第18話
幸いデントがタウンマップで検索したところ、ポケモンセンター兼人間の病院が見つかった。両方の医療機関を兼任している施設は街から離れている場所ではよくあるらしく、このポケモンセンターも該当する。
このポケモンセンターは街から離れているからか中は閑散としており、タブンネとジョーイがのんびりとティータイムを満喫していた。
「あら、患者なんて珍しいわね。どうしたんです?」
「酷い火傷を負ってしまったんです! 診察をお願いします……!」
「……お、落ち着いて」
「大丈夫よ。火傷くらいならボールごと預けてくれれば、すぐに回復———」
「いえ、火傷したのはポケモンじゃなくて彼女なんです」
「酷い……! わかりました、すぐに治療します!」
デントの言葉に従うように、サニワが左腕の患部を見せると、ジョーイの表情はいつもの人当たりの良い穏やかな微笑みから、一気に急降下する。タブンネに至っては悲鳴の如き鳴き声を上げていた。
しかし医療従事者として何とか処置をしなければと思ったのか、タブンネがサニワの矮躯をポケモン用の担架に乗せると、緊急治療室へ突っ走る。ジョーイも真剣な面持ちで駆け出した。
扉が閉められ、入り口の赤いランプが点灯する。デントは廊下に設置されている待ち合い用のソファに腰掛けた。ヤナップも心配そうに治療室の扉を見詰める。
「……サニワ、大丈夫かな」
「なぷぅ……」
落ち込むデントとヤナップの前を、真っ白い紙のようなものが横切った。人の形をした小さなそれは、まるで意思を持つように、風を切って飛んでいくものの、玄関口である自動ドアの前でぴたりと制止する。
「……あれは、何だろう」
気になったヤナップは、それに触れようとデントの肩を降りて駆け出した。しかし触れようにもまるで桜の花弁が舞うように躱され、なかなか触れない。
デントがヤナップの後を追うと、彼の気配を検知した自動ドアが開き、そこから人型の紙が飛び出していった。
サニワが心配なデントは、これ以上後を追う気にもなれなかった。ヤナップもそれは同じようで、あの待ち合い用のソファへ再び腰を下ろす。
それからしばらくすると、治療室の赤いランプが消えた。
治療室から出てきたジョーイとタブンネの背中を、サニワがひょっこりと追う。サニワの小さな身体も相まってか、その様はまるでスワンナとコアルヒーのようだった。
「治療が終わりました。ちょっと痕は残っちゃうかもしれないけど……命に別状はありません。だけど完治するまでには、少し時間がかかります。今回はデブリドマンとドレッシングで済んだけど、もう少し範囲が広ければ、皮膚移植の手術が必要になっていたかもしれないわ。何なら入院しても良いくらいよ」
「そうですか……」
「頓服薬として痛み止めも処方しておきます。とにかく安静にね。無茶は絶対に駄目よ」
ジョーイの言葉に素直に頷くサニワ。彼女は相変わらず精巧人形 のように綺麗なばかりで、表情に乏しい。何も感じ取れない無気質な顔だ。対するデントの顔には翳りが現れていた。
「……気に、しない、して……だいじょぶ。……デント、責任……ちがう」
再度慰めの言葉をかけるサニワ。しかしデントの顔は晴れず、翳りが残ったままだ。
傍から見れば何も感じ取れない無表情ではあるものの、まだ落ち込んでいるのかと彼の隣に腰を下ろす。そしてぽんぽんと膝を叩いた。全くワケが理解できないデントは、ぽかんと呆けた。
「え?」
「……膝、空いてる」
「えっ? えっ⁇」
こくり、と不思議そうに首を傾げるサニワはとても可愛らしい。だが正直首を傾げたいのはこちらの方だ。一体僕にどうしろと。
デントは困ったように眉尻を八の字に下げる。その様子を見たサニワは、囁くような声ではあるが、爆弾発言を投下した。
「……刀剣男士 の皆、膝枕、すき。いっぱい、すき」
「膝枕⁉︎」
思わず声が裏返るのも仕方ないとデントは思う。膝枕なんて、本当に小さな頃に親にしてもらって以来、全く縁もない。それに彼女は仮にもガラル地方のチャンピオンだ。チャンピオンの膝枕なんて、なんと恐れ多いことか。
どうやって断りを入れようか脳内をフル回転していると、サニワは本丸の刀たちによくしていたと告げる。
「……元々、刀、神さま。……腰元、落ち着く。でも……短刀、抱っこ、好き。……でも……わたし、小さい。抱っこ、できない」
「僕はその……刀の神様? じゃないから、膝枕は大丈夫だよ……」
「……そう」
沈黙が二人を包む。ジョーイとタブンネは、既に席を外していた。その静寂はサニワにとっては何も気に留めていないものの、気まずさを感じたデントは、気がつけば彼女へ質問を投げ掛けていた。
「ねぇ、サニワ。さっき君が緊急治療室へ担ぎ込まれたとき、真っ白な紙が浮いていたんだ。あれは君が何かしたのかい?」
デントの質問を無視するかのように、サニワはプレミアボールを一つとった。中から飛び出したのはサーナイトだ。
サニワは別にデントの話を無視していたわけではなかった。彼の問いを答えるために、サーナイトへテレパシー能力を通じた翻訳を依頼したのだ。
『あれは式神。呪 いや呪術のようなもの、非科学的な技術と考えてくれて構わない』
「じゅ、呪術⁉」
『あぁいや……呪術といえど、相手に災いを齎 す呪詛をかける類いではない。現在地の座標の伝令を頼んだだけ』
「そ、そうなんだ……」
ホラーが苦手なデントに慌てて弁明するサニワに、デントは苦笑いを零す。元来オカルト系の話は苦手なデントは理解の及ばない領域で。反応に困っていた。
ところが、よくよく見てみると。サニワの表情はいつもながらの無表情かと思っていたが、目をやや細めていた。まるで、宝石のように煌めく想い出に浸るかのように。もう手に入らない宝物を、いっとう慈しむかのように。
「ねえ、サニワ。君の経験した昔話や想い出を、聞かせて欲しいんだ。あちらの世界の出来事を」
『軍事機密の関係上、口外可能な内容は限られている。だから英雄譚や今まで遂行した任務の内容ではなくて、本丸での日常の話くらいだが……』
「もちろんさ! コーンもとても楽しそうに話していたし、とても興味があるんだよ! さぞスペクタフルでファンタスティックな場所なんだろうなぁ……!」
『……そうだね、自分にとっては……桃源郷のような場所だった。刀剣男士の皆を、自分は家族のように慕っていたよ』
桃源郷での記憶を想起するサニワは、何も感じられない無表情ではない。陶器の如き真っ白な頬も、今ばかりは牡丹色に染め上げていて。まるで恋する乙女のように。うつくしい夢を眺めるかのように。恍惚とした顔だった。
そんな顔もできるのか。デントはかなり驚いたが、感情を悟られまいと必死に傾聴した。
このポケモンセンターは街から離れているからか中は閑散としており、タブンネとジョーイがのんびりとティータイムを満喫していた。
「あら、患者なんて珍しいわね。どうしたんです?」
「酷い火傷を負ってしまったんです! 診察をお願いします……!」
「……お、落ち着いて」
「大丈夫よ。火傷くらいならボールごと預けてくれれば、すぐに回復———」
「いえ、火傷したのはポケモンじゃなくて彼女なんです」
「酷い……! わかりました、すぐに治療します!」
デントの言葉に従うように、サニワが左腕の患部を見せると、ジョーイの表情はいつもの人当たりの良い穏やかな微笑みから、一気に急降下する。タブンネに至っては悲鳴の如き鳴き声を上げていた。
しかし医療従事者として何とか処置をしなければと思ったのか、タブンネがサニワの矮躯をポケモン用の担架に乗せると、緊急治療室へ突っ走る。ジョーイも真剣な面持ちで駆け出した。
扉が閉められ、入り口の赤いランプが点灯する。デントは廊下に設置されている待ち合い用のソファに腰掛けた。ヤナップも心配そうに治療室の扉を見詰める。
「……サニワ、大丈夫かな」
「なぷぅ……」
落ち込むデントとヤナップの前を、真っ白い紙のようなものが横切った。人の形をした小さなそれは、まるで意思を持つように、風を切って飛んでいくものの、玄関口である自動ドアの前でぴたりと制止する。
「……あれは、何だろう」
気になったヤナップは、それに触れようとデントの肩を降りて駆け出した。しかし触れようにもまるで桜の花弁が舞うように躱され、なかなか触れない。
デントがヤナップの後を追うと、彼の気配を検知した自動ドアが開き、そこから人型の紙が飛び出していった。
サニワが心配なデントは、これ以上後を追う気にもなれなかった。ヤナップもそれは同じようで、あの待ち合い用のソファへ再び腰を下ろす。
それからしばらくすると、治療室の赤いランプが消えた。
治療室から出てきたジョーイとタブンネの背中を、サニワがひょっこりと追う。サニワの小さな身体も相まってか、その様はまるでスワンナとコアルヒーのようだった。
「治療が終わりました。ちょっと痕は残っちゃうかもしれないけど……命に別状はありません。だけど完治するまでには、少し時間がかかります。今回はデブリドマンとドレッシングで済んだけど、もう少し範囲が広ければ、皮膚移植の手術が必要になっていたかもしれないわ。何なら入院しても良いくらいよ」
「そうですか……」
「頓服薬として痛み止めも処方しておきます。とにかく安静にね。無茶は絶対に駄目よ」
ジョーイの言葉に素直に頷くサニワ。彼女は相変わらず
「……気に、しない、して……だいじょぶ。……デント、責任……ちがう」
再度慰めの言葉をかけるサニワ。しかしデントの顔は晴れず、翳りが残ったままだ。
傍から見れば何も感じ取れない無表情ではあるものの、まだ落ち込んでいるのかと彼の隣に腰を下ろす。そしてぽんぽんと膝を叩いた。全くワケが理解できないデントは、ぽかんと呆けた。
「え?」
「……膝、空いてる」
「えっ? えっ⁇」
こくり、と不思議そうに首を傾げるサニワはとても可愛らしい。だが正直首を傾げたいのはこちらの方だ。一体僕にどうしろと。
デントは困ったように眉尻を八の字に下げる。その様子を見たサニワは、囁くような声ではあるが、爆弾発言を投下した。
「……
「膝枕⁉︎」
思わず声が裏返るのも仕方ないとデントは思う。膝枕なんて、本当に小さな頃に親にしてもらって以来、全く縁もない。それに彼女は仮にもガラル地方のチャンピオンだ。チャンピオンの膝枕なんて、なんと恐れ多いことか。
どうやって断りを入れようか脳内をフル回転していると、サニワは本丸の刀たちによくしていたと告げる。
「……元々、刀、神さま。……腰元、落ち着く。でも……短刀、抱っこ、好き。……でも……わたし、小さい。抱っこ、できない」
「僕はその……刀の神様? じゃないから、膝枕は大丈夫だよ……」
「……そう」
沈黙が二人を包む。ジョーイとタブンネは、既に席を外していた。その静寂はサニワにとっては何も気に留めていないものの、気まずさを感じたデントは、気がつけば彼女へ質問を投げ掛けていた。
「ねぇ、サニワ。さっき君が緊急治療室へ担ぎ込まれたとき、真っ白な紙が浮いていたんだ。あれは君が何かしたのかい?」
デントの質問を無視するかのように、サニワはプレミアボールを一つとった。中から飛び出したのはサーナイトだ。
サニワは別にデントの話を無視していたわけではなかった。彼の問いを答えるために、サーナイトへテレパシー能力を通じた翻訳を依頼したのだ。
『あれは式神。
「じゅ、呪術⁉」
『あぁいや……呪術といえど、相手に災いを
「そ、そうなんだ……」
ホラーが苦手なデントに慌てて弁明するサニワに、デントは苦笑いを零す。元来オカルト系の話は苦手なデントは理解の及ばない領域で。反応に困っていた。
ところが、よくよく見てみると。サニワの表情はいつもながらの無表情かと思っていたが、目をやや細めていた。まるで、宝石のように煌めく想い出に浸るかのように。もう手に入らない宝物を、いっとう慈しむかのように。
「ねえ、サニワ。君の経験した昔話や想い出を、聞かせて欲しいんだ。あちらの世界の出来事を」
『軍事機密の関係上、口外可能な内容は限られている。だから英雄譚や今まで遂行した任務の内容ではなくて、本丸での日常の話くらいだが……』
「もちろんさ! コーンもとても楽しそうに話していたし、とても興味があるんだよ! さぞスペクタフルでファンタスティックな場所なんだろうなぁ……!」
『……そうだね、自分にとっては……桃源郷のような場所だった。刀剣男士の皆を、自分は家族のように慕っていたよ』
桃源郷での記憶を想起するサニワは、何も感じられない無表情ではない。陶器の如き真っ白な頬も、今ばかりは牡丹色に染め上げていて。まるで恋する乙女のように。うつくしい夢を眺めるかのように。恍惚とした顔だった。
そんな顔もできるのか。デントはかなり驚いたが、感情を悟られまいと必死に傾聴した。