第16話

 太陽の光がジリジリと降り注ぐ中、サトシたちは滝の汗を流しながら次の街へ向かっていた。アルビノであるサニワは他の面子よりも相当キツそうだ。こんのすけも肩に乗っておらず、気を遣って地面を歩いている。

 だからと言って、バンギラスに頼んで砂嵐を起こす気にもなれない。彼女の起こす砂嵐は他の個体よりも勢いが強く、粒子が肌に当たれば相当痛い。ヘアスタイルも乱れるし、服も洗濯が大変だ。

 こんのすけはひくりと鼻を動かすと、南の方角へ顔を向ける。サニワがどうしたのかと尋ねると、水の匂いがするらしい。
 彼は管狐といえど、狐は狐。その辺の人間よりも鼻が利くのだ。


「主さま、南方から水の匂いがいたします!」
「しかも南風……。これは一雨くるわね」
「えー? 本当かよ」


 サトシは懐疑的であったが、サニワはアイリスとこんのすけの言葉を信じ、人数分の折り畳み傘を用意した。ところが天気は未だに日本晴れのままだ。


「こんなに晴れてるんだぜ? もし雨が降ったら逆立ちして歩いてやるよ! なっ、ピカチュウ」
「水の匂いが近づいているのは確かなんですよ!」
「降るものは降るのよ!」


 こんのすけとアイリスがそう言い切った途端、雷鳴が轟き、バケツをひっくり返したような豪雨がサトシたちを襲う。用意周到に準備していたサニワの折り畳み傘を差すものの、この豪雨ではあってもなくても同じようなものだ。
 慌てて駆け込んだ先は、立派な屋敷だった。しかし、サニワとこんのすけの目に視えているのは絢爛豪華な大豪邸ではなく、寂れた洋館である。


「すみませーん!」
「誰かいませんかー⁉︎」


 サトシたちは屋敷の主人に声を掛けるも、返事が返ってくることはない。それもそのはずだ。屋敷の主人など、既にどこにもいないのだから。
 雨宿りしようと、仕方なく建物の内部へ入ろうとするサトシの服の裾を、サニワは引っ張って遮った。


「サニワ? どうしたんだ?」
「……ここ、だめ。……悪い、気配、いっぱい」


 首を振って拒否の意を示すサニワ。基本的に無表情で無反応、感情の読めない彼女がそこまで否定の意見を言うのは珍しい。
 だがあっさりとサニワの忠告を無視し、サトシたちは屋敷の内部に足を踏み入れた。


「どうしたんだ? サニワがそこまで言うなんて珍しいな」
「まさか、曰く付きのお屋敷とか?」
「こんな立派な洋館なんだよ? そんな事あるはずないよ!」


 デントが笑い飛ばし、サトシは逆立ちをしようと両手を地面に付ける。素直に負けを認めている彼をサニワは制し、鞄から無事だったタオルを渡して顔を拭こうとしたが止められた。


「良いよ、そのくらい自分でするからさ」
「顔を拭いてもらうなんて、本当子どもねぇ」
「自分で拭いてるし!」


 サトシとアイリスが騒いでいると、強風に煽られたせいだろうか。窓がひとりでに開いた。それに気づいたデントが窓を閉めるも、無駄だと嘲笑うかのように再び開く。

 おかしい。鍵を閉めたはずなのに。

 異変に気づいたデントは一瞬だけ顔色を青ざめるが、すぐに気のせいだと首を横に振った。
 だが気のせいではないと突きつけるように、今度はカタカタと花瓶が乗った机がサトシたちに向かって突進してきた。慌ててサニワが二人の腕を引いたことで怪我は免れたが、花瓶の破片が身体を傷つけたかもしれない。
 得体の知れない一陣の気配を察知したサニワは警戒心を強め、臨戦態勢を取った。


「主さまが敵性反応を確認しました。皆さま、お気をつけください!」
「えっ……敵って一体、誰のことだい?」
「正体は不明なようですが……主さまがこれだけ敵意を露わにするのは、この世界では稀……。くれぐれも油断されぬように」


 こんのすけの言葉、そしてサニワの対応に呼応するように、デントとサトシの二人の顔が青ざめる。
 きっと何か視えてしまったのだろう。サニワが背後を振り返ったその先には、四肢をガラクタで造られた銅像の姿。傘を武器の如く闇雲に振り回すそれに、サトシたちはただ逃げ惑うのみ。
 だが、サニワは怯むことなく傘を蹴り飛ばし、銅像の胸部の中心に流れるように蹴りを炸裂させた。


「……とぉ」


 気が抜けるようなかけ声とは裏腹に、銅像がお見舞いされたのは強烈な一撃。本体の銅像は木っ端微塵に砕け散り、操る力が無くなったのか、ガラクタもバラバラに散らばった。


「……皆、だいじょぶ?」
「な、何とか……」
「外はまだ雨が降り敷きっておりますが、主さまは撤退を推奨しております。私と主さまであれば対応できるでしょうが、大して耐性のない人間が、この大人数となると……」
「それが……」


 デントは罰が悪そうに目を逸らす。先ほど、屋敷から脱出しようとした際、ドアを塞ぐようにタンスが移動したのだ。この部屋唯一の脱出経路を断たれてしまったので、別の場所から扉を探して出るしかない。何よりこの部屋に留まるのも危険だろう。
 仕方なく、サトシたちは別の部屋に移動することとなった。更なる恐怖が待ち受けているとも知らずに。
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