鬼哭啾啾

 炒飯本丸大脱走事件から翌日、白雪は時の政府の施設へ赴いていた。
 別に炒飯の件でお咎めを受けるわけではない。人間はある程度、帰省や健康診断などの理由を含め、定期的に現世へ帰還することが命じられている。
 しかし、刀剣男士となれば話は別。
 刀剣男士が審神者の、そして時の政府の許可なく現世へ向かった場合、どのような理由があっても「私兵の乱用」と見なされ、監督不行届きのレッテルを貼られるのだ。
 それが、たとえ「主へのプレゼントを購入する」というほのぼのとした理由であったとしても。

 ———そんなわけで、かれこれ数時間、白雪は上層部からお叱りを受けているのである。


「この度は、申し訳ありませんでした。こちらの監督不行届きです。……処罰も覚悟しております」
「……そうか。ならば、この本丸へ向かってもらう」


 上層部の男が手渡したのは、A4のコピー用紙が綴じられた一冊の書類。許可を得て中を捲ると、先日音信不通になった審神者の詳細が書かれていた。


「ここ最近、過去、現代、未来から数多くの人間が失踪している」
「僭越ながら申し上げますと、共通性が感じられません。審神者の適性もまちまちのようですが……」
「被害者は全員、それなりに霊力を持っていた。霊力が潤沢であっても、審神者の適性があるとは限らん。恐らくこの本丸が関わっていると見ていいだろう。本丸内には呪詛が蔓延している可能性も高い」
「つまり、私が生身でその本丸を調査しろと」
「お前の鶴丸の軍規違反に目を瞑ってやる。それなら安いものだろう」
「……かしこまりました。ご期待に沿える戦果を上げて見せましょう」


 上層部の命令に、NOはない。
 白雪は指示書を受け取ると、着々と、淡々と。それでいて、悟られることのないよう、ただ静かに。単騎出陣の準備を進める。

 そして、作戦決行日当日。
 資料に記載されている本丸のIDを時空間転送装置(ゲート)に打ち込み、たった一人で、ひっそりと、呪われた本丸へ足を踏み入れたのだった。

 白雪が目を覚ましたのは、本丸の大広間だった。屏風にはキキョウの花が描かれており、備前の国のサーバーだと伺える。
 早速探索しようと、数枚の人型を宙へ放つ。それらは怪異に気付かれることのないように、特殊な術式を書いており、息を吹きかけることで術者の思うがままに操れる。
 そして今度はこの部屋の内部を探索しようと、振り返ったその時。見覚えのある男が、うつ伏せで倒れていた。
 コンマ数秒で防音の札を貼り、慌てて屈強な身体を揺り動かす。意識を失っているだけのようで、必死に声をかけ続けた。


「———さん、諸伏さん!」
「……白雪、ちゃん?」
「そうです、白雪です。ご自分のお名前、分かりますか」
「オレは……諸伏(もろふし)景光(ひろみつ)。長野県警捜査一課強行犯係所属の、警察官だ……」
「よかった、意識はあるようですね。この指、何本に見えますか」
「一本……」
「視界も正常、と……。ここに来るまでの記憶は?」
「……あれ? オレ、どうしてこんな場所に来たんだっけ……? ごめん、思い出せそうにない」


 首をふるふると横に振り、頭を抱える諸伏。しかし身体に怪我はなく、命に別状がないだけでもありがたい。
 白雪は政府からの資料とお手製の御守りを手渡しつつ、簡単に現状を報告すると、諸伏は顔を顰めた。彼を安心させるように、白雪は許可を得てから、大きな背中を軽くさする。


「ご安心を。私が貴方をきちんと現世へ送り届けます。たとえ刺し違えたとしても、貴方をお守りすると約束します」
「そ、そんな事言わないでくれ! 君はまだ———」
「僭越ながら申し上げますと、今回の事例において、貴方は素人同然だ。対してこちらはノウハウを積み重ねてきた玄人です」
「……そう、だね。今回は足手まといになっちゃうかも。ごめんね」
「そ、れは……」


 諸伏の問いに、白雪はただ、頷くことも、否定の意を示すこともなく、ただひたすらに、沈黙を貫く。しかしそれが肯定の意を示すことを、諸伏はよく分かっていた。
 白雪は、相手を思い遣れるとても優しい子。だから、ばっさりと斬り捨てるような言い方はできないのだと考え、諸伏はそっと白髪の頭を撫でた。
 白雪自身も、さぞ恐ろしい思いをしていることだろう。しかし責任感の強い彼女は、諸伏が必要以上に恐怖を感じないように振る舞っている。凛とした、それでいて典雅な振舞いは、何処までも軍人だった。

 しばらく沈黙が続く中、白雪は一つの提案を出した。微弱の霊力を諸伏へ流し、“視えない”モノを強制的に“視える”ようにするのだ。


「……ただでさえ強烈な鉄の匂いに、気が滅入ってらっしゃるかとは思います。だけど、より“視える”感覚を強めることで、生存率を上げられる可能性がありますが……あまりお勧めしません」
「……その方法は?」
「視えないものが視えるように、貴方に霊力を注ぎ込む方法です。ただ、かなり刺激が強いので……あまり推奨しませんよ」
「なるほどね。オレも警察官だ。死体の一つや二つ、どうってことないよ」


 白雪は諸伏の手を取ると、戸惑い混じりに、霊力を流していく。
 小さな白磁の手から、諸伏のゴツゴツした手を経由して、じわりじわりと心地よい暖かさに包み込まれる。
 思わず諸伏は一瞬眠気に襲われた。いけないと思い、首を振って目を擦る。すると、先ほどの情景とは打って変わって、辺り一面に血痕がぶち撒けられていた。周囲からも鉄の匂いが立ち篭めて、生の匂いが掻き消されてしまっている。


「〜〜〜〜〜〜〜ッ‼‼」


 諸伏の脳裏に過ったのは、両親が惨殺された時の光景だった。一面真っ赤に染まり、鉄の匂いが立ち篭めた部屋。そして力尽きた両親。
 思わず悲鳴が零れそうになったのを、白雪の小さな手が咄嗟に塞ぐ。そしてそのまま、流れるように諸伏の頭を白雪の胸で押さえ込んだ。
 どく、どく。肉越しに伝わる体温と、心臓の音。この子はまだ、いきている。
 落ち着いた諸伏は我に返ると、小さな身体を引っぺがした。


「……ありがとう! も、もう大丈夫だから‼」
「そうですか。……ごめんなさい、気分の良くないものをお視せしてしまって」
「オレが決めたことだ、謝らないでくれ。……視えた方が、生存率が上がるんだろう?」
「はい。では、探索と相成りましょうか」


 静かに障子を開けると、庭を目視で確認する。しかし庭の土はヘドロのようにどす黒く、庭と部屋を隔てる廊下も、血痕で汚れていた。
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