、呪具と化している可能性も否定できなかったので、諸伏には一切合切視界に入れることを禁じつつ、ぱらぱらとページを捲り、文字を目で追った。