第12話

 下水道の割には大分水が綺麗で、特有の鼻をつくあの臭いもない。どちらかと言うと生活排水を流すものではなく、ただ単なる地下水道のようだ。

 地下水道をゆっくりと進んでいると、下水パイプの先端に虫ポケモンが詰まり身動きが取れなくなっているのを見つけた。あのむにむにとした常盤色の腹部、二つの触覚のような突起が生えた紫色の尻尾、そして無数の小さな手足。あれは、百足ポケモンのフシデであった。
 早速サトシが引っ張って救出しようとしたが、フシデの特性は毒の棘。直接攻撃をした相手を毒状態にする特性で、もちろんその棘が人間にも刺さってしまったら一溜まりもない。

 しかし、直接的に触れなければどうということはないわけで。サーナイトをボールから出すと、言わずとも状況を把握したサーナイトはサイコキネシスでフシデを収穫する根菜のように引っこ抜いた。
 幸い、フシデ自体もジタバタしていたおかげか、すぐにすぽんと引き抜ける。しかしフシデはサニワたちを威嚇して睨みつけ、金属音のような嫌な音で警戒心を露わにさせた。だが身体が痛むのか、すぐにピタリと音が止む。それでも、フシデはそれでも警戒心を解くことはなく、サニワたちをキッと睨みつけたままだ。

 サニワは鞄の中からとあるものを取り出して、それの力が増幅するように、じわり、じわりと、神通力を注ぎ込む。左右に揺らすと、途端にフシデはふにゃりと警戒を解き、彼女の足元へエネコのように擦り寄った。


「……いい子」
「凄いじゃない! あんなに警戒してたフシデが大人しくなっちゃった!」
「すげー! サニワ、それって一体何だ?」
「安らぎの鈴でございます。この鈴の音を聞くと、大抵のポケモンは落ち着くようです」
「……ちょっと、沁みる、かも。……我慢して」


 サニワは鞄から回復の薬を取り出してフシデの額へ吹きかけ、アーティは大きめの湿布をそこに貼り付けた。フシデは痛みが和らいだのか、自分を治療してくれたのかと理解したようで、まるで人懐っこいエネコのように鳴き声を出して甘えてくる。
 施術している間大人しくしていてくれたご褒美に、とサニワは所持していたオボンのみを差し出した。それへ突き刺し、ちゅーっと中身をぐいぐい吸い上げるその姿はとてもいじらしい。


「……おわった」
「サニワちゃんの行動、僕の純情ハートに響いたよおぉん!」
「……?」


 アーティは興奮したようで、無表情のサニワの手をガッチリと握り締めようとした。だが、咄嗟に間に入ったこんのすけによって、それは見事阻止された。


「歳の差考えてくださいね、主さまはまだ幼気な子どもですよ。そんなガキに手ェ出すなんざド変態じゃねぇか」
「こんのすけ⁉︎」
「それに、一応主さまは付喪神……神格が低いといえど、神の末席の方々から寵愛を一身に受けるようなお人なのですよ。祟られたくなければ、手を引くことをお勧めします。触らぬ神に祟りなし、と言いますし」


 確かに目の前の妖狐の言うとおり、デントたちには心当たりのある出来事が大量にあった。
 例えば、彼女がバトルをした翌日に、デントの経営する飲食店は開店以来の大繁盛を極め、売り上げが過去最高を記録。
 一緒に泊まったポケモンセンターの前に大量のきのみや、珍しいとされる道具が、「どうぞお食べください」と言わんばかりに置かれていたりは序の口であった。
 一歩街を出れば、野生のポケモンたちがうじゃうじゃと生息しているが、彼女が縄張りに足を踏み入れても滅多に襲うことはなかった。むしろ、敵から護るように付き添う者、我が子のように世話を焼きたがる者までいたのだ。


「あ、それ主さまの加護ですね」
「やっぱりね……。御伽話みたいな話だけど、充分納得できたわ」
「……それじゃ、あの神がかったバトルの采配も、サニワちゃんの加護なのかい?」
「んなワケないでしょう、失礼な人ですね‼︎ それは主さまの並々ならぬ努力の成果です! 主さまは政府の軍大学を主席で卒業された方ですよ‼︎」
「大学卒業してたの⁉︎」
「えぇまぁ、飛び級で入学したのは事情があるのですが」
「……めちゃくちゃ高学歴だったのね」


 傍でフシデを撫でている幼女が実は(軍大学といえど)高学歴であると知り、アイリスは思わず彼女の頭を撫でくり回す。本人は自分の髪型がボサボサになっていくのを、ただ為されるがままに黙っていた。

 ざわざわ、がやがや。
 地下水道という場所だからか、そんな喧騒が遠くから聞こえた気がしたサニワは、ピクリと長い耳を動かすと、その方向へ視界を移す。アイリスやサトシのピカチュウも耳に届いたようで、同じ方向に顔を向けた。

 そこには大量のフシデの群れの姿が、犇めきあっていた。
 フシデたちはヒウンシティ近くの荒野————四番道路やリゾートデザート———を住処にしているため、こんなヒウンシティの街中にまで訪れるはずがない。温厚な彼らが警戒心を露わにしている。もしや、四番道路で何かあったのか。
 そう考える暇すらも与えず、フシデはサトシたちを見るや否や敵だと判断して、嫌な音やヘドロ爆弾で攻撃してきた。


「……アーティさま。ここは、戦略的撤退をすべきであると主さまは申しております」
「撤退って……このフシデはどうするの⁉︎」
「安らぎの鈴で落ち着かせようぜ! そうすればフシデたちもわかってくれるかもしれない!」
「駄目だ! こんなに沢山いると、後ろの方まで鈴の音色は届かない!」
「そうか……。じゃあな、フシデ!」
「もう怪我しちゃ駄目よ!」


 サトシたちは湿布を貼ったフシデに別れを告げて、群れから逃げ出し地下水道から立ち去る。湿布のフシデは少し寂しそうに見つめていたが、すぐに群れの中へ戻って行った。

 地上に出ると、街中にフシデの群れが溢れんばかりに蠢いており、彼らはヒウンシティを荒らしまわっている。
 建物をヘドロ爆弾で破壊し、街路樹を齧り、トラックを横転させる。街の安寧を乱し、平穏を破壊するその行為は、まるでテロさながらだ。
 騒然となっているヒウンシティをジュンサーさんがバイクに乗って駆け回っており、何とか住人の避難ができている。


「皆さん、ここは危険です! すぐに避難を開始してください!」
「ジュンサーさん、一体何が起きているんですか⁉︎」
「この街の至る所にフシデが大量発生しているんです。原因を今、アララギ博士と偶然ヒウンシティに来ていたガラル地方の博士、そして彼女の助手が調査しています。避難誘導はガラル地方のジムリーダーが手伝ってくださっています!」


 ガラル地方の博士とは、恐らくソニアの事だろう。
 サニワたちはアーティに連れられ、避難所のポケモンセンターまで大急ぎで駆けていく。その道中にも暴徒と化したフシデたちはヒウンシティを荒らしまわっていた。


『ヒウンシティが赤く染まる夢……。主さまの予知夢は、本当に恐ろしいほど的中しますね』
『……私が見た夢は、もっと……いや、今はやめておこう』


 何かを言いかけたサニワは、サトシとアイリスの方を見遣ると、すぐに口を閉ざした。何か言いづらいことでもあるかのように。
 そして予言をするかのように、彼女はその鉄面皮で、アーティへ告げた。


「アーティさま。……主さまは、フシデが恐怖を感じ取っていると予想しています。しかし、何が恐ろしいのかまではわからないそうで」
「何かが怖い、か……。ポケモン間のトラブルかなぁ。何にせよ、本当の原因は調べてみないとねん」
「……フシデ、怖い、思ってる……攻撃するの、だめ」
「へぇ……。サニワちゃんには、ポケモンが惹かれる何かがあるねぇ。かく言う僕も、君に純情ハートを奪われそうだよん!」
「……?」


 アーティの一世一代の告白は、サニワの表情を少し顰めさせるだけに終わった。
 その反応を見たサトシはキョトンとし、デントは苦笑いを浮かべ、こんのすけは鼻で笑い、アイリスは口惜しそうに項垂れた。
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