第14話

 主人の過去を粗方語り終えたこんのすけ。一気に喋ったからか、その顔は少しだけ窶(やつ)れているようだが、質問はまだまだ数え切れないほどある。
 ソニアは仁王のような顰めっ面で、アーティは冷ややかな目つきで、こんのすけへ問うた。


「ホップと一緒に向かう直前、キミに何か指示を出してたけど。あれ、サニワちゃんの世界の言葉だろう? なんて言ってたの?」
「時間遡行軍が現れない時代ですし……。まあ良いでしょう。一九二三年、関東地方で巨大な地震が発生いたしました」
「カントー地方で⁉」
「いえ、こちらの世界のカントーではなく……僕らの世界によく似た場所があるんです」


 後に関東大震災と呼ばれるそれは、十万人が死亡・もしくは行方不明となった未曾有の大災害である。
 揺れによる建物の倒壊の倒壊はもちろん、津波や土石流、また発生した時間帯が昼時であった為、火災による死傷者が大多数を占めたが、被害はそれだけではない。
 自警団に暴行され殺害された「福田村事件」や「本庄事件」など、根も葉もない噂を信じた群衆により虐殺された事件が多発。その被害者数は幅が見られるが、かなりの人数であるのは間違いない。

 また海外の話であるが、フェイクニュースによって、無実の男性二人が民衆によって焼き殺される事件が発生。その様子を群衆はスマートフォンで撮影し、「これは正義だ」「正義は私たちと共にある」と、「正義」を繰り返し口にしていたそうだ。


「嘘に踊らされ、歪んだ正義によって、全くの無関係の人が虐げられる。どの時代も、地域も変わりません。主さまはそれを危惧されたのでしょうけれど、この世界の方は愚かではないようですね」


 ……でも、人間、いちばん、怖い。……知らない人、警戒する、とっても大事。
 鈴を転がすような、小鳥の囀るような愛らしい声。それにそぐわない冷酷な言葉に、拙いながらも、ロボットのように感情のない口調。
 入り口を見やると、帽子を深く被り、風呂敷を持ったサニワと、ホップの姿がそこにあった。彼の顔は生気を失っており、過酷さを物語っている。


「……ジョーイさん、この子たち、預ける。まがみちゃんとアヌビス……それぞれ、セイボリー先輩と、クララ先輩に」
「左様にございますか。……そちらの風呂敷は?」
「……ジュンサーさん。この人、探す?」


 サニワはこんのすけの問いを無視し、近くで避難誘導に当たっていた婦警へ風呂敷を手渡す。……否、無視したのではない。その行為こそ、問いの答えであった。
 ジュンサーは風呂敷に包まれたトレーナーの遺骨と、ジャケットに包まれたヨーギラスの亡骸を預かる。サニワの顔は俯いてわからない。


「……アーティさん。……ヒウンシティ、お墓、ある?」
「それは……ポケモン用かい?」
「……人間、一緒に、眠れるところ。……無理なら、せめて、近く。……できそ?」
「んぬん……。多分探せばあるんだと思うんだけど、ちょっと探してみるねん」


 アララギなどの大人たちは、サニワの言葉に何かを感じ取ったのだろう。アーティは俯いたままのサニワに、優しく微笑みかけ、頭を優しく撫でた。
 ところが、ここに空気の読めない子どもたちがいる。流石に疲れた表情のホップに問いかけない配慮はしたが、感情の読めないサニワに躊躇なく問うた。


「サニワ、一体何があったの? 砂嵐は収まったみたいだけど……」
「アイリス、サニワは疲れてるみたいだし、後にしてあげたらどうかな」


 デントがアイリスへ苦言を零すが、サニワは軽く首を横に振って事情を説明する。その顔はどこまでも無表情で、感情が全く読めない。


「……バンギラス、暴れてた。今、預かってる」
「なんで?」
「……あの子の、大切なひと、遠い、場所。ずっとずっと……もう、二度と、会えない」


 虚空を見つめるサニワは、とても儚げに見えた。
 愛しい刀剣男士(家族)が心配だが、帰りたくても、帰れない。まるで、羽衣を奪われた天女だ。彼女の境遇が、家族を失ったバンギラスと重なる。管狐の目には、主人がとても寂しそうに思えてならなかった。

 翌日、サニワはサトシ対アーティのジムバトルを観戦せず、ヒウンシティの外れに位置する、共同墓地へ赴いていた。バンギラスの元トレーナーの身元がわからなかったため、このヒウンシティの共同墓地に葬られることとなったのだ。
 白百合の花を手向け、合掌する。サニワの隣にいたバンギラスも、彼女と同じように花を添えた。
 弔いの儀式を終え、サニワはバンギラスを一度ボールへ戻すと、もう一度ボールから出した。その時のボールの光はいつもの色ではない。逃す時に現れるものだった。
 バンギラスとサニワは向かい合う。不意に吹き抜けた風が、周囲に咲き乱れる草花と、サニワの艶やかな髪を揺らした。


「……バンギラス……おすすめ、しない。でも……リゾートデザート、戻る?」


 バンギラスの首は左右に振られた。確かにあの土地に居続けるのは、大切な人たちを不意に思い出して辛いだろう。サニワはもう一つの案を出した。


「……知り合い。マクワ。岩のポケモン、使う人。……その人、一緒、だめ?」


 この提案にもバンギラスは首を振る。彼女は先ほどまで自身が入っていたボールを手に取ると、スイッチを押して入っていった。
 これにはサニワも思わず、目を点にして驚いている。だがすぐに、いつもの表情に戻っていた。……否、彼女の口角は少しだけ弓形に歪められており、微笑を湛えていた。


「……行こう」


 サニワは誰に言ったのか、ただ独り言ちただけなのか。静かに、墓地を後にする。
 彼女の足元に咲き乱れる花は、風で揺れていた。
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