序幕

 仕事が一段落終えた白雪は、ぐぐっと伸びをひとつした。ずっと同じ姿勢で書類仕事に携わっていたためか、ボキボキと背骨が音を鳴らす。
 そして彼女の脳裏を過ったのは、ぱらぱらに炒められた街中華の炒飯だった。
 自分で作る炒飯も、冷凍の炒飯もそれはそれで味があって美味しい。しかし今彼女が欲しているのは、高火力でぱらぱらに仕上げられた、ごま油香る街中華の炒飯なのだ。

 もう舌は街中華の炒飯を欲している。思い立ったら吉日。
 白雪は刀剣男士たちへ書き置きを残すと、巫女装束からパーカーに着替えたら、ショートパンツとタイツを合わせ、キャップを被ってサングラスを装着。仕上げに黒のスニーカーを履けば現世出張ファッションの完成だ。
 準備が済んだら、あとは現世へ飛び出すだけ。いざ街中華!
 適当に座標を入力し、白雪は現世へ降り立った。

 彼女が降り立った時間帯は、ネオン輝く夜だった。
 ビール片手に餃子を嗜む飲ん兵衛も多いだろう。餃子が美味しいなら、炒飯も美味しいはず。
 期待を胸に美味しいお店をスマホをたぷたぷ操作し店を検索していると、いきなり腕を鷲掴みにされた。


「ぃよっしゃ捕まえたァ!」
「⁉」


 突然のことに目を白黒させる白雪。振り払おうにも掴む力が強すぎて逃げられない。
 まさか刀剣男士が追いかけてきたのだろうか。でも仕事は終わっているし、書き置きも残している。
 顔を見上げれば、刀剣男士たちに勝るとも劣らない顔立ちの美丈夫だった。しかし直接的な面識(・・・・・・)はない。
 困惑が伝わったのか、美丈夫の男性が身分証を呈示する。男の警察手帳には警視庁爆発物処理班所属、萩原(はぎわら)研二(けんじ)と書かれていた。


「そんなに警戒しないでよ! 大丈夫だって、お兄さんお巡りさんだから。ほら、警察手帳」
「……え? 職質です、か……? 不審者の通報があったとか……」
「違うよ。俺非番だしね」
「何してんだ萩(ハギ)」
「じんぺーちゃん、この子だって! 俺たちを助けてくれたの‼」


 お前のようなチャラ男が警察官でたまるか。
 内心白雪が毒突いていると、知り合いだろうか。じんぺーちゃんと呼ばれたサングラスに天パーが特徴的な男が呆れたように声をかける。


「……えっと、僭越ながら申し上げます。残念ですが……私は貴方方と、お会いした、記憶が、なくて……恐らく、人違いかと……」
「あ゙?」
「ヒェ……ナンデモゴザイマセン」
「まあまあじんぺーちゃん、そんなカッカしないの! めちゃめちゃ怖がってんじゃんカワイソー」
「はぁ? 別に怖がってなんかねえだろ!」
「ヒェ……モウシワケゴザイマセン」
「まあまあ、ここで話をするのも何だしさ。ちょっとお兄さんと付き合ってよ!」


 逃げられないと悟った白雪は、男たちの成すがままに連行される。
 ちなみに身長差も相まって、その様子はまさに連行される宇宙人のそれだった。


「はい到着〜! ここのコーヒー美味しいんだよね」


 連れて行かれた先は、喫茶店だった。恐らくそろそろ店じまいなのだろう、生きている(・・・・・)客足はない。
 男たちは勝手知ったる店と言わんばかりに、案内される前にテーブル席に腰を下ろした。ちゃっかり逃がさないようにソファの真ん中を白雪に座らせ、その両隣に座っている。


「困りますねえ萩原さん。今閉店三十分前なんですよ」
「まあそう怒んないでよ、安室(あむろ)ちゃん! 俺たちの仲だろ〜」


 金髪碧眼、そして褐色肌の店員がハギぃ‼ と怒号を浴びせるが、男たちは全く気にする素振りを見せず、ブラックのホットコーヒーを注文する。
 白雪は正直なところコーヒーは苦手な部類に入る。カフェオレならまだ飲めるものの、完全なブラックとなると独特な苦味がどうにも慣れない。
 しかしここで同じものを頼まなければ、安室と呼ばれた店員の迷惑になるだろう。どうせ逃げられはしないのだと腹を括った白雪は、同じくホットコーヒーのブラックを注文した。


「えっと……お兄さんは、お巡りさんの……お兄さんの……お知り合い、ですか」
「あぁ、そうだ。萩と同じくお巡りさん。ほら警察手帳」


 呈示された手帳には、松田(まつだ)陣平(じんぺい)と記載されている。
 白雪はてっきり、松田の態度の悪さにチンピラと勘違いしていた。だが、二人は本当に警視庁所属の警官らしい。


「おい松田、萩原。お前ら急に呼び出すんじゃねえよ……。俺これから夜勤なんだぞ」
「オレなんて長野から来たんだけど⁉ 明日も非番だし別に良いけどさ……」


 いつの間に萩原が連絡したのか、知り合いらしき男性が二人も来店した。もちろん白雪の脳内に邂逅した記憶なんてない。
 一人は大太刀や薙刀の刀剣男士のように背が高く、もう一人は顎髭が特徴的な男性だった。
 男二人は白雪の様子を気に留めることなく、同じものを注文する。


「……えっと、その……お兄さんたちも……お巡りさん、でしょうか……?」
「え? 萩原から何も訊いていないのか?」
「いえ……何も、聞いてない、です……」


 白雪が首を横に振ると、背の大きい男が頭を抱え、顎髭をたくわえた男が苦笑いを零した。
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