第18話

 進化の喜びを粗方表現して満足したエルフーンは、膝の上にちょこんと乗っかった。まるで大きなぬいぐるみを抱いているかのようで、年相応の愛らしさを醸している。
 エルフーンを右手で撫でてもふもふを満喫しながらサーナイトに目配せしたサニワ。サーナイトのテレパシー能力を通じてシューティの問いに答えるつもりのようで、サトシたちの脳内に玲瓏たる声が響き渡る。


『さて。貴官の質問への答えだが……基本的に後方勤務なんだが、配属された部隊がやや特殊でね。たまに最前線に出ることもある。必然的に攻撃を見切る必要があるため、動体視力が他より優れるようになった……と言おうか』
「それじゃ、他の人は? 部隊に配属されてたんでしょ?」
『正直、刀剣男士たち……あぁいや、刀の付喪神と共に出陣していたから、人間の運動能力についてはあまりよく分からない。……ただ人外ゆえ、運動能力は彼らの方が圧倒的に上のはずだよ。人の身を得ているから、見た目は小官よりも人間らしいけれど』
「へえ〜! どれだけ凄いんだ?」
『それは機密上答えられない』


 淡々とシューティの質問に答えるサニワ。機密により答えられない質疑はばっさりと斬り捨てるものの、質問に応ずる気はあるようだ。
 この際纏めて問い事に応じるつもりのようで、サトシたちにも疑問がないか尋ねていた。


『この際だ、質問があるなら答えよう。……軍事機密に触らない範囲でだけど』
「イッツ・質問ターイム!」
『……元気を取り戻したようで何よりだよ』


 デントはすっかり普段通りのテンションに戻っており、サニワはいつも通りの能面の如き無表情だが、内心安堵した。対してこんのすけは、内心反省しているのか呆れたように見詰めていた。
 しかし全く気付いていないサトシたちは、矢継ぎ早に質問を投げていく。


「はいはいはい! それじゃ質問! サニワって、他の人間? と一緒に戦うことはなかったのか?」
『交流はそれなりに持っていたが、共に出陣することはなかった。指揮系統を叩かれたら、前線が混乱するだろう? だから基本的に固まって行動することは滅多にない。軍事会議の終わり際に世間話する程度だよ』
「次はあたしね! えーっと……軍事会議って、どんな話をするの?」
『それは機密により答えられない。作戦の内容を曝け出すわけにいかない。……小官の口から出ても信用度は低いだろうが、入植するつもりはないのでその点は安心して欲しい』
「ニュウショク?」


 サトシたちは耳馴染の薄い言葉に、頭上に疑問符が舞い踊っている。割と聡明な部類に当たるデントやシューティも同じ反応なので、そもそも植民地の概念自体が存在し得ないのだろう。

 こんのすけが簡素に解説するものの、シューティとデントは何となく合点がいったらしいが、サトシとアイリスは想像も付かないのか、彼らの脳内はぐちゃぐちゃに掻き回されただけだ。
 サニワがより噛み砕いて説明したことで、やっとサトシとアイリスにも疑問が氷解できたようだ。


『……さては理解できていないね?』
「えへへ……」
『大雑把に言ってしまえば、戦争を仕掛けて従わせようとする意図は全くない、と考えてくれて構わない。自分の口から言っても信用できないとは思うけれど』
「どうして? 信じるに決まってるわ! だってサニワは、こっちの世界で色々してくれたじゃない!」
『自分で言うのも何だが、もう少し人を疑うことを覚えるべきだ。この世の全ての人間は、善良な存在とは限らないよ。……小官が、騙されてこの世界に留まらざるを得ないように』


 半ば呆れたように忠告するサニワ。彼女の経験談を踏まえた忠言はサトシたちにずしりと重く伸し掛かり、思わず苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる。
 デントがこの重苦しい空気を変えようと、別の話題を持ち出す。自分の脳内の片隅に、ふわりと浮かんだ疑問だった。


「じゃ、じゃあ僕も質問させてもらおうかな! サニワは超能力を使っていたけれど、一体どんなことができるんだい?」
『そうだね……自分の霊能力は、基本的に治癒や浄化に特化している。病気平癒、忌み地の浄霊がその最たる例かな。自分が負傷した場合には使えないけれど。サトシたちは見たことがあるだろう?』
「つまり、怪我を治したりするのが主さまが最も得意とされる能力です。他にも夢による未来予知なども行えますよ。見ようとして見られるわけではありませんが」
『他にも……こちらの世界で言えばサイコメトリーとか、あとは……ポケモンの言語が理解できる程度だね』
「ポケモンの言葉がわかるの⁉」


 驚いたようにサニワを見詰めるが、当の本人はいつもながらの無表情を貫いており、つまらないと言いたげに毛先をくるくると弄っている。
 ちなみに彼女の場合、サーナイトのテレパシー能力を使って会話しているように、鳴き声とは別に脳内に言葉が響いている状態だ。


『そんな反応されても困るんだが……さして珍しくはないだろう? 少なくともシンオウ四天王のリョウ殿は、虫ポケモンの気持ちを理解できるらしいね。お会いしたことはないから、自分みたいに聞こえているのか詳しくは知らないけど』
「じゃあさじゃあさ、俺たちのポケモンの言葉も分かるってことか⁉」
『いや、さすがに全てのポケモンの言語や意図が理解できるわけではない。特にホウエンチャンピオン殿の手持ちはプログラミング言語で話していたり古語で喋ったりするからね。唯一理解できるのはエアームドだけだ』
「ダイゴさんに会ったことがあるんですか⁉ じゃあ、アデクさんとも⁉」
『ホウエン地方に限らず、他地方のチャンピオンと謁見したことがあるよ。アデク殿もまた然り』 


 一通り質問を終えて満足したのも束の間。今度はサニワがサトシたちへ質問をぶつけた。内容は至極単純ではあるものの、難題でもあった。


『今度は自分が質問させていただくとしよう。……サトシもアイリスもデントも、シューティさんも。ポケモンバトルで高みを目指し切磋琢磨しているが、なぜ力を欲しているんだ?』
「なぜと言われても……」


 思わず口を閉ざすシューティ。物問う彼女は、いつもどおりに振る舞っているはずなのに、どこか肌刺すような寒気すら感じさせるほどの威厳を漂わせていた。
 しかし今までずっと一緒に旅を続けていたサトシは、そんな威圧感すら関係ないといわんばかりに断言した。彼に続いてアイリスたちも、自分の考えを、自分の言葉で述べていく。


「そんなの決まってるだろ! 俺はポケモンたちと一緒にバトルするのが楽しいんだ! それで強くなったら嬉しいし、もっと色んな奴とバトルできる‼ そう考えるとわくわくするんだ!」
「あたしも。キバゴが成長して進化するにはまだまだ経験値が必要だけど、それでもこれから一緒に強くなって、バトルも勝てるようになるって考えたら……もう居ても立ってもいられないわ!」
『それを聞いて安心したよ。権力然り、バトルでの実力然り……どんな力でも責任が伴うもの。力は弱きを虐げるために使うのではなく、弱きを助くために使うべきだ。……これはあくまで自分個人の意見に過ぎないけれど』


 あまりにもサニワの価値観が大人びており、アイリスとデント、そしてシューティが舌を巻く。思わずアイリスが前世の記憶を持っているのかと訊ねるほどには、独特の思想が形成されていた。
 非科学的だと否定するデントに食ってかかるアイリス。二人がぎゃいのぎゃいのと騒ぎ始めた頃、シューティはソファから腰を上げる。


「それじゃ、そろそろ僕は行きます」
「もう行くのか?」
「君と違って僕は忙しいんだよ」
『くれぐれも自分が異世界出身だと他の人には告げないように。他言無用だ』
「言いませんよ。そんな話、誰かに喋ったところで信じられるとは思いませんし」
『それもそうか。素晴らしい旅路を祈っているよ、シューティさん。道中、神の御加護があらんことを』


 ソファに座ったまま手を振るサニワに、シューティは軽く一礼をするとそそくさと退室する。
 窓の外に視線を移せば、空は茜色に染まっていた。
4/4ページ
スキ