第43話

 フラダリによる狂気の事件から、数日が経過した。
 長期間永い眠りに就いていたサニワは、手の治療も兼ねて入院。部屋は彼女の知名度を考慮して、ダイゴがだだっ広い個室を手配した。
 ベッドの上でぽつんと佇むサニワは、長期間食物を摂取できなかったことで、小さな身体が以前よりも更に痩せてしまった。そのせいか、病室はどこか悲壮感が漂う。

 だが本人は割と機嫌がいいらしく、ダイゴやマノンたちが見舞いに来る度に、ぱぁっと表情が明るくなった。
 ちなみにこんのすけは自らが狐だからと、病室に来るのは念のために控えていた。サニワが退院するまでの間はミアレジムで世話になっている。


「サニワさーん! 具合はどう〜?」
「……だい、じょぶ。……ありが、と」
「うん。このままだと、アランが事情聴取が終わる頃には退院できそうだね」
「……アラン、どう、した?」
「あぁ……今回の一連の事件の参考人として、事情聴取されているんだ。ただ彼はフラダリに操られていただけだし、特に話を聞くだけで何ともないと思うよ」
「……そう」


 アランのことだ、暗躍飛躍して悪事らしい悪事を働いていたわけでもない。何より、共に行動していたサニワは彼の燃えたぎるような正義感を知っている。割とさらっと聞き流した。

 そうだ、と思い出したように、ダイゴが紙袋から出したのは、各々が見舞いに持ってきた品々だ。
 ダイゴたちチャンピオンからは大量の木の実を贈られたが、ダイゴもマノンもプラターヌ博士も、ナイフを上手く扱えないタイプの人間だった。
 マノンのハリマロンとダイゴのメタグロスがボールから出されると、半ば呆れたようにひと鳴きした。それぞれ蔓の鞭とサイコキネシスで器用に林檎を剝き、それに目を輝かせたサニワは紅葉のような手で拍手する。

 マノンが紙袋から取り出したのは、一つのチョーカーだった。赤色の首輪の中心には、こんのすけのような丸い金具が取り付けられている。


「あたしたちからはこれ! じゃーん! シトロン特製、『サニワさんの言語翻訳機』〜! こんのすけから言語データを貰って作ったんだって! 詳しいことはあんまりよく分かんないんだけど……とりあえず使ってみればわかるかも!」
「ふぁう! ふぁうふぁう〜!」
「わぁ! サーナイト、返してよ〜!」


 早速試運転を開始しようと、サニワの首元に装着しようとした。ところが、突如ボールから飛び出たサニワのサーナイトがサイコキネシスでマノンの手から掠め取る。
 サーナイトから返してもらおうとマノンは奮闘するものの、サーナイトは嫌そうに拒否する。


「えぇ〜⁉︎ サーナイト、返してくれないとサニワさんに付けられないよ!」
「ふぁうわう! ふぁう〜!」
『やがみちゃん。今まで私の意志を通訳してくれて、本当にありがとう。これを装着しても、まだまだ貴官の力を借りることがあるだろう。リスニングに関しても力不足だし、何よりこちらの世界の文字は読めない。……その首輪、貸してくれる?』
「……ふぁーう」


 サニワの言葉で渋々納得したサーナイトは、念動力で器用にチョーカーを主人の首へ装着した。
 真っ白な細い首に、赤色のレザーがよく映える。中央部分の機械は、蛍光灯の光を反射して銀色に輝いていた。


「サニワさん、付け心地とかどう?」
「……そうですね。今のところ、問題はないと考えます。言語もきちんと翻訳されているようです」
「本当⁉︎ 成功だね!」
「えぇ。ただ恐らく、小官の言語をこちらの世界の言語に翻訳するのみです。その逆はまだ不可能なようですので、まだまだ彼女の力を借りることにはなりそうですね」


 ちらりとサーナイトと目を合わせるサニワの顔は、どこか優しい。サーナイトも自慢気にふふん、と鼻を高くしていた。サーナイトに鼻があるかは知らないが。

 和気靄々とした雰囲気の中、ダイゴのスマホロトムが宙を舞う。着信だ。
 ダイゴはホウエンのチャンピオンでありながら、大企業デボンコーポレーションの御曹司だ。商談かもしれないと断りを入れて退室する。
 ところが、やや不機嫌な話し声がした後、すぐに病室へ戻ってきた。


「……サニワちゃん。物凄く言い辛いんだけど、ダンデとキバナがこっちに向かってる」
「は……なんで、そんな……⁉︎」
「サニワちゃんの世界へ戻る方法がわかったとは知られていない。だけど、それも時間の問題だろう。幸いカルネさんも同じくこっちに向かってるから、何とか説得してみるよ。最悪、バトルも辞さないつもりだ」
「お願いします……!」


 ただでさえ深雪の如き真っ白な顔色から、更に血の気が引いたサニワを一瞥し、ダイゴは改めて病室を退室。
 先ほどの和やかな雰囲気から打って変わって、病室には張り詰めた空気が充満する。まるで、病室の空気が湿気を吸ったかのように。そして、どろりとした粘着質な液体と化けたかのようだった。
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