第13話

 体力は既に限界を迎えているが、気力だけでバンギラスは立ち上がる。
 軍人たる凛とした顔から一転し、慈しむような表情を浮かべるサニワ。彼女は静かに満身創痍のバンギラスへ歩み寄る。ホップは危険だ、と声高に叫んだが、まるで聞こえていないように近づいていく。そして岩で出来た硬い身体に、そっと触れた。


「……これ以上、闘う、するの、痛いだけ。……暴れる、だめ」


 優しい声色に、バンギラスの警戒心は、まるで氷が溶けるように、ゆっくりと解けていく。その証拠に、戦闘中はあんなにも吹き荒ぶ砂嵐が、今では何事もなかったように止んでいた。


「……傷、いっぱい。……でも、だいじょぶ」


 完全に警戒心を解いたバンギラスは、甘えた声を出してサニワに身体を触れさせている。彼女の鞄を持ってホップが近づくと、再び警戒心を顕わにさせた。だが、バンギラスは攻撃する意思はなさそうだ。

 サニワの手がバンギラスの身体に翳される。そこから淡い光が零れ出し、見る見るうちに傷が癒えていった。ホップがそれを見るのは初めてではない。いつ見ても神秘的なその光景に、彼は思わず息を呑んだ。
 ところが、それも束の間のこと。煩悩を払い除けるように首を左右に振るうと、不満そうに眉間に皺を寄せる。


「……超能力はあまり使わない方が良いんじゃないか」
「大丈夫。周り……人、いない」


 傷の癒えたバンギラスは、サニワたちに背を向けて歩き出す。そのまま住処へと戻るのかと思いきや、付いてこない彼らを待つかのように、動きを止めてじっと見つめていた。


「……バンギラス、ここ、おかしい?」
「奇遇だな、オレも同じだぞ。……バンギラスに何か事情があるんじゃないか?」


 帽子を深く被りなおすと、サニワはゆっくりとバンギラスの背後に付いていく。ホップも小さな彼女の背を追いかける。
 いつの間にか彼女はいつもの氷のような、あの冷たい無表情へ戻っていた。しばらく歩くと、バンギラスは急に立ち止まる。とあるものを視界に入れたサニワは、宵闇のような暗さが彼女の顔を覆い隠し、ホップを手で制す。


「おいサニワ、一体どうしたんだ?」
「……見ない、良い。あまり……」


 まだ何か言いたそうな彼を、問答無用で背けるように、視線だけで告げる。
 バンギラスが案内した先には、トレーナーであろう人間の白骨化した屍体。そして、彼女の子であろう。まだ小さなヨーギラスの姿があった。そのヨーギラスも腐敗化こそしていないものの、その瞳はどす黒く濁っていた。
 バンギラスは、サニワの目ををじっと見つめる。まるで元の元気な姿へ戻して欲しい、と懇願するように。


「バンギラス。……二人、もう」


 バンギラスの目には大粒の涙が溢れ出す。まだ信じたくないのだろう。嘘だと、首を左右に振った。だが、サニワの口は、酷薄な言葉を紡ぎ続ける。


「……ヨーギラス、トレーナー、冷たい。……もう、知ってる。ちがう?」


 一気に涙の量が増えたかと思うと、咆哮が周囲を揺さぶった。バンギラスの号哭が、荒野に轟く。サニワは彼女の硬い背を、優しい手つきで撫ぜた。

 バンギラスが吠えるような号哭から、嗚咽混じりの泣き方に変わると、サニワは一枚の風呂敷を取り出す。仏となった彼らへ合掌し、丁寧に、遺骨を風呂敷の上へ乗せた。
 戸惑いの視線を向けるバンギラスに、サニワは静かに答える。彼女の表情は俯いていて、垣間見ることすらままならない。


「……ちゃんと、お別れ、しよ。……お別れ、終わる……どうするか。……あなたが、決めて」


 そう告げると、サニワは一つのプレミアボールを鞄から取り出し、バンギラスの目の前に差した。まるで、神へ供物を捧げるように。
 バンギラスは一つ頷き、開閉ボタンを押す。大きな体は、吸い込まれるように中へ入っていった。

 遺骨を全て風呂敷に乗せて包む。今度は、彼女の子どもとトレーナーの番だ。
 ここで、とある問題が発生した。平均体重が72kgもあるヨーギラスの身体を持ち上げることができないのだ。この子は平均よりも小さいと言えど、到底難しいであろう。

 屍体は、魂のない抜け殻。モンスターボールに入れることができない。ゴーストタイプのポケモンは、身体がない(物に取り憑いているものもいるが)が魂が宿っている。だから、ボールの中へ入れるのだ。

 二体のポケモンも一応薬で回復はしていると言えど、空を飛んで移動することは避けたかった。


「……ホップ。手伝って」
「何だ?」
「……ヨーギラス、運んで。……気を、つけて、ね」


 上のジャケットを脱ぎ、砂を簡単に払い落とす。服の形が変わるたび、とても乾いた音がした。
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