第42話

「……フラダリは?」
「さあ? フレア団の連中の処理は任せて。終わったら私も、ジュンサーさんに出頭するわ」


 ダイゴに答えるパキラの表情は、どこか清々しいものだった。ダイゴの表情も柔らかい。
 ぴくぴく、とサニワの長い耳が動いた。それに伴い、おもむろに、くりくりとした目が開かれる。


「サニワちゃん! 目を覚ましたのか……!」
「主さまあああああああぁ! ご無事で何よりです! 僕は……僕はっ……ゔぇえええええええ‼」
「ぐぇ」


 力いっぱい抱き締めるダイゴに、サニワは思わずケロマツが踏みつけを喰らったような声を上げる。そこに追い討ちをかけんばかりに、こんのすけとサニワのポケモンも集まってきた。


「……サニワ。許してくれ。今まで、本当にすまなかった」
「……なんで、謝る? アランは、なにも、してない」


 サニワは思い当たる節がないのか、こてんと小首を傾げる。でもアランに対しては伝えたいことがあるようで、ちろりとサニワのサーナイトへ目配せした。
 常に彼女の通訳係としても献身的に支えてきた色違いのサーナイトは、すぐにその意図を理解する。


『アラン。カナズミ沖のあの時、貴方が動いてくれなければ、小官はあのまま息絶えていた事でしょう。遺体回収なんて、まだお若いのに……お辛(つら)い経験をさせてしまい、申し訳ありません。謝罪するのはこちらの方です』
「あのままだと……お前は、そのまま死んでただろ……」
『小官は一度、あの時に死んだようなものですし、小官は少女である前に、一介の軍人であります。軍人はいつか戦死するものです。貴官が気になされる必要はないかと』


 自分の命をあまりにも軽く見過ぎている。アランは非常にショックを受け、呆然としていた。
 それはサニワの言葉を聞いていた他の人たちも同じようで、口元に手を当てたり、首を振ったりと拒否反応を示す。
 そんな中。サニワの元にふわりと舞い降りたのは、パーフェクトフォルムのジガルデだ。自らの身の危険を冒してまで助け出したことに、感謝の意を告げた。


「……神の愛し子よ。お前は異世界の人間であるというのに、今回の事件に巻き込んでしまい、申し訳なかった」
『頭を上げてください。それに小官に出来るのは、ただ犠牲者の冥福を祈るだけです』
「いや、死者は出ていないぞ」
『……行方不明者は』
「いないぞ。強いて言うならば、フラダリが行方不明だな」
『は???』


 思わずスペキャ顔になってしまったサニワ。彼女の世界ではテロでの死者が出るのは当然のことだったので、思わずぽかんとしてしまう。
 ところがそれは彼女の世界での話。こちらの世界では人間が頑丈なのか、はたまた避難訓練が行き届いているからか、被害は怪我人と建築物の損傷のみで済んでいる。


『いやいやいや、テロとは言えど今回は立派な市街戦であります。死者の十人や百人は出るものでは?』
「それはそちらの世界の普通だろう。そんなホイホイ人が死んでたまるか」
『小官の世界では一夜でにして十万人が焼け死んだ事もありますし、世界中で意見……というよりも国の方針ですが、真っ二つに分断されたような時期もありました。それこそ、世界が終わるような危機も。個人的な推計では少ない方であると推測しております』
「サニワさんの世界って修羅の国ですか?」
『僭越ながら申し上げますと、小官の感覚では、この世界が平和過ぎる感覚ですが……まさかダイゴ様も、この世界に小官を繋ぎ止めるなどと仰いませんよね』
「……言わないよ」
『今の間は何ですか』


 サニワもこんのすけも、それなりに自覚があるのだろう。元の世界への帰還の手伝っているダイゴが少々返答に間が開いたのを見て、じっとりとした眼で見詰める。


「お主の夢は、元の世界への帰還で間違いないな? このカロス地方より、かなり離れた所ではあるが……お主の世界への扉が存在するはず。確かガラル地方にも存在したが、そちらは破壊されたな。……となると、最果ての孤島のみか」
『ほ……本当ですか⁉︎』


 この世界中のセルを通じ、この世界を見てきたジガルデが告げるのだ。間違いないだろう。サニワの苦労が報われた瞬間だった。
 目をきらきらと輝かせ、石のような冷たさを感じさせる無表情だった彼女が、喜びのあまり表情を綻ばせる。

 今まで見たことのなかった喜びの表情に、ダイゴの感情は限界突破した。胸元に手を当てて一気にダイゴの身体が地面に崩れ落ちたかと思うと、ごろごろと地面をのたうち回る。
 まさかどこか身体の具合が悪いのだろうかと、サニワが心配そうに駆け寄ったが、ただ単に悶えているだけであった。


「ボクと一緒に行動してた時全然笑わなかったのにいきなり笑うのとか反則でしょもう最高すぎて辛い好き」
『だ……大丈夫ですか?』
「主さま、別に放っておいても大丈夫だと思いますよ。限界オタクくらい放っておいてあげましょ」


 こんのすけが面倒そうに放置を提言するが、とりあえずそっと手を差し伸べるサニワ。今まで昏睡状態だったからか、真っ白な手がより白く見えた。
 その優しさに更に胸を強く打たれたダイゴが内心大声で叫び身悶えながら、その純白なもみじの手を取り、立ち上がろうとした。だが、起きたばかりで力の入らないサニワの身体がぐらつく。
 さすがに病み上がりの身体で成人男性を支え切ることができるわけもなく、尻餅をつくサニワ。そんな彼女に手を差し伸べたのはプラターヌのガブリアスだ。


『はは、ふたりして何してるんだろう……。ありがとう、ガブリアス』


 ガブリアスの手を取り、立ち上がろうとした。ところが、ガブリアスの肌はざらざらとした鮫肌だ。このガブリアスの特性は鮫肌ではないものの、異世界出身のサニワの柔い手を紅葉卸しにするには十分過ぎるほどだった。
 ぼたぼたと真っ赤な鮮血が地面に滴り落ちる。先ほどまで幸せそうな顔で安らかに死んでいたダイゴは瞬く間に顔を青ざめさせると、サニワの小さな身体を軽々抱き上げ、ヒャッコクシティのポケモンセンターへ連れて行くのだった。
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