第10話

 幸い、今度は道に迷うことなくすんなり大樹の下まで辿り着いた。
 この大樹は一体どのくらいの時をこの森で過ごしてきたのだろう。相当長い間この森を見守り続けているのだ、もしかしたら神様が宿っているのかもしれない。

 飛んだ方が木を登るよりも速い。そう判断したサニワは、トゲキッスをボールから出し、軽く大樹へ対して一礼すると、ひらりと彼女の背中に跳び乗った。
 サニワを乗せたトゲキッスは、木漏れ日に煌めく白銀の翼を力強く羽ばたかせると、一気に高度を急上昇させた。

 トゲキッスのおかげですぐにある程度の高さまで到達する。
 何かが蠢く気配を感じ、咄嗟にそれから距離をとって注視すると、そこには深緑色の布に包まった何かが、もぞもぞと蹲っていた。気配や大きさから換算して、恐らく成人男性だろう。
 サニワはトゲキッスに慎重に近づくよう指示を出すと、それはバッとマントを翻し、しげしげとトゲキッスに乗ったサニワを見つめる。彼女の予想通り、深い緑色の物体は、亜麻色の柔らかそうな髪が特徴的な細身の男性だった。


「雪のように真っ白な肌に、吸い込まれそうな真紅の瞳……。なんて美しい子なんだ……!」
「……?」
「ねぇ、キミは一体何者だい?」


 男は軽い身のこなしでトゲキッスの背中へ乗り込むが、いきなり飛び乗られたことに驚いた彼女は降りろと暴れまわる。男性だけでなく、主人でさえも振り落とし、彼らの体は上空数十メートルの高さから一気に急降下した。


「主さま!」
「マズい、このままじゃ地面へ落下するぞ!」


 地面で待機していたサトシたちは不測の事態に驚きを隠せない。慌ててそれぞれがモンスターボールを手に取ったが、それよりも早くトゲキッスがサニワたちに追いついた。
 男のマントを器用に口で咥え、サニワを大きな背に乗せる。ゆっくりと優雅に舞い降りたトゲキッスはどこか神々しく、威厳を放っていた。
 だがそれよりも、皆が目に着いたのは大人しく咥えられている男。一体誰だろうと一同が疑問に思ったのは言うまでもない。

 サニワはキュウコンの入ったボールと美味しい水をリュックから取り出し、キュウコンの炎で白湯を作ると、肩で息をする男にそれを差し出した。
 男はありがとう、と白湯を彼女の手から受け取ると、なぜあそこにいたのか事の顛末を語り始めた。


「僕は絵を描いたり服のデザインをしたり、まぁ言ってみれば天才的なアーティストなんだけどねぇ……。創作に行き詰まってしまったんだよん。で、まぁ森のポケモンのように生活をすれば、何かインスピレーションが得られるかと思ってねぇ。ところで、キミたちこそこんな所で何をしているんだい?」
「実は、森の中で迷ってしまったんです」
「なんだぁ、出口だったら僕が案内できるけど……。折角だから、キミたちも森の生活を楽しんだらどうだい?」
「でもオレ、ヒウンシティに行ってジム戦がしたいんです」
「それなら今行っても出来ないよん。何しろ! ヒウンシティジムリーダー・アーティとは僕のことだからねぇ!」


 まさか次に挑戦するジムリーダーが彼だったとは知らない一同は、サニワを除き驚きの声を上げる。
 サニワは無表情かつ無言……否、無反応のままだが、内心はかなり驚いていた。

 改めて自己紹介を済ませると、アーティはどこか引っかかるところがあるのか、サニワの手を握り締め、じっと瞳を見つめる。好奇の目には慣れているといえど、あまり気分の良いものではないので、サニワは小さく身じろいだ。


「へぇ、キミの名前はサニワっていうのか。ん? 待てよ……どこかで聞いたことがあるような」
「……」
「おや、どうしたんだい?」
「……手、離す、して」


 なかなかアーティが手を離してくれないので困惑していると、クルミルが現れて彼の頭へ蹴りを入れる。かなり勢いづいていたので、アーティは痛みに顔を顰めていたが、ひとりでにボールから出たサーナイトは、親指を立てて称賛の意を示した。

 サニワはクルミルをひょいっと抱き上げる。先ほどサトシが追いかけたクルミルと同じ個体だろう。
 この子を捕獲しようと追いかけた結果、道に迷ってしまったことをアーティに伝えると、何とも独特で呑気な相槌が返ってきた。


「もしかしてアーティさんのポケモンなんですか?」
「いや、野生だよ。だからこそ一緒に時間を過ごしていると、いろんな発見があるんだ」
「へぇー! 森のポケモンの生活って面白そうだな!」
「ゲットする前にそのポケモンのことを知っておくのは大切なことだ。君達もどうだい?」
「はい! 是非お願いします!」
「あたしも!」
「じゃあ今日はここでキャンプすることにして、僕は食事の準備をしておくよ。サニワはどうする?」
「主さまはやや疲労が溜まっている状態のため、こちらで待機するそうです。料理は主さまにもできますので、デントさまはジムリーダーと行動を共にして頂きたいようで」
「そうか。じゃあお言葉に甘えて、僕も行ってこようかな」
「……気をつける、して。ね」
「おう! 行ってくるぜ!」


 サトシたちは、嬉々としてアーティの後ろをついていく。
 こんのすけはアーティが気になるようなので、サニワの頭からアーティの左肩へ移動し、彼らの後を付いていった。
2/4ページ
スキ