第43話

 ここは幸いにも病院だ。医師と看護師たちがすぐに治療に取り掛かる。
 言わずもがな、入院期間は延長されることとなり、退院の目処も付かなくなってしまった。退院するまで何人たりとも面会謝絶となるのも、彼女の精神状態を加味しても、致し方ない処置といえるだろう。

 場所を変え、同じミアレシティ内にあるプラターヌ博士の研究所のエントランス。通夜の如き、沈んだ空気が漂う。
 かなりショックだったのだろう、カルネも含めた全員は、一言も声を発することなく、ソファに座っていた。重苦しい静寂に包まれていた。そんな中、やっとのことで声を出したのはダンデだった。


「……まさかサニワくんが、自殺未遂をするなんて」
「正直に言わせてもらうけれど、あのままじゃ……サニワちゃんは早かれ遅かれ、自殺してたと思うよ。それが今回未遂に終わっただけだ」
「……なんで、そう言い切れんだよ。オマエにアイツの何がわかるんだ⁉︎ 今回の一件で、サニワが死ぬかもしれなかったのに‼︎ 危険な目に遭わせたオマエに何がわかる⁉︎」
「ちょっと、キバナさん! さすがに手を出すのは駄目よ!」


 ダイゴの言葉に激高したキバナが、ダイゴの胸ぐらを鷲掴んだ。その様はさながら逆鱗に触れたドラゴンのようで、遠目に見ていたマノンとハリさんを震え上がらせる。ところがダイゴは、ドラゴンの吐く灼熱の炎をものともとしない鋼鉄の如く至極冷静だ。

 さすがにポケモンバトルではなく、直接的に手を上げるのはNGだ。ダンデがキバナを引き剥がし、カルネとプラターヌ博士が宥めるものの、キバナの怒りを収めるには到底難しいだろう。
 渋々拳を下ろしたキバナだったが、その怒りをダイゴへぶつけるのは止めようとしない。そのまま矢継ぎ早に捲し立てた。


「アイツが———サニワが初めてこの世界に来たとき、どこもかしこもズタボロで‼ 見てもいられなかったくらいには酷かった‼︎ だから……ダンデとオレサマは、アイツをこの世界で守り通すって決めたんだよッ‼︎」
「貴方のその気持ち、私も痛いくらいわかるわ。でも、サニワちゃん自身の気持ちは無視しても良いの?」
「……そうでもしなければ、あの子を守れないと思ったんだ。手元に置いていないと、サニワくんを守れないと。現に、ガラルから離れてイッシュ地方を旅していたときに、悪の組織に身柄を狙われて、誘拐されそうになっていただろう」


 イッシュ地方の地下には、縦横無尽に地下鉄が走っている。それを利用した、ロケット団による未曾有の事件。大胆不敵で前代未聞のそれは、このカロス地方でも話題に上がっていた。二、三日も経てば、別の話題に移っていたが。

 ダンデの吐露した声に、マノンが思い起こす。まさかあの事件も、サニワが関わっていたなんて。思いもしなかった。
 事情を知らなかったマノンが驚いていたのも束の間。ダイゴが自分の考えを、独り言ちるかのように述べた。


「……だからって、サニワちゃんの意思も聞かずに、自由に羽ばたくための風切羽を斬り落として、籠の鳥にするのはどうかと思う。二人も気付いてるだろう? イッシュを旅したサニワちゃんの凍てついた表情が、ほんの少しだけ解けたことを」
「あたしも、ダイゴさんと同じ。あの時……サニワさんが元の世界に帰れるって知ったとき、凄く嬉しそうに笑ってた! 本当に帰りたいんだろうなって思ったし、あたしはサニワさんとお別れすることになったとしても、それがサニワさんの夢なら、あたしは応援したい‼」
「……だが、あの世界は物騒だ。テロリストとの戦闘中、その上サニワくんは軍人。いつ殺されるかわからないんだぞ!」
「元の世界に返して、あっさり死んだらどうすんだ⁉ 元も子もねえだろうがよ‼」
「だからといって、ガラルに無理やり連れていっても、もう一度自殺未遂を起こすだけでしょう。今回は未遂で済んでいるものの、今度は本当に自ら命を絶ってしまってもおかしくはない」


 プラターヌ博士の言葉を最後に、再び静寂が訪れる。このまま意見をぶつけ合ったとしても、どちらかが折れない限り平行線だ。
 そんな中、声を上げたのはサニワのサーナイトだった。正確には、ボールに入ったままで、サーナイトがテレパシー能力で脳内に直接伝える———サニワが明確に意思表示するために翻訳していた———方式だが。


<……お二人とも。マスターの傍で支えるポケモンとして申し上げます。マスターを、元の世界に帰らせて欲しいのです>
「オマエもそっち側かよ……まあいい。もしも、サニワと二度と会えなくなったとしてもか?」
<はい。マスターはまだ幼いのに、海よりも深い絶望と、山よりも高い希死念慮しか感じられませんでした。マスターから感じ取れるのは、真っ黒な感情だけ。ですが、元の世界へ帰れる方法を知ったとき、期待と羨望に溢れる感情を感じ取れたのです。まるで一気に色がついたように、五感を取り戻したかのように! 死人が、まるで生き返ったようだったのです!>


 サーナイトの力強い演説に、全員耳を傾ける。まるで、幕府を守るために演説した北条政子のようだ。
 彼女の力説は最後まで続く。不思議なことに、誰一人遮る者は居なかった。


<再びガラルへ戻れば、マスターの心はきっと死んでしまうでしょう。身体が生きていても、感情がなくなって……心が死んでしまっては、意味がないと思うのです! それこそ、ただの人形と変わりません‼>
「……ただの人形、か。確かにね」


 サーナイトの言葉に思い当たりがあったのか、ダンデは目を伏せて黙り込む。それでもキバナは認めたくないのか、拳を握りしめて首を横に振っていた。


「死んじまったら意味ねえだろ……! 命あっての物種なんだ……」
<確かに……貴方の仰ることも理解出来ます。ただ、マスターはとても虚弱なお方。たとえこの世界に留まったとしても、私たちポケモンが技を使わずとも、あっけなく死んでしまう可能性だって否めません>


 脳内から直接伝わるサーナイトの言葉に、キバナたちは押し黙る。手持ちのポケモンが少し尻尾を振っただけで、少しじゃれついただけで、サニワの小さな身体が吹き飛ばされていた。そんな心当たりはいくつもあった。
 言葉を発することのない二人に対し、サーナイトは言葉を続ける。観念したキバナは両手を挙げ、降参のポーズを取った。


「……わぁったよ。確かに、この世界に留まったとしても、アイツはあっけなく死んじまうかもしれねえ。それは薄々気付いてた」
「そんなの……俺たちが守ってやればいいじゃないか! キバナ、君の決意は一体どこに行ってしまったんだ⁉」
「キミたちが守ると言えど、限度がある。サニワちゃんの耐久力じゃ、バトルですら危険なんだ。ポケモンの技がサニワちゃんへ掠ったら? 技自体に当たらなくても、衝撃で吹き飛んだ瓦礫が直撃したら? こうして生きていられるのは、奇跡といっても差し支えないだろうに」
「そ、れは……」
「最終的には、ポケモンたちから引き剥がして、独りぼっちで部屋に押し込めるしかなくなるだろうね」
「……ッ」


 ダイゴの台詞で、ダンデが押し黙った。確かに、サニワの耐久力を鑑みれば、監禁せざるを得なくなる。黙り込んだダンデは、静かに俯いた。
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