第44話
楽しい時間はあっという間に過ぎるもの。夕日が空を茜色に染める頃、パーティはお開きとなり、サニワは中庭で研究所のポケモンたちと共にしていた。
せめてパーティの片付けくらいは手伝わせて欲しいと頼んだものの、病み上がりだから、退院したばかりの身体で要安静状態だからと断られ、最終的にはサーナイトのサイコキネシスで無理やり中庭まで強制退場させられたのである。
だからといって、対して手持ち無沙汰でやることもない。芝の上に座り込んだサニワをポケモンたちが囲い込んだ。天窓からの自然光が、サニワたちを照らす。あまりにも神々しいその様は、まるで宗教画のようだ。
それを視界に入れたアランは、思わず、中庭へ足を踏み入れていた。
サニワはしばらく研究所のジグザグマやマリル、自らの手持ちポケモンと戯れる。かなり機嫌も良いのか、いつの間にか歌を口ずさんでいた。
バラード系だろうか。ゆっくりとしたテンポで流れていくその歌は、どこか心が落ち着くメロディだ。
シトロンの翻訳機により、翻訳された歌詞は。子どもを心配する母親のような、慈愛に満ちあふれる歌詞だった。
「……!」
気がつけば、アランの目からは大量の涙が溢れ出ていた。自分でも制御できない滂沱の涙にアランは困惑する。
心配そうにアランの元へ集まっていくポケモンたち。そして、ぽたりぽたりと地面へ滴り落ちる滴の音に気付いたサニワが、真っ白なハンカチを差し出した。マノンに自分のポケモンたちを託した時に渡した、木綿のハンカチだった。
「……アラン、これを」
「あぁ。ありがとう」
「その、あまり擦らぬようにすべきかと……。肌が荒れてしまいます」
サニワと同じ色をした、純白のハンカチ。アランはそれを受け取ると、乱暴にごしごし顔を拭く。
心配そうにじっと心配そうに見詰めるサニワとポケモンたち。その吸い込まれそうな、ガーネットの瞳の魔力に惑わされたのか、アランは気付けば心のうちを吐露していた。
アランの懺悔に、サニワはひたすら耳を傾ける。落ち着くように、とんとんと。幼女特有の柔くて小さな手が、アランの背を優しく往復した。
「……代表の本当の目的を知らなかったとはいえ、協力してしまった。お前を始め、多くの人やポケモンに迷惑をかけた。償い切れない過ちを犯したんだ。……どうしたらいいか、わからないんだ」
「……しばらく眠っていたので、事件の詳細はよくわかりませんが……。小官が思うに、フラダリ氏に手のひらの上で踊らされていただけ。貴官に非はありません」
「俺は……俺は、代表に騙されて、お前を……殺しかけた、ようなものだろう……。何故そう言い切れるんだ」
「カナズミ沖の、あの時……ゲンシカイキしたポケモンたちから、私を助け出してくれました。貴方も技が直撃したら、ただでは済まないのに。貴方は自身の危険を顧みず、出逢ったばかりのわたしを助けてくれましたね」
サニワの威厳のある軍人らしい敬語から、少し柔らかな口調へと代わる。その声が、言葉が。まるで、アランには神の啓示のように聞こえて。
アランはいつの間にか、天使、否、小さな女神の声に、必死に耳を傾けていた。
「わたしは、貴方に信頼を置いています。……僭越ながら申し上げると、貴方はまだまだお若いのです。広大な世界をその目で見て、自分はどのように行動すべきか。じっくりと熟慮する時間は、まだまだ残っている。貴方ならきっと、正しい判断ができる。わたしは、そう思っています」
「……ありがとう」
「わたしは、わたしの思うままを述べたまでです」
優しく微笑むサニワは、自らの項に手を伸ばした。そして外したのだ。メガシンカに必要な、キーストーンを。ネックレスに加工された、それを。そのままおもむろに、アランの目の前へ差し出す。
アランの腕には、いつもの黒い腕輪が装着されていない。リザードンの首元の装飾具もなかった。フラダリから貰ったそれらを、警察に証拠品として提出したのだった。
「……どうぞ。お受け取りください」
「待ってくれ! それはお前のもので、俺が持つべきじゃない‼︎ それに、サーナイトとメガシンカ出来なくなるだろ⁉︎」
「小官には、もう必要のないものです。それに……彼女たちをわたしの世界に連れて行くことは、相当厳しい」
「なぜ置いていくんだ⁉ ……サーナイトだって、メガシンカできるくらいだろう⁉︎ 折角築いた絆を、無下にするのか⁉」
サニワの薄く、細い梢のような腕をがっしりと鷲掴みにするアラン。まるで彼女がサニワのポケモンの言葉を代弁するかのようだ。
しかし、サニワとて好き好んで彼らと別れを告げるわけではない。ぎゅっと眉間に皺を寄せ、耐え忍ぶかのように語る声は、どこか啜り泣くかのようにか細かった。
「だからこそです。……わたしの世界は今、戦時中です。生物兵器として利用されるのは確定事項でしょう」
「……だが」
「小官は、軍人です。上層部からの命令には、どんなものでも従わねばなりません。国民を、民間人を守るためならば、この身を挺して彼らを守る。それが軍人です。小官のエゴではあるのですが、血で血を洗うような情景を見せたくはありませんし、何より……彼らを、この戦争に巻き込みたくないのです」
「サニワ……」
「それに、本丸に時間遡行軍が襲撃する可能性も否定できません。防御用の結界が張られておりますが、実際に襲撃され、全滅した本丸もあります。平和なこの世界で、心を穏やかに過ごして欲しい。それが、トレーナーとして小官ができる唯一の行動であり、願いです。だから……皆をどうか、お願いいたします」
ポケモンたちと視線を交わすサニワ。確かに大好きな主人と離れるのは嫌だが、彼女とは住む世界が違う。
何より、平和なこの世界で、穏やかに過ごすのが主人の願いなら、それを甘んじて受け入れる。彼女のポケモンたちは、その覚悟ができていた。
サニワはアランの手を取ると、彼の青色の瞳をじっと見詰める。まるで、カナズミシティでフラダリから離れるべきだと告げた、あの時のように。
「アラン。貴方なら、この力を……メガシンカを、正しく使えると確信します。だから、貴方に使って欲しい」
「……わかった。お前がそこまで言うのなら」
サニワのネックレスを受け取ったアラン。だが小柄なサニワの首でちょうどだったそれは、アランの首に装着するにはいささか……否、かなり小さ過ぎる。
陶器の如く真っ白な手で、アランの腕に装着するサニワ。腕に装着するにはやや大きい。
「今度こそ、メガストーンとキーストーンを見つけてみせる。その時は、またバトルしてくれないか?」
「もちろん。その時が来ることを、楽しみにしております」
頬を牡丹色に染め、ふわりと周囲に花が舞うような、年相応の可憐な笑みを浮かべるサニワ。後ろには天窓からの光が差し込み、あまりにも神聖で。清らかで。まるで、天啓を授けに来た天使のようだった。
せめてパーティの片付けくらいは手伝わせて欲しいと頼んだものの、病み上がりだから、退院したばかりの身体で要安静状態だからと断られ、最終的にはサーナイトのサイコキネシスで無理やり中庭まで強制退場させられたのである。
だからといって、対して手持ち無沙汰でやることもない。芝の上に座り込んだサニワをポケモンたちが囲い込んだ。天窓からの自然光が、サニワたちを照らす。あまりにも神々しいその様は、まるで宗教画のようだ。
それを視界に入れたアランは、思わず、中庭へ足を踏み入れていた。
サニワはしばらく研究所のジグザグマやマリル、自らの手持ちポケモンと戯れる。かなり機嫌も良いのか、いつの間にか歌を口ずさんでいた。
バラード系だろうか。ゆっくりとしたテンポで流れていくその歌は、どこか心が落ち着くメロディだ。
シトロンの翻訳機により、翻訳された歌詞は。子どもを心配する母親のような、慈愛に満ちあふれる歌詞だった。
「……!」
気がつけば、アランの目からは大量の涙が溢れ出ていた。自分でも制御できない滂沱の涙にアランは困惑する。
心配そうにアランの元へ集まっていくポケモンたち。そして、ぽたりぽたりと地面へ滴り落ちる滴の音に気付いたサニワが、真っ白なハンカチを差し出した。マノンに自分のポケモンたちを託した時に渡した、木綿のハンカチだった。
「……アラン、これを」
「あぁ。ありがとう」
「その、あまり擦らぬようにすべきかと……。肌が荒れてしまいます」
サニワと同じ色をした、純白のハンカチ。アランはそれを受け取ると、乱暴にごしごし顔を拭く。
心配そうにじっと心配そうに見詰めるサニワとポケモンたち。その吸い込まれそうな、ガーネットの瞳の魔力に惑わされたのか、アランは気付けば心のうちを吐露していた。
アランの懺悔に、サニワはひたすら耳を傾ける。落ち着くように、とんとんと。幼女特有の柔くて小さな手が、アランの背を優しく往復した。
「……代表の本当の目的を知らなかったとはいえ、協力してしまった。お前を始め、多くの人やポケモンに迷惑をかけた。償い切れない過ちを犯したんだ。……どうしたらいいか、わからないんだ」
「……しばらく眠っていたので、事件の詳細はよくわかりませんが……。小官が思うに、フラダリ氏に手のひらの上で踊らされていただけ。貴官に非はありません」
「俺は……俺は、代表に騙されて、お前を……殺しかけた、ようなものだろう……。何故そう言い切れるんだ」
「カナズミ沖の、あの時……ゲンシカイキしたポケモンたちから、私を助け出してくれました。貴方も技が直撃したら、ただでは済まないのに。貴方は自身の危険を顧みず、出逢ったばかりのわたしを助けてくれましたね」
サニワの威厳のある軍人らしい敬語から、少し柔らかな口調へと代わる。その声が、言葉が。まるで、アランには神の啓示のように聞こえて。
アランはいつの間にか、天使、否、小さな女神の声に、必死に耳を傾けていた。
「わたしは、貴方に信頼を置いています。……僭越ながら申し上げると、貴方はまだまだお若いのです。広大な世界をその目で見て、自分はどのように行動すべきか。じっくりと熟慮する時間は、まだまだ残っている。貴方ならきっと、正しい判断ができる。わたしは、そう思っています」
「……ありがとう」
「わたしは、わたしの思うままを述べたまでです」
優しく微笑むサニワは、自らの項に手を伸ばした。そして外したのだ。メガシンカに必要な、キーストーンを。ネックレスに加工された、それを。そのままおもむろに、アランの目の前へ差し出す。
アランの腕には、いつもの黒い腕輪が装着されていない。リザードンの首元の装飾具もなかった。フラダリから貰ったそれらを、警察に証拠品として提出したのだった。
「……どうぞ。お受け取りください」
「待ってくれ! それはお前のもので、俺が持つべきじゃない‼︎ それに、サーナイトとメガシンカ出来なくなるだろ⁉︎」
「小官には、もう必要のないものです。それに……彼女たちをわたしの世界に連れて行くことは、相当厳しい」
「なぜ置いていくんだ⁉ ……サーナイトだって、メガシンカできるくらいだろう⁉︎ 折角築いた絆を、無下にするのか⁉」
サニワの薄く、細い梢のような腕をがっしりと鷲掴みにするアラン。まるで彼女がサニワのポケモンの言葉を代弁するかのようだ。
しかし、サニワとて好き好んで彼らと別れを告げるわけではない。ぎゅっと眉間に皺を寄せ、耐え忍ぶかのように語る声は、どこか啜り泣くかのようにか細かった。
「だからこそです。……わたしの世界は今、戦時中です。生物兵器として利用されるのは確定事項でしょう」
「……だが」
「小官は、軍人です。上層部からの命令には、どんなものでも従わねばなりません。国民を、民間人を守るためならば、この身を挺して彼らを守る。それが軍人です。小官のエゴではあるのですが、血で血を洗うような情景を見せたくはありませんし、何より……彼らを、この戦争に巻き込みたくないのです」
「サニワ……」
「それに、本丸に時間遡行軍が襲撃する可能性も否定できません。防御用の結界が張られておりますが、実際に襲撃され、全滅した本丸もあります。平和なこの世界で、心を穏やかに過ごして欲しい。それが、トレーナーとして小官ができる唯一の行動であり、願いです。だから……皆をどうか、お願いいたします」
ポケモンたちと視線を交わすサニワ。確かに大好きな主人と離れるのは嫌だが、彼女とは住む世界が違う。
何より、平和なこの世界で、穏やかに過ごすのが主人の願いなら、それを甘んじて受け入れる。彼女のポケモンたちは、その覚悟ができていた。
サニワはアランの手を取ると、彼の青色の瞳をじっと見詰める。まるで、カナズミシティでフラダリから離れるべきだと告げた、あの時のように。
「アラン。貴方なら、この力を……メガシンカを、正しく使えると確信します。だから、貴方に使って欲しい」
「……わかった。お前がそこまで言うのなら」
サニワのネックレスを受け取ったアラン。だが小柄なサニワの首でちょうどだったそれは、アランの首に装着するにはいささか……否、かなり小さ過ぎる。
陶器の如く真っ白な手で、アランの腕に装着するサニワ。腕に装着するにはやや大きい。
「今度こそ、メガストーンとキーストーンを見つけてみせる。その時は、またバトルしてくれないか?」
「もちろん。その時が来ることを、楽しみにしております」
頬を牡丹色に染め、ふわりと周囲に花が舞うような、年相応の可憐な笑みを浮かべるサニワ。後ろには天窓からの光が差し込み、あまりにも神聖で。清らかで。まるで、天啓を授けに来た天使のようだった。