第44話

「小官の世界に、契りを交わす際の風習があるんです。さ、小指を」


 アランは「契りを交わす」という言葉に一瞬心臓が飛び跳ねた。まだまだ幼い彼女のことだから、そういう意味ではないのだが。
 すっと小指を立てた手を出すサニワ。彼女の世界の文化なのだろう。アランは内心ややドギマギしつつも、同じように差し出した。すると、サニワは小さな自身の小指を絡ませる。

 そして彼女の口から紡がれるのは、恐ろしいほどに残酷なものだった。しかも幼い声は更に恐怖を増幅させる。幸い翻訳機は技術の都合上旋律そのままに翻訳できなかったので、音程が面白いほど外れていたのが救いか。


「指切りかねきり、高野の表で血を吐いて来年腐って又腐れ。指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ます、指切った」
「怖い‼︎」
「サニワちゃんの世界の文化は、マーベラスでもあるけれど恐ろしいものも多いね。何か由来でも?」


 ひょっこりと現れたのは、この研究所を構えるプラターヌ博士とサニワの懐刀・こんのすけ、そしてマノンだ。珍しくサニワ以外の肩に乗っかっている。

 プラターヌ博士は、考古学者であるシロナとはシンオウ地方で活躍するナナカマド博士と同門であり、いわば彼女の兄弟子にあたる。
 割と興味津々に尋ねるプラターヌ博士に対し、サニワとこんのすけはやや困惑気味だった。


「え、あー……その、博士殿のおっしゃる通りで一応由来はありますが、黙秘します。黙秘させてください」
「えぇ〜⁉︎ なんでなんで⁉︎」
「マノン、あまり我儘を言うんじゃない」
「我儘じゃないもん、解説してもらうだけだもん! ねえねえサニワさん、別に怒らないから教えてよー!」


 サニワの肩を鷲掴みにしてがくがくと勢い良く揺さぶるマノン。すぐにアランが止めさせたが、激しい揺さぶりに耐えかねたのか、渋々説明することに決めたようだ。話の内容上、解説するのはこんのすけだが。


「そのー……遊郭にお勤めされる女性がおりまして。その方々が落籍するには多額の金が必要なんですが、そうそう用意できる金額じゃないんですよね」


 それこそダイゴのような大金持ちでもない限り、相当に入れ込まないと難しい。どれほど相手を思っているのかわかってもらうため、彼女らは自らの小指を斬り落として想いを伝えた。それが由来だ。
 なお自らの指を斬り落とす実例はあまりなく、実際は蝋で作った偽物を渡したり、死人の指を斬り落としたりしていたらしい。
 ラブロマンスが由来と知り、アランの顔はみるみるうちにオクタンの如く赤色に染まっていく。対してプラターヌ博士は顔面から滂沱の涙を流していた。


「今では子ども騙しの呪(まじな)い程度の意味ですし、そんな大層に考えていただかない方が……。博士殿、顔色が優れないようですが大丈夫ですか?」
「いや、もうね……レディの心情を考えると、胸が締めつけられるようだ」
「……まさか、こちらではそういった施設は存在しないんですか?」
「ない」


 アランは顔色をすぐに戻すと、こんのすけの問いをやや食い気味に否定した。
 サニワはくりくりした目をぱちくりと瞬かせ、こんのすけは主人と顔を見合わせた。相当驚いているらしい。


「世界が違えば文化も異なるものといえど、やはり衝撃的だと感じますね」
「衝撃的に感じるのはこっちなんだが?」
「……サニワちゃん。思い入れはあるのだろうけれど、やっぱり帰らない方、が……」
「博士殿、お気遣いありがとうございます。ですがご心配には及びません。それに、鏡の付喪神による郭制度を導入した結果、刀剣男士による神隠しが減少したという統計結果も———」
「そういえば、そういった論文が提示されましたね。政府の職員の中でもかなり話題になっていました」
「そうなの? 私が士官学校在籍時に卒論として提出した論文なんだけど……」
「あれって主さまが書いたんですか⁉」


 軍大学の卒論として提出されたそれは、他の卒業生のそれとは異なり、かなり異質だった。
 士官候補生は勇ましい論文を書きたがり、内容もどれも前線における戦術ばかりで似たり寄ったりになるもの。しかしサニワが提出したのは、刀剣男士の神隠しにおける人的被害と、その減少を目的とした合法的な売春制度や、それにおける法整備。更に概要は単純明晰で、極め付きはまだ齢が十にも満たない幼子が書いたものとは到底思えない代物だった。

 目の前に佇む幼女が想像以上に有能な人材だったと知り、アランは思わず身震いをした。もしも彼女が敵側に回ったら、この世界の人類では到底太刀打ちできない。
 自らも知らないうちに、目の前の天使(怪物)に身構えていた。
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