第10話

 サニワは近くで遊ぶ自身のポケモンを眺めながら、トントンと慣れた手つきで材料を切り刻んだ。カットした具材を大鍋の中へ放り込み、ぐつぐつと煮込む。
 彼女が作っているのは、自身がチャンピオンを務めているガラル地方でよく食べられているカレーライスだ。
 ぐるぐると中身をかき混ぜる間、サニワは思い出の歌を口ずさむ。自分が暮らしていた、あの世界の歌を、あの世界の言葉で。

 るりら、るりら。

 鈴のように澄んだ声が、森の中で響き渡る。周囲にはヤグルマの森のポケモンたちが集い、その繊麗な歌声に陶酔していた。

 アーティが皆を連れて戻って来たのは、その日の夜さり頃。
 クルミルはサトシの腕に抱えられており、昼間とは打って変わって、かなりなついているようだ。
 早速アイリスとサトシは料理を口に含む。その途端、彼らの表情がキラキラと輝いた。


「うわぁ、デントの料理も美味しいけれど、サニワの料理も美味しい! サニワって料理上手なのね!」
「すっげー美味い! サニワ、また作ってくれよ!」
「……ほんと?」
「主さまが、あんなに感情を露わにするなんて……! セイボリーさまの念動力で宙に浮かせていただいた時以来です!」
「……どこが?」
「いつもの無表情に見えるけど……」


 満面の笑みで礼を言うアイリスの口元にカレーがついている。サニワはハンカチを取り出すと、優しげな手つきで彼女の口元を拭いた。


「ちょっ……⁉︎ サニワ⁉︎」
「……? 動く、しないで。……カレー、上手く、拭けない」
「大丈夫よ、それぐらい自分で拭くわ!」


 いつもサトシのことを「子どもね!」と揶揄う自分が、まさか自分よりも小さな少女に世話を焼かれるなんて。

 それにしても、近くでサニワを見ると、本当に綺麗すぎる子なのだ。同じ人間なのか疑問を抱くくらいには。アイリスはうつくしい、と感じていた。
 真っ白な肌は瑞々しく、月光を反射し、陶器のような艶(つや)を見せる。滑(すべ)らかな長い髪は、錦糸のように艶(あで)やか。長い睫毛に彩られた真紅の瞳は、宝石の如く美しく煌めいている。
 色んなことが頭を遮り、アイリスは慌ててサニワからハンカチを奪い取る。無表情を貫くサニワだが、少し寂しそうに見えたのはアイリスの気のせいではないだろう。

 一同がカレーを食べ終えた頃、スッとテーブルに置かれたのは、やや小さめにカットされた特選リンゴ。そのうちいくつかはうさぎリンゴになっていた。
 カレーはミックスハーブを添えた大人向けの味付けのものだったが、そろそろ酸味が欲しくなるだろうとサニワが用意したのだ。


「リンゴもわざわざ剥いてくれたんだ、ありがとう」
「俺も食べる! サンキュー、サニワ!」
「んぬん、僕もちょうど口直しが欲しいと思っていたところなんだ。でもよくわかったねぇ」
「すごい! あたしもそう思ってたのよ! サニワはテレパシーでも使えるの?」
「……なんとなく?」


 彼女の予想通り、リンゴは瞬く間に口の中へ消えていく。
 和気藹々とした、森の中での夕飯の時間。その様子を、とあるポケモンがじっと見ていた。

 ディナータイムを終える頃にはとっくに夜の帳が下りていて、空にはきらきらと満点の星が瞬いていた。アーティの提案の元、サトシたちはこの大樹の上を夜床にしようと決める。
 アイリスたちはひょいひょいっと身軽に登っていく中、サニワはデントをトゲキッスの背中へ乗せて大樹の梢へ到達した。
 横に広がって寝ても十分なほどの広さがあり、同じ枝に寝袋を並べていく。そんな中、アーティがぽつり、と独り言つかのように語りかけてきた。


「君たちは旅に出て、どれだけの発見をした?」
「……発見、ですか?」
「僕はね、子供の頃に虫ポケモンの美しさに純情ハートを奪われて、絵を描いたりバトルしたり……。それをずっと繰り返してきたんだけど、未だに発見があるんだ。本当にポケモンの世界は不思議で満ちているよねん」
「はい! 俺もそう思います!」
「あたしも!」
「主さま! 流れ星ですよ、お願い事でもしましょうか」
「ファンタスティックなテイストだ!」


 次々と夜空を流れていく流星に、サニワはそっと両手を組んで願いを馳せる。いつか、元の世界へ戻れますように、と。
 彼女のその姿は、あまりにも崇高で、人間離れするほどの神々しさすらも感じさせる。まるで、宗教画に描かれた聖女のようであった。
3/4ページ
スキ